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稲荷寿司
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すぐにパトカーに乗った若い男の警官が一人来て、僕も署に同行した。
少年は別室に連れていかれ、何をしたか取り調べを受けていた。
濡れた服は血のシミが付いていたので、警察が証拠として押収した。
取り調べの間、僕は待合室のような部屋で待機している。
もう深夜なのに、激しい雨が窓ガラスを叩きつけていた。
窓ガラスにうっすら映っている一見性格のきつそうな青年が僕だ。疲れてイライラしているのが表情にはっきりと表れている。
昔はもっと優しい顔立ちで母に似て穏やかな目をしていた。
母はもう五〇代だが、若いときは癒されるようなあたたかい雰囲気の美しい女性だった。
僕も母の容姿を引き継ぎ、見た目には自信がある。
寝不足なのか目がピリピリする。目頭を押さえて目をつぶる。
先ほどの警察官が待合室に来て、あの少年はどうも虐待を受けていたらしい、少年の身体検査をしてくれと言う。
そんなの警察の医者に頼めばいいだろう。
身体のいたるところにあざがあると刑事が教えてくれた。
さっき、あざだらけの脚を見たから知ってるよ。
しょうがないな。診断書を書いて、さっさと家に帰ろう。
少年とがらんとした無機質な医務室に入る。
「診察するから服、脱いで」
少年は無言でぶかぶかのTシャツを脱ぐ。
背中、腹部、脚に無数の青あざ。蹴られたあとみたいだな。随分ぼこられたんだな。
診察台に横になってもらう。
胸、腹、脚などを触診する。折れているところや、内臓が腫れているとかはないみたいだ。
座らせて、顔を確認する。右頬に擦り傷、額にあざ。これ、あとですごく腫れるな。
「口開けて」
あーんと大きく開けた口腔内をライトで照らして覗き込んだ。
口の中は切れていないし歯も折れてない。
きれいな顔だな。
目は大きくて、歯並びもいいし、唇はまるで少女のようにピンクだ。鼻と頬にうっすらとそばかすが散っている。
そのあと別室に僕は招かれ、刑事から一部始終を聞いた。
長い話だった。
要約すると、母親と内縁の夫に蹴られて、逆上した少年はカッターナイフで母親を切りつけ、逃亡。
なんだ殺人ではなく傷害事件か。
明日、少年を児童養護施設に連れて行くと刑事は言った。
医務室に戻ると少年は白いシャツを着ていた。サイズに合った服を警察官が持ってきてくれたらしい。
少年は寂しそうに言った。
「スープありがと。おいしかったよ。こんど、一緒においなりさん食べよう」
そんなに食べたかったんだね。
作ってあげられなくて、ごめん。
実は僕、稲荷寿司なんて作ったことないんだよ。
この子、児童養護施設に行くんだ。なんかかわいそうだな。
あんなボコボコに蹴られて、おなかもすかせて。
同情、哀れみ?
自分でも何をしようとしているのか分からなかった。
「僕がしばらくその子の面倒をみていいですか?」
そう、刑事に言ってしまっていた。
「いや、こちらもいろいろ手順というものがあるので、それはちょっと」
「神奈川県警の上の人に取り次いでもらえませんか?」
「明日にしてもらえます?」と刑事は怪訝な顔をした。
有名政治家である父の名前を告げると、あっさりと思い通りに事が進んだ。
僕は少年の保護司になった。
それが昨夜までの出来事。
アパートに戻ってきて、少年は僕のベッドで熟睡している。
昼下がり、ソファーの上に寝転んで昨夜のことを考えていた。
なんで連れて帰ってきちゃったんだろうな。
とりあえず、近所のスーパーで稲荷寿司を買って来よう。
少年は別室に連れていかれ、何をしたか取り調べを受けていた。
濡れた服は血のシミが付いていたので、警察が証拠として押収した。
取り調べの間、僕は待合室のような部屋で待機している。
もう深夜なのに、激しい雨が窓ガラスを叩きつけていた。
窓ガラスにうっすら映っている一見性格のきつそうな青年が僕だ。疲れてイライラしているのが表情にはっきりと表れている。
昔はもっと優しい顔立ちで母に似て穏やかな目をしていた。
母はもう五〇代だが、若いときは癒されるようなあたたかい雰囲気の美しい女性だった。
僕も母の容姿を引き継ぎ、見た目には自信がある。
寝不足なのか目がピリピリする。目頭を押さえて目をつぶる。
先ほどの警察官が待合室に来て、あの少年はどうも虐待を受けていたらしい、少年の身体検査をしてくれと言う。
そんなの警察の医者に頼めばいいだろう。
身体のいたるところにあざがあると刑事が教えてくれた。
さっき、あざだらけの脚を見たから知ってるよ。
しょうがないな。診断書を書いて、さっさと家に帰ろう。
少年とがらんとした無機質な医務室に入る。
「診察するから服、脱いで」
少年は無言でぶかぶかのTシャツを脱ぐ。
背中、腹部、脚に無数の青あざ。蹴られたあとみたいだな。随分ぼこられたんだな。
診察台に横になってもらう。
胸、腹、脚などを触診する。折れているところや、内臓が腫れているとかはないみたいだ。
座らせて、顔を確認する。右頬に擦り傷、額にあざ。これ、あとですごく腫れるな。
「口開けて」
あーんと大きく開けた口腔内をライトで照らして覗き込んだ。
口の中は切れていないし歯も折れてない。
きれいな顔だな。
目は大きくて、歯並びもいいし、唇はまるで少女のようにピンクだ。鼻と頬にうっすらとそばかすが散っている。
そのあと別室に僕は招かれ、刑事から一部始終を聞いた。
長い話だった。
要約すると、母親と内縁の夫に蹴られて、逆上した少年はカッターナイフで母親を切りつけ、逃亡。
なんだ殺人ではなく傷害事件か。
明日、少年を児童養護施設に連れて行くと刑事は言った。
医務室に戻ると少年は白いシャツを着ていた。サイズに合った服を警察官が持ってきてくれたらしい。
少年は寂しそうに言った。
「スープありがと。おいしかったよ。こんど、一緒においなりさん食べよう」
そんなに食べたかったんだね。
作ってあげられなくて、ごめん。
実は僕、稲荷寿司なんて作ったことないんだよ。
この子、児童養護施設に行くんだ。なんかかわいそうだな。
あんなボコボコに蹴られて、おなかもすかせて。
同情、哀れみ?
自分でも何をしようとしているのか分からなかった。
「僕がしばらくその子の面倒をみていいですか?」
そう、刑事に言ってしまっていた。
「いや、こちらもいろいろ手順というものがあるので、それはちょっと」
「神奈川県警の上の人に取り次いでもらえませんか?」
「明日にしてもらえます?」と刑事は怪訝な顔をした。
有名政治家である父の名前を告げると、あっさりと思い通りに事が進んだ。
僕は少年の保護司になった。
それが昨夜までの出来事。
アパートに戻ってきて、少年は僕のベッドで熟睡している。
昼下がり、ソファーの上に寝転んで昨夜のことを考えていた。
なんで連れて帰ってきちゃったんだろうな。
とりあえず、近所のスーパーで稲荷寿司を買って来よう。
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