演じるのはもうやめます

たくわん

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王都を離れる日の朝、アリシアの屋敷には多くの人々が別れを告げに訪れた。

最初に現れたのは、従姉妹のソフィアだった。

「アリシア、本当に行ってしまうのね」

ソフィアは涙声だった。

「ええ。でも、手紙は必ず書くわ」
「私、あなたがいなくなったら、寂しくて…」

アリシアはソフィアを抱きしめた。

「あなたは強い女性よ、ソフィア。私がいなくても、きっと大丈夫」
「アリシア、あなたは私の憧れだった。これからも、ずっと」

二人は長い間、抱き合っていた。

次に訪れたのは、『ローズ・アンド・ソーン』のスタッフたちだった。トーマス、料理長ブランシェ、そして開店当初から支えてくれた全員が。

「お嬢様、本当にお世話になりました」

トーマスが代表して言った。

「こちらこそ。みんながいなければ、何も成し遂げられなかった」

アリシアは一人一人と握手を交わした。

「お店のことは、心配しないでください。必ず守り続けます」
「信じているわ、トーマス」

商人組合の仲間たちも、別れを惜しんだ。

「アリシア様、あなたは本物の商人でした」

ギルバート商会長が言った。

「最初は疑っていましたが、あなたの誠実さと情熱に、皆が心を動かされました」
「ありがとうございます。ルミエールでも、同じ心で商売を続けます」

王太子妃殿下からは、直筆の手紙が届いた。

『アリシア様、あなたは多くの女性に希望を与えました。ルミエールでも、その光を輝かせてください。いつか、また会える日を楽しみにしております』

アリシアは手紙を大切に胸にしまった。

午後、予期せぬ訪問者があった。ヴィクターだった。

「アリシア、少しだけ時間をもらえないか?」

二人は庭園を歩いた。初めて婚約破棄を告げられた、あの庭園を。

「ヴィクター様、どうされました?」
「お前に、最後に伝えたいことがある」

ヴィクターは立ち止まり、真剣な表情で言った。

「俺は、お前を失って初めて、お前の価値が分かった。いや、価値という言葉さえ不適切だ」

彼は続けた。

「お前は、かけがえのない存在だった。そして、俺はそれを理解できなかった」

アリシアは静かに聞いていた。

「今更、何を言っても遅いことは分かっている。でも、言わせてくれ」

ヴィクターの目には、涙が浮かんでいた。

「俺は、お前を愛していた。いや、愛していたつもりだった。でも、本当の意味でお前を愛することができなかった」

彼は深く頭を下げた。

「本当に、すまなかった。そして、ありがとう。お前が、俺に多くのことを教えてくれた」

アリシアは優しく微笑んだ。

「ヴィクター様、顔を上げてください」
「アリシア…」
「私も、感謝しています。あなたとの出会いがあったからこそ、今の私がある」

アリシアは続けた。

「私たちは、お互いに必要な経験をしたのだと思います。そして、それぞれの道を見つけた」
「お前は、本当に強い」

ヴィクターは感嘆した。

「いいえ、私も傷つき、悩み、迷いました。でも、支えてくれる人々がいた。それが、私を強くしてくれたんです」

二人は最後の握手を交わした。

「幸せになってくれ、アリシア。心から、そう願っている」
「あなたも、ヴィクター様。きっと、本当に愛せる人が現れます」

ヴィクターが去った後、アリシアは庭園のベンチに座った。

「これで、本当に過去との決別ね」

彼女は空を見上げた。青く澄んだ空。新しい未来を象徴するような空。

夕方、父である公爵が娘を呼んだ。

「アリシア、お前に渡したいものがある」

公爵が差し出したのは、小さな木箱だった。

「これは?」
「お前の母が、お前のために遺したものだ。結婚する時に渡すようにと」

アリシアは震える手で箱を開けた。中には、美しいペンダントと手紙があった。

手紙を開くと、母の優しい筆跡が並んでいた。

『愛するアリシアへ。もしあなたがこの手紙を読んでいるなら、あなたは素敵な人と出会い、新しい人生を始めようとしているのでしょう。お母様は、とても嬉しく思います。

人生には、困難なことがたくさんあります。でも、ありのままの自分を愛してくれる人がいれば、どんな困難も乗り越えられます。

あなたは強く、優しく、そして美しい。その心を、いつまでも大切にしてください。

そして覚えておいて。お母様は、いつもあなたのそばにいます。空から、あなたを見守っています。

愛する娘よ、どうか幸せに。』

アリシアは涙を流した。母の愛が、時を超えて届いた。

「お父様…」
「お前の母も、お前のように強い女性だった。そして、お前を誇りに思っていただろう」

公爵は娘を抱きしめた。

「アリシア、行っておいで。お前の道を、堂々と歩きなさい」
「ありがとうございます、お父様」

その夜は、父と娘で静かに食事をした。思い出話に花を咲かせ、未来について語り合った。

「ルミエールでも、手紙を書きます」
「待っているよ。そして、時々は帰ってくるんだぞ」
「もちろんです」

翌朝、出発の時が来た。

大きな馬車には、アリシアの荷物が積まれていた。護衛のガルド、メイドのエリザベス、そしてアレクシスが待っていた。

「準備はいい?」

アレクシスが優しく聞いた。

「ええ」

アリシアは振り返って、屋敷を見た。ここで生まれ、育ち、そして本当の自分を見つけた。

使用人たちが見送りに出ていた。執事のセバスチャンは、涙を堪えている様子だった。

「セバスチャン、今までありがとう」
「お嬢様こそ…いえ、アリシア様。どうかお幸せに」

馬車が動き出した。アリシアは窓から手を振り続けた。

屋敷が、街が、そして王都が、徐々に遠ざかっていく。

「寂しい?」

アレクシスが聞いた。

「少しね。でも、後悔はしていないわ」

アリシアは前を向いた。

「これから、新しい物語が始まる。それが楽しみなの」

アレクシスは彼女の手を取った。

「一緒に、素晴らしい物語を作ろう」
「ええ」

馬車は、ルミエール王国へと向かっていく。道のりは長いが、二人には時間がたっぷりある。

窓の外では、春の花が咲き誇っていた。新しい季節、新しい人生。すべてが、希望に満ちている。

アリシアは母のペンダントを握りしめた。

「お母様、見ていてください。私、幸せになります」

風が、優しく彼女の髪を撫でた。まるで、母が答えているかのように。

馬車は、未来へと続く道を進んでいく。アリシアの新しい冒険が、今、始まろうとしていた。
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