恋人同盟〜モテる二人のこじらせ恋愛事情〜

葉月 まい

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二人の挑戦

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チャイムの音がして、めぐは我に返る。
弦が出て行ってからぼんやりとソファに座り込んだままだった。

「雪村さん、長谷部です」
「あ、はい。今開けます」

立ち上がって急いでドアを開ける。
赤いバラを生けた花瓶を手に、長谷部がにこやかに立っていた。

「お部屋にお花を飾らせてください」
「え?」
「クリスマスイブですからね。赤と緑のクリスマスカラーです」

そう言って部屋に入ると、テーブルに花瓶を置く。
めぐはぼんやりと赤いバラの本数を数えた。

(1、2、3……、7本。それって……)

7本の赤いバラの意味を思い出しためぐを、長谷部が真っ直ぐに見つめる。

「雪村さん、私はずっとあなたが好きでした」

思わず言葉を失うめぐに、長谷部は優しく
微笑む。

「初めてあなたに会った時、あなたの笑顔と美しさに心奪われました。あなたと会う度にどんどん想いは募って、今は……、もう気持ちを抑えることが出来ません。雪村さん、私はずっとあなただけを想ってきました。必ずあなたを幸せにします。どんな時もそばにいて、あなたの笑顔を守ります。どうか私とおつき合いしていただけませんか?」
「長谷部さん……」

めぐは戸惑いながら視線を落とす。

「あの……。正直な気持ちをお伝えしてもいいですか?」
「もちろんです。聞かせてください」
「私……、今は何も考えられないです。長谷部さんがどうとかではなく、自分の気持ちの問題なんです。少しお時間をいただけませんか?」
「分かりました。でも雪村さん、一人で寂しさを抱えているなら、いつでも私に弱音を吐いてくださいね。今夜はずっとフロントにいますから」
「はい、ありがとうございます」

めぐが顔を上げると、長谷部は穏やかに頷いた。

「それでは私はこれで。メリークリスマス、良い夢を」
「はい。おやすみなさい、長谷部さん」

長谷部が笑顔を残して部屋を出て行くと、めぐはまたソファに座り込む。
テーブルの上の7本のバラに目をやり、ため息をついた。

「どうすればいいんだろう。どうしたいの?私は……」

答えを求めるように窓の外に目を向ける。
クリスマスのイルミネーションが輝くパークは美しく、めぐはじわりと涙が込み上げてくるばかりだった。



「おはようございます、長谷部さん」
「おはようございます、雪村さん。よく眠れましたか?」
「はい」

翌朝のクリスマス。
めぐは7時にフロントに行き、ルームキーを長谷部に預けた。
本当はほとんど眠れなかったが、無理に笑顔を作って明るく振る舞う。

「お仕事、がんばってくださいね」
「ありがとうございます。長谷部さんはもうすぐ上がりですか?」
「ええ。仮眠室で休んで、夕方からまた勤務します」
「大変ですね。ゆっくり休んでください」
「はい。ところで雪村さん、バラはお部屋に飾ったままですか?」

突然話題を振られて、めぐはドキッとした。

「あ、はい。今夜お部屋からショーを撮影するので、その時までお水に浸からせておこうと思いまして」
「かしこまりました。客室のクリーニングスタッフに伝えておきます」
「よろしくお願いします」

ではまた夜に、とめぐはホテルを出て事務所に向かう。
まだ早いせいか、誰も来ていなかった。
電気をつけてから更衣室に行き、いつもロッカーに置いているスーツに着替える。
今日はテレビの取材が入っているが、撮影に立ち会うだけで出演はしない為、制服を着る必要はなかった。

(そう言えばテレビ中継はお昼の番組で、クルーとの待ち合わせ時間は11時だよね?それまでに企画課に話をしに行かなきゃ)

公演を増やしてほしいなど、簡単に聞き入れられるとは思えない。
けれどやると決めたのだ。

(なんとか説得してみせる)

めぐは鏡の中の自分に気合いを入れて、更衣室を出た。



「おはよう、めぐ」
「氷室くん!おはよう。早いね」

事務所に戻ると、弦がデスクでパソコンに向かっていた。

「企画課に渡す資料を作ろうと思って。誘導の導線やスタッフの配置ポイントを図にしておかないといけないからさ」
「そうだね。何か手伝うことある?」
「めぐも一緒に確認してくれるか?この図で分かりやすいかどうか」
「分かった。そうだな……ここに矢印入れたらどう?流れが目に見えるように」
「ああ、確かに」

二人で椅子を並べて相談しながら作業していると、環奈が出社して来た。

「おはようございます!」
「おはよう、環奈ちゃん。夕べはデート楽しめた?」
「それなんですけど、デートはともかくショーの観覧エリアが大変なことになってて。氷室さんが途中から仕切ってくださって本当に助かりました」
「あ、環奈ちゃんもやっぱりあの場にいたんだね?」
「はい。初めてのデートで手も繋げないほどドキドキしてたのに、キャナルガーデンに着いたらもうムギュムギュでしたよ。あの調子だと今夜のショーも危険だと思うんです。それを課長に伝えた方がいいかな?って、今日は早めに来ました」

そうだったんだ、とめぐは微笑む。

「ありがとう。私と氷室くんで今資料を作っててね。このあと課長に相談してから企画課に伝えにいくから、安心して」
「そうなんですね!さすがは雪村さんと氷室さん。良かったー。あ、じゃあ私コーヒー淹れますね」

環奈はパタパタと給湯室へと姿を消した。
やがて課長が出社して来て、めぐは弦と一緒に相談に行く。

「ああ、昨夜のことは部長からも報告があったよ。現場に居合わせた君達のおかげで事なきを得たらしいね。私も鼻が高かったよ」

褒められるのは嬉しいが、そんなことを話している場合ではない。
めぐと弦は、今夜も更なる混雑が予想されて危険なこと、せっかく来てくれたゲストをがっかりさせない為に2回公演を企画課に提案したいことを伝えた。

「うーん……、この資料はそのまま渡して構わんよ。よく出来てるし、この対策は必至だろう。だけど2回公演はなあ……。花火の予算もあるし、告知は間に合わないからゲリラ公演になるし、何より人手が足りない」
「無謀なのは分かっています。でもどうしても諦められません。課長、企画課に話をしにいくことをお許しください」

めぐが懸命に訴えると、課長はしばし考えてから頷いた。

「分かった。それで気が済むなら話して来なさい」
「ありがとうございます!行ってきます」

めぐは弦と顔を見合わせると、その足で企画課の部屋を訪れた。

「はっ!?2回公演?いやいや、そんな突拍子もない話を当日にされてもねえ……」

話を切り出すと、案の定企画課の課長に鼻であしらわれた。

「そりゃ、昨日は君達に助けられたよ。今夜もこの資料の通りにスタッフを配置して誘導する。だけど、それと2回公演は別の話だ。不可能だよ」
「なぜ不可能なのですか?どういった理由でしょうか?」

めぐは引き下がらない。

「そんなの、考えたら分かるでしょ?とにかく時間がないよ。こういうのは、定例会議で部長と課長が顔を揃えた場で提案してだね……」
「今回は課長から部長にお伝えください。お願いします。ゲストを一人でも多く楽しませたいんです」
「気持ちは分かるけど、なんかあったら責められるのは私だよ?このまま予定通りにした方が、君達だって安泰じゃないか」

すると弦が一歩詰め寄った。

「課長、問題点を端的に挙げてください。もし部長のお咎めが怖いなら、私達が自己判断でやったことにします。花火やショーの技術スタッフにも、これから自分達で頭を下げに行きます。他には?」

弦の真剣な表情に気圧されて課長は怯む。

「えっと、他には……、そう!現場の誘導スタッフは?みんな20時半までの拘束なんだよ?2回公演なら1時間残業を強いることになる。当日、しかもクリスマスに残業を命じたら、それこそパワハラだって訴えられ兼ねない」
「分かりました。その点も私がなんとかします。それがクリアになれば実施可能ですよね?」
「う、うん。そりゃ、まあ……。だけど急な残業を快く引き受けてくれるなんて、せいぜい5、6人じゃないかい?それだと話にならんよ。ゲストの安全は確保されない」
「承知しております。では後ほどご報告に参りますので」

課長にお辞儀をすると、「行くぞ、めぐ」と声をかけて弦は足早に事務所に戻った。

(氷室くん、どうするつもりなんだろう)

デスクでカタカタとパソコンに向かっている弦を、めぐは隣からそっとうかがう。
ものすごい速さで文字を打ち込むと、「よし!」と言ってマウスをクリックした。
と、めぐのパソコンにメールの通知が来る。
開いてみると、弦が全社員に送った一斉メールだった。

『本日のナイトショーにおける皆様のご協力のお願い』

本文を読むと、昨日のショーが予想以上に盛況で危険な状況だったこと、今夜は万全を期してスタッフが誘導し、ゲストの安全を守ることがまず説明されていた。
更には、キャナルガーデンの鑑賞エリアは早々に満員となりそうなこと、楽しみに来てくれたゲストをがっかりさせない為に2回公演を実現させたいことが書かれている。

『その為には現場を取り仕切るスタッフの人員が足りません。突然の、しかもクリスマスの夜にお願いすることになり大変恐縮ですが、一人でも多くの方にご協力いただけますと幸いです。本日21時半までの勤務にご協力いただける方は、広報課の氷室か雪村までお知らせください。どうぞよろしくお願いいたします』

めぐが読み終わった時、「はい!」と環奈が手を挙げて立ち上がった。

「私、スタッフやります!」
「えっ?環奈ちゃん、デートは?」
「そのあと楽しみますよ。だって私も彼にショーを観せてあげたいですもん。昨日はギュウギュウでちゃんと観られなかったんです。今夜も1回公演なら、またちゃんと観られないかもしれませんから」
「環奈ちゃん……」

すると後ろの席からも次々とメンバーが立ち上がった。

「私もやります!結婚してるから、家に帰ってケーキ食べるだけだもん」
「俺も。どうせクリぼっちで予定なかったし、お役に立てるならその方がいい」
「私も9時半までなら大丈夫。彼の仕事終わりが遅いから」

皆さん……と、めぐは涙が込み上げてきた。
弦と顔を見合わせて頷く。

「ありがとうございます!ご協力に心から感謝します」

他の課からも続々とメールが届き、あっという間に必要な人数が揃った。

「よし!めぐ、もう一度企画課に行くぞ」
「はい!」

再び企画課の課長のもとに行き、名乗り出てくれた社員のリストを渡す。

「はあ、やれやれ。やり手だとは聞いてたけど、さすがだね、氷室くん。分かった。私から部長を説得しよう」
「本当ですか!?」
「ああ。私だってゲストに楽しんでもらいたい。それに社員の気持ちにも応えなきゃな。あとのことは任せなさい」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

弦と共にめぐも深々と頭を下げる。
テレビ取材のクルーを出迎える11時頃には、全社員に今夜のナイトショーが2回公演に変更されたことが周知された。

「ホームページとSNSの書き換えは私がやっておきます!」
「ありがとう!環奈ちゃん」

めぐは環奈にお礼を言うと、弦と一緒に急いでクルーの出迎えに向かった。



「……さてクリスマスムード満点のグレイスフル ワールドから嬉しいお知らせです。本日のクリスマスナイトショーは大盛況につき、追加公演が決定しました!当初予定していた20時に21時の公演も追加されるとのことです。皆様、ぜひ大切な人とショーを観ながら素敵なクリスマスの夜をお過ごしください。以上、グレイスフル ワールドから中継でお伝えしました」

女性アナウンサーが笑顔でセリフを締めると、「はい、OK!」と声がかかる。
無事に中継が終わって、見守っていためぐもホッと息をついた。

「ありがとうございました。それでは皆様を出口までご案内いたします」

めぐと弦が先導して関係者通路を歩いて行く。

「氷室さんって、今夜はどう過ごされるんですか?」

女性アナウンサーが小声で弦に話しかける声が聞こえてきて、めぐは思わず横目でうかがった。

「仕事です。大事なショーがありますので、無事に開催させる為にも気が抜けません」
「そうなんですね。あの、私もそのショーを観てもいいですか?」
「もちろん。ぜひご覧ください」
「ありがとうございます!一度テレビ局に戻って仕事が終わったらまた来ます。21時の公演を観させてもらいますね」
「はい。お待ちしております」

にこやかに話す弦に、女性アナウンサーは頬をほんのり赤らめている。

(相変わらずモテるなあ、氷室くん)

こんな場面は今まで数えきれないほど目にしてきた。
弦はいつも仕事の場では笑顔で接している。
たとえ女性側の下心が見えたとしても。

「それでは我々はここで失礼いたします。お疲れ様でした。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」

出口でクルーと向かい合って挨拶する弦の隣で、めぐも頭を下げる。

「じゃあ氷室さん、また今夜」
「はい、お気をつけて」

女性アナウンサーに向ける弦の笑顔を、めぐは複雑な気持ちで見つめた。

(アナウンサーの方、きっとショーを観たあと氷室くんに声をかけるつもりなんだよね。どうするんだろう?氷室くん)

そう考えてから、自分にはどうこう言う資格などないことに気づく。
彼女が告白して、弦がそれに頷いたとしても……。

「めぐ、事務所に戻ってショーのスタッフ配置を考えよう」
「うん、分かった」

いつもと同じように、弦と肩を並べて歩き出す。
けれどこれが当たり前ではないのだと、めぐは自分の心に言い聞かせていた。
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