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事故と献身
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「え?菜乃花ちゃん、プロポーズドクターとデートしたの?」
電話の向こうで有希が驚いたように言う。
「その後、あの先生とはどうなったの?」と電話がかかってきて、菜乃花は先日三浦と出かけたことを話した。
「いえ、デートではなく一緒に水族館に行っただけです。夕食を食べて、マンションまで送ってもらいました」
「それをデートと言わずして何をデートと言うの?」
「あ、そうなんですね。じゃあデートです」
「ヒー!いやー!」
ん?と菜乃花は眉根を寄せる。
(有希さんがデートだって言ったのに…。それにどうして、私と三浦先生がデートするのが嫌なのかしら)
冷静に考える菜乃花とは対照的に、有希はソワソワと聞いてくる。
「それで?菜乃花ちゃん、デートはどうだったの?もうそのドクターとつき合うことにしたの?」
「楽しかったですよ、水族館。可愛い動物達、たくさん見られて」
「いや、だから、そのドクターとは?」
「えっと、特に何も。つき合うって、どうなったらそうなるんですか?はい、今から!みたいな切り替えとかあるんですか?」
「え、えっと。そういうのはないと思うんだけど…」
「じゃあ、つき合ってるのかなあ?次は映画とショッピングに行くことになってるんですけど」
「そうなの?!それはもう、ガッツリつき合ってるじゃないの」
「じゃあ、恋人同士ってことですか?でも私、三浦先生のことは恋人とは思えないですけど」
「そうなんだ!」
なぜだか有希の口調が明るくなる。
「それならまだプロポーズは引き受けないわよね?」
「んー、恋人とは思えなくても家族とは思えるかもしれません」
「ヒエー!そんなのアリ?交際0日婚ってやつ?」
「交際ゼロにちこん?へえ、有希さんって、色んな言葉知ってるんですね」
「そんなとこ感心しなくていいから。菜乃花ちゃん、ちょっと考えてみてよ。本当に好きなのは誰?気になる人とかいない?」
聞かれて菜乃花は考える。
少し前まで春樹のことが忘れられずにいたが、いつの間にかそんな気持ちはどこかに消えていた。
そのことが妙に嬉しい。
「気になる人、いないんです!うふふ」
思わず笑うと、有希は怪訝そうな声を出す。
「な、菜乃花ちゃん。私もう、何がなんだか…。でもね、とにかくプロポーズのお返事は慎重にね。急ぐ必要ないからね」
「分かりました。もう少し考えてみます」
「うんうん。何かあったらいつでも相談してね」
「はい、ありがとうございます。有希さんも、お身体お大事にしてくださいね」
「ありがとう!また一緒にランチ行こうね」
「ええ、是非!」
菜乃花は明るく返事をして電話を終えた。
◇
「おはよう。お待たせ」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
三浦との2度目の約束の日を迎えた。
菜乃花のマンションに、また車で迎えに来てもらう。
「えっと、今日はBコースでいい?」
「ふふっ、はい。Bコースでお願いします」
「よし、じゃあ映画館のあるショッピングモールに行こう」
そう言って、三浦は大きなショッピングモールに車を走らせた。
「何か観たい映画ある?」
「えっと、今上映してる映画が何かよく知らなくて。何でもいいですけど、キャラメルポップコーンを食べながら観たいです」
「あはは!分かった。そうしよう」
まだ10時前ということもあり、道は空いていてあっという間に到着した。
駐車場に車を停めると、二人で店内への入り口に向かう。
「ちょうどいい時間の映画、何があるかな。おっと、ごめん。駐車券を車に置いてきちゃった。すぐ戻るよ」
「はい」
菜乃花は、タタッと車に戻って行く三浦の後ろ姿を見送る。
ふと見ると、すぐ前に停まった車から親子連れが降りてきた。
3歳くらいの男の子が、楽しそうにピョンピョンと車の横を飛び跳ねている。
「はやくー!」
「ちょっと待って」
パパとママは、チャイルドシートに乗せた小さな女の子を降ろすのに夢中になっている。
(妹ちゃんもいるのね。可愛いなあ)
菜乃花が微笑ましくその家族を見ていると、待ちきれなくなった男の子が、菜乃花の立っている入り口の方に向かって駆けて来た。
「あ、待ってってば!」
ママが男の子に声をかけた時、ブオン!とバイクの音がした。
見ると、スピードを緩めず駐車場のコーナーを曲がろうとしたバイクが、そのままスリップしてこちらに突っ込んでくる。
「危ない!」
菜乃花の声はママの悲鳴にかき消される。
考えるより先に、菜乃花は弾かれたように男の子に飛びついた。
◇
ERのホットラインが鳴り、颯真達は一斉に顔を上げる。
電話を受けているナースが、復唱しながらホワイトボードに書き込む情報を目で追った。
『バイクと衝突し、頭部強打。20代 女性、意識レベル 100。バイタル 正常値』
(どれくらいの衝撃を受けたんだろう。脳への影響が心配だな。CTの準備と…)
颯真が頭の中でこの後の流れを考えていた時だった。
「あと5分で到着ですね。え?小児科の三浦先生が同乗してるんですか?」
なに?!と颯真は目を見開く。
(20代の女性って、まさか!)
「え、図書ボランティアのスズハラさん、ですか?」
その言葉を聞いた途端、颯真は部屋を飛び出した。
サイレンの音と共に救急車が滑り込んできた。
すぐさま後ろのドアを開けた颯真は、頚椎を保護されてストレッチャーに横たわる菜乃花を見て息を呑む。
ぐったりと目を閉じ、手や足も傷を負って血が滲んでいた。
「脳震盪の可能性が高い。早急にCTを」
救急車から降りて早口でまくし立てる三浦に、颯真が問い詰める。
「状況は?どれくらいのスピードのバイクと?」
「分からない。その瞬間は見てないんだ」
颯真の身体は一気にカッと熱くなる。
「あなたがついていながら、どうしてこんなことに?!」
思わず声を荒らげた時、宮瀬、と後ろから塚本の低い声がした。
「冷静になれないなら、お前は外れろ」
グッと颯真は唇を噛みしめる。
「すみません。失礼しました」
そう言うと、すぐさま菜乃花のストレッチャーに駆け寄る。
「急ぐぞ。だが、出来るだけ静かに運べ」
「はい!」
塚本の言葉に皆で気を引き締めた。
処置室に運び込まれると、菜乃花の身体は様々な機械と繋げられる。
「鈴原さーん。聞こえますか?」
「採血しますよー」
ナースの呼びかけにも、菜乃花は全く反応しない。
「バイタルは安定してる。CT行くぞ」
「はい」
ストレッチャーを押しながら、颯真は菜乃花の痛々しい姿に顔を歪めた。
(白くて綺麗な手足まで血が…。頼む、無事でいてくれ)
祈るように菜乃花を見つめ、込み上げそうになる涙を必死で堪えた。
◇
「せん、せい?」
「菜乃花ちゃん!気がついた?」
ぼんやりと目を開けた菜乃花の顔を、三浦が心配そうに覗き込む。
「気分はどう?めまいとか吐き気はない?」
「はい、大丈夫です。私、どうして…。ここは?」
「みなと医療センターのERだ。菜乃花ちゃん、覚えてない?男の子をかばって…」
あ!と菜乃花が目を見開く。
「そうだ、あの男の子は?どうなったんですか?」
「無事だよ。驚いて泣いてたけど、膝を擦りむいただけだった。君が身を挺してかばってくれたおかげだって、お母さんが泣いて感謝してた」
「そうだったんですね、良かった…」
ホッとしたように呟くと、三浦がたまらないという表情になる。
「ごめん、菜乃花ちゃん。俺がついていながら、本当に申し訳ない」
「そんな…。先生が謝ることなんて」
「いや、医者としても男としても、本当に情けない。大切な君にこんな怪我を…」
「ですから、先生のせいなんかじゃありません。それとも、そんなに悪いんですか?私の容体」
「いや。CTの結果も問題はなかったよ。ただ、脳震盪でしばらく意識がなかったから、数日間は安静にして様子をみたい。君のご両親にも、俺から電話でお詫びしたいんだけどいいかな?」
「いえいえ。突然先生が電話したら、それだけで両親はパニックですよ。私からかけますから、ご心配なく」
「そう。本当に申し訳ない」
三浦は深々と頭を下げる。
「もう、本当に大丈夫ですって」
すると、二人のやり取りを後ろから見ていた塚本が声をかけた。
「三浦先生、そろそろ」
「あ、はい。申し訳ありません」
立ち上がると、もう一度菜乃花の顔を覗き込んだ。
「じゃあね、菜乃花ちゃん。ゆっくり休んで」
「はい、ありがとうございます」
小さく頷くと、よろしくお願いしますと塚本に頭を下げてから三浦は部屋を出て行った。
◇
検査結果を聞き、ナースがかけてくれた電話で母親と話したあと、とにかく今はゆっくり休むようにと塚本に言われて菜乃花は目を閉じる。
日頃の身体の疲れもあってか、すぐに眠気に誘われた。
菜乃花が眠ったのを見て、颯真はようやく菜乃花のそばにいく。
手足の傷が少しでも早く綺麗に治るようにと、丁寧に消毒してガーゼを交換した。
「宮瀬先生。あとは夜勤のスタッフが看ますから」
申し送りを終えてとっくに勤務時間が終わったにも関わらず、菜乃花のそばから離れない颯真に看護師長が声をかける。
それでも颯真は頑なに動かなかった。
夜が更け、静かなERに菜乃花の心電図モニターの音だけが響く。
今夜は他に救急搬送はなく、広い部屋には菜乃花しかいない。
ナースもドクターも比較的リラックスしている中、颯真だけは悲痛な表情で菜乃花を見守っていた。
やがて菜乃花の呼吸が荒くなってきたのに気づく。
頬も心なしか赤くなっていた。
そっと額に触れてみると、明らかに熱い。
「熱発です。体温計を」
「はい」
ナースに声をかけると、すぐに近づいて来て菜乃花の体温を測った。
「38度5分です」
颯真は点滴とクーリングの指示を出す。
(頑張れ。早く良くなりますように…)
医者なのに、思わず神様に祈る。
(どうかこれ以上悪化せず、後遺症も残りませんように。身体の傷も綺麗に治りますように)
心の中で祈りながら、颯真は一晩中菜乃花につき添っていた。
◇
(身体が熱い。しんどいな…)
眠りの中でぼんやりと考えていた菜乃花は、額を優しく撫でてくれる大きな手にホッとして息をつく。
(誰だろう。優しくて温かくて、凄く安心する)
そう思っていると、小さく呟く声がした。
「頑張れ。必ず俺が治すから」
(治す?私を治してくれるの?)
うっすらと目を開けると、心配そうに誰かが自分の顔を覗き込んでいるのが見えた。
視界がぼやけて、誰なのかは分からない。
「せん、せい?」
荒い呼吸の中、問いかけてみる。
「大丈夫。何も心配しないで、ゆっくり眠って」
「はい…」
菜乃花は小さく答えてから、また眠りに落ちていった。
◇
「三浦先生!おはようございます」
朝になり、ERに顔を出した三浦に、看護師長が挨拶する。
「おはようございます。彼女の容体は?」
部外者ゆえに居座る訳にもいかず、仮眠室で一睡もせずに過ごした三浦は、どうにも気になって勤務時間前に菜乃花の様子を見に来ていた。
「夜中に熱発しましたが、今は落ち着いています。宮瀬先生がずっとつき添って看病していました」
「そうですか」
今も菜乃花のそばを離れない颯真と、思い詰めたように颯真を見つめる三浦を、師長は交互に見比べる。
どちらを見ても、切なさが伝わってきた。
「それでは、よろしくお願いします」
「あら、彼女に声をかけなくても?」
「ええ。大丈夫です」
寂しげにそう言うと、三浦は足早に部屋を出て行った。
電話の向こうで有希が驚いたように言う。
「その後、あの先生とはどうなったの?」と電話がかかってきて、菜乃花は先日三浦と出かけたことを話した。
「いえ、デートではなく一緒に水族館に行っただけです。夕食を食べて、マンションまで送ってもらいました」
「それをデートと言わずして何をデートと言うの?」
「あ、そうなんですね。じゃあデートです」
「ヒー!いやー!」
ん?と菜乃花は眉根を寄せる。
(有希さんがデートだって言ったのに…。それにどうして、私と三浦先生がデートするのが嫌なのかしら)
冷静に考える菜乃花とは対照的に、有希はソワソワと聞いてくる。
「それで?菜乃花ちゃん、デートはどうだったの?もうそのドクターとつき合うことにしたの?」
「楽しかったですよ、水族館。可愛い動物達、たくさん見られて」
「いや、だから、そのドクターとは?」
「えっと、特に何も。つき合うって、どうなったらそうなるんですか?はい、今から!みたいな切り替えとかあるんですか?」
「え、えっと。そういうのはないと思うんだけど…」
「じゃあ、つき合ってるのかなあ?次は映画とショッピングに行くことになってるんですけど」
「そうなの?!それはもう、ガッツリつき合ってるじゃないの」
「じゃあ、恋人同士ってことですか?でも私、三浦先生のことは恋人とは思えないですけど」
「そうなんだ!」
なぜだか有希の口調が明るくなる。
「それならまだプロポーズは引き受けないわよね?」
「んー、恋人とは思えなくても家族とは思えるかもしれません」
「ヒエー!そんなのアリ?交際0日婚ってやつ?」
「交際ゼロにちこん?へえ、有希さんって、色んな言葉知ってるんですね」
「そんなとこ感心しなくていいから。菜乃花ちゃん、ちょっと考えてみてよ。本当に好きなのは誰?気になる人とかいない?」
聞かれて菜乃花は考える。
少し前まで春樹のことが忘れられずにいたが、いつの間にかそんな気持ちはどこかに消えていた。
そのことが妙に嬉しい。
「気になる人、いないんです!うふふ」
思わず笑うと、有希は怪訝そうな声を出す。
「な、菜乃花ちゃん。私もう、何がなんだか…。でもね、とにかくプロポーズのお返事は慎重にね。急ぐ必要ないからね」
「分かりました。もう少し考えてみます」
「うんうん。何かあったらいつでも相談してね」
「はい、ありがとうございます。有希さんも、お身体お大事にしてくださいね」
「ありがとう!また一緒にランチ行こうね」
「ええ、是非!」
菜乃花は明るく返事をして電話を終えた。
◇
「おはよう。お待たせ」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
三浦との2度目の約束の日を迎えた。
菜乃花のマンションに、また車で迎えに来てもらう。
「えっと、今日はBコースでいい?」
「ふふっ、はい。Bコースでお願いします」
「よし、じゃあ映画館のあるショッピングモールに行こう」
そう言って、三浦は大きなショッピングモールに車を走らせた。
「何か観たい映画ある?」
「えっと、今上映してる映画が何かよく知らなくて。何でもいいですけど、キャラメルポップコーンを食べながら観たいです」
「あはは!分かった。そうしよう」
まだ10時前ということもあり、道は空いていてあっという間に到着した。
駐車場に車を停めると、二人で店内への入り口に向かう。
「ちょうどいい時間の映画、何があるかな。おっと、ごめん。駐車券を車に置いてきちゃった。すぐ戻るよ」
「はい」
菜乃花は、タタッと車に戻って行く三浦の後ろ姿を見送る。
ふと見ると、すぐ前に停まった車から親子連れが降りてきた。
3歳くらいの男の子が、楽しそうにピョンピョンと車の横を飛び跳ねている。
「はやくー!」
「ちょっと待って」
パパとママは、チャイルドシートに乗せた小さな女の子を降ろすのに夢中になっている。
(妹ちゃんもいるのね。可愛いなあ)
菜乃花が微笑ましくその家族を見ていると、待ちきれなくなった男の子が、菜乃花の立っている入り口の方に向かって駆けて来た。
「あ、待ってってば!」
ママが男の子に声をかけた時、ブオン!とバイクの音がした。
見ると、スピードを緩めず駐車場のコーナーを曲がろうとしたバイクが、そのままスリップしてこちらに突っ込んでくる。
「危ない!」
菜乃花の声はママの悲鳴にかき消される。
考えるより先に、菜乃花は弾かれたように男の子に飛びついた。
◇
ERのホットラインが鳴り、颯真達は一斉に顔を上げる。
電話を受けているナースが、復唱しながらホワイトボードに書き込む情報を目で追った。
『バイクと衝突し、頭部強打。20代 女性、意識レベル 100。バイタル 正常値』
(どれくらいの衝撃を受けたんだろう。脳への影響が心配だな。CTの準備と…)
颯真が頭の中でこの後の流れを考えていた時だった。
「あと5分で到着ですね。え?小児科の三浦先生が同乗してるんですか?」
なに?!と颯真は目を見開く。
(20代の女性って、まさか!)
「え、図書ボランティアのスズハラさん、ですか?」
その言葉を聞いた途端、颯真は部屋を飛び出した。
サイレンの音と共に救急車が滑り込んできた。
すぐさま後ろのドアを開けた颯真は、頚椎を保護されてストレッチャーに横たわる菜乃花を見て息を呑む。
ぐったりと目を閉じ、手や足も傷を負って血が滲んでいた。
「脳震盪の可能性が高い。早急にCTを」
救急車から降りて早口でまくし立てる三浦に、颯真が問い詰める。
「状況は?どれくらいのスピードのバイクと?」
「分からない。その瞬間は見てないんだ」
颯真の身体は一気にカッと熱くなる。
「あなたがついていながら、どうしてこんなことに?!」
思わず声を荒らげた時、宮瀬、と後ろから塚本の低い声がした。
「冷静になれないなら、お前は外れろ」
グッと颯真は唇を噛みしめる。
「すみません。失礼しました」
そう言うと、すぐさま菜乃花のストレッチャーに駆け寄る。
「急ぐぞ。だが、出来るだけ静かに運べ」
「はい!」
塚本の言葉に皆で気を引き締めた。
処置室に運び込まれると、菜乃花の身体は様々な機械と繋げられる。
「鈴原さーん。聞こえますか?」
「採血しますよー」
ナースの呼びかけにも、菜乃花は全く反応しない。
「バイタルは安定してる。CT行くぞ」
「はい」
ストレッチャーを押しながら、颯真は菜乃花の痛々しい姿に顔を歪めた。
(白くて綺麗な手足まで血が…。頼む、無事でいてくれ)
祈るように菜乃花を見つめ、込み上げそうになる涙を必死で堪えた。
◇
「せん、せい?」
「菜乃花ちゃん!気がついた?」
ぼんやりと目を開けた菜乃花の顔を、三浦が心配そうに覗き込む。
「気分はどう?めまいとか吐き気はない?」
「はい、大丈夫です。私、どうして…。ここは?」
「みなと医療センターのERだ。菜乃花ちゃん、覚えてない?男の子をかばって…」
あ!と菜乃花が目を見開く。
「そうだ、あの男の子は?どうなったんですか?」
「無事だよ。驚いて泣いてたけど、膝を擦りむいただけだった。君が身を挺してかばってくれたおかげだって、お母さんが泣いて感謝してた」
「そうだったんですね、良かった…」
ホッとしたように呟くと、三浦がたまらないという表情になる。
「ごめん、菜乃花ちゃん。俺がついていながら、本当に申し訳ない」
「そんな…。先生が謝ることなんて」
「いや、医者としても男としても、本当に情けない。大切な君にこんな怪我を…」
「ですから、先生のせいなんかじゃありません。それとも、そんなに悪いんですか?私の容体」
「いや。CTの結果も問題はなかったよ。ただ、脳震盪でしばらく意識がなかったから、数日間は安静にして様子をみたい。君のご両親にも、俺から電話でお詫びしたいんだけどいいかな?」
「いえいえ。突然先生が電話したら、それだけで両親はパニックですよ。私からかけますから、ご心配なく」
「そう。本当に申し訳ない」
三浦は深々と頭を下げる。
「もう、本当に大丈夫ですって」
すると、二人のやり取りを後ろから見ていた塚本が声をかけた。
「三浦先生、そろそろ」
「あ、はい。申し訳ありません」
立ち上がると、もう一度菜乃花の顔を覗き込んだ。
「じゃあね、菜乃花ちゃん。ゆっくり休んで」
「はい、ありがとうございます」
小さく頷くと、よろしくお願いしますと塚本に頭を下げてから三浦は部屋を出て行った。
◇
検査結果を聞き、ナースがかけてくれた電話で母親と話したあと、とにかく今はゆっくり休むようにと塚本に言われて菜乃花は目を閉じる。
日頃の身体の疲れもあってか、すぐに眠気に誘われた。
菜乃花が眠ったのを見て、颯真はようやく菜乃花のそばにいく。
手足の傷が少しでも早く綺麗に治るようにと、丁寧に消毒してガーゼを交換した。
「宮瀬先生。あとは夜勤のスタッフが看ますから」
申し送りを終えてとっくに勤務時間が終わったにも関わらず、菜乃花のそばから離れない颯真に看護師長が声をかける。
それでも颯真は頑なに動かなかった。
夜が更け、静かなERに菜乃花の心電図モニターの音だけが響く。
今夜は他に救急搬送はなく、広い部屋には菜乃花しかいない。
ナースもドクターも比較的リラックスしている中、颯真だけは悲痛な表情で菜乃花を見守っていた。
やがて菜乃花の呼吸が荒くなってきたのに気づく。
頬も心なしか赤くなっていた。
そっと額に触れてみると、明らかに熱い。
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「はい」
ナースに声をかけると、すぐに近づいて来て菜乃花の体温を測った。
「38度5分です」
颯真は点滴とクーリングの指示を出す。
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心の中で祈りながら、颯真は一晩中菜乃花につき添っていた。
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(誰だろう。優しくて温かくて、凄く安心する)
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うっすらと目を開けると、心配そうに誰かが自分の顔を覗き込んでいるのが見えた。
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「せん、せい?」
荒い呼吸の中、問いかけてみる。
「大丈夫。何も心配しないで、ゆっくり眠って」
「はい…」
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「三浦先生!おはようございます」
朝になり、ERに顔を出した三浦に、看護師長が挨拶する。
「おはようございます。彼女の容体は?」
部外者ゆえに居座る訳にもいかず、仮眠室で一睡もせずに過ごした三浦は、どうにも気になって勤務時間前に菜乃花の様子を見に来ていた。
「夜中に熱発しましたが、今は落ち着いています。宮瀬先生がずっとつき添って看病していました」
「そうですか」
今も菜乃花のそばを離れない颯真と、思い詰めたように颯真を見つめる三浦を、師長は交互に見比べる。
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