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第2話:伝説の背中と来訪
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月日は矢のように流れ、アスヤがこの世界に降り立ってから三年の月日が経った。
三歳になったアスヤの成長速度は、周囲の大人たちを驚愕させるに十分だった。
すでに足取りは大人と同じほどに確かで、言葉の端々には前世の理知的な響きが混じる。
ライの後を追って険しい森を歩き回る姿は、とても幼児のものとは思えなかった。
(前世の知識があるとはいえ、この体の適応力は異常だ。魔力の流れを感じるのも、体の重心を制御するのも、驚くほど自然にできる。これが『女神の加護』の力か……)
アスヤは、自分の小さな手のひらを開閉し、そこに宿る未知の可能性を見つめていた。
「アスヤ、今日は家の前でこれで遊んでいなさい。あまり遠くへ行ってはだめだよ」
ライが手渡したのは、彼がアスヤの小さな手に合わせて丹精込めて削り出した、桜の木で作られた木剣だった。
「わかった。パパ、いってらっしゃい」
ライは満足そうに頷くと、夕食の煮込み料理に使う薪を拾いに森の奥へと消えていった。
アスヤは一人、庭で木剣を構えた。前世で見たアニメの主人公たちの動きを思い出しながら、たどたどしくも無駄のない軌道で剣を振る。
静かな午後のひととき。それを破ったのは、地響きのような笑い声だった。
「ガッハッハ! 勇者の卵が棒切れを振ってるってのは、こいつのことか! 想像以上に小さくて可愛いじゃねえか!」
アスヤの背後に、巨大な影が落ちた。
振り返ると、そこには身の丈二メートルを優に超える巨漢が立っていた。鋼のように鍛え上げられた筋肉、背中には身の丈ほどもある無骨な大剣を背負っている。全身から溢れ出る圧倒的な威圧感に、アスヤは本能的に木剣を握りしめ、腰を落とした。
「……誰? パパに用?」
「おう、驚かせたか。いい構えだ。ライはいるか?」
その時、薪を抱えたライが森から戻ってきた。大男の姿を見るなり、ライはいつもの温厚な顔を少しだけ崩し、呆れたように口角を上げた。
「……相変わらず、気配を隠すのが下手だな。騒々しいぞ、ライオ」
「よお、ライ! 久しぶりだな。隠居生活で剣の腕が鈍って、なまりきってねえかと思って冷やかしに来たぜ!」
ライオと呼ばれた巨漢は、ライの肩を親愛の情を込めて――しかし岩を砕くような勢いで叩いた。
「まさか。毎日、この子に教えるために体は動かしているよ。なまっている暇なんてないさ」
「ほう、言うじゃねえか。なら……言葉より先に、鉄の対話といこうじゃねえか!」
ライオが大剣を抜いた瞬間、周囲の空気が一変した。
「……いいだろう。アスヤ、危ないから少し離れて見ていなさい。まばたきをしないようにな」
ライは薪を地面に置くと、腰の古びた剣をゆっくりと抜いた。普段の「弱そうなおじさん」という雰囲気は霧散し、全身から鋭利な刃物のような気が立ち上る。
直後、二人の体が弾けた。
――凄まじい、という言葉すら生ぬるい。
ライオの剛剣が空気を裂けば、目に見えるほどの衝撃波が地面を穿つ。対するライは、その暴力的な一撃を紙一重の転身でかわし、流れるような動作で剣先を突き立てる。金属が激突するたびに、大気が震え、火花がアスヤの瞳を焼いた。
(……すごい。なんだこれ、前世で見ていたどの映像よりも速くて、重い。これが、この世界の頂点に近い者たちの『本物』なのか)
アスヤは木剣を振るのを完全に忘れ、その光景に釘付けになった。
ライの動きは無駄がなく、静かな湖面のように澄んでいる。対するライオは、すべてを飲み込む荒れ狂う嵐。
数十分にも及ぶ激闘。一瞬の油断が死を招く極限のやり取りの末、二人は同時に剣を引き、肩で息をしながら笑い合った。
「ハッ……ハハ! まだまだ現役じゃねえか、ライ! その身のこなし、ちっとも衰えてねえ!」
「お前こそ、少しも力が加減できていない。相変わらず家を壊しそうな勢いだ」
お互いの健闘を称え合った後、ライは傍らで呆然としていたアスヤを呼び寄せた。
「アスヤ、紹介しよう。俺の古い仲間のライオだ。……昔、魔王軍の幹部と殴り合いをした大馬鹿者だよ」
「アーシアから聞いてた『チビ』ってのはお前か。よろしくな、アスヤ! お前が大きくなったら、俺の大剣を振らせてやるよ!」
ライオの大きな手がアスヤの頭をわしゃわしゃと撫でる。その手のひらは、数え切れないほどの戦いと鍛錬を物語る、硬く分厚いタコで覆われていた。
「ライ、今日はお前の家に泊まるぜ。積もる話もあるからな!」
「はいはい、わかったよ。酒の用意はないと言いたいところだが、お前が持ってきたんだろう?」
「ガッハッハ! 正解だ! 最高の麦酒(エール)を持ってきてやったぜ!」
その夜、家の暖炉の前で二人は深夜まで昔話を咲かせていた。かつて世界を救った英雄たちの冒険譚。ドラゴンを退治した話、絶体絶命の窮地をライの機転で切り抜けた話。
それを子守唄代わりに聞きながら、アスヤは心地よい眠りに落ちていった。
(……俺も、いつかあんなふうに。パパみたいな、そしてライオさんみたいな、世界を震わせる強さを手に入れるんだ)
温かな暖炉の光と英雄たちの笑い声に包まれ、アスヤの決意はより一層、固く、深く根を張っていくのだった。
三歳になったアスヤの成長速度は、周囲の大人たちを驚愕させるに十分だった。
すでに足取りは大人と同じほどに確かで、言葉の端々には前世の理知的な響きが混じる。
ライの後を追って険しい森を歩き回る姿は、とても幼児のものとは思えなかった。
(前世の知識があるとはいえ、この体の適応力は異常だ。魔力の流れを感じるのも、体の重心を制御するのも、驚くほど自然にできる。これが『女神の加護』の力か……)
アスヤは、自分の小さな手のひらを開閉し、そこに宿る未知の可能性を見つめていた。
「アスヤ、今日は家の前でこれで遊んでいなさい。あまり遠くへ行ってはだめだよ」
ライが手渡したのは、彼がアスヤの小さな手に合わせて丹精込めて削り出した、桜の木で作られた木剣だった。
「わかった。パパ、いってらっしゃい」
ライは満足そうに頷くと、夕食の煮込み料理に使う薪を拾いに森の奥へと消えていった。
アスヤは一人、庭で木剣を構えた。前世で見たアニメの主人公たちの動きを思い出しながら、たどたどしくも無駄のない軌道で剣を振る。
静かな午後のひととき。それを破ったのは、地響きのような笑い声だった。
「ガッハッハ! 勇者の卵が棒切れを振ってるってのは、こいつのことか! 想像以上に小さくて可愛いじゃねえか!」
アスヤの背後に、巨大な影が落ちた。
振り返ると、そこには身の丈二メートルを優に超える巨漢が立っていた。鋼のように鍛え上げられた筋肉、背中には身の丈ほどもある無骨な大剣を背負っている。全身から溢れ出る圧倒的な威圧感に、アスヤは本能的に木剣を握りしめ、腰を落とした。
「……誰? パパに用?」
「おう、驚かせたか。いい構えだ。ライはいるか?」
その時、薪を抱えたライが森から戻ってきた。大男の姿を見るなり、ライはいつもの温厚な顔を少しだけ崩し、呆れたように口角を上げた。
「……相変わらず、気配を隠すのが下手だな。騒々しいぞ、ライオ」
「よお、ライ! 久しぶりだな。隠居生活で剣の腕が鈍って、なまりきってねえかと思って冷やかしに来たぜ!」
ライオと呼ばれた巨漢は、ライの肩を親愛の情を込めて――しかし岩を砕くような勢いで叩いた。
「まさか。毎日、この子に教えるために体は動かしているよ。なまっている暇なんてないさ」
「ほう、言うじゃねえか。なら……言葉より先に、鉄の対話といこうじゃねえか!」
ライオが大剣を抜いた瞬間、周囲の空気が一変した。
「……いいだろう。アスヤ、危ないから少し離れて見ていなさい。まばたきをしないようにな」
ライは薪を地面に置くと、腰の古びた剣をゆっくりと抜いた。普段の「弱そうなおじさん」という雰囲気は霧散し、全身から鋭利な刃物のような気が立ち上る。
直後、二人の体が弾けた。
――凄まじい、という言葉すら生ぬるい。
ライオの剛剣が空気を裂けば、目に見えるほどの衝撃波が地面を穿つ。対するライは、その暴力的な一撃を紙一重の転身でかわし、流れるような動作で剣先を突き立てる。金属が激突するたびに、大気が震え、火花がアスヤの瞳を焼いた。
(……すごい。なんだこれ、前世で見ていたどの映像よりも速くて、重い。これが、この世界の頂点に近い者たちの『本物』なのか)
アスヤは木剣を振るのを完全に忘れ、その光景に釘付けになった。
ライの動きは無駄がなく、静かな湖面のように澄んでいる。対するライオは、すべてを飲み込む荒れ狂う嵐。
数十分にも及ぶ激闘。一瞬の油断が死を招く極限のやり取りの末、二人は同時に剣を引き、肩で息をしながら笑い合った。
「ハッ……ハハ! まだまだ現役じゃねえか、ライ! その身のこなし、ちっとも衰えてねえ!」
「お前こそ、少しも力が加減できていない。相変わらず家を壊しそうな勢いだ」
お互いの健闘を称え合った後、ライは傍らで呆然としていたアスヤを呼び寄せた。
「アスヤ、紹介しよう。俺の古い仲間のライオだ。……昔、魔王軍の幹部と殴り合いをした大馬鹿者だよ」
「アーシアから聞いてた『チビ』ってのはお前か。よろしくな、アスヤ! お前が大きくなったら、俺の大剣を振らせてやるよ!」
ライオの大きな手がアスヤの頭をわしゃわしゃと撫でる。その手のひらは、数え切れないほどの戦いと鍛錬を物語る、硬く分厚いタコで覆われていた。
「ライ、今日はお前の家に泊まるぜ。積もる話もあるからな!」
「はいはい、わかったよ。酒の用意はないと言いたいところだが、お前が持ってきたんだろう?」
「ガッハッハ! 正解だ! 最高の麦酒(エール)を持ってきてやったぜ!」
その夜、家の暖炉の前で二人は深夜まで昔話を咲かせていた。かつて世界を救った英雄たちの冒険譚。ドラゴンを退治した話、絶体絶命の窮地をライの機転で切り抜けた話。
それを子守唄代わりに聞きながら、アスヤは心地よい眠りに落ちていった。
(……俺も、いつかあんなふうに。パパみたいな、そしてライオさんみたいな、世界を震わせる強さを手に入れるんだ)
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