私に用はないのでしょう?

たくわん

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辺境に追放されても薬の勉強はやめません

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一ヶ月後——。

王都の貴族街に、豪華な馬車が到着した。

イーサリアス公爵家の紋章を掲げたその馬車から、銀髪の貴公子が降り立つ。

三年ぶりに公の場に姿を現したイーサリアス公爵に、街中が騒然となった。

「公爵様が!」

「呪いが解けたのか?」

「なんと、お美しい……」

人々の視線が集まる中、公爵は後ろを振り返った。

「リディア、来なさい」

「は、はい……」

リディアは緊張しながら馬車を降りた。

質素だが品のある服を身にまとい、薬師の印である緑のストールを首に巻いている。

「この方は、リディア・クレメント。わたしの専属薬師だ」

公爵の宣言に、周囲がざわついた。

「クレメント? あの薬師家の?」

「確か、宮廷薬師のセレスティア様の妹では……」

「辺境に追放されたと聞いていたが」

噂はあっという間に広がった。

リディアは背筋を伸ばして、堂々と歩いた。

もう、怖くない。

公爵が認めてくれた。自分の力を、信じていいのだと。


王宮では、イーサリアス公爵の回復を祝う宴が開かれることになった。

その席に、クレメント薬師家も招待された。

グレゴールとセレスティアが、宮殿の大広間に到着すると、すでに多くの貴族たちが集まっていた。

「あ、クレメント家の方々!」

一人の貴婦人が近づいてきた。

「リディア様、素晴らしいですわね! 公爵様を治されるなんて!」

「え、ええ……」

グレゴールは曖昧に頷いた。

セレスティアは、作り笑いを浮かべている。

「妹が、お役に立てたようで」

「お役に立てた、なんてものではありませんわ! 王都中の名医が匙を投げた病を治したのですもの! クレメント家の誇りですわ!」

貴婦人は興奮気味に話し続ける。

「それに、公爵様があれほどリディア様を気に入っていらっしゃるとは。もしかして、ご結婚なんてことも——」

「それは、ない」

セレスティアは強い口調で否定した。

「妹は、ただの薬師です。公爵様とは身分が違いすぎます」

「まあ、そうかしら? でも、公爵様があれほど信頼なさっているのなら……」

その時、大広間の扉が開いた。

イーサリアス公爵が、リディアを伴って入場する。

公爵は完全に回復し、その姿は誰もが息を呑むほど堂々としていた。

そして、その隣を歩くリディアは——。

「あれが、リディア・クレメントか……」

「公爵様の隣を歩いている」

「なんと、光栄な……」

貴族たちの視線が、一斉にリディアに注がれた。

セレスティアは、拳を握りしめた。

あの妹が——あの、地味で才能のない妹が——こんなに注目を浴びている。

許せない。

絶対に、許せない。


宴が始まり、イーサリアス公爵が挨拶をした。

「皆様、本日はお集まりいただき、感謝申し上げます」

公爵の声は、力強く、会場に響き渡った。

「わたしが病に倒れてから、三年の月日が流れました。多くの名医に診ていただきましたが、誰も原因を突き止めることができませんでした」

会場が静まり返る。

「しかし、一人の薬師が、答えを見つけてくれました」

公爵はリディアに手を差し伸べた。

「リディア・クレメント。彼女こそが、わたしの命の恩人です」

リディアは緊張しながらも、公爵の隣に立った。

「彼女は、古い医学書を丁寧に読み込み、誰も気づかなかった原因を突き止めました。華やかな技術ではなく、誠実な学びと、諦めない心で」

公爵は会場を見渡した。

「これこそが、真の薬師の姿です。わたしは、彼女を生涯の専属薬師として、側に置くことを、ここに宣言します」

会場が、盛大な拍手に包まれた。

リディアは深く頭を下げた。

涙が溢れそうになるのを、必死で堪える。

認められた。

自分の努力が、誠実さが、認められたのだ。


宴の後、セレスティアはリディアに近づいた。

「リディア」

「お姉様……」

二人は、人目につかない回廊で向かい合った。

「おめでとう。まさか、あなたが公爵様を治すなんて」

セレスティアの声は、冷たかった。

「でも、勘違いしないで。これは、ただの幸運よ。たまたま、あなたが読んでいた本に答えがあっただけ」

「お姉様——」

「あなたに、本当の才能があるわけじゃない。公爵様も、いずれ気づくわ。あなたが、どれほど無能か」

リディアは、姉を真っ直ぐに見つめた。

「お姉様は、患者さんを何人、治しましたか?」

「……何ですって?」

「宮廷薬師として、何人の病を癒しましたか? それとも、美容薬と香油を作るだけですか?」

セレスティアの顔が、歪んだ。

「生意気な……!」

「私は、公爵様を治しました。それが、全てです」

リディアは毅然と言い切った。

「才能があるとか、ないとか——そんなことは、もうどうでもいい。大切なのは、目の前の人を救えるかどうか。それだけです」

「あなた……変わったわね」

セレスティアは、信じられないという表情でリディアを見た。

「前は、もっと従順で、言いなりになっていたのに」

「変わったんです。辺境で、公爵様に出会って」

リディアは微笑んだ。

「自分の価値を、信じられるようになりました」

セレスティアは何も言えず、踵を返して去っていった。


数日後——。

宮廷で、ある事件が起きた。

セレスティアが調合した美容薬で、貴婦人の肌が荒れるという事故が発生したのだ。

「どういうことですか、セレスティア様!」

貴婦人は怒りに震えていた。

「あなたが『完璧な美容薬』だと言ったから、使ったのに! この発疹は何ですか!」

「そんな、はずは……私の調合に、間違いはないはずです!」

セレスティアは慌てた。

でも、事実として、貴婦人の顔には赤い発疹が広がっている。

「もういいわ! あなたには、二度と頼みません!」

貴婦人は部屋を出て行った。

セレスティアは、崩れ落ちるように椅子に座った。

なぜ——。

何度も成功してきた調合だったのに。

「落ち着いて、考えて……」

でも、頭が真っ白になる。

リディアへの嫉妬、焦り、不安——それらが渦巻いて、冷静に考えられない。

その時、扉が開いた。

「セレスティア様、大変です」

侍女が慌てて駆け込んできた。

「他の貴婦人方からも、苦情が……美容薬の効果がない、むしろ肌が荒れた、と」

「そんな……」

セレスティアの世界が、崩れ始めた。

宮廷薬師としての地位。

貴族たちからの信頼。

全てが、音を立てて崩れていく。

一方、その頃——。

リディアは公爵の屋敷で、新しい薬草園の設計図を描いていた。

「ここに、ローズヒップを植えて……こちらには、カモミールを」

「楽しそうだな」

イーサリアスが、後ろから声をかけた。

「公爵様! はい、とても楽しいです」

リディアは振り向いて、笑顔を見せた。

「ここで育てた薬草で、もっと多くの人を助けられます」

「そうか」

公爵は、リディアの隣に座った。

「お前の姉が、宮廷で問題を起こしたそうだ」

「……聞きました」

リディアの表情が、少し曇る。

「可哀想だとは、思いませんか? 私が、お姉様から全てを奪ってしまったような……」

「違う」

イーサリアスは首を横に振った。

「お前は、何も奪っていない。ただ、誠実に仕事をしただけだ」

「でも——」

「お前の姉は、自分で自分の地位を失った。実力が伴わないのに、見栄を張り続けた結果だ」

公爵はリディアの手を取った。

「お前は、何も悪くない」

その温かい手に、リディアは救われた気がした。

「ありがとうございます」

「それに」

イーサリアスは、少し照れたように視線を逸らした。

「お前には、わたしがいる」

「公爵様……?」

「リディア」

公爵は、真剣な表情でリディアを見つめた。

「お前を、生涯、守りたい。薬師として、そして——」

言葉を続けようとして、公爵は躊躇った。

「そして?」

「……いや、今はまだいい」

イーサリアスは立ち上がった。

「もう少し、時間をくれ。お前に、ふさわしい立場になってから、改めて伝えたいことがある」

リディアは不思議そうに首を傾げたが、追及はしなかった。

「わかりました。お待ちしています」


それから数ヶ月後——。

セレスティアは、宮廷薬師の地位を失った。

相次ぐ失敗と、貴族たちからの苦情に耐えきれず、自ら辞職したのだ。

クレメント薬師家の屋敷で、セレスティアは荷物をまとめていた。

「どこに行くんだ?」

父、グレゴールが尋ねた。

「地方の、小さな町です。そこで、一から薬師として学び直します」

セレスティアの声は、以前の傲慢さを失っていた。

「……そうか」

グレゴールは、娘の肩に手を置いた。

「遅すぎることは、ない。頑張りなさい」

「はい……」

セレスティアは、小さく頷いた。

リディアへの嫉妬は、まだ心の中にある。

でも、認めざるを得ない。

妹は、自分よりも優れた薬師だった。

「いつか……いつか、追いつけるだろうか」

そう呟いて、セレスティアは屋敷を後にした。


同じ頃、王宮では——。

イーサリアス公爵が、国王に謁見していた。

「公爵、本当に、その娘を?」

「はい、陛下」

公爵は、毅然と答えた。

「リディア・クレメントを、わたしの妃に迎えたいのです」

「身分が、釣り合わないのでは?」

「彼女は、わたしの命を救いました。それ以上の資格が、必要でしょうか?」

国王は、深く考え込んだ。

そして——。

「……わかった。許可しよう」

「ありがとうございます!」

公爵は、深く頭を下げた。

これで、リディアに想いを伝えられる。

専属薬師としてではなく、生涯の伴侶として。


その夜、公爵はリディアを庭園に呼び出した。

月明かりの下、二人は向かい合った。

「リディア」

「はい、公爵様」

「もう、公爵様と呼ぶのはやめてくれ」

イーサリアスは、リディアの手を取った。

「これからは、イーサリアスと呼んでほしい」

「え……でも、それは——」

「リディア、わたしは、お前を愛している」

リディアの心臓が、大きく跳ねた。

「薬師として尊敬しているだけではない。一人の女性として、心から愛している」

「イーサリアス様……」

「わたしの妃になってくれ。一生、お前を守り、愛し続けると誓う」

リディアの目に、涙が溢れた。

追放され、見捨てられた自分が——。

こんなにも、愛されている。

「はい……喜んで!」

リディアは、イーサリアスの胸に飛び込んだ。

公爵は、優しくリディアを抱きしめた。

「ありがとう、リディア」

月明かりの下、二人は誓いのキスを交わした。


数ヶ月後、盛大な結婚式が執り行われた。

次期国王の妻となるリディアに、王都中が祝福を送った。

式には、父グレゴールも出席していた。

「リディア、幸せになりなさい」

「ありがとう、父上」

リディアは、心から微笑んだ。

かつて自分を見捨てた父を、恨んではいない。

あの追放があったから、イーサリアスに出会えたのだから。

全ては、運命だったのだ。

式の後、リディアは薬草園に立った。

ここで、これからも薬師として働く。

王妃となっても、その使命を忘れない。

「リディア」

イーサリアスが、後ろから抱きしめた。

「幸せか?」

「はい、とても」

リディアは、夫の手を握った。

「これからも、ずっと、あなたの側で薬師として生きていきます」

「ああ。わたしも、ずっとお前を愛し続ける」

二人は、薬草園に咲く花々を見つめた。

追放された薬師は、今——。

誰よりも幸せな、王妃となった。

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