「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ

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 講義室で倒れたフェリシアを抱き上げ、レオンハルトはそのまま学院医務室へと運び込んだ。

「フェリシア、少し休んでいろ。すぐに回復する魔法薬を持ってこさせる」

 彼の声は低いのに、どこか必死で。
 普段の冷静な王太子らしさは影も形もない。

 医務室に横たえられた私は、ぼんやりしながらも彼の手が私の指を離さないことに気づいて、胸が熱くなった。

「……レオンさま、わたくしは、ただ具合が悪かっただけで……」

「分かっている。だが、君のあんな顔、二度と見たくない」

 その瞬間、医務室の扉が勢いよく開かれた。

「フェリシア様! 大丈夫ですの!? こんなところで倒れるなんて!」

 駆け込んできたのはリリナである。
 その後ろにはグレイ、そしてなぜかルークとファビアンまでいる。

「おい王太子、フェリシアはどういう状態だ? お前、無理をさせたんじゃないだろうな」

 グレイがやや睨みつつ言い放つ。
 レオンハルトの眉がピクリと動く。二人の間に張り詰めた空気が生まれる。

「無理などさせていない。彼女が倒れたのを見た瞬間、私が真っ先に抱き留めた」

「は? なんでお前が真っ先なんだよ。フェリシアは俺が支えるって決めて──」

「決めたのは君だろう? 彼女が望んだ覚えはないが」

「……っ、なんだと」

 グレイが一歩出ようとしたので、私は慌てて体を起こそうとした。

「待って! 二人とも落ち着いて!」

「フェリシア、無理をするな」

「フェリシア様、横になっていてくださいまし!」

 同時に近寄ってくるレオンハルトとリリナ。
 そしてグレイもこちらへ歩み寄り、その腕を差し出す。

「俺のそばにいろ。お前は人の顔色ばっかりうかがって疲れるんだ」

 柔らかい声……かと思えば、すぐ冷徹な視線でレオンハルトを見る。

「こいつの隣にいると、なおさらな」

 レオンハルトの目が細く、ゆっくり怒りの色を帯びていく。

「……君は本当に、口を開くたびに私を苛立たせるな」

「お互い様だろ」

「やめて! 本当に、もういいの!」

 私は声を張り上げた。
 すると三人はピタリと動きを止め、私を見る。

「喧嘩するなら……私の回復を待ってからにしてください……」

 情けない言い方になったが、彼らは一応黙った。



「フェリシア、それで──さっきの魔力干渉の講義で何があったの?」

 リリナが椅子を引き寄せて座り、心配そうに問う。

「なんでもないの。ただ、少し……疲れてしまっただけよ」

「嘘。フェリシア様が疲れたくらいで倒れるはずありませんわ」

 リリナは断言した。
 彼女はどこか一点を見つめ、真剣な顔をしている。

「……あの講義の時、妙な魔力を感じましたの。意図的に誰かが放ったような」

 グレイも腕を組んだ。

「俺も感じた。薄くて弱いが、悪意の混じった魔力だ」

「誰がそんな──」

 私は言いかけて、ふとある人物の姿が脳裏をよぎった。

 エドワード。

 あの講義の少し前、彼がやたら視線を送ってきていた。
 そして──講義中、距離を取っていたはずなのに、妙に強い視線を感じた気がする。

(まさか……また何か仕掛けてきたの?)

 そんな思いが胸をざわつかせる。

 だが、レオンハルトは静かに首を横に振った。

「フェリシアを狙った魔力干渉は、おそらく単発だ。しかも稚拙だった。だが──誰かが彼女に害意を向けているのは間違いない」

 その目に宿る怒りは、底が見えなかった。

「心当たりは……ある」

 私は小さく答えると、三人の視線が一斉に私に向いた。

 レオンハルトの顔がすっと険しくなる。

「言わなくていい。私が調べる」

「でも──」

「フェリシア、これは君が負うべきではない。守るのは、私の役目だ」

 その言葉に胸が熱くなる。
 だが同時に、心の奥がざわついた。

(レオンさまが怒る理由……それは、私を大切にしてくれてるから? それとも……王太子としての義務だから?)

 考えたくない疑問が、喉の奥に引っかかる。

 

 その日、医務室でしばらく休んでいると、レオンハルトが再び戻ってきた。

「少し話がしたい。散歩に出られるか?」

「え、ええ。もう大丈夫です」

 レオンハルトは私の手を取り、医務室を後にした。

 向かった先は学院庭園。
 夕陽が差し込み、紅葉が光に照らされて金色に染まっている。

 ふと、手が絡め取られたままだと気づいて顔が熱くなる。

「あ、あの、手……」

「離したくない」

「えっ」

「倒れた君を見た時……心臓が止まるかと思った」

 静かな声なのに、真剣さがありすぎて胸が苦しくなる。

「フェリシア。君は自分で思っているよりずっと、価値のある人なんだ。本人が気づいていないだけで」

「……レオンさま」

「そして……私はずっと間違えていた」

 彼は歩みを止め、私の正面に立った。

「エドワードを冷たい目で見ながらも、君のことを“王太子として優遇しているだけだ”なんて……そんなことを思われているなんて、本気で心外だ」

「っ……!」

「君には、君自身の魅力がある。誰がなんと言おうと、私は──」

 その時だった。

「──お取り込み中のところ悪いけれど、話を聞かせてもらえるかしら?」

 しなだれかかるような甘い声。
 振り向くと、そこにはベアトリスが立っていた。

 濃い赤のドレスに身を包み、相変わらず自信に満ちた笑顔を浮かべている。

「王太子殿下。フェリシアさん。ちょうどお探ししていたところなの」

 レオンハルトは明らかに不機嫌になる。

「……何の用だ」

「そんな怖い顔しないでほしいわ。わたくし、ただ真実をお伝えしにきただけ」

 ベアトリスは扇子で口元を隠しながら、わざとらしくため息をついた。

「フェリシアさん。あなた──狙われているわよ」

 私の心臓がどくん、と跳ねた。

「狙われ……?」

「ええ。あなたを疎ましく思っている人は多いもの。だけど──今回は、ちょっと訳が違うの」

 レオンハルトの視線が鋭くなる。

「ベアトリス。君は何を知っている」

「あなたの元婚約者……エドワード王子の後ろで、糸を引いている人がいるの」

「……なんだと?」

「それに、今日の魔力干渉。あれはエドワード本人の仕業じゃないわ。彼には、あんな繊細な魔力の扱いはできないもの」

 ベアトリスは扇子を閉じ、まっすぐ私を見た。

「あなた、本気で狙われているのよ。命を」

 空気が凍りついた。

 レオンハルトが私の肩を抱き寄せる。
 その腕は震えていた。

「……フェリシアは私が守る。誰にも手は出させない」

「殿下がそう言うと思っていたわ。だから──一つ情報をあげる」

 ベアトリスはゆっくり微笑む。

「あなたを狙っている“黒幕”……それは、王宮の中にいるわ」

「──ッ!」

 レオンハルトが怒りに震え、グッと私の手を握った。

「フェリシア。今から私の馬車で王宮に戻る。父上に直接話を通し、警護を増やす」

「で、でも……」

「君はもう、二度と危険に晒さない」

 その言葉は優しく、強く、そしてどこか切実だった。

 けれど。

(どうして……そこまで。どうしてそこまで私を……?)

 胸の疑問は、夕暮れの光に飲み込まれていく。

 そして、すぐそばにいるベアトリスは──何かを見透かしたような笑みを浮かべていた。

(なにか、企んでいる……?)

 そう思ったときには、もう遅かった。

「では、後はよろしくて? わたくしはこの件から手を引くわ。
 ええ──“あなたのためだけ”にね、フェリシアさん」

 ベアトリスは不穏な言葉を残して去っていく。

 その背中を、レオンハルトは険しい顔で見つめていた。

「フェリシア。必ず真相を突き止める。
 ……だから、私を信じてくれ」

 夕暮れ色の瞳に映るのは、私だけ。

 けれどその奥にある痛みのような感情に――私はまだ気づけない。

 黒幕の影が、すぐそこまで迫っているとも知らずに。

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