博多はつ恋おわらせ屋〜シロヘビさんの幸運結び〜

葉方萌生

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第三章 忘れても忘れない想い

3-5

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「なんでそんな簡単に言うこと聞いてるんですか!? あの店は……『はつ恋おわらせ屋』は凪さんにとってなくてはならないものでしょ?」

 光一の訴えを聞いて、凪の心がふるりと揺れる。
 そうだ。おわらせ屋は自分にとってとても大切な居場所で、自分のアイデンティティみたいなものだ。店を閉める時に胸を襲った寂しさは、自分の居場所を失うかもしれないという恐怖心からくるものだった。そんなことすら、自分で気づかないなんて、我ながら馬鹿だと思う。  
 でも、自分の想いだけではどうすることもできないことだってあるのだ。
 凪は、昨日の姫華と同じように眉をぎゅっと寄せて怒りを露わにする光一に「仕方ないけん」と明るく言い放つ。

「私一人の気持ちで、お店を開けるわけにはいかんとっ! それより光一、これ流のみんなで食べて、飲んで」

 凪はなんでもないふうを装って、先ほどキャナルシティ博多で買った差し入れを光一に押し付けるようにして渡す。正直ビールが重くて早く誰かに渡してしまいたかったのだ。光一のほうから声をかけてくれてありがたい。

「凪さん……。こんなに、いいと?」

 お店のこともまだ心配している様子の光一だったが、凪から渡されたたくさんの差し入れを見て、目を潤ませる。光一と出会ってからまだ一週間も経っていないが、光一が人情に厚い人間だということは凪も十分理解していた。
 とそこへ、「どこ~?」「どこにおると~?」と間延びした声が後ろから聞こえてきた。振り返ると凪の予想通り、いつものように博多織の鞄を持った橙子がきょろきょろと辺りを見回しながらこちらに近づいてきた。

「あれ凪さんと光一さん、なにしとーと?」

 二人の元へとことこと駆け寄ってきた橙子は、純粋な瞳で光一に問いかける。

「見れば分かるやろ、飾り山笠を作っとーとよ」

 光一が飾り山笠を指差して橙子に教える。白蛇の女神のような人形が、ちょうど山笠に飾り付けられるところだった。

「ほう~今年も立派じゃのう~。去年は……どんなんやったっけ?」

「覚えてないんかい! って、俺も流に加わったのは今年からやけどね」

「え、そうやったと?」

 凪は、光一が今年から那珂流のメンバーに入ったと知って衝撃を覚える。

「そうなんですよー。てか話してませんでしたっけ」

「聞いてない」

「それはそれは、すみません。那珂流の総務の木戸きどさんの甥で、誘ってもらったんですよ。木戸さん、あの人です」

 光一が指差した先には、竹を模した飾りをかついで運ぶ大きな男がいた。
 光一よりも一回りほどガタイがいいように見える。あの人が総務を務めているのか、と凪は感心してしまった。

「へえ、あの人に誘ってもらったんだ。じゃあ新入りってことやね?」

「そうなんですよ~。だからたくさん働かなきゃいけないです」

「ほうほう。それじゃあ、光一からみなさんにこの差し入れ渡しといて~」

「ありがとう、凪さん」

 光一がくるりと踵を返して、「みなさーん! 差し入れをいただきました!」と声を張り上げて呼びかけた。作業をしていた男性たちが凪たちのほうに一斉に振り返る。
 その中の一人、総務の木戸の目がじろりと厳しいものに変わるのを凪は目にした。

(なになに、なんか私の顔についとるんかいな?)

 どういうわけか厳しい顔つきをしている木戸の視線が気になって、凪は心臓の音がドクッ、ドクッと大きく乱れるのを感じた。
 木戸が凪と橙子が並んで立っているところまでやってくる。そして、凪を睨み、口を開いた。

「お前、もしかしてあのみょうちくりんな店の店主か?」

 みょうちくりんな店、と言われて凪のこめかみがぴくりと動く。

「『はつ恋おわらせ屋』のことを言っとるんよね?」

 さすがの凪も、相手からの交戦的な姿勢を感じ取って、鋭い視線を向けた。

「ああ、そうだ。おかしな店名の店だってみんなで話しとったんよ。でもしばらく閉店するみたいでよかったわ~」

 閉店のことなどどこから嗅ぎつけたのだろう——凪は一瞬疑問に思ったが、そもそもお店を休むように仕向けたのは、木戸をはじめ山笠メンバーかもしれないと思い至る。

(確か、町内会の人たちが山笠の振興会でも問題になっとるって言いよった)

 実際に木戸やここにいる那珂流の人たちがおわらせ屋のことに言及したのかは分からないが、少なくとも山笠メンバーに自分の店をよく思われていないことだけは理解した。

「で、差し入れやけど。地域に悪評を立てるはた迷惑なお店の店主からもらう差し入れはないわな」

 冷たい態度で、光一が差し出した凪の差し入れを跳ね除ける木戸。これにはさすがに光一も驚いて目を見開く。

「ちょっと、伯父さん——」

 光一にとっては親戚の伯父である木戸だが、まさか自分の伯父が他人の厚意を踏み躙るようなことをするとは思っておらず、しばらく何が起こったのかも理解できなかった。

 凪は、木戸のその一連の仕草を、呆然と眺めていた。
 悲しいとか悔しいとか、そんな単純な言葉では言い表せない感情が心の中で渦を巻く。でも不思議と、怒りは湧いてこなかった。ただ拒絶された現実を受け入れることができずに、化石のように固まっていた。
 気まずいのか、光一も二の句が継げない様子でじっと木戸と凪の出方を窺っている。
 ぴりりとした空気がその場に漂い、流メンバーの誰もが彼らの動向を見守っていた。
 誰も何も言葉を発することができない——そのはずだったが、凪の隣に佇んでいた橙子が突如、口を開いた。
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