「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ

文字の大きさ
2 / 6

2

しおりを挟む
「リリアーヌ! 頼む、会ってくれ!」

 朝も早くから、我が家の門前で叫ぶ声が響いていた。

 アレクシス殿下――
 昨日、私を「役立たず」と切り捨て、伯爵令嬢ミリアと共に高笑いしていたはずの、その本人だ。

 まさか翌日の朝一番に、屋敷へ押しかけてくるなんて。

「リリア、どうする?」
 父が困ったように私を見る。

「……少しだけ、お会いします」

「本当にいいのか? 必要なら追い返すが」

「大丈夫。……むしろ、会っておいた方がいいです」

 そう。
 “ざまぁ”は、早すぎても楽しくない。

 今の彼の顔を見るべきだ。

 私が門へ向かうと、アレクシス殿下が驚いたように振り向いた。

「リリアーヌ……!」

 昨日とは打って変わって、青ざめた顔。
 焦りと後悔が、そのまま表情になっていた。

「……おはようございます、殿下」

「よ、よかった……! 君が会ってくれて本当に……!」

「どうされたのですか? 私は“役立たず”なので、もう殿下には必要ないはずですが」

 わざと穏やかに言うと、彼はひどく動揺した。

「そ、それは昨日の勢いというか……! あれは言葉のあやで……!」

「“言葉のあや”で役立たずと呼ぶ方が問題だと思いますが」

「ち、違うんだ……!」

 彼が近づこうとした瞬間。

 ――ドンッ!

 鋭い金属音とともに、殿下の前に長槍が突き出された。

「これ以上、令嬢に近寄るな」

 門兵が冷ややかに告げる。

「なっ……私は王子だぞ!?」

「それがどうした。
 昨日、令嬢を侮辱したのはお前だろう」

 アレクシス殿下がぐっと言葉を詰まらせた。

 家の門兵にすら冷たい目で見られている。
 これが、自業自得というものだ。

「……殿下、何のご用件ですか?」

「リリアーヌ……っ、戻ってきてほしい。婚約破棄を撤回したい」

 父が目を見開き、門兵まで固まった。

 私は瞬きひとつせず、殿下を見つめた。

「昨日、堂々とミリア嬢と婚約すると宣言していたのは……どなたでしたか?」

「……あ、あれは……!」

「昨日の今日で撤回など、周囲への迷惑は考えられていますか?」

「違うんだ! 本当に後悔してる……! 兄上から聞いたんだ。
 君は……君は、ただ“魔力測定に向かない体質”なだけだと」

 ふむ。

 あの場で話さなかったにも関わらず、ルーク殿下は何かしら含みを持たせたらしい。

「兄上は言っていた! 君には別の……希少な力があるのかもしれないって!
 そんな大事なこと、なぜ俺に言わなかった!?」

「殿下は必要ないと思われたのでしょう?」

「必要だ! 君を失うなんて……!」

 ――ようやく焦ったようだ。

 だが遅い。

「殿下」

「なんだ……?」

「私はもう、殿下の婚約者ではありません」

「だが……! やり直せる、そうだろう!? 昨日のことは謝るから……!」

 彼が手を伸ばそうとしたその時。

 冷たい影が、彼の背に落ちた。

「――リリアーヌに触れるな」

 その声を聞いただけで、空気が変わる。

「う、うわっ……!」

 アレクシス殿下が振り返ると、

 そこには黒馬にまたがる、凛とした姿。

 第一王子ルーク殿下。

 金の瞳が冷たく光り、殿下を見下ろしていた。

「兄上……!」

「昨日の今日で、ずいぶん往生際が悪い」

「兄上こそ! なぜここに……!」

 ルーク殿下は私にだけ柔らかい声で言う。

「少し時間が空いたから迎えに来た。迷惑だったか?」

「……いえ」

 その優しい声音に、胸が高鳴る。

 だがアレクシス殿下には、氷の刃のように冷たく響いたのだろう。

「兄上……! 本気で彼女を……?」

「昨日も言っただろう。リリアーヌは“役立たず”ではない。
 君が見ようとしなかっただけだ」

「ぐっ……!」

「それに」

 ルーク殿下は馬上からアレクシス殿下を冷たく見下ろした。

「“役立たず”と罵った相手に、今日になって泣きついてくるなど――王族として恥だ」

「っ……!」

 周囲の空気が凍りつく。

 アレクシス殿下は悔しさで顔を赤くし、言い返そうと口を開くが――

「帰れ、アレクシス。
 リリアーヌには、もう君を必要とする理由がない」

 その言葉は、残酷な事実であり、絶対の宣告だった。

「……っ、兄上……!」

 アレクシス殿下は唇を噛み、何か言いたげだったが――

 結局ひとことも反論できず、馬車に乗り込んで去っていった。

 門が閉ざされると、屋敷の空気がようやく落ち着いた。



「……助けていただいて、ありがとうございます」

「礼はいらない。君の顔を見れば、それでいい」

「殿下は……どうして私を?」

 そんなこと、前から聞きたかった。

 私には、彼ほどの立場の人に好かれる理由なんてないはずだ。

 だが彼はわずかに笑みを深めて、言った。

「理由が必要か?」

「必要……かもしれません」

「ではひとつだけ言おう」

 ルーク殿下は手袋を外し、馬から降りると、私の指先をそっと掬った。

 その視線は熱く、逃げ場を与えない。

「君は、美しい。そして優しい。
 誰かの陰に隠れ、自分の力を誇らない強さを持っている」

「……!」

「そんな女性に惹かれない男など、いると思うか?」

「殿下……!」

 胸が締め付けられるように熱くなる。

 その瞬間――

「お、お兄様ァァ!!」

 情けない悲鳴のような声が響いた。

 見ると、必死に走ってくる少女がひとり。

 城からよく知る人物――
 ルーク殿下の妹姫、第三王女アメリアだ。

「お兄様! どういうことなの!?
 アレクシスが“リリアーヌが攫われた!”って騒いでたけど!?」

「攫った覚えはないな。迎えに来ただけだ」

「迎え……っ、まさか本当に……本気で……?」

 アメリア姫がぱっと私を見た。

 そして頬を赤らめ、興奮気味に私の手を掴んだ。

「リリアーヌ様っ! 本当に本当にありがとうございます!!」

「は、はい……?」

「だって……! あのバカ兄(アレクシス)が選ぶ女なんてろくでもないに決まってるのに、リリアーヌ様だけは違ったんですもの!」

 な、なんという言い草。

 でも間違ってはいない気もする。

「リリアーヌ様がアレクシスの婚約者だった時は、まだ望みがあったのよ!
 でもあのミリアとかいう子と婚約するとか聞いて……家中が終わりだって空気になったわ!」

「え、家中……?」

「ええ! 父上も母上も“またアレクシスが変なのを選んだ……”って絶望してたわ!」

 ……それは普通に可哀想な気もする。

「でも! お兄様がリリアーヌ様を連れて帰るって聞いて……
 わたくし、嬉しくて!!」

「今、連れて帰るとは言っていないが」

「いや、連れて帰るでしょう!? 当然よね!?」

「それは本人の意志による」

「もちろん“帰る”わよね!? リリアーヌ様!!」

「え、えぇ……?」

 姫の勢いに押されて、言葉が詰まる。

 ルーク殿下は苦笑しながら言う。

「アメリア、少し黙れ」

「黙れませんっ! だって!」

 アメリア姫が私の手を握りしめ、きらきらした目で見上げた。

「リリアーヌ様が姉になる未来……最高に嬉しいんですもの!」

「アメリア!」

「あっ……」

 ようやく自分が口を滑らせたことに気づいたらしい。

 王女は慌てて口を押さえたが、時すでに遅し。

 私は固まる。

「……姉……?」

「……」

 ルーク殿下は私から目を逸らさない。

 静かに、わずかに照れたように、しかし真剣な声で言った。

「君を迎えたいと思っているのは事実だ。
 だが急かすつもりはない。今日はただ……迎えに来ただけだ」

「……殿下」

「あとでゆっくり話そう。家族とも」

 その言葉は、まるで婚約の前提のようで――
 胸がくすぐったくなる。

 アメリア姫も嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。

 そんな温かな空気の中。

 ただひとり。
 私にはまだ、胸に重くのしかかる“秘密”があった。

 ――私の“本当の能力”。

 魔力がないことが“欠点”ではない。

 むしろそれは、“隠す理由”になっていた。

 アレクシス殿下が戻ってほしいと焦りを見せたのも、
 私がただの「落ちこぼれ」ではないと気づいたからだ。

 でも。

 それでも。

 私が持つ力は――
 王宮を揺るがすほどの秘密。

 だからこそ、簡単には口にできない。

 けれど。

「君が話したくなるまで待つ」

 昨日からずっと、そう言い続けてくれる人がいる。

 その優しさに甘えてもいいのだろうか――
 そんな迷いが心を揺らす。


 その夜。

 家の書斎で、その“秘密”の力がわずかに暴れた。

 光でも炎でもない。
 音も匂いもない。

 ただ――世界の“流れ”が、私の指先ひとつに集まり始める。

 私は震える息を吐いた。

「……また制御が……」

 ここ数年は抑え込んでいたのに。

 婚約破棄による精神の揺れが影響したのかもしれない。

 その力は――

 未来を“視る”力。

 それがどれほど国家に価値を持つか、考えるまでもない。

 だからこそ、私は誰にも話さなかった。

 ほんの少し力を使えば、誰が嘘をついているか、
 何が起こるか、道の分岐すら分かってしまう。

 苦しくて、重くて、誰にも言えないままずっと生きてきた。

 だけど――

「……ルーク殿下は、どう受け止めてくださるのだろう」

 そう呟くと、胸の中で何かが熱くなる。

 アレクシス殿下では決して届かなかった場所まで、
 彼なら届いてしまいそうで。

 それが怖くて、でも――

 少しだけ嬉しい。

 気づけば、未来視の力がまた動き出していた。

 そして見えた光景は――

 王城。
 剣を抜いているアレクシス殿下。
 その正面に立つのは……ルーク殿下。

「……え?」

 アレクシス殿下の顔は、怒りと歪んだ執念に満ちていた。

 彼が叫ぶ。

 ――“リリアーヌは渡さない!!”と。

「まさか……」

 私の手が震える。

 未来はまだ確定ではない。
 けれど――このままでは。

「殿下を……守らなきゃ……!」

 そう思った瞬間。

 書斎の窓がノックされた。

「リリアーヌ、起きているか?」

 聞き慣れた落ち着いた声。

 私は慌てて未来視を抑え込み、震える手を隠した。

「……はい、殿下。どうぞ」

 扉が開き、ルーク殿下が微笑んで入ってきた。

「君に伝えたいことがあってな。少し――話をしてもいいか?」

 胸が大きく跳ねた。

 未来は揺れ始めている。

 アレクシス殿下は暴走し始めている。

 その中で――
 ルーク殿下の瞳は、まっすぐ私だけを見つめていた。

 その眼差しを見た瞬間、私は思った。

 ――この人にだけは、嘘をつきたくない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

婚約破棄されたけど、どうして王子が泣きながら戻ってくるんですか?

ほーみ
恋愛
「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」  華やかな夜会の真っ最中。  王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。 「……あ、そうなんですね」  私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。 「で? 次のご予定は?」 「……は?」

婚約破棄ですか?結構ですわ。ですが違約金は国家予算になります

しおしお
恋愛
王太子エドガルドの婚約者である公爵令嬢アルシェラ・ヴァルディア。 だがある日、王太子は彼女を遠ざけ、代わりに義妹ノエリアを伴うようになる。 やがて社交界ではこう囁かれ始めた。 「王太子はアルシェラとの婚約を破棄するつもりらしい」と。 しかし―― アルシェラは慌てることも、泣くこともなかった。 「婚約破棄?どうぞご自由に」 そう微笑む彼女の手には、王家とヴァルディア家が結んだ正式な婚約契約書があった。 その契約には一つの条項がある。 王家が婚約を破棄する場合、違約金は“王国北方防衛費十年分”。 つまり、国家財政すら揺るがす巨額の賠償金。 そして春の王宮舞踏会―― 王太子は満場の貴族の前で婚約破棄を宣言する。 だがその瞬間、アルシェラは契約書を掲げた。 「婚約破棄はご自由に。ただし契約は守ってくださいませ」 王太子、義妹、そして王家を巻き込んだ 社交界最大の公開逆転劇が幕を開ける。 これは、静かな公爵令嬢が 契約一枚で王太子の“真実の愛”を叩き潰す物語。

悪役令嬢ですが、今日も元婚約者とヒロインにざまぁされました(なお、全員私を溺愛しています)

ほーみ
恋愛
「レティシア・エルフォード! お前との婚約は破棄する!」  王太子アレクシス・ヴォルフェンがそう宣言した瞬間、広間はざわめいた。私は静かに紅茶を口にしながら、その言葉を聞き流す。どうやら、今日もまた「ざまぁ」される日らしい。  ここは王宮の舞踏会場。華やかな装飾と甘い香りが漂う中、私はまたしても断罪劇の主役に据えられていた。目の前では、王太子が優雅に微笑みながら、私に婚約破棄を突きつけている。その隣には、栗色の髪をふわりと揺らした少女――リリア・エヴァンスが涙ぐんでいた。

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

婚約破棄した相手が付き纏ってきます。

沙耶
恋愛
「どうして分かってくれないのですか…」 最近婚約者に恋人がいるとよくない噂がたっており、気をつけてほしいと注意したガーネット。しかし婚約者のアベールは 「友人と仲良くするのが何が悪い! いちいち口うるさいお前とはやっていけない!婚約破棄だ!」 「わかりました」 「え…」 スッと婚約破棄の書類を出してきたガーネット。 アベールは自分が言った手前断れる雰囲気ではなくサインしてしまった。 勢いでガーネットと婚約破棄してしまったアベール。 本当は、愛していたのに…

処理中です...