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初めての恋人
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「めぐ、急げ!あと3分!」
「待ってー!」
年中無休のテーマパークは年末年始も関係ない。
大みそかの今日も、弦とめぐは取材の対応に追われていた。
広報の制服を着て、テレビクルーとの待ち合わせ場所に走る。
「やった、セーフ!」
「まったくもう、いっつもこれだな。めぐ、前髪」
いつものように弦がめぐの前髪を整える。
顔を上げてされるがままになっていためぐは、じっと弦を見つめた。
「ん、いつものめぐ」
手を下ろした弦がふとめぐの視線に気づく。
上目遣いに見上げてくるめぐが可愛くて、ふっと笑みをもらした。
「めぐさん、可愛すぎるんですけど?」
そう言うとさり気なく抱き寄せてキスをする。
ひゃっ!とめぐは驚いて後ずさった。
「ひ、氷室くん?仕事中になんてことを……」
「ん?これがほんとの仕事チュウ」
「何を言ってるのよ?」
「あ、ほら。いらっしゃいましたよ御一行様が」
テレビクルーの姿が見えて、めぐは姿勢を正して笑顔を浮かべる。
「いらっしゃいませ。グレイスフル ワールドへようこそ。広報課の雪村と申します」
「同じく氷室と申します。本日はよろしくお願いいたします」
いつもの息の合ったやり取りで、二人はテレビクルーをパークへと案内した。
◇
「本日はカウントダウンイベントも開催され、鮮やかな花火が新年を祝福します。皆様もどうぞご一緒に、新しい一年をここグレイスフル ワールドで迎えましょう!ご来園を心よりお待ちしております」
「カウントダウン、盛り上がりそうですね!楽しみです。皆様、どうぞ今からグレイスフル ワールドへお越しください。雪村さん、氷室さん、本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「以上、グレイスフル ワールドから中継でお伝えしました」
はい、OK!と声がかかり、めぐ達はホッと肩の力を抜く。
クルーを出口で見送ると、二人で事務所へと引き返した。
「これで年内の取材は全て終了だよね?やったー!」
「ああ。だけど明日から年明け最初の取材があるぞ」
「なんてスパンの短い仕事納めと仕事始め」
「ははは!まあ、いいじゃないの。さてと、事務所に帰ったらカウントダウンイベントのスタッフ配置について確認しよう」
「そうだね。企画課の人達、イベントの仕切りに関してはすっかり氷室くんに頼っちゃってるよね。あのクリスマス以来」
「でも今回のカウントダウンイベントは中央広場でやるから、そこまでごった返すことはないと思うけどな」
そんなことを話しながら更衣室に行き、制服を着替えてから事務所に戻った。
「ただ今戻りました」
「おお、ご苦労様。雪村さん、氷室くん、ちょっといいかな?」
「はい」
課長に呼ばれて、なんだろう?と首を傾げてから二人でデスクに行く。
「実はね、1月の閑散期にテーマパークの交換視察を行うことになってね」
「交換視察、ですか?」
聞き慣れない言葉に、めぐも弦もピンと来ない。
「そう。国内のテーマパーク同士オープンに意見交換して、業界を共に盛り上げていこうという流れになってね。ここにも九州のテーマパークから社員が数人視察に来るんだが、うちからは愛知のテーマパークに視察を派遣することになった。それを雪村さんと氷室くんにお願いしたい」
ええ?と二人で声を揃えて驚く。
「私達が、ですか?」
「ああ。二人はいわばグレイスフル ワールドの顔だろう?パークのことをよく知っているし、どんなふうに見られているか、どうすればもっと良くなるかという客観的な視点も持ち合わせてる。君達以上の適任はいないと部長もおっしゃっていた。どうかな?引き受けてくれる?」
「それは、はい。お力になれるのでしたら」
「そう、じゃあ早速出張の手配してね。これが詳細」
「ありがとうございます」
課長から資料を受け取り、二人は実感が湧かないままデスクに戻って顔を見合わせた。
「これって、私と氷室くんが二人で愛知に出張に行くってこと?」
「そうだな。しかも泊まりがけで」
そう言うと弦はニヤリと口元を緩めた。
「めぐと泊まりだぜ?二人きりの旅行だぜ?」
「ちょっと、出張だからね?」
「そう。行きも帰りも一緒のな」
「だから、仕事だよ?」
「分かってるよ。ずっと二人一緒でな」
「もう!ほんとに分かってるの?」
すると向かいの席から環奈が手を差し出してきた。
「ちょいちょいちょーい!そこのお二人!仕事中にコソコソいちゃつかなーい!まったくもう、コジコジ終わったら途端にイチャイチャですか?」
「あ、はい、すみません」と二人は慌てて離れる。
クリスマスの翌日に、「なんだかお二人ラブラブしてません?」と環奈にはあっさりばれてしまっていた。
「まあ、いいですけどね。目の保養になるし、何より雪村さんが幸せそうで私も嬉しいです」
「環奈ちゃん……。ありがとう、ずっと私を励ましてくれて」
「いいえ。ね、雪村さん。ハロウィンの占い、当たりましたね?」
「え?」
突然何の話かとめぐは首をひねる。
「ほら、バームブラック食べた時に中から指輪が出てきたでしょ?」
「ああ!うん。あの指輪、今もキーケースにつけてるよ」
「それなら尚更効果バツグン!雪村さん、近々結婚出来ますよ」
あ、そっか、とめぐは思い出した。
そしてテレビ収録の際、弦も指輪が出たことも……。
(それってつまり、私達……?)
思わずそっと弦に視線を送ると、弦もチラリとめぐを見た。
「やだっ!今度はテレテレカップル?もう、真冬なのに暑すぎる!」
環奈に言われて、めぐは慌てて前を向く。
出張の資料に目を通しながら、既にドキドキと胸を高鳴らせていた。
◇
カウントダウンイベントは花火とプロジェクションマッピングで大いに盛り上がり、めぐも弦と一緒に新年を迎えた。
大きなトラブルもなくゲストは笑顔で一晩中パークを楽しみ、早朝6時に一旦閉園する。
だがその3時間後には新年の営業に入った。
めぐと弦は仮眠室で休んだあと、テレビ中継に対応する。
バタバタと忙しく1日が過ぎ、夕方5時にようやく勤務が終わった。
「はあ、疲れた」
「お疲れ、めぐ。車で送るよ」
「ほんと?助かる!」
二人でパーキングに行き、弦の車に乗り込む。
「氷室くん、私絶対に寝ない!氷室くんだって疲れてるんだから。私だけ寝られないからね!」
必死の形相で目を見開くめぐに、弦は笑いを噛み殺した。
静かに運転しながら時折めぐに目を向けると、あくびを堪えているのか涙目になりながら懸命に前を見据えている。
「めぐ、いいから寝てな」
「寝ないよ。ちっとも眠くないから」
「はいはい」
トロンとしてはハッと我に返り、瞬きもせずじっと前を見据えて目を潤ませてからまたトロンとするめぐが、弦は可愛くて仕方ない。
「めぐ」
「ん?」
信号待ちの間にパーキングブレーキをかけた弦は、左手をめぐの頭の後ろに置いてキスをする。
めぐが真っ赤になりながら目を丸くすると、弦はそのまま右手で助手席のリクライニングを倒した。
仰向けになり、更に目を丸くして驚くめぐに、弦は少し顔を離してささやく。
「おやすみ、めぐ」
もう一度チュッとめぐにキスをしてから、何事もなかったようにハンドルを握り直した。
しばらくは赤い顔でソワソワしていためぐが、やがてスーッと眠りに落ちる。
弦はクスッと笑みをもらしてから、遠回りして帰ることにした。
以前と同じカフェのドライブスルーで、めぐの好きなホットサンドやサラダ、スープ、デザートをたくさん買い込む。
「めぐ?着いたぞ」
めぐのマンションに着くと、優しく肩を揺すって起こした。
「……ん、氷室くん?」
ぼんやりと目を開けるめぐはあどけなく、その愛らしさに弦はまためぐに口づける。
途端にめぐは、パチッと目を見開いた。
「お、おはようございます」
「おはよう、めぐ」
「ごめんなさい、私としたことが眠ってしまって……」
「いいよ」
「あの、眠気覚ましにコーヒーでも飲んでいかない?」
「ああ、じゃあそうしようかな」
「うん、少し休んでから帰って。眠いと運転危ないからって、私が言えたことじゃないんだけど……」
モゴモゴと口ごもるめぐに笑って、弦は来客用スペースに車を停める。
そのままめぐと一緒に部屋に上がった。
「ただいまー。氷室くん、ソファに座ってて。今コーヒー淹れるね」
「サンキュー。あと、これ。夕食代わりにどうぞ」
そう言って弦はドライブスルーのカフェで買った紙袋を差し出す。
「えっ、いつの間に?いいの?もらっても」
「もちろん」
「じゃあ氷室くんも食べていって。今、簡単に何かおかず作るね。と、その前にコーヒー淹れなきゃ」
めぐは手を洗うとパタパタとキッチンに行ってお湯を沸かす。
コーヒーのカップを弦の前のローテーブルに置くと、またキッチンに戻った。
冷蔵庫を開けてしばし考えてから、ジャーマンポテトとパエリアを作る。
「氷室くん、お待たせ……」
振り返ると、弦はソファの背にもたれて眠っていた。
めぐは静かにお皿をテーブルに置いてから、弦の隣に座る。
「やっぱり疲れてたよね?ごめんなさい」
小さく呟いて、そっと顔を覗き込む。
長いまつ毛の下の切れ長の目、スッと通った鼻筋とシャープなフェイスラインの弦は、見惚れてしまうほどかっこいい。
(ほんとに私、氷室くんとつき合ってるのよね?彼女としてちゃんと出来てるかな)
めぐにとっては最初の恋人。
何もかもが初めてで、幸せな反面ふと不安になる。
クリスマスの夜に互いの気持ちを打ち明けた時は、幸せに胸が震えた。
初めて唇が触れた時は、身体中に甘い痺れが広がって涙が込み上げてきた。
一晩中寄り添って、何度もキスをして……。
ベッドに入ってからも弦は寝つくまでずっと優しく髪をなでてくれていた。
だが朝目が覚めると弦は隣のベッドで眠っていて、めぐは少し寂しくなった。
(私は氷室くんが大好きだけど、氷室くんは私のことをそこまで好きじゃないのかも。私には初めての彼氏だけど、氷室くんは今まで色んな女性とつき合ってきたから、きっと大人なんだろうな)
こんなにも好きな想いが溢れているのは、子どもじみた自分だけ。
大人の恋愛にはまだまだ遠く及ばない。
そんな気がしてきた。
(今はまだ、おつき合いのほんの入り口止まりなのかな?好きって気持ちも、氷室くんのはきっとまだ軽い)
そう思うとキュッと胸が痛くなった。
(大好きなのに。すぐ手の届くところにいるのに。恋ってこんなに苦しいものなの?)
めぐは右手を伸ばして弦の頬に触れるとゆっくりと顔を近づけ、そっと唇を重ねる。
ほんの少しかすめただけなのに、切なさが込み上げてきた。
「氷室くん……」
声に出して名前を呼ぶと、涙が込み上げてきた。
(どうしてこんなに胸が締めつけられるの?好きなのに、幸せよりも切ないのはどうして?)
ポロポロと涙がこぼれ落ちた時、弦がゆっくりと目を開けた。
「……めぐ。めぐ?どうした?」
ハッとしたように身体を起こすと、弦はめぐの顔を覗き込む。
「どうしたんだ、めぐ?何があった?」
「ごめんなさい、何でもないの」
「そんな訳あるか。どうして泣いてる?」
「これは、違うの」
めぐは指先で涙を拭って顔をそらした。
だが弦はめぐの頬に手を当てて、ぐっと顔を寄せる。
「めぐ、言ってくれただろ?これからは何でも素直な気持ちを話すって。教えて、何を考えてたのか」
めぐの目からまた涙が溢れ出す。
「氷室くん……」
「ん?どうした?」
「あの、私、恋愛するのが初めてで、どうしていいか分からないの。彼女ってどうすればいい?ちゃんと出来てる?私、氷室くんが好き過ぎて胸が苦しくて……。氷室くんは余裕があるけど、私はまだまだ大人の恋愛が分からないの」
「めぐ……」
弦は信じられないとばかりに目を見開いてから、めぐを胸にかき抱いた。
「何を言ってる?俺がどれほどめぐを好きか、ちっとも伝わってなかったのか?」
「だって氷室くんから見たら、私なんて恋愛初心者で子どもっぽいでしょう?」
「そんなことある訳ないだろ?俺の理性なんて一瞬で吹き飛ばすほど、めぐは魅力的なのに」
「ほんとに?私、全然経験ないから氷室くんにはつり合わないかも」
「めぐ……」
弦は身体を起こすと、大きく息を吐く。
「ごめん、ちょっと落ち着かせて」
「え、あの……」
「めぐ、なんにも分かってない。めぐほどの素敵な人が俺を好きでいてくれて、最初の恋人が俺だなんて。どんなに嬉しくて幸せで、大切に大切に守りたいと思ってるか。めぐを怖がらせたくない、傷つけたくないって、必死に自分を抑え込んでる。余裕なんて微塵もない。断言する。絶対にめぐより俺の方がめぐを好きな気持ちは大きい」
「えっ、そんなことないよ。私、氷室くんのこと大好きだから。涙が込み上げてくるくらい、好きで好きでたまらないの」
「めぐ……。そんなふうに言ってくれるめぐが、俺の気持ちを更に大きくするんだぞ?2倍も3倍も、俺の方がめぐを好きだ」
真顔で言い切る弦に、めぐは少し不服そうな顔をする。
「でも氷室くんはクリスマスの夜、私から離れて寝てたでしょ?本当は私、ずっとそばにいてほしかった」
弦はこれ以上ないほど目を見張った。
「めぐ……、ちょっと、はあ、もう無理だ」
「無理!?無理って何が?私が無理なの?」
「違う!逆だ。めぐがそばにいて、手を出さない自信なんてまるでない。だから物理的に離れるしかなかったんだ」
……え?と、めぐは首を傾げる。
「あーもう、これ以上言わせるな!いいか?めぐ。襲われたくなかったら俺から離れてろ」
「ええ?」
弦は顔を真っ赤にしながら、手で口元を覆ってうつむいた。
ソファからストンと降りて床にあぐらをかく。
「めぐ、ほら。お腹空いただろ?食べよう」
「あ、うん。そうだね」
めぐもソファから降りて弦の隣に正座しようとすると、弦はめぐの手を取ってテーブルの反対側に座らせた。
「じゃあ、いただきます」
「あ、うん。いただきます……」
チラリと様子をうかがうめぐの視線を交わしながら、弦はパクパクとうつむいたまま食べ始めた。
「待ってー!」
年中無休のテーマパークは年末年始も関係ない。
大みそかの今日も、弦とめぐは取材の対応に追われていた。
広報の制服を着て、テレビクルーとの待ち合わせ場所に走る。
「やった、セーフ!」
「まったくもう、いっつもこれだな。めぐ、前髪」
いつものように弦がめぐの前髪を整える。
顔を上げてされるがままになっていためぐは、じっと弦を見つめた。
「ん、いつものめぐ」
手を下ろした弦がふとめぐの視線に気づく。
上目遣いに見上げてくるめぐが可愛くて、ふっと笑みをもらした。
「めぐさん、可愛すぎるんですけど?」
そう言うとさり気なく抱き寄せてキスをする。
ひゃっ!とめぐは驚いて後ずさった。
「ひ、氷室くん?仕事中になんてことを……」
「ん?これがほんとの仕事チュウ」
「何を言ってるのよ?」
「あ、ほら。いらっしゃいましたよ御一行様が」
テレビクルーの姿が見えて、めぐは姿勢を正して笑顔を浮かべる。
「いらっしゃいませ。グレイスフル ワールドへようこそ。広報課の雪村と申します」
「同じく氷室と申します。本日はよろしくお願いいたします」
いつもの息の合ったやり取りで、二人はテレビクルーをパークへと案内した。
◇
「本日はカウントダウンイベントも開催され、鮮やかな花火が新年を祝福します。皆様もどうぞご一緒に、新しい一年をここグレイスフル ワールドで迎えましょう!ご来園を心よりお待ちしております」
「カウントダウン、盛り上がりそうですね!楽しみです。皆様、どうぞ今からグレイスフル ワールドへお越しください。雪村さん、氷室さん、本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「以上、グレイスフル ワールドから中継でお伝えしました」
はい、OK!と声がかかり、めぐ達はホッと肩の力を抜く。
クルーを出口で見送ると、二人で事務所へと引き返した。
「これで年内の取材は全て終了だよね?やったー!」
「ああ。だけど明日から年明け最初の取材があるぞ」
「なんてスパンの短い仕事納めと仕事始め」
「ははは!まあ、いいじゃないの。さてと、事務所に帰ったらカウントダウンイベントのスタッフ配置について確認しよう」
「そうだね。企画課の人達、イベントの仕切りに関してはすっかり氷室くんに頼っちゃってるよね。あのクリスマス以来」
「でも今回のカウントダウンイベントは中央広場でやるから、そこまでごった返すことはないと思うけどな」
そんなことを話しながら更衣室に行き、制服を着替えてから事務所に戻った。
「ただ今戻りました」
「おお、ご苦労様。雪村さん、氷室くん、ちょっといいかな?」
「はい」
課長に呼ばれて、なんだろう?と首を傾げてから二人でデスクに行く。
「実はね、1月の閑散期にテーマパークの交換視察を行うことになってね」
「交換視察、ですか?」
聞き慣れない言葉に、めぐも弦もピンと来ない。
「そう。国内のテーマパーク同士オープンに意見交換して、業界を共に盛り上げていこうという流れになってね。ここにも九州のテーマパークから社員が数人視察に来るんだが、うちからは愛知のテーマパークに視察を派遣することになった。それを雪村さんと氷室くんにお願いしたい」
ええ?と二人で声を揃えて驚く。
「私達が、ですか?」
「ああ。二人はいわばグレイスフル ワールドの顔だろう?パークのことをよく知っているし、どんなふうに見られているか、どうすればもっと良くなるかという客観的な視点も持ち合わせてる。君達以上の適任はいないと部長もおっしゃっていた。どうかな?引き受けてくれる?」
「それは、はい。お力になれるのでしたら」
「そう、じゃあ早速出張の手配してね。これが詳細」
「ありがとうございます」
課長から資料を受け取り、二人は実感が湧かないままデスクに戻って顔を見合わせた。
「これって、私と氷室くんが二人で愛知に出張に行くってこと?」
「そうだな。しかも泊まりがけで」
そう言うと弦はニヤリと口元を緩めた。
「めぐと泊まりだぜ?二人きりの旅行だぜ?」
「ちょっと、出張だからね?」
「そう。行きも帰りも一緒のな」
「だから、仕事だよ?」
「分かってるよ。ずっと二人一緒でな」
「もう!ほんとに分かってるの?」
すると向かいの席から環奈が手を差し出してきた。
「ちょいちょいちょーい!そこのお二人!仕事中にコソコソいちゃつかなーい!まったくもう、コジコジ終わったら途端にイチャイチャですか?」
「あ、はい、すみません」と二人は慌てて離れる。
クリスマスの翌日に、「なんだかお二人ラブラブしてません?」と環奈にはあっさりばれてしまっていた。
「まあ、いいですけどね。目の保養になるし、何より雪村さんが幸せそうで私も嬉しいです」
「環奈ちゃん……。ありがとう、ずっと私を励ましてくれて」
「いいえ。ね、雪村さん。ハロウィンの占い、当たりましたね?」
「え?」
突然何の話かとめぐは首をひねる。
「ほら、バームブラック食べた時に中から指輪が出てきたでしょ?」
「ああ!うん。あの指輪、今もキーケースにつけてるよ」
「それなら尚更効果バツグン!雪村さん、近々結婚出来ますよ」
あ、そっか、とめぐは思い出した。
そしてテレビ収録の際、弦も指輪が出たことも……。
(それってつまり、私達……?)
思わずそっと弦に視線を送ると、弦もチラリとめぐを見た。
「やだっ!今度はテレテレカップル?もう、真冬なのに暑すぎる!」
環奈に言われて、めぐは慌てて前を向く。
出張の資料に目を通しながら、既にドキドキと胸を高鳴らせていた。
◇
カウントダウンイベントは花火とプロジェクションマッピングで大いに盛り上がり、めぐも弦と一緒に新年を迎えた。
大きなトラブルもなくゲストは笑顔で一晩中パークを楽しみ、早朝6時に一旦閉園する。
だがその3時間後には新年の営業に入った。
めぐと弦は仮眠室で休んだあと、テレビ中継に対応する。
バタバタと忙しく1日が過ぎ、夕方5時にようやく勤務が終わった。
「はあ、疲れた」
「お疲れ、めぐ。車で送るよ」
「ほんと?助かる!」
二人でパーキングに行き、弦の車に乗り込む。
「氷室くん、私絶対に寝ない!氷室くんだって疲れてるんだから。私だけ寝られないからね!」
必死の形相で目を見開くめぐに、弦は笑いを噛み殺した。
静かに運転しながら時折めぐに目を向けると、あくびを堪えているのか涙目になりながら懸命に前を見据えている。
「めぐ、いいから寝てな」
「寝ないよ。ちっとも眠くないから」
「はいはい」
トロンとしてはハッと我に返り、瞬きもせずじっと前を見据えて目を潤ませてからまたトロンとするめぐが、弦は可愛くて仕方ない。
「めぐ」
「ん?」
信号待ちの間にパーキングブレーキをかけた弦は、左手をめぐの頭の後ろに置いてキスをする。
めぐが真っ赤になりながら目を丸くすると、弦はそのまま右手で助手席のリクライニングを倒した。
仰向けになり、更に目を丸くして驚くめぐに、弦は少し顔を離してささやく。
「おやすみ、めぐ」
もう一度チュッとめぐにキスをしてから、何事もなかったようにハンドルを握り直した。
しばらくは赤い顔でソワソワしていためぐが、やがてスーッと眠りに落ちる。
弦はクスッと笑みをもらしてから、遠回りして帰ることにした。
以前と同じカフェのドライブスルーで、めぐの好きなホットサンドやサラダ、スープ、デザートをたくさん買い込む。
「めぐ?着いたぞ」
めぐのマンションに着くと、優しく肩を揺すって起こした。
「……ん、氷室くん?」
ぼんやりと目を開けるめぐはあどけなく、その愛らしさに弦はまためぐに口づける。
途端にめぐは、パチッと目を見開いた。
「お、おはようございます」
「おはよう、めぐ」
「ごめんなさい、私としたことが眠ってしまって……」
「いいよ」
「あの、眠気覚ましにコーヒーでも飲んでいかない?」
「ああ、じゃあそうしようかな」
「うん、少し休んでから帰って。眠いと運転危ないからって、私が言えたことじゃないんだけど……」
モゴモゴと口ごもるめぐに笑って、弦は来客用スペースに車を停める。
そのままめぐと一緒に部屋に上がった。
「ただいまー。氷室くん、ソファに座ってて。今コーヒー淹れるね」
「サンキュー。あと、これ。夕食代わりにどうぞ」
そう言って弦はドライブスルーのカフェで買った紙袋を差し出す。
「えっ、いつの間に?いいの?もらっても」
「もちろん」
「じゃあ氷室くんも食べていって。今、簡単に何かおかず作るね。と、その前にコーヒー淹れなきゃ」
めぐは手を洗うとパタパタとキッチンに行ってお湯を沸かす。
コーヒーのカップを弦の前のローテーブルに置くと、またキッチンに戻った。
冷蔵庫を開けてしばし考えてから、ジャーマンポテトとパエリアを作る。
「氷室くん、お待たせ……」
振り返ると、弦はソファの背にもたれて眠っていた。
めぐは静かにお皿をテーブルに置いてから、弦の隣に座る。
「やっぱり疲れてたよね?ごめんなさい」
小さく呟いて、そっと顔を覗き込む。
長いまつ毛の下の切れ長の目、スッと通った鼻筋とシャープなフェイスラインの弦は、見惚れてしまうほどかっこいい。
(ほんとに私、氷室くんとつき合ってるのよね?彼女としてちゃんと出来てるかな)
めぐにとっては最初の恋人。
何もかもが初めてで、幸せな反面ふと不安になる。
クリスマスの夜に互いの気持ちを打ち明けた時は、幸せに胸が震えた。
初めて唇が触れた時は、身体中に甘い痺れが広がって涙が込み上げてきた。
一晩中寄り添って、何度もキスをして……。
ベッドに入ってからも弦は寝つくまでずっと優しく髪をなでてくれていた。
だが朝目が覚めると弦は隣のベッドで眠っていて、めぐは少し寂しくなった。
(私は氷室くんが大好きだけど、氷室くんは私のことをそこまで好きじゃないのかも。私には初めての彼氏だけど、氷室くんは今まで色んな女性とつき合ってきたから、きっと大人なんだろうな)
こんなにも好きな想いが溢れているのは、子どもじみた自分だけ。
大人の恋愛にはまだまだ遠く及ばない。
そんな気がしてきた。
(今はまだ、おつき合いのほんの入り口止まりなのかな?好きって気持ちも、氷室くんのはきっとまだ軽い)
そう思うとキュッと胸が痛くなった。
(大好きなのに。すぐ手の届くところにいるのに。恋ってこんなに苦しいものなの?)
めぐは右手を伸ばして弦の頬に触れるとゆっくりと顔を近づけ、そっと唇を重ねる。
ほんの少しかすめただけなのに、切なさが込み上げてきた。
「氷室くん……」
声に出して名前を呼ぶと、涙が込み上げてきた。
(どうしてこんなに胸が締めつけられるの?好きなのに、幸せよりも切ないのはどうして?)
ポロポロと涙がこぼれ落ちた時、弦がゆっくりと目を開けた。
「……めぐ。めぐ?どうした?」
ハッとしたように身体を起こすと、弦はめぐの顔を覗き込む。
「どうしたんだ、めぐ?何があった?」
「ごめんなさい、何でもないの」
「そんな訳あるか。どうして泣いてる?」
「これは、違うの」
めぐは指先で涙を拭って顔をそらした。
だが弦はめぐの頬に手を当てて、ぐっと顔を寄せる。
「めぐ、言ってくれただろ?これからは何でも素直な気持ちを話すって。教えて、何を考えてたのか」
めぐの目からまた涙が溢れ出す。
「氷室くん……」
「ん?どうした?」
「あの、私、恋愛するのが初めてで、どうしていいか分からないの。彼女ってどうすればいい?ちゃんと出来てる?私、氷室くんが好き過ぎて胸が苦しくて……。氷室くんは余裕があるけど、私はまだまだ大人の恋愛が分からないの」
「めぐ……」
弦は信じられないとばかりに目を見開いてから、めぐを胸にかき抱いた。
「何を言ってる?俺がどれほどめぐを好きか、ちっとも伝わってなかったのか?」
「だって氷室くんから見たら、私なんて恋愛初心者で子どもっぽいでしょう?」
「そんなことある訳ないだろ?俺の理性なんて一瞬で吹き飛ばすほど、めぐは魅力的なのに」
「ほんとに?私、全然経験ないから氷室くんにはつり合わないかも」
「めぐ……」
弦は身体を起こすと、大きく息を吐く。
「ごめん、ちょっと落ち着かせて」
「え、あの……」
「めぐ、なんにも分かってない。めぐほどの素敵な人が俺を好きでいてくれて、最初の恋人が俺だなんて。どんなに嬉しくて幸せで、大切に大切に守りたいと思ってるか。めぐを怖がらせたくない、傷つけたくないって、必死に自分を抑え込んでる。余裕なんて微塵もない。断言する。絶対にめぐより俺の方がめぐを好きな気持ちは大きい」
「えっ、そんなことないよ。私、氷室くんのこと大好きだから。涙が込み上げてくるくらい、好きで好きでたまらないの」
「めぐ……。そんなふうに言ってくれるめぐが、俺の気持ちを更に大きくするんだぞ?2倍も3倍も、俺の方がめぐを好きだ」
真顔で言い切る弦に、めぐは少し不服そうな顔をする。
「でも氷室くんはクリスマスの夜、私から離れて寝てたでしょ?本当は私、ずっとそばにいてほしかった」
弦はこれ以上ないほど目を見張った。
「めぐ……、ちょっと、はあ、もう無理だ」
「無理!?無理って何が?私が無理なの?」
「違う!逆だ。めぐがそばにいて、手を出さない自信なんてまるでない。だから物理的に離れるしかなかったんだ」
……え?と、めぐは首を傾げる。
「あーもう、これ以上言わせるな!いいか?めぐ。襲われたくなかったら俺から離れてろ」
「ええ?」
弦は顔を真っ赤にしながら、手で口元を覆ってうつむいた。
ソファからストンと降りて床にあぐらをかく。
「めぐ、ほら。お腹空いただろ?食べよう」
「あ、うん。そうだね」
めぐもソファから降りて弦の隣に正座しようとすると、弦はめぐの手を取ってテーブルの反対側に座らせた。
「じゃあ、いただきます」
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背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
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千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
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表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
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