簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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フィスカルボの諍乱

夕凪 2

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「しかし何ですな……はじめっからここに泊まってれば楽だったかな、って気もしますね。暗殺者が来ても、他の客が騒いで状況が混乱してるうちに、人混みにまぎれて楽に逃げ出せたと思うんですよ」
「確かに混乱のさなかなら、その機会も多そうだけれど……」
 アルバレスが胸のナプキンで口をぬぐいながら、わずかに背筋を伸ばした。
「これは不確定要素の問題ですよ。単純化して言えば……一本道の正面からしか敵が来ない、という状況に近づけば近づくほど、より確実に主公しゅこう様の御身おんみを守り通せる、ということです」
「そうかそうか、自警団なりが駆けつけて状況を収める前に、群衆の中から暗殺者が飛び出してきて、となると」
「そうした不規則性には、私が二人いても対処しきれません」
「結果としてはフォルサンド邸でよかった、と」
「……その点はどうかしらね。私がフィスカルボに留まっていたら、オットソンは暗殺者を差し向けていたかどうか」
「あちらも同じ考えだったのかも知れません。不確定要素の増えるスヴァルトラストでの襲撃は、おそらく、愚かな選択肢として排除されていた」
「それはあり得るわね」
「オットソンの計算違いは、私が計測不能なほど強かった、ということですが」
「へえへえ全くその通りで」
 アルバレスは当然のことだとでも言いたげに自慢しながら、ラーゲルフェルトが狙っていた腸詰め肉を素早くかすめ取った。
「……さて、そろそろ仕事に取り掛かるわよ」
 わたむれ合う二人をたしなめるようにベアトリスは、ぱん、といちど手のひらを打った。
「まず、県下での人死ひとじにについては、それが誰であれ、本来は県令に届け出るべきことだけれど……」
「今回の場合、大元おおもとに県令のオットソンがいるわけですから、届け出それ自体が血なまぐさい色彩を帯びることになります」
「そう。あまり刺激しないように処理したいものね」
 ラーゲルフェルトが陶器の皿に残ったスープを口に流し込みながら手を上げた。
「僕が普段、あれこれ頼み事をしている便利屋がいますが……いやそれより貧民街に当たるかなあ」
「案があるなら仔細しさいは任せるわ、ラーゲルフェルト」
「では、すこしばかり貸して下さい。カネとチカラを」
「……十万クローナで足りるかしら?」
「僕の貯金が六万ほど増えそうですね」
「ではルーデルスとアリサ、五万クローナを持って、ラーゲルフェルトの護衛につきなさい」
「かしこまりました、主公様」
 フォルサンド邸の倉庫に積み上げられている暗殺者の死体については、合法的な解決は望めそうにない。法に従い県令に報告すれば、オットソンは自分に対する威嚇いかくだと判断するだろう。
 ベアトリスの所領であるグラディスやランバンデットでの事件であれば、手段には事欠かない。だが、私兵を常駐させているわけではないフィスカルボにおいては、ラーゲルフェルトが独自に築いた人脈や金の力のほかに、穏便おんびんな手段は思い当たらなかった。
「オラシオは私と共に。エクレフの屋敷に向かうわよ」
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