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大切な宝物
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昼休みも返上して、弦とめぐはショーの準備に追われた。
スタッフに名乗りを挙げてくれた社員に持ち場を記した配置図をメールで送り、誘導の流れを説明する。
普段の仕事もこなしつつ、ショーの技術スタッフにも残業を強いることを詫びに行った。
「いいよいいよ、俺達だってみんなに観てもらいたくてショーを作ってるんだからさ。逆にありがたい話だよ」
照明や音響、花火の担当者も一様に笑顔を返してくれ、めぐも弦もホッとする。
そしてあっという間に夜の7時になった。
「それでは皆さん、よろしくお願いします」
「はい」
広報課に集まった有志はスタッフジャンパーを羽織り、インカムを着けて持ち場に向かった。
弦がキャナルガーデンの鑑賞エリアを開放し、ゲストを順に誘導する。
横一列に並んでもらうと、その後ろにまた列を作る。
30分経ったところで、鑑賞エリアは満員となった。
『全スタッフへ。鑑賞エリアは満員の為、入場をストップします。ゲストからお問い合わせがあれば、21時の回をご案内してください』
インカムから弦の声を聞こえてきて、スタッフは口々にゲストに案内を始める。
めぐもあちこちを走り回って、トラブルがないかを見て回った。
ホテルのエントランスまで来ると、大勢のゲストがロビーに詰めかけているのが見える。
「長谷部さん!」
めぐは人の間を縫って長谷部に近づいた。
「雪村さん、大丈夫ですか?」
「はい。それよりどうしてこんなにゲストが?」
「誰かがホテルからショーが観られると吹聴したようです」
「ええっ!一体、誰がそんなことを」
「分かりません」
これでは宿泊やレストランなど、ホテルを利用するゲストに迷惑がかかってしまう。
どうしようかと考えあぐねている間にも、どんどんゲストが増えてきた。
「このままでは逃がしスペースが機能せずに危険ですね。今、氷室くんに連絡をして指示を……」
そう言ってめぐがスマートフォンを取り出そうとすると、長谷部が手で遮った。
「長谷部さん?」
「私の判断で、2階宴会場を開放します。音楽は聴こえにくくなりますが、そこからショーを鑑賞してもらいます」
「ええ!?」
「このままでは怪我人が出てしまう。雪村さん、手伝っていただけますか?ゲストを2階へと誘導します」
「はい!」
長谷部は階段の下に行くと、手前のゲストに話をしてゆっくりと階段を上がりながら誘導していく。
「何?どういうこと?」
「あの人なんて言ったの?」
戸惑ってざわつくゲストに、めぐは階段の下で声をかける。
「これより2階の宴会場へご案内いたします。音楽は聴こえ辛くなりますが、そこからショーをご覧いただけます」
そうなんだ!とゲストは笑顔で階段を上っていく。
めぐは「足元お気をつけて」を声をかけてから、インカムのスイッチを入れて話し始めた。
『全スタッフへ。ホテルロビーの逃がしスペースは混雑で危険な為、ホテル支配人の判断で2階宴会場へとゲストを誘導しています。ただしゲストへの積極的なご案内はしないでください。あくまで今ロビーにいらっしゃるゲストへの対応です』
『了解』と弦の返事が聞こえた。
(氷室くん、どこにいるんだろう)
もはや見渡す限り人の姿で埋め尽くされ、ショーが終わるまでは身動きが取れない。
めぐは長谷部の手伝いに専念することにした。
逃がしスペースにいたゲストは全員2階へと上がり、ロビーの混雑が緩和されてホッとする。
最後のゲストと一緒にめぐも宴会場に入ると、窓際にズラリと並んだゲストがショーの開始を待ちわびていた。
「雪村さん」
「長谷部さん!大丈夫でしたか?」
「はい、特に混乱は見られませんでした。問題はショーのあとですね。一気に人が動き出します」
「ええ。導線を確認させてください。一方通行で、最初に入場した人から順に階段へと誘導します」
「分かりました。ホテルスタッフの応援を呼びます」
「お願いします」
そうこうしているうちに、ショーの開始5分前のアナウンスがあった。
ゲストはわくわくと顔を見合わせている。
やがて1分前となり、パークの照明とBGMが絞られた。
シンと静まり返り、誰もが固唾を呑んでその時を待つ。
そして華やかな音楽と共にショーが始まった。
「うわー、綺麗!」
一斉にゲストの歓声が上がる。
噴水が作り出すウォーターカーテンに、レーザーで映し出される色鮮やかな映像。
背景のヨーロピアンスタイルの建物に投影されるプロジェクションマッピング。
雪が降る夜空を駆け回るトナカイとサンタクロースが、観る人を美しい世界へといざなう。
まるで空を飛んでいるかのような臨場感溢れる映像に、ゲストはうっとりと酔いしれる。
世界中の街にプレゼントが届けられ、温かい笑顔が広がるクリスマス。
最後に花火が夜空をキラキラと輝かせ、ゲストから感嘆のため息がもれた。
一瞬辺りが明るくなるほどの壮大なフィナーレのあと、一斉に拍手が起こる。
「はあ、素敵だった!」
「ねー!もううっとり」
興奮冷めやらぬ様子で、ゲストは動き出す。
めぐは長谷部と目配せして誘導を始めた。
だが、インカムから弦の声が飛んでくる。
『全スタッフへ。鑑賞エリア前列からゆっくり誘導を始めます。それ以外のゲストはしばらくその場で待ってもらってください。一斉に動くと危険です』
めぐはすぐさま長谷部に伝え、ゲストにしばらくその場で待機してもらう。
窓からキャナルガーデンを見下ろすと、弦が最前列でゲストを誘導しているのが見えた。
(混乱もないみたい。良かった)
鑑賞エリアの最後の列が動き出すのを見て、めぐはインカムのスイッチを押す。
『氷室くんへ、ホテル2階の雪村です。これよりゲストの誘導を始めます』
『了解、エントランスにヘルプに行きます』
めぐが長谷部に頷いて合図をし、ゲストの誘導を開始する。
ゆっくりと階段を下りると、エントランスで待ち受けていた弦が外へと誘導していた。
最後のゲストを見送り、めぐはふうと肩の力を抜く。
『全スタッフへ。なにかトラブルなどあれば報告してください』
弦の問いにインカムからは、『特にありません』『大丈夫です』と返事がある。
「なんとか終わったな。って、もう次の回のゲストが来てる」
「ほんとだ」
「めぐ、ここはいいから客室から撮影頼む」
「でも……」
「それも大事な仕事だ。頼むぞ」
めぐの頭にポンと手を置いてから、弦はタタッと外に出て行った。
◇
フロントでルームキーをもらい、めぐは昨日と同じ客室に入る。
テーブルの上には綺麗な赤いバラが7本飾られたままだった。
めぐはバルコニーに出ると三脚を立て、ビデオカメラをセットする。
準備が整うと真下を見下ろした。
キャナルガーデンの鑑賞エリアは、弦の誘導でゲストが続々と列を作っている。
(大丈夫かな、お手伝いに行った方がいいかな)
めぐがそわそわと下の様子を気にかけていると、ふいに弦が顔を上げた。
(えっ……?)
気のせいかとも思ったが、どうやら弦と視線が合っている。
弦は口元を緩めると、めぐに親指を立ててみせた。
(氷室くん、大丈夫そう。私も撮影がんばらなきゃ)
めぐも笑みを浮かべて頷いた。
やがて2回目のショーが始まった。
予定していなかった21時のショー。
それが急遽こうして開催されたことに、めぐは胸が熱くなる。
(色んな人のおかげで実現することが出来た。残業してくれた社員、ショーのスタッフ、部長を説得してくれた課長、それから、氷室くん)
カメラの映り具合を確かめながら、めぐは感慨深くショーを眺めた。
クリスマスの夜を彩る鮮やかな花火とゲストの笑顔。
めぐは幸せを噛みしめながら、その輝きを目に焼き付けた。
◇
(氷室くん?)
ショーが終わり、カメラと三脚を部屋にしまっためぐは、ベランダから下の様子をうかがう。
ゲストを誘導している弦に、誰かが近づいて話しかけるのが見えた。
(あの人って、今日の女性アナウンサー?)
遠目ではっきりと分からないが、恐らくそうに違いない。
ゲストがどんどん前に進んでいるのに、その人は弦のそばから離れなかった。
(しゃべってるのかな?)
弦は大きく手を動かしてゲストに向かって声をかけているが、その隣で女性は弦に何か話しかけているようだ。
最後のゲストの列が動き出し、鑑賞エリアから無事に全員が退出した。
(良かった、大きなトラブルもなくて。って、え?どういうこと?)
めぐがホッとした時、弦と女性アナウンサーが肩を並べて歩き出すのが見えた。
(どこに行くの?まさか!氷室くん、このままあの人と?)
そう考えた途端めぐはバルコニーを離れ、部屋の中を駆け抜けるとドアを開けて飛び出した。
(氷室くん、氷室くん?)
ホテルのエントランスから外へ出ると、行き交う人の間を必死で探して回る。
(どうしよう、本当にいなくなっちゃったの?)
不安で涙が込み上げてきた。
(いつもそばにいてくれたのに。どんな時も隣で支えてくれたのに。私のことが好きだって言ってくれたのに。私がちゃんと答えなかったから……。だから氷室くん、あの人のところに)
ポロポロととめどなく涙が溢れて止まらない。
苦しさにギュッと胸元を押さえながら必死で弦の姿を探した。
コートも着ずに飛び出した12月の夜は寒く、涙で濡れる頬は冷たい。
弦を失ったかもしれない心細さに、思わず泣き崩れそうになった時だった。
「めぐ?」
弦の声が聞こえて、めぐはハッと振り返る。
弦が急いで駆け寄って来るのが見えた。
「氷室くん!」
「めぐ!」
大きな腕の中に飛び込むと、めぐは弦の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。
「氷室くん、氷室くん……」
「どうした?めぐ、何があった?」
弦はギュッと強くめぐを抱きしめながら、耳元で必死に問いかけた。
「めぐ、なんでこんなに泣いてる?一体何が?」
「氷室くんが、氷室くんが……」
「俺がどうした?」
「どこかに行っちゃったかと思って。私がちゃんと答えなかったから、だから氷室くんは私を置いてあの人と一緒に……」
「めぐ、落ち着け。あの人って誰だ?」
「アナウンサーの人。でもそれは私が悪いの。私が氷室くんを傷つけたから、私がちゃんと好きって言わなかったから。だから氷室くんは私よりもあの人の方がいいって、私の手の届かないところに……」
めぐ!と弦は、めぐの頬に両手を当てて顔を覗き込む。
「めぐ、俺を見て。俺はどこにも行かない。ずっとめぐのそばにいる。他の誰のところにだって行くもんか。めぐしか見えてないんだから。いい?俺は何があってもめぐが好きだ」
「……氷室くん」
弦は着ていたコートを開いてめぐを包み込んだ。
「あったかい」
すっぽりと弦の胸に収まっためぐに、弦は耳元でささやく。
「めぐ。コートも着ないで飛び出して来たの?」
「うん」
「俺がどこかに行くかもしれないと思って?」
「うん」
「不安になってあんなに泣いたの?」
「うん」
「……どうして?」
「だって……」
めぐは弦の胸から顔を上げ、涙で潤んだ瞳で見つめた。
「氷室くんが好きだから」
「……めぐ」
「だからどこにも行ってほしくなかったの。ずっと私のそばにいてほしかったの。いなくなるって思ったら、どうしようもなく悲しくなったの」
弦は切なげに眉根を寄せると、めぐを強く抱きしめた。
「めぐ……。やっと俺のところに来てくれた。俺の腕の中に……。もう二度と離さない」
「氷室くん……」
めぐの瞳からまた新たな涙がこぼれ落ちる。
「めぐ、俺は心からめぐが好きだ」
「私も。氷室くんが大好きなの」
弦はふっと優しく笑うと、めぐの頬に手を当てて親指で涙を拭う。
そしてゆっくりと顔を寄せると、愛おしそうにめぐにキスをした。
互いの胸の奥がジンと痺れて幸せが込み上げてくる。
「めぐ……。これって夢かな?」
「そうかも。だって世界がキラキラしてる」
「ああ、そうだな。こんなに綺麗な世界でめぐと結ばれるなんて、きっと夢だよな」
「夢でもいい。氷室くんと一緒なら」
めぐは涙を浮かべたまま、弦を見上げて微笑む。
そんなめぐに、弦はまたクッと切なさを堪えた。
涙に濡れためぐの頬にチュッと口づけると、もう一度優しく甘いキスを交わす。
誰もいなくなったキャナルガーデンのイルミネーションが、二人を祝福するかのように温かく輝いていた。
スタッフに名乗りを挙げてくれた社員に持ち場を記した配置図をメールで送り、誘導の流れを説明する。
普段の仕事もこなしつつ、ショーの技術スタッフにも残業を強いることを詫びに行った。
「いいよいいよ、俺達だってみんなに観てもらいたくてショーを作ってるんだからさ。逆にありがたい話だよ」
照明や音響、花火の担当者も一様に笑顔を返してくれ、めぐも弦もホッとする。
そしてあっという間に夜の7時になった。
「それでは皆さん、よろしくお願いします」
「はい」
広報課に集まった有志はスタッフジャンパーを羽織り、インカムを着けて持ち場に向かった。
弦がキャナルガーデンの鑑賞エリアを開放し、ゲストを順に誘導する。
横一列に並んでもらうと、その後ろにまた列を作る。
30分経ったところで、鑑賞エリアは満員となった。
『全スタッフへ。鑑賞エリアは満員の為、入場をストップします。ゲストからお問い合わせがあれば、21時の回をご案内してください』
インカムから弦の声を聞こえてきて、スタッフは口々にゲストに案内を始める。
めぐもあちこちを走り回って、トラブルがないかを見て回った。
ホテルのエントランスまで来ると、大勢のゲストがロビーに詰めかけているのが見える。
「長谷部さん!」
めぐは人の間を縫って長谷部に近づいた。
「雪村さん、大丈夫ですか?」
「はい。それよりどうしてこんなにゲストが?」
「誰かがホテルからショーが観られると吹聴したようです」
「ええっ!一体、誰がそんなことを」
「分かりません」
これでは宿泊やレストランなど、ホテルを利用するゲストに迷惑がかかってしまう。
どうしようかと考えあぐねている間にも、どんどんゲストが増えてきた。
「このままでは逃がしスペースが機能せずに危険ですね。今、氷室くんに連絡をして指示を……」
そう言ってめぐがスマートフォンを取り出そうとすると、長谷部が手で遮った。
「長谷部さん?」
「私の判断で、2階宴会場を開放します。音楽は聴こえにくくなりますが、そこからショーを鑑賞してもらいます」
「ええ!?」
「このままでは怪我人が出てしまう。雪村さん、手伝っていただけますか?ゲストを2階へと誘導します」
「はい!」
長谷部は階段の下に行くと、手前のゲストに話をしてゆっくりと階段を上がりながら誘導していく。
「何?どういうこと?」
「あの人なんて言ったの?」
戸惑ってざわつくゲストに、めぐは階段の下で声をかける。
「これより2階の宴会場へご案内いたします。音楽は聴こえ辛くなりますが、そこからショーをご覧いただけます」
そうなんだ!とゲストは笑顔で階段を上っていく。
めぐは「足元お気をつけて」を声をかけてから、インカムのスイッチを入れて話し始めた。
『全スタッフへ。ホテルロビーの逃がしスペースは混雑で危険な為、ホテル支配人の判断で2階宴会場へとゲストを誘導しています。ただしゲストへの積極的なご案内はしないでください。あくまで今ロビーにいらっしゃるゲストへの対応です』
『了解』と弦の返事が聞こえた。
(氷室くん、どこにいるんだろう)
もはや見渡す限り人の姿で埋め尽くされ、ショーが終わるまでは身動きが取れない。
めぐは長谷部の手伝いに専念することにした。
逃がしスペースにいたゲストは全員2階へと上がり、ロビーの混雑が緩和されてホッとする。
最後のゲストと一緒にめぐも宴会場に入ると、窓際にズラリと並んだゲストがショーの開始を待ちわびていた。
「雪村さん」
「長谷部さん!大丈夫でしたか?」
「はい、特に混乱は見られませんでした。問題はショーのあとですね。一気に人が動き出します」
「ええ。導線を確認させてください。一方通行で、最初に入場した人から順に階段へと誘導します」
「分かりました。ホテルスタッフの応援を呼びます」
「お願いします」
そうこうしているうちに、ショーの開始5分前のアナウンスがあった。
ゲストはわくわくと顔を見合わせている。
やがて1分前となり、パークの照明とBGMが絞られた。
シンと静まり返り、誰もが固唾を呑んでその時を待つ。
そして華やかな音楽と共にショーが始まった。
「うわー、綺麗!」
一斉にゲストの歓声が上がる。
噴水が作り出すウォーターカーテンに、レーザーで映し出される色鮮やかな映像。
背景のヨーロピアンスタイルの建物に投影されるプロジェクションマッピング。
雪が降る夜空を駆け回るトナカイとサンタクロースが、観る人を美しい世界へといざなう。
まるで空を飛んでいるかのような臨場感溢れる映像に、ゲストはうっとりと酔いしれる。
世界中の街にプレゼントが届けられ、温かい笑顔が広がるクリスマス。
最後に花火が夜空をキラキラと輝かせ、ゲストから感嘆のため息がもれた。
一瞬辺りが明るくなるほどの壮大なフィナーレのあと、一斉に拍手が起こる。
「はあ、素敵だった!」
「ねー!もううっとり」
興奮冷めやらぬ様子で、ゲストは動き出す。
めぐは長谷部と目配せして誘導を始めた。
だが、インカムから弦の声が飛んでくる。
『全スタッフへ。鑑賞エリア前列からゆっくり誘導を始めます。それ以外のゲストはしばらくその場で待ってもらってください。一斉に動くと危険です』
めぐはすぐさま長谷部に伝え、ゲストにしばらくその場で待機してもらう。
窓からキャナルガーデンを見下ろすと、弦が最前列でゲストを誘導しているのが見えた。
(混乱もないみたい。良かった)
鑑賞エリアの最後の列が動き出すのを見て、めぐはインカムのスイッチを押す。
『氷室くんへ、ホテル2階の雪村です。これよりゲストの誘導を始めます』
『了解、エントランスにヘルプに行きます』
めぐが長谷部に頷いて合図をし、ゲストの誘導を開始する。
ゆっくりと階段を下りると、エントランスで待ち受けていた弦が外へと誘導していた。
最後のゲストを見送り、めぐはふうと肩の力を抜く。
『全スタッフへ。なにかトラブルなどあれば報告してください』
弦の問いにインカムからは、『特にありません』『大丈夫です』と返事がある。
「なんとか終わったな。って、もう次の回のゲストが来てる」
「ほんとだ」
「めぐ、ここはいいから客室から撮影頼む」
「でも……」
「それも大事な仕事だ。頼むぞ」
めぐの頭にポンと手を置いてから、弦はタタッと外に出て行った。
◇
フロントでルームキーをもらい、めぐは昨日と同じ客室に入る。
テーブルの上には綺麗な赤いバラが7本飾られたままだった。
めぐはバルコニーに出ると三脚を立て、ビデオカメラをセットする。
準備が整うと真下を見下ろした。
キャナルガーデンの鑑賞エリアは、弦の誘導でゲストが続々と列を作っている。
(大丈夫かな、お手伝いに行った方がいいかな)
めぐがそわそわと下の様子を気にかけていると、ふいに弦が顔を上げた。
(えっ……?)
気のせいかとも思ったが、どうやら弦と視線が合っている。
弦は口元を緩めると、めぐに親指を立ててみせた。
(氷室くん、大丈夫そう。私も撮影がんばらなきゃ)
めぐも笑みを浮かべて頷いた。
やがて2回目のショーが始まった。
予定していなかった21時のショー。
それが急遽こうして開催されたことに、めぐは胸が熱くなる。
(色んな人のおかげで実現することが出来た。残業してくれた社員、ショーのスタッフ、部長を説得してくれた課長、それから、氷室くん)
カメラの映り具合を確かめながら、めぐは感慨深くショーを眺めた。
クリスマスの夜を彩る鮮やかな花火とゲストの笑顔。
めぐは幸せを噛みしめながら、その輝きを目に焼き付けた。
◇
(氷室くん?)
ショーが終わり、カメラと三脚を部屋にしまっためぐは、ベランダから下の様子をうかがう。
ゲストを誘導している弦に、誰かが近づいて話しかけるのが見えた。
(あの人って、今日の女性アナウンサー?)
遠目ではっきりと分からないが、恐らくそうに違いない。
ゲストがどんどん前に進んでいるのに、その人は弦のそばから離れなかった。
(しゃべってるのかな?)
弦は大きく手を動かしてゲストに向かって声をかけているが、その隣で女性は弦に何か話しかけているようだ。
最後のゲストの列が動き出し、鑑賞エリアから無事に全員が退出した。
(良かった、大きなトラブルもなくて。って、え?どういうこと?)
めぐがホッとした時、弦と女性アナウンサーが肩を並べて歩き出すのが見えた。
(どこに行くの?まさか!氷室くん、このままあの人と?)
そう考えた途端めぐはバルコニーを離れ、部屋の中を駆け抜けるとドアを開けて飛び出した。
(氷室くん、氷室くん?)
ホテルのエントランスから外へ出ると、行き交う人の間を必死で探して回る。
(どうしよう、本当にいなくなっちゃったの?)
不安で涙が込み上げてきた。
(いつもそばにいてくれたのに。どんな時も隣で支えてくれたのに。私のことが好きだって言ってくれたのに。私がちゃんと答えなかったから……。だから氷室くん、あの人のところに)
ポロポロととめどなく涙が溢れて止まらない。
苦しさにギュッと胸元を押さえながら必死で弦の姿を探した。
コートも着ずに飛び出した12月の夜は寒く、涙で濡れる頬は冷たい。
弦を失ったかもしれない心細さに、思わず泣き崩れそうになった時だった。
「めぐ?」
弦の声が聞こえて、めぐはハッと振り返る。
弦が急いで駆け寄って来るのが見えた。
「氷室くん!」
「めぐ!」
大きな腕の中に飛び込むと、めぐは弦の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。
「氷室くん、氷室くん……」
「どうした?めぐ、何があった?」
弦はギュッと強くめぐを抱きしめながら、耳元で必死に問いかけた。
「めぐ、なんでこんなに泣いてる?一体何が?」
「氷室くんが、氷室くんが……」
「俺がどうした?」
「どこかに行っちゃったかと思って。私がちゃんと答えなかったから、だから氷室くんは私を置いてあの人と一緒に……」
「めぐ、落ち着け。あの人って誰だ?」
「アナウンサーの人。でもそれは私が悪いの。私が氷室くんを傷つけたから、私がちゃんと好きって言わなかったから。だから氷室くんは私よりもあの人の方がいいって、私の手の届かないところに……」
めぐ!と弦は、めぐの頬に両手を当てて顔を覗き込む。
「めぐ、俺を見て。俺はどこにも行かない。ずっとめぐのそばにいる。他の誰のところにだって行くもんか。めぐしか見えてないんだから。いい?俺は何があってもめぐが好きだ」
「……氷室くん」
弦は着ていたコートを開いてめぐを包み込んだ。
「あったかい」
すっぽりと弦の胸に収まっためぐに、弦は耳元でささやく。
「めぐ。コートも着ないで飛び出して来たの?」
「うん」
「俺がどこかに行くかもしれないと思って?」
「うん」
「不安になってあんなに泣いたの?」
「うん」
「……どうして?」
「だって……」
めぐは弦の胸から顔を上げ、涙で潤んだ瞳で見つめた。
「氷室くんが好きだから」
「……めぐ」
「だからどこにも行ってほしくなかったの。ずっと私のそばにいてほしかったの。いなくなるって思ったら、どうしようもなく悲しくなったの」
弦は切なげに眉根を寄せると、めぐを強く抱きしめた。
「めぐ……。やっと俺のところに来てくれた。俺の腕の中に……。もう二度と離さない」
「氷室くん……」
めぐの瞳からまた新たな涙がこぼれ落ちる。
「めぐ、俺は心からめぐが好きだ」
「私も。氷室くんが大好きなの」
弦はふっと優しく笑うと、めぐの頬に手を当てて親指で涙を拭う。
そしてゆっくりと顔を寄せると、愛おしそうにめぐにキスをした。
互いの胸の奥がジンと痺れて幸せが込み上げてくる。
「めぐ……。これって夢かな?」
「そうかも。だって世界がキラキラしてる」
「ああ、そうだな。こんなに綺麗な世界でめぐと結ばれるなんて、きっと夢だよな」
「夢でもいい。氷室くんと一緒なら」
めぐは涙を浮かべたまま、弦を見上げて微笑む。
そんなめぐに、弦はまたクッと切なさを堪えた。
涙に濡れためぐの頬にチュッと口づけると、もう一度優しく甘いキスを交わす。
誰もいなくなったキャナルガーデンのイルミネーションが、二人を祝福するかのように温かく輝いていた。
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25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
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