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第三章 忘れても忘れない想い
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お店を閉めようと決意した翌日。
今日は姫華はやってこない。
昨日、あんなかたちで出て行った手前、のこのこと店に出て来られるような人ではないことを、凪は知っていた。胸に寂しさを覚えながらも、凪は淡々とお店を閉める準備をする。「しばらく営業を休止します」という張り紙をつくり、玄関に貼り出す。やることといえばそれぐらいだった。あとは、店内の掃除をして、立て看板を店の中にしまう。飲食店ではないから腐るものもないし、閉店の準備はすぐに終わった。
「ちょっと閉めるけん、ごめんな」
『白蛇の鱗』を握りしめて、誰もいない店内でそっとつぶやく。ここは凪にとって商売場所でもあり、一番心落ち着くところだ。営業をしなくとも、毎日やってくるだろうが、やはり閉店した店内というのはもの寂しさにあふれていた。
「よし、今日は気晴らしに買い物にでも行こう」
そうひとりごちて、お店を出る。今日は着物ではなくジーパンに裾のふんわりとひろがる黒いブラウスを着ていた。一人で歩いても決して目立たないし、普通の女にしか見えないだろう。この場所を離れたら、誰も自分があやかしの商売人だなんて思うまい。
この辺で買い物ができる場所といえば、川端商店街だが、せっかくなので商業施設に行こうと思い立つ。凪の店の近くには、キャナルシティ博多という大型の商業施設がある。歩いてものの十分程度でたどり着くので、何か買い物をする時には便利だった。
「そういえば、光一は今も山笠の準備をしとるかいな」
もうすぐ七月ということで、博多の街は山笠祭り前の準備に徹している。
きっと光一も、那珂流の集会所で作業を進めているだろう。となれば、せっかくなのであとで光一にも会いに行こうと思い立つ。
「差し入れ持って行ったら喜ぶやろうか」
これまで凪は、あやかしとして現世に舞い降りてから、ろくに社交の場に出たことがなかった。基本的には一人で店番をして、時々こうして店を閉めて買い物に出かける。同じような毎日の繰り返しの中で、時々訪れるお客さんの初恋の記憶を見ては、お客さんの幸せを願ってきた。
でも、最近姫華や光一、橙子と出会って凪の毎日は少しずつ彩りを増しているのを感じる。穏やかで波乱のない日々が、良くも悪くも波のある日々に変わっていた。
キャナルシティ博多には博多のお土産屋さんがある。そこで、お菓子を数種類と、さらに別の店でビールを買った。博多の男たちはよく飲むと聞く。山笠の準備の疲れが少しでも癒えるようにと願った。
一通りウィンドウショッピングを楽しんでから、キャナルシティ博多を後にする。その後、前回訪れた那珂流の集会所に向かおうとした。が、キャナルシティ博多の入り口の前に、大きな神輿のようなものと共に、法被を着た男たちがあくせく動き回っている姿が見えた。
さっき、凪が入ったのとは別の入り口なので、今まで気がつかなかった。神輿の下には大きな人形や飾りがずらりと並んでいる。その飾りを、男たちがせっせと骨組みだけの山笠に取り付けている。かなり大変そうな作業で、凪は圧倒されながらしばらく彼らの様子を眺めていた。
(あれが飾り山笠か)
言われなくてもすぐに気づいた。
七月になると博多の街の各所で、「飾り山笠」と呼ばれる山笠が公開される。那珂流の飾り山笠はこの場所に飾られるのだ。その準備をしているのだろう。
那珂流の飾り山笠の飾りの人形は、着物を着た女の人だった。さらに、その女の人の背後に白蛇の頭がにゅっと飛び出している。「え?」と驚いて人形を凝視していると、後ろから「凪さん?」と声をかけられた。
「こ、光一。こんにちは」
「凪さん、こんなところで何しとるん? 今日、お店は?」
「お店は……閉めることになった」
「閉めることになった?」
法被姿の光一は、凪の言葉の真意をはかりかねている様子で考えあぐねる。「閉めた」でも「今日は閉めている」でもなく、「閉めることになった」とあえて凪が口にした表現に疑問を覚えている様子だ。
「それって、今日だけじゃないってことですか?」
「そう。しばらく閉める予定。少なくとも、山笠が終わるまでは」
凪は那珂流の飾り山笠を見上げながらつぶやいた。どこか湿り気を帯びた凪の言葉に、光一もただならぬ事情を察したのか、「まじか」とため息を吐く。
「でもなんでなんです? お店を閉めるなんて、そんな話してなかったですよね?」
事情を知りたがる光一に、凪はことの顛末を話すかどうか迷ったが、どうしても知りたそうな顔をしていたので、訥々と語りだした。
町内会会長と副会長に言われた言葉をそのまま光一に伝える。二人の言うことを聞いて、お店を閉めることにしたのだと言うと、光一の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。
今日は姫華はやってこない。
昨日、あんなかたちで出て行った手前、のこのこと店に出て来られるような人ではないことを、凪は知っていた。胸に寂しさを覚えながらも、凪は淡々とお店を閉める準備をする。「しばらく営業を休止します」という張り紙をつくり、玄関に貼り出す。やることといえばそれぐらいだった。あとは、店内の掃除をして、立て看板を店の中にしまう。飲食店ではないから腐るものもないし、閉店の準備はすぐに終わった。
「ちょっと閉めるけん、ごめんな」
『白蛇の鱗』を握りしめて、誰もいない店内でそっとつぶやく。ここは凪にとって商売場所でもあり、一番心落ち着くところだ。営業をしなくとも、毎日やってくるだろうが、やはり閉店した店内というのはもの寂しさにあふれていた。
「よし、今日は気晴らしに買い物にでも行こう」
そうひとりごちて、お店を出る。今日は着物ではなくジーパンに裾のふんわりとひろがる黒いブラウスを着ていた。一人で歩いても決して目立たないし、普通の女にしか見えないだろう。この場所を離れたら、誰も自分があやかしの商売人だなんて思うまい。
この辺で買い物ができる場所といえば、川端商店街だが、せっかくなので商業施設に行こうと思い立つ。凪の店の近くには、キャナルシティ博多という大型の商業施設がある。歩いてものの十分程度でたどり着くので、何か買い物をする時には便利だった。
「そういえば、光一は今も山笠の準備をしとるかいな」
もうすぐ七月ということで、博多の街は山笠祭り前の準備に徹している。
きっと光一も、那珂流の集会所で作業を進めているだろう。となれば、せっかくなのであとで光一にも会いに行こうと思い立つ。
「差し入れ持って行ったら喜ぶやろうか」
これまで凪は、あやかしとして現世に舞い降りてから、ろくに社交の場に出たことがなかった。基本的には一人で店番をして、時々こうして店を閉めて買い物に出かける。同じような毎日の繰り返しの中で、時々訪れるお客さんの初恋の記憶を見ては、お客さんの幸せを願ってきた。
でも、最近姫華や光一、橙子と出会って凪の毎日は少しずつ彩りを増しているのを感じる。穏やかで波乱のない日々が、良くも悪くも波のある日々に変わっていた。
キャナルシティ博多には博多のお土産屋さんがある。そこで、お菓子を数種類と、さらに別の店でビールを買った。博多の男たちはよく飲むと聞く。山笠の準備の疲れが少しでも癒えるようにと願った。
一通りウィンドウショッピングを楽しんでから、キャナルシティ博多を後にする。その後、前回訪れた那珂流の集会所に向かおうとした。が、キャナルシティ博多の入り口の前に、大きな神輿のようなものと共に、法被を着た男たちがあくせく動き回っている姿が見えた。
さっき、凪が入ったのとは別の入り口なので、今まで気がつかなかった。神輿の下には大きな人形や飾りがずらりと並んでいる。その飾りを、男たちがせっせと骨組みだけの山笠に取り付けている。かなり大変そうな作業で、凪は圧倒されながらしばらく彼らの様子を眺めていた。
(あれが飾り山笠か)
言われなくてもすぐに気づいた。
七月になると博多の街の各所で、「飾り山笠」と呼ばれる山笠が公開される。那珂流の飾り山笠はこの場所に飾られるのだ。その準備をしているのだろう。
那珂流の飾り山笠の飾りの人形は、着物を着た女の人だった。さらに、その女の人の背後に白蛇の頭がにゅっと飛び出している。「え?」と驚いて人形を凝視していると、後ろから「凪さん?」と声をかけられた。
「こ、光一。こんにちは」
「凪さん、こんなところで何しとるん? 今日、お店は?」
「お店は……閉めることになった」
「閉めることになった?」
法被姿の光一は、凪の言葉の真意をはかりかねている様子で考えあぐねる。「閉めた」でも「今日は閉めている」でもなく、「閉めることになった」とあえて凪が口にした表現に疑問を覚えている様子だ。
「それって、今日だけじゃないってことですか?」
「そう。しばらく閉める予定。少なくとも、山笠が終わるまでは」
凪は那珂流の飾り山笠を見上げながらつぶやいた。どこか湿り気を帯びた凪の言葉に、光一もただならぬ事情を察したのか、「まじか」とため息を吐く。
「でもなんでなんです? お店を閉めるなんて、そんな話してなかったですよね?」
事情を知りたがる光一に、凪はことの顛末を話すかどうか迷ったが、どうしても知りたそうな顔をしていたので、訥々と語りだした。
町内会会長と副会長に言われた言葉をそのまま光一に伝える。二人の言うことを聞いて、お店を閉めることにしたのだと言うと、光一の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。
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