8 / 20
第8話
しおりを挟む
「残念ながら……。領主の権力を弱め、法による平等で公正な統治を目指した先代ご領主様の高潔なご意思が、今回は裏目に出てしまったようです」
「ふん、『今回は』ではなく、『今回も』だろう。父上にも困ったものだ。勝手に妙な法律を作り、領主の特権をいくつも放棄した挙句、すぐに体を壊して亡くなられてしまった。跡を継いだ俺は父上の作った法律に縛られ、思い通りの統治ができず、たまったものではない」
「侯爵様、少々口が過ぎますよ。十代の頃は放蕩三昧で碌に勉強もせず、領地経営の知識に乏しいあなたでもなんとか侯爵の真似事ができているのは、先代ご領主さまの作った法律のおかげでもあることをお忘れなく」
「お前、言うに事欠いて『侯爵の真似事』とは何ごとだ。……ちっ、もういい。お前と言い争いをしていてもますますイライラするだけだ」
そこで侯爵様は私に向き直り、ぺこりと頭を下げました。
……本当に、心の底から驚きました。
高貴なる侯爵様が、私なんかに頭を下げるなんて。
「すまん、リネット。今聞いての通りだ。色々と事情があってな。侯爵といっても、俺には強権を振るう力がなく、お前の母親を罰することができない。それでも、領主として厳重注意だけはしてみようと思うのだが……」
その言葉だけで、もう充分でした。
私は首を左右に振ってから、口を開きます。
「ありがとうございます、侯爵様。侯爵様の優しいお気持ち、とても光栄で、嬉しく思います。でも私、最初からお母さんを罰したいだなんて思っていません。ですから、何もしていただかなくても結構です」
「なんだと? お前は、身勝手な母親を恨んでいないのか?」
「はい。……お母さんは私のことを娘だなんて思っていなかったみたいですが、それでも、私にとってはただ一人のお母さんですから。お母さんの私に対する態度はいつも冷ややかでしたが、酷い折檻を受けたことはありませんし、数えるほどですが、楽しい思い出もあるんです。だから私、お母さんのことを恨んでなんていません」
強がりではなく、私は本心からそう思っていました。
メルブラン侯爵領の福祉制度を受けるためとはいえ、何もできない私を、お母さんが10年間育ててくれたことは紛れもない事実ですし、恩義も感じています。だからこそ、お母さんの言うことを聞き、『捧げもの』となる道を受け入れたのです。
侯爵様は私に憐みの眼差しを向け、大きなため息を漏らしました。
「ふん、『今回は』ではなく、『今回も』だろう。父上にも困ったものだ。勝手に妙な法律を作り、領主の特権をいくつも放棄した挙句、すぐに体を壊して亡くなられてしまった。跡を継いだ俺は父上の作った法律に縛られ、思い通りの統治ができず、たまったものではない」
「侯爵様、少々口が過ぎますよ。十代の頃は放蕩三昧で碌に勉強もせず、領地経営の知識に乏しいあなたでもなんとか侯爵の真似事ができているのは、先代ご領主さまの作った法律のおかげでもあることをお忘れなく」
「お前、言うに事欠いて『侯爵の真似事』とは何ごとだ。……ちっ、もういい。お前と言い争いをしていてもますますイライラするだけだ」
そこで侯爵様は私に向き直り、ぺこりと頭を下げました。
……本当に、心の底から驚きました。
高貴なる侯爵様が、私なんかに頭を下げるなんて。
「すまん、リネット。今聞いての通りだ。色々と事情があってな。侯爵といっても、俺には強権を振るう力がなく、お前の母親を罰することができない。それでも、領主として厳重注意だけはしてみようと思うのだが……」
その言葉だけで、もう充分でした。
私は首を左右に振ってから、口を開きます。
「ありがとうございます、侯爵様。侯爵様の優しいお気持ち、とても光栄で、嬉しく思います。でも私、最初からお母さんを罰したいだなんて思っていません。ですから、何もしていただかなくても結構です」
「なんだと? お前は、身勝手な母親を恨んでいないのか?」
「はい。……お母さんは私のことを娘だなんて思っていなかったみたいですが、それでも、私にとってはただ一人のお母さんですから。お母さんの私に対する態度はいつも冷ややかでしたが、酷い折檻を受けたことはありませんし、数えるほどですが、楽しい思い出もあるんです。だから私、お母さんのことを恨んでなんていません」
強がりではなく、私は本心からそう思っていました。
メルブラン侯爵領の福祉制度を受けるためとはいえ、何もできない私を、お母さんが10年間育ててくれたことは紛れもない事実ですし、恩義も感じています。だからこそ、お母さんの言うことを聞き、『捧げもの』となる道を受け入れたのです。
侯爵様は私に憐みの眼差しを向け、大きなため息を漏らしました。
95
あなたにおすすめの小説
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
閉じ込められた幼き聖女様《完結》
アーエル
ファンタジー
「ある男爵家の地下に歳をとらない少女が閉じ込められている」
ある若き当主がそう訴えた。
彼は幼き日に彼女に自然災害にあうと予知されて救われたらしい
「今度はあの方が救われる番です」
涙の訴えは聞き入れられた。
全6話
他社でも公開
婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました
ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。
王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。
透明な貴方
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。
私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。
ククルス公爵家の一人娘。
父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。
複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。
(カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。
悪役令嬢ですが、副業で聖女始めました
碧井 汐桜香
ファンタジー
前世の小説の世界だと気がついたミリアージュは、小説通りに悪役令嬢として恋のスパイスに生きることに決めた。だって、ヒロインと王子が結ばれれば国は豊かになるし、騎士団長の息子と結ばれても防衛力が向上する。あくまで恋のスパイス役程度で、断罪も特にない。ならば、悪役令嬢として生きずに何として生きる?
そんな中、ヒロインに発現するはずの聖魔法がなかなか発現せず、自分に聖魔法があることに気が付く。魔物から学園を守るため、平民ミリアとして副業で聖女を始めることに。……決して前世からの推し神官ダビエル様に会うためではない。決して。
今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!
れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。
父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。
メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。
復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*)
*なろうにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる