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鍵と記憶と受付嬢
第1話
しおりを挟む窓からさす朝日を浴びながら、シルヴィアは寝起きの状態で手に握る鍵を眺めていた。
以前、長い眠りから目覚めた時に首から下がっていたロザリオは、いつの日からかこのよくある型の鍵に変わっていたのだ。それが何の鍵なのかわからず、どれだけ見つめても答えは出てきそうにない。
しばしその鍵を眺めていたが、突然部屋に小さくお腹のなる音が響いた。昨日の夜から何も食べておらず、シルヴィアは小さくため息をもらして一階に降りて行った。
「はいおつりね」
「ありがとうございます」
店主から釣り銭をもらい、シルヴィアは籠を持って店を後にした。
今日は特に仕事もないので、かと言って趣味もないので例によって食材の調達に来ていた。
本来ならある程度の食材を買い揃えて終えるはずだが、今日は違った。少し歩いて彼女が来たのは、不動産屋だった。
「いらっしゃ~い」
店に入れば、すぐ側から若い女性の声がした。この店のオーナーらしき猫系獣人の女性は、尻尾を振りながらシルヴィアのもとに歩いてきて早速空き部屋のチラシを見せた。
「お部屋のお探しですか?それなら、ここなんてどうですか?」
「いえ、部屋ならあります」
「じゃあ何のようですか?」
ポカンとするオーナーに、シルヴィアはチェーンを引っ張って鍵を見せた。彼女の髪と同じ、銀色の鍵が小さく輝きを放つ。
「この鍵が、どの家の鍵か探して欲しいのです」
「にゃるほど!ちょっと待っててくださいね」
オーナーはチラシをしまうと、鍵を拝借して店の奥に消えていった。
結果から言えば、鍵はどの家の物でもなかった。だがシルヴィアはその事を伝えられても『そうでしたか』と言うだけで、オーナーに礼を言って店を出た。
用件を済ませ、残った休みは読書でもしようかと思った時だった。
「お嬢!」
何処かで男性の少ししゃがれた声がしたが、シルヴィアは気にせず店から離れていく。
「お嬢!待ってくれ!」
だが2度目ともなれば流石に気になり、シルヴィアは足を止めて振り返った。
シルヴィアの視線の先には、見知らぬ初老の男性が1人、手を振ってゆっくり歩いてきた。
「久しぶりだなお嬢、元気にしてたか?」
「…?特に病にかかった覚えはありません」
「そうかそうか。それにしても…その髪はいめちぇんってやつか?前の金も良かったが、銀も似合ってるなぁ」
知らない人に訳のわからない事を言われ、シルヴィアは首を傾げた。どんなに記憶を探ってもこの男の顔にピンとこないのだが、男の方は自分を知っている様子だった。
それに気づいた男は、ずっと1人で話していた口を閉ざした。
「ん?どうかしたか?」
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
男の口があんぐりと開き、くわえていたタバコと持っていた鞄が地面に落ちた。
「そうかぁ…そいつは大変だったな。絵本の眠り姫みてぇだ」
近くの喫茶店で、男性はコーヒーをすすりながらしみじみと呟いた。今しがた眠った時の事を話し終えたばかりだ。
男性は《シュウ》という名で、長い間ギルドの冒険者をしているらしい。そして、シルヴィアが眠る前にも何度も会っているそうだ。
「それにしても、その腕と足は何があったんだ?あと目も」
「わかりません」
「坊やには聞いたのか?」
「坊やとは?」
「グレイの坊主だよ。今はギルドマスターか」
「マスターは…」
言いかけてシルヴィアは、グレイに詳細を聞いていない事を思い出した。グレイはただ『事故があって眠った』としか言っておらず、それ以外の事は聞いた事がなかった。
「…特に何も」
「…そうかぁ」
シュウは髪と同じ色の白い髭を撫でながら呟いたかと思えば、当然ガタンと音を立てて立ち上がった。
「それなら俺たちで探ってみねぇか?」
「何をですか?」
「お嬢が記憶を失くした原因だよ」
「別に構いませんが…」
「決まりだな」
シュウはそう言ってシワが多く刻まれた顔に、少年のような笑みを浮かべた。
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