花咲くように 微笑んで 【書籍化】

葉月 まい

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初めてのデート

 「鈴原さん、こんにちは」
 「こんにちは」

 プロポーズされて以来、初めての図書ボランティアの日。

 (今日三浦先生にお会いしたら、返事をしなくちゃいけないのかな)

 そう思いながら、菜乃花はいつもの小児科にやって来た。

 本棚の整理を始めてすぐ、三浦から声をかけられる。

 「いつもありがとう」
 「いえ」

 短く挨拶したあと、三浦が切り出した。

 「ごめん、今日はこのあとカンファレンスが入ってて、おはなし会は聞けないんだ」
 「そうですか。お疲れ様です」
 「うん。それで、その。考えてもらえたかな?結婚について」
 「あっ、はい。それがまだ決めかねていまして…」

 菜乃花はうつむいて小さく答える。

 「もう少しお時間いただけませんか?」
 「もちろん、いいよ。それによく考えたら、本音とは言え、いきなり結婚はないだろうって自分でも反省してたんだ。良かったら、まずは一緒にどこかに出かけたりしない?」
 「はい、そうですね」
 「本当?良かった!それも断られたらどうしようかと思ってたんだ」

 三浦はホッとしたように笑顔になる。

 「えっと。じゃあ、連絡先教えてもらってもいい?」
 「はい」

 菜乃花はスマートフォンを取り出して、互いの連絡先を交換した。

 「ありがとう!早速あとでメッセージ送るね」
 「はい。よろしくお願いします」
 「こちらこそ。それじゃあ」

 去り際の三浦の笑顔は、心底嬉しそうだった。



 1週間後。

 互いの休みが合う日に、菜乃花は三浦と出かけることになった。

 待ち合わせした菜乃花の最寄り駅のロータリーに、三浦が車で迎えに来てくれる。

 「おはよう。お待たせ」
 「いいえ。おはようございます」

 開けてくれた助手席のドアから、菜乃花は車に乗り込んだ。
 運転席に回った三浦が尋ねる。

 「えっと、どこか行きたいところある?」
 「いえ、私は特に。どこでも大丈夫です」
 「じゃあ、俺が決めてもいい?って言っても、俺も決めかねてるんだ。んー、AコースとBコース、どっちがいい?」
 「ええ?」
 「あ、A?」
 「いえ、そうではなくて。あ、はい。やっぱりAで」

 なんだかおかしなやり取りになるが、三浦は、了解!と明るく言って車を走らせ始めた。

 「Aコースはね。水族館と夜景の見えるレストランなんだ」
 「そうなんですね。ちなみにBコースは?」
 「映画館とショッピング」
 「へえ。それもいいですね」
 「そう?じゃあ、次回はBコースね」
 「ふふっ、はい」
 「やった!次の約束も取りつけたぞ」

 三浦は嬉しそうに菜乃花に笑顔を向ける。

 40分程走って、車は海沿いの大きな水族館に着いた。

 「わあ、水族館なんて久しぶり!」

 大きな水槽の中を気持ちよさそうに泳ぐ魚達に、菜乃花は子どものように目を輝かせる。

 「俺も久しぶりだなあ。大人になってもこんなに楽しいんだね、水族館って」
 「ええ。あ、イルカショーもやってますよ」
 「お、それは外せないな。あと少しで始まる。行こうか」
 「はい!」

 二人は童心に返って、歓声を上げながらイルカショーを楽しんだ。

 昼食は、海に突き出た海上レストランに入り、テラス席に案内された。

 「とっても気持ちがいいですね」
 「そうだな。寒くない?」
 「はい、大丈夫です」

 三浦は常に菜乃花に気を配り、オーダーもスマートに済ませてくれる。

 「あの、下の名前で呼んでもいいかな?菜乃花ちゃん。…あ」

 料理を取り分けながらそう言って、気まずそうに顔をしかめた。

 「聞く前に呼んじゃうなんて。もう本当に俺、君のことになると急ぎ過ぎだな。余裕なくて申し訳ない」
 「いいえ、大丈夫です」
 「良かった。でも菜乃花ちゃんって呼んだら、まさるくんにバレちゃうな」
 「あはは!呼び捨てにしたら恋人になったってこと、でしたっけ?」
 「そう。子どもって鋭いからな。呼び捨てにしなくてもバレそうだけど」

 菜乃花は、子ども達にたじたじになっていた三浦を思い出し、ふふっと笑った。

 「菜乃花ちゃんって、最初から図書館司書を目指してたの?」
 「え?」 

 ふいに聞かれて、菜乃花は戸惑う。

 「いや、ほら。子ども達に好かれてるから、保育士さんにも向いてるなあと思ってて。どうして司書になろうと思ったの?」
 「それは…」

 フォークを持つ手を止めて、菜乃花は視線を落とす。

 心理士を諦め、たまたま講義を受けて資格を取っていた司書になった経緯は、三浦には話しづらい。

 「あ、ごめん。別に深い意味はないんだ。気にしないで」
 「いえ、私の方こそすみません」
 「いや、余計なこと聞いちゃったね。俺もさ、周りによく言われるんだよ。子ども好きですねって。でも自分ではそんな自覚なくて…」
 「そうなんですか?私も三浦先生は、とってもお子さん好きだと思ってました」
 「そうなんだ。どうしてなのかな?あ、もしかして、俺が知能指数低くて、子ども達とちょうど話が合うのかな?」

 真顔でそう言う三浦に、菜乃花は思わず笑う。

 「お医者様が知能指数低いなんて、そんなこと」
 「いや、ほら。会話レベルとか性格とか、そういうのは子どもと近いのかも」
 「ああ、なるほど」
 「あ、やっぱりそう思ってるの?菜乃花ちゃんも」
 「えっと、その…」
 「否定しないってことはそうなんだ」
 「まあ、そうですね」
 「あはは!参ったな。せめて菜乃花ちゃんとは会話が成り立つように頑張らないと」

 明るく笑いかける三浦に、菜乃花もつられて笑顔になる。

 (楽しい先生だな、三浦先生って)

 一緒にいても退屈せず、心地良い時間を過ごせる。

 菜乃花はいつの間にかそんなふうに感じていた。

 「ご馳走様でした」

 レストランを出ると、会計を済ませてくれた三浦に頭を下げる。

 「どういたしまして。これくらい当然だよ。それより次は、ふれあい広場に行ってみない?カピバラもいるんだつて」
 「え、カピバラ!見たいです」
 「よし、行こう。こっちだよ」

 そう言って三浦は、さり気なく菜乃花と手を繋いだ。

 突然のことにドキッとして、思わず菜乃花は頬を染めてうつむく。

 繋がれた手の温もりを感じながら、菜乃花は緊張しつつ三浦に手を引かれて歩いた。

 カピバラの他にもペンギンやペリカン、カワウソなど、様々な動物達に菜乃花は興奮気味になる。

 「先生、見て!カワウソにごはんあげられるんだって」
 「へえ、やってみる?」
 「うん!」

 菜乃花が手のひらに載せたエサを、カワウソは小さな手でムギュッと掴もうとする。

 「ひゃー、可愛い!肉球がぷにぷに!」

 満面の笑みで振り返る菜乃花に、三浦は目を細める。

 お土産コーナーでは、カワウソのマスコットキーホルダーを菜乃花にプレゼントした。

 「ありがとうございます!じゃあ、私からはこれ」

 そう言って、菜乃花はカピバラのキーホルダーを三浦に渡す。

 「なんとなく先生に似てるから」
 「え、そう?」

 顔の横にキーホルダーを持ってくると、菜乃花は「うん!似てる」と笑う。

 「ありがとう、嬉しいよ。大切にする」

 夜景の綺麗なレストランで夕食を食べる頃には、菜乃花はすっかり三浦と打ち解けて話すようになり、そんな菜乃花に三浦はますます想いを強くする。

 「じゃあ、ここで。今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」

 マンションまで送ってくれた三浦に、エントランスの前で向き合う。

 「俺の方こそ、ありがとう。あの、また誘ってもいいかな?」

 ためらいがちに聞いてくる三浦に、菜乃花は頷いた。

 「はい。大丈夫です」
 「良かった!ありがとう」

 ホッとしたように微笑んでから、急に真顔になる。

 菜乃花が、どうしたのかと少し首を傾げると、三浦は菜乃花の両肩に手を置いた。

 (…え?)

 身体が引き寄せられ、目を閉じた三浦の顔が触れそうな程近くまで来ると、菜乃花は思わず身を固くして後ずさった。

 ハッとしたように三浦が目を開き、菜乃花の肩から手を離す。

 「ごめん!俺、思わず…。本当に悪かった」

 いえ、と菜乃花はうつむいて小さく答える。

 「ごめんね。俺、また急ぎ過ぎたな」

 はあ、とため息をついてから、三浦は改めて菜乃花に向き合った。

 「菜乃花ちゃん、今日は本当にありがとう。また連絡するよ。お休み」
 「はい、お休みなさい」

 三浦は微笑んで頷くと、菜乃花がエントランスを入って見えなくなるまで見送っていた。
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