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喜びと優しさ
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「めぐ、はいこれ」
「なあに?」
ホテルの部屋に戻ると、二人でソファに並んで座る。
弦が差し出した紙袋を、めぐは怪訝な面持ちで受け取った。
「さっきこれを買いに行ってたんだ。見てみて」
言われてめぐは、そっと紙袋の中を覗いてみる。
「えっ、これって、クリスマスグッズ?」
「そう。めぐ、昨日グッズ販売のワゴン見たいって言ってただろ?でもバタバタして結局見に行けなかったから」
「嬉しい!もらってもいいの?」
「もちろん」
めぐはわくわくと取り出してみた。
「わあ、雪の結晶のキーホルダーだ。あ、これライトもつくのね?綺麗。こっちは?スノードーム!」
「オルゴールもついてるよ」
「そうなの?何の曲だろう。『WINTER SONG』! 私、この曲大好きなの」
子どものようにはしゃぐめぐを、弦は優しく見つめる。
「それからこれ。俺のイチオシ」
そう言って弦は、袋から長方形の箱を取り出した。
「なんだろう?」
「なんだと思う?」
「えっ、分かんない」
「ふふ、めぐが絶対に喜ぶもの」
「なあに?もったいぶって。そんなこと言われたら、喜んでみせなきゃって思うじゃない」
「芝居なんかしなくていい。絶対喜ぶから」
自信満々の弦に首をひねってから、めぐは箱を開けて中を取り出してみた。
「これ……」
思わず言葉に詰まる。
両手に載せると、涙が溢れ出した。
信じられない気持ちで目を見開く。
「めぐ?嬉しくなかった?」
自信なさげに弦が声をかけてきた。
めぐは弦の首に両手を伸ばして抱きつく。
「嬉しい……。嬉しいに決まってる。だって、これ……」
手にしていたのは、ほのかなオレンジ色のランタン。
フェスティバルの時のランタンの雰囲気そのままに、サイズを小さくして飾れるライトになっている。
めぐは目を潤ませながら弦を見上げた。
「ありがとう、氷室くん。ランタンは私にとって特別なの。心の中でずっとずっと大切にしてた思い出」
「ああ。めぐの大事な宝物だよな?これも」
「えっ?」
何のことかと、めぐは身体を起こして弦を見上げる。
と、首元にサラリと何かが触れてハッとした。
「これ……!」
「めぐの宝物。ずっと返したかったんだ」
見なくても分かる。
手で触れたものは、めぐの大切なブルースターのネックレス。
「氷室くん……。捨ててなかったの?」
「捨てる訳がない。ずっと大切に持ち歩いてた。いつか必ずめぐに返そうと思って」
「嬉しい」
めぐはそっと手で触れながらうつむく。
弦が着けてくれたブルースターは、あの頃と同じように綺麗に胸元で咲いていた。
「氷室くん、こんなにたくさんの幸せをありがとう」
「まだまだもっとめぐを幸せにしてみせるよ」
「うん!」
輝くような笑顔をみせるめぐに微笑むと、弦はめぐの持っていたランタンを手にする。
スイッチを入れると、ランタンは温かいオレンジ色に染まった。
「わあ、綺麗!雪の結晶の柄が浮かび上がるのね」
「ああ。今日の思い出も詰まってるな」
「うん。ありがとう、氷室くん。ずっとずっと大切にするね」
めぐの笑顔に頬を緩めた弦は、そっとめぐを抱き寄せ、愛を注ぐように口づけた。
◇
「めぐ、お腹減っただろ?ルームサービス頼もうか」
23時近くになり、ようやく二人は夕食を食べていないことに気づいた。
弦が内線電話でオーダーするのを聞きながら、めぐはふとテーブルの上のバラの花に目を向けた。
じっと見つめてから心を決める。
「氷室くん、私、長谷部さんに会ってくる」
花瓶を手に立ち上がると、電話を終えた弦が振り返った。
「……俺も行こうか?」
察したように真剣な表情の弦に、めぐは首を振る。
「ううん。一人で行くね」
「分かった。待ってるから」
「うん」
弦に見送られてめぐはフロントへと下りる。
ゲストの姿もなく静まり返ったロビーのフロントで、一人端末を操作している長谷部を見つけると、ゆっくりと近づいた。
◇
「長谷部さん」
ふいに聞こえてきた声に、長谷部は顔を上げる。
予約した全てのゲストがチェックインを終え、人心地ついてからフロントで事務処理をしているところだった。
「雪村さん!」
思わず笑顔を浮かべたが、めぐが手にしているバラの花を見てハッとした。
(もしかして……)
考えたくないが、逃げる訳にもいかない。
めぐはすぐ目の前までやって来ると、真剣な顔で口を開いた。
「長谷部さん、今夜も色々とありがとうございました。おかげでショーを無事に終えることが出来ました」
「……こちらこそ」
なんとか声を振り絞る。
このあとに何を言われるのかと、緊張感に包まれた。
「これまで私を助けてくださったことも、本当に感謝しています。怪我をした時も、一人で心細かった時も、長谷部さんのお気遣いが嬉しかったです」
「いえ、大したことはしていません。私がしたくて勝手にやったことです」
「長谷部さんのお気持ちはとてもありがたいです。だけど、私はもう大丈夫です。やっと自分の気持ちに気づくことが出来たので」
「そうですか」
驚きよりも、やはりそうかという気持ちが大きい。
きっと自分でも分かっていたのだ。
最初から勝ち目はないと。
「長谷部さん、このバラはお返しします。あなたのお気持ちは受け取ることが出来ません」
そう言って差し出された花瓶を、静かに受け取る。
ふと見ると、めぐの胸元にはブルースターのネックレスがあった。
「雪村さん。あなたにはダイヤモンドと赤いバラが似合うと思っていました。でも違ったんですね。あなたはバラよりも、素朴で小さな花を大切にする人。そしてそんなあなたを誰よりもよく知っているのは、氷室さんただ一人」
するとめぐはネックレスに手をやり、ブルースターのように可憐な笑みを浮かべる。
「はい。この花は私の宝物です」
「そうですか。あなたと氷室さんは結ばれるべき運命の相手だったのだと思います。やっと気持ちが通じ合ったのですね。良かったですね、雪村さん」
「ありがとうございます」
「さあ、もう遅いのでお部屋へ。おやすみなさい、雪村さん」
「はい。お仕事がんばってくださいね、長谷部さん」
優しい笑みを浮かべてから去っていくめぐを見送り、長谷部は大きくため息をついた。
(良かったですね、か……。我ながら強がって)
ふっと笑みをもらしてから、バラの花を見つめる。
「やっぱり雪村さんはバラだな。俺には不釣り合いな高嶺の花だ」
そう呟くとバックオフィスに行き、花瓶を置いた。
◇
「お帰り、めぐ」
「ただいま」
めぐが部屋に戻ると、待っていた弦がドアを開けて中へと促す。
「食事、届いてるぞ。食べよう」
「うん。美味しそう!クリスマスのごちそうだね」
「ああ。特別なコース料理だって」
テーブルには、チキンやローストビーフ、スモークサーモンの前菜にサラダ、スープにパンがズラリと並べられていた。
「こんなにたくさん、豪華だね」
「めぐには足りないか?」
「もう!私のことどれだけ大食いだと思ってるの?」
「間違ってないだろ?ケーキもあるけど、どうする?」
「やったー!食べる」
ははっ!と弦は楽しそうに笑う。
「じゃあワインで乾杯な」
「うん」
向かい合って座り、メリークリスマス!とグラスを掲げた。
「美味しいね。なんだか本当に夢みたい」
料理を食べながら、はにかんだ笑みでめぐが呟く。
「ショーが終わったあとは、あんなに不安で心細かったのに」
弦は食事の手を止めてめぐを見つめた。
「めぐ。あのアナウンサーの女性とは、行く方向が同じだっただけだ。それにちゃんと断ったよ。俺には好きな人がいる、振り向かせるのに必死で他の人のことなんて微塵も考えられないって」
めぐは嬉しい反面ちょっと気にかかる。
「ってことは、告白されたの?あの人に」
「そうだけど。でもそれはめぐもだろ?長谷部さんに」
「あ、うん。だけどさっき断ったよ」
「分かってる。めぐ、俺達の友達同盟は解消だ。今夜からは正真正銘、本物の恋人同盟な」
「うん!これからもよろしくね」
「ああ。俺は二度とめぐを離さない。遠回りした分、これからはずっと一緒だ」
「ありがとう。私もこれからはちゃんと素直な気持ちを伝えるね。本当はずっとずっと寂しかったの。このネックレスも、氷室くんとの絆も失って」
めぐ……と弦は言葉に詰まる。
「私、もう絶対に離れたくない。いつまでも一緒にいる。氷室くんとの『信じ合う心』を大切にしながら」
「そうだな。俺達は離れた時の辛さを知っている。だから今、こんなにも幸せなんだ。めぐがそばにいてくれることが奇跡のように感じる。俺はめぐに感謝して、必ずめぐを幸せにしてみせるから」
「うん!私も氷室くんを幸せにしたい」
「めぐ……」
もう何度目だろう、今夜めぐがこうして笑いかけてくれるのは。
何度見ても心が切なく痛み、愛しさで胸がいっぱいになる。
めぐの輝くような笑顔をずっとこの手で守っていこう。
弦はそう固く心に誓った。
◇
「おはようございます、チェックアウトをお願いします」
翌朝。
ルームサービスで朝食を食べ終えると、弦とめぐは一緒にロビーに下りた。
フロントはチェックアウトのゲストが列を作り、スタッフはてきぱきと手続きを済ませていく。
順番が来てルームキーを差し出した相手は女性スタッフで、長谷部は別のゲストの対応をしていた。
無事に手続きを済ませて弦とめぐはフロントを離れる。
その時「雪村さん」と長谷部の声がした。
振り返ると、夕べめぐが返したバラの花束を手に長谷部が近づいて来る。
「雪村さん。よかったらこのバラ、事務所に飾ってやってくれませんか?バラに罪はありませんので」
そう言って綺麗にラッピングされた花束を差し出した。
「あ、はい。では、そうさせていただきます。ありがとうございます」
「こちらこそ。ホテルをご利用いただき、誠にありがとうございました。またの機会をお待ちしております」
弦とめぐにお辞儀をしてから、長谷部はにこやかに笑ってまたフロントに戻って行った。
ホテルを出ると事務所に出社して、めぐは一人給湯室に向かう。
棚から花瓶を取り出すと、水を入れてバラを生けた。
が、ふと気づいて花を整えていた手を止める。
(あれ?バラの本数が、増えてる?)
数えてみると8本あった。
(8本のバラって?)
もしや意味があるのかと、めぐはスマートフォンを取り出して検索してみた。
画面に表示された言葉に、思わず息を呑む、
8本の赤いバラに込められた想いは……
『優しさをありがとう』
めぐの胸がキュッと締めつけられた。
(長谷部さん……)
じわりと目に涙が込み上げる。
辛い時に寄り添ってくれた長谷部の温かさが思い出された。
(優しいのは長谷部さんなのに)
気持ちに応えられなかったことが心苦しくなる。
だが素直に受け取ろう。
あの人の優しさを。
そしてずっと感謝の気持ちを忘れずにいよう。
めぐはそう強く心に刻んだ。
「なあに?」
ホテルの部屋に戻ると、二人でソファに並んで座る。
弦が差し出した紙袋を、めぐは怪訝な面持ちで受け取った。
「さっきこれを買いに行ってたんだ。見てみて」
言われてめぐは、そっと紙袋の中を覗いてみる。
「えっ、これって、クリスマスグッズ?」
「そう。めぐ、昨日グッズ販売のワゴン見たいって言ってただろ?でもバタバタして結局見に行けなかったから」
「嬉しい!もらってもいいの?」
「もちろん」
めぐはわくわくと取り出してみた。
「わあ、雪の結晶のキーホルダーだ。あ、これライトもつくのね?綺麗。こっちは?スノードーム!」
「オルゴールもついてるよ」
「そうなの?何の曲だろう。『WINTER SONG』! 私、この曲大好きなの」
子どものようにはしゃぐめぐを、弦は優しく見つめる。
「それからこれ。俺のイチオシ」
そう言って弦は、袋から長方形の箱を取り出した。
「なんだろう?」
「なんだと思う?」
「えっ、分かんない」
「ふふ、めぐが絶対に喜ぶもの」
「なあに?もったいぶって。そんなこと言われたら、喜んでみせなきゃって思うじゃない」
「芝居なんかしなくていい。絶対喜ぶから」
自信満々の弦に首をひねってから、めぐは箱を開けて中を取り出してみた。
「これ……」
思わず言葉に詰まる。
両手に載せると、涙が溢れ出した。
信じられない気持ちで目を見開く。
「めぐ?嬉しくなかった?」
自信なさげに弦が声をかけてきた。
めぐは弦の首に両手を伸ばして抱きつく。
「嬉しい……。嬉しいに決まってる。だって、これ……」
手にしていたのは、ほのかなオレンジ色のランタン。
フェスティバルの時のランタンの雰囲気そのままに、サイズを小さくして飾れるライトになっている。
めぐは目を潤ませながら弦を見上げた。
「ありがとう、氷室くん。ランタンは私にとって特別なの。心の中でずっとずっと大切にしてた思い出」
「ああ。めぐの大事な宝物だよな?これも」
「えっ?」
何のことかと、めぐは身体を起こして弦を見上げる。
と、首元にサラリと何かが触れてハッとした。
「これ……!」
「めぐの宝物。ずっと返したかったんだ」
見なくても分かる。
手で触れたものは、めぐの大切なブルースターのネックレス。
「氷室くん……。捨ててなかったの?」
「捨てる訳がない。ずっと大切に持ち歩いてた。いつか必ずめぐに返そうと思って」
「嬉しい」
めぐはそっと手で触れながらうつむく。
弦が着けてくれたブルースターは、あの頃と同じように綺麗に胸元で咲いていた。
「氷室くん、こんなにたくさんの幸せをありがとう」
「まだまだもっとめぐを幸せにしてみせるよ」
「うん!」
輝くような笑顔をみせるめぐに微笑むと、弦はめぐの持っていたランタンを手にする。
スイッチを入れると、ランタンは温かいオレンジ色に染まった。
「わあ、綺麗!雪の結晶の柄が浮かび上がるのね」
「ああ。今日の思い出も詰まってるな」
「うん。ありがとう、氷室くん。ずっとずっと大切にするね」
めぐの笑顔に頬を緩めた弦は、そっとめぐを抱き寄せ、愛を注ぐように口づけた。
◇
「めぐ、お腹減っただろ?ルームサービス頼もうか」
23時近くになり、ようやく二人は夕食を食べていないことに気づいた。
弦が内線電話でオーダーするのを聞きながら、めぐはふとテーブルの上のバラの花に目を向けた。
じっと見つめてから心を決める。
「氷室くん、私、長谷部さんに会ってくる」
花瓶を手に立ち上がると、電話を終えた弦が振り返った。
「……俺も行こうか?」
察したように真剣な表情の弦に、めぐは首を振る。
「ううん。一人で行くね」
「分かった。待ってるから」
「うん」
弦に見送られてめぐはフロントへと下りる。
ゲストの姿もなく静まり返ったロビーのフロントで、一人端末を操作している長谷部を見つけると、ゆっくりと近づいた。
◇
「長谷部さん」
ふいに聞こえてきた声に、長谷部は顔を上げる。
予約した全てのゲストがチェックインを終え、人心地ついてからフロントで事務処理をしているところだった。
「雪村さん!」
思わず笑顔を浮かべたが、めぐが手にしているバラの花を見てハッとした。
(もしかして……)
考えたくないが、逃げる訳にもいかない。
めぐはすぐ目の前までやって来ると、真剣な顔で口を開いた。
「長谷部さん、今夜も色々とありがとうございました。おかげでショーを無事に終えることが出来ました」
「……こちらこそ」
なんとか声を振り絞る。
このあとに何を言われるのかと、緊張感に包まれた。
「これまで私を助けてくださったことも、本当に感謝しています。怪我をした時も、一人で心細かった時も、長谷部さんのお気遣いが嬉しかったです」
「いえ、大したことはしていません。私がしたくて勝手にやったことです」
「長谷部さんのお気持ちはとてもありがたいです。だけど、私はもう大丈夫です。やっと自分の気持ちに気づくことが出来たので」
「そうですか」
驚きよりも、やはりそうかという気持ちが大きい。
きっと自分でも分かっていたのだ。
最初から勝ち目はないと。
「長谷部さん、このバラはお返しします。あなたのお気持ちは受け取ることが出来ません」
そう言って差し出された花瓶を、静かに受け取る。
ふと見ると、めぐの胸元にはブルースターのネックレスがあった。
「雪村さん。あなたにはダイヤモンドと赤いバラが似合うと思っていました。でも違ったんですね。あなたはバラよりも、素朴で小さな花を大切にする人。そしてそんなあなたを誰よりもよく知っているのは、氷室さんただ一人」
するとめぐはネックレスに手をやり、ブルースターのように可憐な笑みを浮かべる。
「はい。この花は私の宝物です」
「そうですか。あなたと氷室さんは結ばれるべき運命の相手だったのだと思います。やっと気持ちが通じ合ったのですね。良かったですね、雪村さん」
「ありがとうございます」
「さあ、もう遅いのでお部屋へ。おやすみなさい、雪村さん」
「はい。お仕事がんばってくださいね、長谷部さん」
優しい笑みを浮かべてから去っていくめぐを見送り、長谷部は大きくため息をついた。
(良かったですね、か……。我ながら強がって)
ふっと笑みをもらしてから、バラの花を見つめる。
「やっぱり雪村さんはバラだな。俺には不釣り合いな高嶺の花だ」
そう呟くとバックオフィスに行き、花瓶を置いた。
◇
「お帰り、めぐ」
「ただいま」
めぐが部屋に戻ると、待っていた弦がドアを開けて中へと促す。
「食事、届いてるぞ。食べよう」
「うん。美味しそう!クリスマスのごちそうだね」
「ああ。特別なコース料理だって」
テーブルには、チキンやローストビーフ、スモークサーモンの前菜にサラダ、スープにパンがズラリと並べられていた。
「こんなにたくさん、豪華だね」
「めぐには足りないか?」
「もう!私のことどれだけ大食いだと思ってるの?」
「間違ってないだろ?ケーキもあるけど、どうする?」
「やったー!食べる」
ははっ!と弦は楽しそうに笑う。
「じゃあワインで乾杯な」
「うん」
向かい合って座り、メリークリスマス!とグラスを掲げた。
「美味しいね。なんだか本当に夢みたい」
料理を食べながら、はにかんだ笑みでめぐが呟く。
「ショーが終わったあとは、あんなに不安で心細かったのに」
弦は食事の手を止めてめぐを見つめた。
「めぐ。あのアナウンサーの女性とは、行く方向が同じだっただけだ。それにちゃんと断ったよ。俺には好きな人がいる、振り向かせるのに必死で他の人のことなんて微塵も考えられないって」
めぐは嬉しい反面ちょっと気にかかる。
「ってことは、告白されたの?あの人に」
「そうだけど。でもそれはめぐもだろ?長谷部さんに」
「あ、うん。だけどさっき断ったよ」
「分かってる。めぐ、俺達の友達同盟は解消だ。今夜からは正真正銘、本物の恋人同盟な」
「うん!これからもよろしくね」
「ああ。俺は二度とめぐを離さない。遠回りした分、これからはずっと一緒だ」
「ありがとう。私もこれからはちゃんと素直な気持ちを伝えるね。本当はずっとずっと寂しかったの。このネックレスも、氷室くんとの絆も失って」
めぐ……と弦は言葉に詰まる。
「私、もう絶対に離れたくない。いつまでも一緒にいる。氷室くんとの『信じ合う心』を大切にしながら」
「そうだな。俺達は離れた時の辛さを知っている。だから今、こんなにも幸せなんだ。めぐがそばにいてくれることが奇跡のように感じる。俺はめぐに感謝して、必ずめぐを幸せにしてみせるから」
「うん!私も氷室くんを幸せにしたい」
「めぐ……」
もう何度目だろう、今夜めぐがこうして笑いかけてくれるのは。
何度見ても心が切なく痛み、愛しさで胸がいっぱいになる。
めぐの輝くような笑顔をずっとこの手で守っていこう。
弦はそう固く心に誓った。
◇
「おはようございます、チェックアウトをお願いします」
翌朝。
ルームサービスで朝食を食べ終えると、弦とめぐは一緒にロビーに下りた。
フロントはチェックアウトのゲストが列を作り、スタッフはてきぱきと手続きを済ませていく。
順番が来てルームキーを差し出した相手は女性スタッフで、長谷部は別のゲストの対応をしていた。
無事に手続きを済ませて弦とめぐはフロントを離れる。
その時「雪村さん」と長谷部の声がした。
振り返ると、夕べめぐが返したバラの花束を手に長谷部が近づいて来る。
「雪村さん。よかったらこのバラ、事務所に飾ってやってくれませんか?バラに罪はありませんので」
そう言って綺麗にラッピングされた花束を差し出した。
「あ、はい。では、そうさせていただきます。ありがとうございます」
「こちらこそ。ホテルをご利用いただき、誠にありがとうございました。またの機会をお待ちしております」
弦とめぐにお辞儀をしてから、長谷部はにこやかに笑ってまたフロントに戻って行った。
ホテルを出ると事務所に出社して、めぐは一人給湯室に向かう。
棚から花瓶を取り出すと、水を入れてバラを生けた。
が、ふと気づいて花を整えていた手を止める。
(あれ?バラの本数が、増えてる?)
数えてみると8本あった。
(8本のバラって?)
もしや意味があるのかと、めぐはスマートフォンを取り出して検索してみた。
画面に表示された言葉に、思わず息を呑む、
8本の赤いバラに込められた想いは……
『優しさをありがとう』
めぐの胸がキュッと締めつけられた。
(長谷部さん……)
じわりと目に涙が込み上げる。
辛い時に寄り添ってくれた長谷部の温かさが思い出された。
(優しいのは長谷部さんなのに)
気持ちに応えられなかったことが心苦しくなる。
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