花咲くように 微笑んで 【書籍化】

葉月 まい

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思いがけないプレゼント

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 「おはようございます、鈴原さん。気分はどうですか?」

 目を覚ました菜乃花に、塚本医師が声をかける。

 「はい、随分良くなりました」
 「そうですか。少し診察させてください」

 塚本は菜乃花の心音を聞いたり、手足の傷の具合を確かめた。

 「夜中に熱が出たので、もう一晩ここで看させてください。問題なければ明日は一般病棟に移れますよ。三浦先生ともゆっくり面会出来ると思います」
 「え?」

 菜乃花が首を傾げると、塚本も、え?と聞き返す。

 「君、三浦先生とおつき合いしてるんじゃないの?」
 「え、ああ!一般的にはそうです」
 「一般的?」
 「それより、あの。三浦先生は夜中につき添ってくださっていたのですか?」
 「いや。基本的にはここのスタッフしかいないから。ごめんね、明日には会えると思うよ」
 「いえ、大丈夫です」

 塚本が離れて行くと、菜乃花は心の中で思い出す。

 (誰かがずっとそばにいてくれた気がする。おでこを優しく撫でてくれて、ホッとしたなあ)

 そのあとはナースの体調チェックを受け、ひと通り検査を済ませると、菜乃花はすることもなく暇になる。

 安静に、と言われている為、歩き回る訳にもいかず、持ち物も何もなく時間を持て余した。

 (うーん、暇だ。あ!そう言えば仕事は?)

 三浦が昨日、職場にも連絡を入れておくと言ってくれたが、直接館長と話したい。

 ナースに相談すると、いいですよと言われてベッドに横になったまま電話をかけた。

 「もしもし、館長?鈴原です」
 「鈴原さん!大丈夫なの?」
 「はい。ご心配おかけしました」
 「もうびっくりしたよ。谷川さんも凄く心配してた。お見舞いにも行っちゃダメなんだって?」
 「あ、はい。でも明日には一般病棟に移る予定です。館長、お仕事お休みしてしまって申し訳ありません」
 「そんなの気にすることないから!こっちは平気だから、とにかくお大事にね」
 「はい、ありがとうございます」

 一般病棟に移ったらまた連絡します、と言って菜乃花は電話を切った。



 昼過ぎからはウトウトとまどろんだり、スタッフが行き交うのをぼんやりと眺めて過ごす。

 (そう言えば、ここって宮瀬さんの職場じゃなかったっけ?)

 確かにそのはずなのだが、一度もその姿を見ていない。

 (あれ?ここが持ち場じゃないのかしら)

 そんなふうに思いながら時間をやり過ごし、夜になると照明が絞られた。

 動いていないから眠くないなと思いつつ、仕方なく目をつむる。

 ようやく眠りかけた時、急に周りが慌ただしくなって菜乃花は目を覚ました。

 どうやら年配の女性が救急搬送されてきたらしい。

 (うわ、さっきまでとは別世界)

 時間の流れが一気に速くなったかのように、大勢のスタッフが動き回り、テキパキと処置に当たっていた。

 (今までどこにこんなにたくさんのスタッフがいたんだろう)

 そう思っていると、背の高い颯真の姿が目に入った。

 (宮瀬さん!やっぱりここで働いてるんだ)

 眠気も吹き飛び、菜乃花は皆の様子をじっと見守る。

 張り詰めていた空気がだんだん落ち着いた雰囲気になり、急患のおばあさんのベッドは菜乃花の横に移動してきた。

 カーテンの向こうでドクター達が小声でやり取りするのが聞こえ、やがて少しずつスタッフが部屋を出て行った。

 最後に颯真がベッドを離れ、ふと振り返って菜乃花のベッドに目を向ける。

 菜乃花とバッチリ目が合ってしまった。

 思わず布団の中に顔を埋めようとすると、颯真がふっと笑って近づいてきた。

 「ごめん。騒がしくて起こしちゃったね」
 「いえ。あの、おばあさんは?大丈夫でしたか?」
 「ああ。もう落ち着いたよ」
 「そう、良かった」

 すると颯真は、ちょっといい?と菜乃花の腕を取る。

 「傷も少しずつ良くなってる。痛みはない?」
 「はい、大丈夫です」
 「んー、もしかして、どちらかと言うと敏感肌?」
 「はい。洋服が擦れた所が赤くなったりします。家では毎晩保湿クリームを使ってて…」
 「そうだよね。ちょっと待ってて」

 そう言うと立ち上がり、しばらくすると何かを手にして戻って来た。

 「えっと、薬のアレルギーはなかったよね?」

 菜乃花の電子カルテを見ながら確認する。

 「はい、ありません」
 「じゃあ保湿ローション塗っておくね。腕、貸してくれる?」

 え?と戸惑う菜乃花をよそに、颯真は菜乃花の袖をまくり、手のひらにローションを出すと、傷口を避けて優しく塗り込んでいった。

 温かく大きな手のひらでマッサージされるような感覚に、菜乃花はホッとして癒やされる。

 そしてふと、夕べの感覚を思い出した。

 優しく額を撫でられ、包み込まれるような安心感を覚えたことを。

 (あれも、ひょっとして…?)

 そう思った時、「はい、いいよ」と颯真が菜乃花の袖を戻して整えた。

 「ありがとうございます」
 「他に何か気になることはない?」
 「はい。もうすっかり普段の体調に戻りました」
 「それなら良かった」

 颯真は菜乃花のカルテに入力しながら、何気なく言う。

 「君、3月が誕生日なんだね。だから名前が菜乃花なのか」

 ふふっと菜乃花は笑い出す。

 「宮瀬さん、またダジャレ」
 「あ!ごめん」
 「いいえ。ふふふ」

 一度笑い出すとおかしくて止まらない。

 「宮瀬さんって、真面目にボケるから余計におかしいです」
 「いや、ボケてるつもりは…」
 「そうなんですね。ふふふ…」

 菜乃花の笑顔に颯真も頬を緩める。

 「3月10日か。菜の花が綺麗な季節に生まれたんだね。遅くなったけどお誕生日おめでとう」
 「ありがとうございます。実は今年の誕生日、満開の菜の花を見たんです。宮瀬さんと一緒に」

 えっ?と颯真が真顔に戻る。

 しばらく宙を見ながら考え込み、あ!と声を上げた。

 「もしかして、図書館の横の公園?」 
 「はい、そうです」
 「あの日、君の誕生日だったんだね。ごめん、知らなくて」

 それにその日は、弱音を吐いて菜乃花にマンションまでつき添ってもらい、料理まで作らせてしまった。 
  
 「ごめん。俺、君の大切な日を台無しにしたね」

 いいえ、と菜乃花は微笑んで首を振る。

 「とても嬉しい誕生日になりました。ずっとずっと苦しかった気持ちを、宮瀬さんが溶かしてくださったんです。あの日を境に、私は明るい気持ちで前に進めるようになりました」

 (そうか、あの時心理士を諦めた理由を打ち明けて、俺の腕の中で泣き続けていたっけ)

 子どものように身体を震わせて涙を流す菜乃花を、ひたすら抱きしめていた感触が蘇る。

 それで彼女の気持ちが軽くなったのなら、少しは自分の罪悪感もなくなる気がした。

 「私は勝手に、宮瀬さんから誕生日プレゼントをもらった気がしていました。ありがとうございます」
 「いや、まさかそんな。俺の方こそあの日はありがとう」
 「宮瀬さんは?お誕生日いつなんですか?」
 「え?」
 「私にも何かお返しをさせてください。プレゼントを用意しておきますね」
 「いや、それが…」

 苦い顔で言い淀む颯真に、菜乃花は、ん?と首を傾げる。

 「どうかしましたか?」
 「ああ、うん。その、5月9日なんだ」
 「は?」

 菜乃花は目をぱちくりさせる。

 「5月9日って、今日?」
 「うん。あと1時間で終わるけど」
 「ええ?!」

 思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえた。

 「本当に?どうして教えてくれなかったんですか?」

 小声で咎めるように言う。

 「いや、そんな。普通言わないでしょ?いい大人が今日誕生日なんだー、なんて。君だってあの日、教えてくれなかったし」
 「そうですけど…。あ、プレゼント!どうしよう、あと1時間じゃ…」
 「そんなのいいってば」
 「でも、せめてお礼に何かさせてください。私の誕生日に、悩みを聞いてくださったお礼に」
 「だから、いいってば。俺の方こそ君に助けられたんだし」
 「じゃあ、今私を看病してくださってるお礼に」
 「それは医師だから当然だよ。それに対して何かを受け取るなんて出来ない」

 むーっと菜乃花は拗ねた顔になる。 
  
 「宮瀬さんって、真面目過ぎます。もうちょっと軽く考えてください」 
 「君こそ意地っ張りじゃないか。お礼なんかいいって言ってるのに」
 「それはだって、私の気が済まないからです」 
 「本当に負けん気が強いね」 
 「こちらのセリフです!」 

 二人は互いに譲らない。
 と、ふいにおかしくなって同時に笑い出した。

 「あはは!まあ、いいか」
 「そうですね」
 「さてと!あんまり話してると身体に良くない。ゆっくり休んで」
 「ありがとうございます。あ、宮瀬さん」
 「ん?」

 足を止めて振り返った颯真に、菜乃花はにっこり微笑んだ。

 「お誕生日おめでとうございます」

 颯真は一瞬驚いた表情を見せてから、満面の笑みを浮かべる。

 「ありがとう!何よりのプレゼントだよ」

 菜乃花も優しく微笑んで頷いた。
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