秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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邂逅

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全てを話し終えると、記憶にしては生々しい程にノアールの想いが身体中に溢れ、自分がノアール自身になったような錯覚に陥る。

「…ああ、お前のことも勿論覚えているよ。」

名前ぐらい付けてやれば良かったな。

ぐりぐりと頭を押し付けて、狼が自分の存在を誇示してくる。

狼を挟んで隣に座っているユリウスは、ずっと黙り込んだままだ。

「…ユリウス?」

名前を呼んでも、微動だにしない。

狼の長い尻尾が、返事をしろと急かす様にその顔めがけてばさばさと振られると、漸く顔を上げてくれた。

「信じてくれないかもしれないけど、今話したことは本当だから…。ノアールは本当に…」

すっとユリウスの腕が伸びると、俺の頬に触れる。

その指が頬に触れたとき、初めて自分が泣いていたことに気がついた。

「申し訳ありませんでした。そんな事になっていたなんて、思いもしなかった。何があっても、お側にいれば良かったのに、わたしは…」

無意識の内にぶるぶると首を横に振る。

誰が悪いとかじゃない。

きっとあの時代では、どんなにしても二人が結ばれることは叶わなかったはずだ。

ノアールが抱えるしがらみが多すぎて。

「…子どもは…」

「ああ、ノアールによく似た男の子だった。この国はずっと直系で存続しているんだから、その子は無事に育ったんだろう。」

ノアールとしての記憶があるのは、亡くなる直前までのことだけだ。

あんなに小さかったあの子は、きっと立派に育ったんだろう。

「ノア様。」

ユリウスに名前を呼ばれ、我に返る。

すっかりノアールに同調してしまっていた。

そうだ、俺は、ノアだ。

二人の間にいた狼がするりと床におりると、バルコニーに向かって歩き出す。

暗がりの先には、きらきらと輝く湖が見えている。

「ありがとうございます。」

絶え間なく流れ続けている俺の涙を拭いながら、ユリウスはそう言った。

「…え?」

「この話しをするために、無理をしてこんな所まで来てくださったのですか?」

ノアールとユリウスの遠い過去の出来事について話しておきたかったことは間違いないが、俺の話したいことは過去の出来事だけじゃない。

ユリウスは過去だけに生きてるんじゃない。

「そうだよ。でも、それだけじゃない。」

頬に伸びるユリウスの腕をぎゅっと掴んで引き離すと、濡れていた頬を自分の手で拭って、ユリウスに向かい合う。

「本当にマホを連れて、生家に帰るのか?父さんに何か言われたから?ユリウスはそれでいいのか?」

捲し立てるように詰め寄ると、ユリウスは驚いたような表情を見せ、それからすっと立ち上がった。

「そろそろ夜が明け始めます。ルドルフ様とシオンがお待ちです。陛下には内密でここまでいらしたのですよね。」

「ユリウス!」

バルコニーに繋がる扉が開かれると、暗闇に包まれていたはずの空が、微かに明るさを取り戻し始めているのが目に見える。

「一度目に、この場所で死を迎えたのです。」

「………え?」

「ノアール様がお亡くなりになったと知り、わたしはここの湖に身を投じました。」

「…………」

「死んだはずなのに、それから何度も生死を繰り返し、またここに戻ってきた所でルドルフ様に拾われたのです。」

「…………」

「マホは、どこかシロに似ています。シロはわたしと同じ様に身寄りのない子でした。引き留めるシロを差し置いて、わたしは身を投じた。その後あの子がどのように生きていたのかは、知り様がありません。」

「マホはシロじゃない!」

「ええ。ですが、どう言う訳か、マホはこんな所までわたしを追ってやって来ました。今のマホには、もうわたし以外に頼れる者はおりません。」

「だからって、婚約までするのか!」

「陛下に命じられたことは事実ですが、受け入れたのも事実です。…婚約と言っても色々な形があることはノア様だってご存知ではありませんか?」

惚れた腫れただけで婚約や婚姻がされる訳ではないことを俺だって知っている。

貴族同士では政略的なものだってある。

でも、ユリウスとマホはのそれは違うだろう?

「ユリウス、俺は、俺だって、ユリウスのことを!」

「ノア様はノアール様の記憶のせいで、勘違いされているだけです。」

「…勘違、い?」

「シオンと婚約されたのでしょう?必ずお幸せになって欲しい。」

「違う、シオンとは、婚約を解消するつもりで…」

「大丈夫です。シオンならきっと、ノア様を…」

だんっ、だんっ、と強く扉を叩く音と共に、ルドルフの呼ぶ声が聞こえてくる。

もう時間の限界なんだろう。

「さあ、ノア様、急いでお戻りを。」

ここまで連れて来てくれたルドルフとシオンにこれ以上迷惑をかける事はできない。

ユリウスに急かされながら、またマントに身を包む。

「なあ、本当に行ってしまうのか?俺を置いて…」

扉の前まで急かされ、最後にもう一度振り向いて、確認する。

ユリウスの表情は、またいつものすんとしたものに戻ってしまった。

「ノア様には、陛下も妃方も、ルドルフ様も、シオンも、お守りしてくれる方が沢山おります。」

ユリウスまで求めるなんて、俺は欲張りと言うことなのか?

「ユリウス、俺は、お前のこと、」

マントの上から、ふわっと抱きしめられる。

「ノア様、どうか、お元気で……」

優しく包み込む様な抱擁に、俺はやっと気がついた。

ああ、そうか、そうなんだな…。

ユリウスからの最後の抱擁は、きっと俺のためじゃなく、ノアールとその子のために向けられたものだ。

ユリウスの心の中にいるのは、マホでも、俺でもない、ノアール、ただ一人だ。

「俺はユリウスのことを慕ってる。ノアールとしてじゃない。ノアとしてだ。それだけは否定しないで欲しい。それから、俺も……子を産める身体だ。」

扉の前で、振り返ることなく伝えるべきことだけを告げて、俺はその場を去るしかなかった。





























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