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逸れ者と受付嬢
おまけ
しおりを挟む「クロカさん、お待たせしました。えっと…あれ?あ、こちらが更新した冒険者カードになります。書いてある通り1年はお休みなので、その間はギルドに申告なしでの活動は禁止です」
「ありがと」
若い受付嬢から少しばかり新しくなったカードを受け取りカバンに押し込んだ。あの受付嬢と比べてまだ初々しいあたり、まだこの職に就いて日が浅いのだろう。
「あの、何か…?」
私が何も言わずに見つめていたせいか、受付嬢の少女は不安そうな表情で尋ねてきた。きっとそこには、ダークエルフの珍しさと伝承への畏怖も含まれているのかもしれない。もう慣れたものだが。
「悪い、何でもない」
そう言ってその場を去ろうとしたが、ある事を思い出して足を止めた。
「1つ聞きたいんだけど…」
久しぶりに顔を見たくなった人物の名前を出せば、少女は一転して嬉しそうな表情になった。あれから数年経ち、無表情だった彼女も後輩に慕われるようになったのかと思うと、少し喜ばしい気がした。
あの依頼を終えた後、私はこのギルドの冒険者になった。今までは特に意味もなく大陸をふらついていたが、それももう必要なくなった。だから暇つぶしと金稼ぎが目的で、別にあの受付嬢がこのギルドにいるからではない…決して。
ギルドの裏手に回り、窓の枠や排水管を掴んで上へと登っていく。きっとこんな姿を聖騎士に見られたら即捕まるかもしれないが、あの新人受付嬢が『多分屋根の上にいますよ!』と言うのだから仕方ない。
言われた通り屋根の上に顔を覗かせれば、見慣れた制服を着た女性が屋根の上で寝転んでいた。それだけなら良かったのだが、彼女は植物の腕と足を屋根全体に伸ばしていた。
「何してんの?」
這わされた蔦を踏まないように近づけば、彼女は腕と足を戻してゆっくり起き上がった。銀髪が風になびき、太陽の光に照らされてキラキラと宝石のように輝く。
「お久しぶりです、クロカ様。今日は太陽の光を浴びて、日々の動作に必要な栄養を生成していました」
「…そうか」
数ヶ月ぶりに会ったかと思えば、訳のわからない事を真面目な顔で説明された。
とりあえず相槌を打ちながら隣に腰掛けると、シルヴィアは手袋をはめてロングブーツを履いた。いつ見てもその容姿が変わる事はなく、少し安心感を覚えると共に不信感も沸く。この人は歳を取らないのかと。
「私の顔に何かついていますか?」
「…何でもない」
盗み見ていたのがバレていたようで、私は慌てて視線を逸らした。シルヴィアは『そうですか』と言っただけだったが、心なしかその態度は初めて会った時より柔らかくなった気がする。
「冒険者稼業はもう慣れましたか?」
「まぁまぁかな」
「ご苦労様です」
「あんたもな」
せっかく向こうから話してくれたが、そこで再び会話が途切れる。別にこの空気が嫌いというわけでもないのだが、2人黙って座っているのもなんだかむず痒い。
「今日は何をしにいらしたのですか?」
沈黙を破るような声がして、私は少しホッとしたが避けていた話題を持ち込まれて少し言葉に詰まった。
「その…ギルドカードの更新に来た」
「…?更新はまだ先ではありませんでしたか?」
「来年の春から活動再開の手続きをしたんだ。だから今は冒険者を休んでる」
「何故ですか?」
本当に何でも子供のように聞いてくるなと思いながら、私はそっとお腹に手を添えた。
「…いるんだ」
「何がですか?」
「だから、えっと……子供が」
「………………………」
随分長い沈黙の後、シルヴィアは眉間に少しシワを刻んだが、ほんの少し嬉しそうな表情になった気がした。待て、それはどういう感情なんだ。
「まずはおめでとうございます」
「あ、ありがとう」
「ですが、その体で屋根まで登って来た事はいただけません。滑り落ちてお腹の子にもしもの事があったらどうするんですか」
「…ごめんなさい」
なんだかシロナに怒られているような気分になり、無意識のうちに謝罪の言葉が漏れてしまった。まさか喜びながら怒っているとは。
「お相手を聞いても?」
「ギルドと連携してる武具店の人間だよ。まだ結婚とかはしてない」
「その方はこの事を」
「…言ってない」
「どうしてですか?」
「…怖いんだ」
そこら辺の人ならこの話はもう終わりにしていたが、何故だかシルヴィアなら自然と心の内が漏れてしまう。
「こんな私が子供を産んでいいのか、育てる権利があるのか、子供は私のもとに産まれてきて幸せなのか…いろんな不安がある。それに彼が嫌がるかもしれない」
「…なるほど」
「私は幼い頃に結構苦労しからさ。そんな辛い事を、この子には知って欲しくないんだ」
まだ見た目の変化はないので触ってもわからないが、私にはわかる。小さな命が、必死になって生きようとしているのを少し前から感じていた。不思議と身体の中をそういったモノが流れ伝わってくるのだ。
本当は嬉しくて堪らないのだが、やはりそれと同じくらいの不安は拭いきれない。家族に相談なんて出来るはずもないし、たくさん友人がいるわけではない。むしろ片手で数えられるくらいだ。
「あの」
そんな私の思考を遮るかのようにシルヴィアの声がした。
「魔法中絶はオススメしません」
「…は?」
「その際にはまず、母親を睡眠系の魔法か毒草で仮死状態にします。そして先がギザギザになったクランプで赤子の体を少しずつ引き裂き、そのまま母体から引きずー」
「もういいから!それ以上聞きたくない!」
真顔で何を話すかと思えば、とんでもない内容がスラスラと出てきて私は慌てて止めにかかった。きっと彼女なりに止めさせようとしてくれたのかもしれないが、流石に今のはホラーだった。
「私が言っていいのかわかりませんが…」
「ん?」
「産まれてくる子は不幸になんかなりませんよ」
「…そう、かな」
「はい。その証拠にクロカ様は今、とても幸せそうな顔をされています」
「え?」
言われて私は自分の頬を触り、なんだかそこが熱を帯びていくような気がした。そんなに見られると恥ずかしいのは私だけじゃないはずだ。
だがそんな私をよそに、シルヴィアは話を続けた。
「子供を幸せにするのは、クロカ様にしか出来ないと思います」
「なんでだ?」
「幸せは、物を買ってもらったり何かをして貰って得るのではなく、大切な人に分け与えてもらう物だと思います。だからクロカ様の心にあるその幸せを、産まれてくる子と分かち合えば良いのです。もちろん、旦那様も一緒に」
そう言って小さく笑うシルヴィアは、初めてあった時より何処か落ち着いていて。きっと彼女の心にも、幸せかそれに似た何かがあるのだろう。
そう思うとなんだか胸の内が軽くなり、少しスッキリした気がした。やっぱりシルヴィアに会っておいて良かった。
「…そうだな。今日の夜にでも彼に話してみるよ」
「はい」
「それと、今から飯でも一緒にどうだ?コーヒーを飲むくらいでもいい」
「今からですか?」
夕方に差し掛かるこの時間帯の誘いに、シルヴィアは小さく首を傾げた。だが私はどうしても彼女に来て欲しい理由があった。
「…その、名前を一緒に考えて欲しいんだ」
「私なんかで良いんですか?」
「むしろあんたと一緒じゃないと嫌だな」
私の名前を考えてくれたのは、母親だけじゃない。後でシルヴィアに聞いた話だが、シロナも一緒に考えてくれていたのだ。それを知った時の嬉しさを私は今でも覚えている。
誘っておいて不安だったが、シルヴィアはコクリと頷いた。
「わかりました。それと、妊娠中にコーヒーはダメですよ」
「あははっ、そうだったな」
「では行きましょうか。実は何個か候補を既に考えています」
「意外と乗り気だな…」
シルヴィアは私を慎重に抱え、地面に蔦を使ってゆっくりと降ろしてくれた。
この先もきっと大変な事があるだろう。もしかしたら、子供の時より辛い事もあるかもしれない。
でも私は立ち止まったりはしない。私を想ってくれる人がいるし、これからは私が想いを寄せる番なのだから。
彼女が…彼女達が私にしてくれたように、この暖かさを伝えてあげたいと、心の内で願った。
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