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結婚式と娘の名前?
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年が明け、待ちに待った桑田と沙良の結婚式の日がやって来た。
有休を取った心は、朝からワクワク、ソワソワと準備する。
ショーチームのメンバー全員が仕事を休む訳にはいかないが、冬季のスケジュールで、この日の閉園は17時。
そして桑田は、職場の全員が出席出来るよう、披露宴を遅めの19時からに設定してくれていた。
心は一足早く、17時からの挙式にも参列する。
会場のホテルに着くと、同じく有休を取った佐伯を見つけ、互いにギャーと驚きの声を上げる。
「く、久住!お前、女子みたいだぞ。男じゃなかったんだな」
「何を言ってるんですか?!佐伯さんこそ、服着てるのなんて、初めて見ました」
「バカ!それじゃあ俺が裸族みたいだろ」
ヤイヤイ言いながら、ホテルのスタッフに案内されてチャペルに入る。
「ちょ、ちょっと佐伯さん。どうしよう、この雰囲気。緊張するんですけど…」
「安心しろ。誰もお前のことなんて見てないから」
「そりゃそうですけど」
ヒソヒソ話していると、やがて時間となり、心は姿勢を正して後方の扉に注目する。
ゆっくりと扉が開き、グレーのタキシードに身を包んだ桑田が現れた。
「ヒャーーー!!かっこいい!桑田さんですよ、あの人、桑田さんですって!」
「分かってるよ!痛いから腕掴むな!こら、落ち着け!叩くなっての!」
心は隣の佐伯の腕をつまんだり叩いたり、興奮して桑田を凝視する。
そんな心の前を、ゆっくり堂々と歩いていく桑田は、まるでどこかの国の王子様のようだ。
「信じられない、あの桑田さんが…。いつも包丁片手に睨みを利かせているあの桑田さんが…」
「バカ!久住、語弊がありすぎだろ」
佐伯が慌てて心の口を塞ごうとすると、二人の前を通り過ぎざま、桑田がジロリと心を睨んだ。
「あ…、やっぱり桑田さんだ」
途端に心はおとなしくなる。
桑田が祭壇の前に到着すると、オルガンの演奏が一層大きくなり、新婦が父親と共に入場する。
扉が開いた瞬間、そこにいる誰もが新婦の美しさに息を呑んだ。
「な、なんて綺麗なの、沙良さん」
「嘘だろ?桑田さん、あんな美人なお嫁さんもらえたのか?」
初めて沙良を見る佐伯は、もはや呆然としている。
「ど、どうやったらこんな綺麗な奥さんを?あの鬼の桑田さんが?」
そんな佐伯の横で、心はボタボタと涙をこぼす。
「ううう、綺麗。沙良さん、良かった。本当に良かった。8年かけてようやくこの日を…」
嗚咽を漏らしながらハンカチで目頭を押さえる心に、沙良はにっこり微笑んで通り過ぎる。
「わあー、なんて素敵な笑顔なんだ」
「佐伯さん、何を勘違いしてるんですか。桑田さんの奥さんですよ?手を出したらどうなるか…」
すると佐伯は真顔で首を振る。
「しない。俺、絶対そんなことしないぞ。命が大事だからな」
「そうですよ」
そして厳かに式が執り行われる。
誓いの言葉、指輪の交換、心はその1つ1つを涙ぐみながら見つめる。
やがて桑田が沙良のベールをそっと上げ、二人は微笑んで見つめ合った。
「いやーん、素敵!ときめいちゃう」
「痛いっつーの!いちいち俺の腕を掴むな!」
心と佐伯が小競り合いをする中、桑田と沙良はゆっくりと唇を重ねた。
(ヒャーーーー!!)
声にならない声を上げて、心は佐伯の腕をつねる。
(ヒーーーーー!!)
佐伯も息を詰めて痛みに耐える。
そんな手に汗握る展開の挙式は、ようやく二人の退場シーンとなる。
心は、幸せそうに腕を組んで歩いてくる二人に、笑顔でフラワーシャワーを浴びせた。
*****
「はあー、マジで痛かった」
挙式のあと、披露宴会場の待ち合いスペースで、佐伯はグッタリとソファにもたれる。
「いやー、感動的でしたね!私もう、涙腺崩壊でしたよ」
「お前なあ、涙腺崩壊は俺の方だぞ。自分の馬鹿力を自覚しろっつーの!」
「まあまあ、いいじゃないですか。あんなに素敵な挙式に立ち会えたんですよ。はあー、もううっとり」
「なにがうっとりだ。うっとりするヤツが、人の腕つねり上げるか?わっ!ほら見ろ!青くなってる」
佐伯が袖をまくって見せる。
「うわー、痛そう…」
「だからお前のせいだっつーの!!」
「ごめんなさーい。お詫びにドリンクごちそうしますよ。待っててくださいね」
「なにがごちそうだ!サービスドリンクだろうが!」
背中に佐伯の声を聞きながら、心はカウンターに行きジュースを受け取る。
すると、
「お、久住か?!うわー、化けたなお前」
仕事を終えた同僚達が次々とやって来た。
皆、普段の作業服姿とは違い、初めて見る正装に互いに驚く。
「挙式、とっても感動的でしたよー。桑田さんもかっこよくて、奥様なんて、超お綺麗で。ね?佐伯さん」
「ね?じゃねーよ!まったく…。こっちは痛みに耐えるのに必死で、ちっとも感動出来なかったんだからな」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。みんなで写真撮りましょうよー」
「俺、披露宴は絶対お前の隣に座らんからな!」
プンプン言いながらも、写真を撮る瞬間だけは、にっこり笑う佐伯だった。
*****
「はあー、素敵な1日だったな」
心は、手にしたブーケに微笑みながら、駅からマンションへの道を歩いていた。
披露宴でも、桑田と沙良はとても幸せそうで、本当にお似合いのカップルだった。
(いやー、桑田さんもなかなかのかっこ良さ。美男美女だったなー。やっとお二人のツーショットが見られたし、キスシーンも。キャッ)
思わずブーケで顔を隠す。
それは沙良が持っていたブーケ。
そう、心はブーケトスのブーケを受け取ったのだった。
いや、正確に言うと、沙良が心めがけて投げたのだ。
独身女性が、ワイワイと新婦の後ろに集まった時、心は離れた場所でその様子を見守っていた。
まだ結婚に興味のない自分より、他の人が受け取った方がいいだろうと思っていたからだ。
すると沙良は、距離を測るようにじーっと心を見つめてからくるりと向きを変え、大きく後ろにブーケを投げた。
キャーと女子達が手を伸ばす上を超え、ブーケは心の胸元にポフッと届いた。
え?と、思わず両手で受け止めると、沙良が、どうよ?と言わんばかりに親指を立てて笑いかけてきた。
(沙良さん、ナイスコントロールだったな。でも良かったのかなー、私なんかがもらって)
ほろ酔い気分で、ふわふわとした足取りのまま、心はマンションへの角を曲がった。
顔を上げると、エントランスの脇にもたれかかっている男性の姿が目に入る。
(えー、誰?こんな夜遅くに。もう11時だよ)
少し警戒しながら、急いでエントランスに入ろうとした時だった。
「えっ?」
その男性が、ふと心を見て呟く。
「えっ?って、ええー?!」
今度は心が驚いて目を見開いた。
「い、伊吹くん?!」
「く、久住か?!」
互いに驚きを隠せず立ち尽くす。
「ど、どうしたの?こんな所で」
「いや、く、久住こそ、どうしたんだ?」
「え?いやだって、ここ私のマンションだし。普通に帰って来ただけだけど?」
「普通って、久住。その格好…」
ん?と、心は自分を見下ろした。
「ああ!これね。職場の先輩の結婚式だったの」
「そ、そうだったのか」
今日の心は、もちろんいつものジーンズではない。
ラベンダー色のワンピースに濃いパープルのファーのボレロ、そして今はその上に、オフホワイトのロングコートを羽織っていた。
髪型も美容院でアップに整えてもらい、飾りもつけている。
散々知り合いに、化けた化けたと言われた1日だった。
「伊吹くん、本当にレアな私によく出くわすね。年に二回しかないスカートデーなのに、去年は二回とも会ったでしょ?凄いねー。ところで、どうしてここにいるの?」
そう言われて、昴はようやくハッとしたように思い出す。
「あ!そうだった。あのさ、さっき久住に電話したんだ。そしたら駅員さんが出た」
「はっ?!どういうこと?」
「久住、電車の中でスマホ落としたみたいだぞ。ほら」
そう言って差し出されたものは、確かに心のスマートフォンだ。
「え、落としたの?私。どこでだろう?今日は地下鉄とか3つ乗り換えたから…」
「多分、最初の地下鉄の中だ。座席の上に残されてたのを乗客が駅員さんに届けてくれたらしい。ちょうどその時、俺が久住に電話をかけて、駅員さんが応答したんだ。持ち主のお知り合いですか?って。それで代わりに俺が受け取りに行ったんだ。で、今ここに届けに来た」
そうだったんだ…と、心はぼんやりとスマートフォンを受け取る。
「きっとコートのポケットから落ちたんだね。ありがとう!わざわざ受け取りに行ってくれて、ここまで届けに来てくれて。寒かったのに、ずっと待っててくれたの?」
「いや、俺もさっき車で着いたばかりだよ」
「そう。あ!ごめんね。寒いのにここで立ち話して。中に入って」
「え?いや、いいよ。もう遅いし」
「ううん。そのままだと風邪引いちゃう。温かい飲み物淹れるね。ほら、早く」
昴は、仕方なく心について行った。
*****
「うわっ寒い!すぐ暖房入れるね。その辺に適当に座ってて」
昴にそう言い、エアコンをつけてから、心は洗面所に行く。
うがいと手洗いを済ませると、ワンピースを脱ぎ、部屋着に着替えた。
「えーっと、ココアでいいかな?」
部屋に戻り昴に声をかけると、ふと心を見た昴が小さく、あっと言う。
「ん、なーに?どうかした?」
「いや、その。もったいないなと思って」
「もったいない?」
心はキョトンとする。
「あの、せっかく綺麗な格好してたのに、そんなすぐに着替えちゃって…」
「ええー?いや、もう充分だし」
「俺が充分じゃないっていうか、その」
昂の小さな呟きは気に留めず、心はマグカップにココアを淹れてローテーブルに置く。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。あったかいね」
「うん。寒い中待たせちゃって、本当にごめんね。でも良かった。このスマホなくしたら、ショックで泣いちゃうとこだったわ。今日ね、たくさん写真撮ったの。ほら!」
そう言って、昴に結婚式の写真を何枚か見せる。
「綺麗でしょー、花嫁さん。あ、そう言えば伊吹くんも会ったことあるよ、この人」
「え、そうなの?」
「うん。ほら、サラと伊吹くんに最初にばったり会ったカフェ。あの時私と一緒にいた人がこの花嫁さんなの。しかもね、名前も沙良さんって言うの」
「へえー、そうなんだ。あ!ちょっと、今の写真もう一回見せて」
「ん、どれ?」
「さっきの、大勢で写ってる…あ、それ!」
心は手を止めて写真を見せる。
新郎新婦の二人を、ショーチームのメンバーが囲み、笑顔で写っていた。
「かわいいなー」
「でしょ?昔はテレビのレポーターやモデルさんもしてたんだって。本当に綺麗な人よねー」
心の言葉は聞き流し、昴はじーっと写真の中の心を見ていた。
*****
「それで、伊吹くん。私に電話くれたのは、何か用事があったの?」
しばらくして、ようやく心は思い出したように言う。
「うん。ほら、年末に久住が渡したいものあるって連絡くれただろ?でも俺、海外にいて」
「あー、そうだったね。それで、年明け落ち着いたらまた連絡するって言ってたんだった」
「そう。でもなかなか連絡こないから、こっちから電話したんだ。久住、渡したいものって何?」
心は、ちょっと待っててと言って立ち上がると、キッチンの棚から箱を取り出して戻った。
「これね、サラから届いたの。開けてみて」
「え、サラから?なんだろう」
昴がそっと箱を開けてグラスを取り出す。
「へえー、綺麗なグラスだね」
「そうなの。それでね、ほら、ここ見て」
「ん?スバル…、え、俺の名前?」
「そう。オーダーメイドで作ってくれたみたい。ちなみにこっちは私の名前。イルカも描かれててかわいいでしょ」
「本当だ。凄いなー、これ」
「これを伊吹くんに渡したかったの。サラからのプレゼント」
「そっか。ありがとう!サラにも今度お礼を言っておくよ」
「うん!」
心は笑顔で頷いた。
*****
「でも、なんだか不思議だなー。沙良さんの結婚式に行って、帰って来たらサラの話をして。私、さらって名前に縁があるのかしら。これから知り合う人で、さらって人がいたら、絶対仲良くなっちゃう。だって私にとって、さらって間違いなく良い人な気がするもん」
ココアを飲みながら心が熱弁を振るうと、昴もははっと笑う。
「もし子どもが生まれたら、さらって名前にしちゃおうかしら」
「えー、本当に?」
「うん。久住 さら。ね?なかなかいいでしょ?」
昴は、うん?と首ををひねる。
「結婚したら、久住じゃなくなるんじゃない?」
「あ、そっか」
「そしたらさ、その…。伊吹 さらって、どうだろう?」
そう口に出してから、一気に昴は身を硬くする。
(お、俺、なんか今、凄いこと言っちゃったかも…)
すると心は、あっさり答えた。
「あー、いいね!うん。いいんじゃない?」
「ほ、ほんと?」
思わず前のめりになる。
「うん、響きもいいし。伊吹くんに女の子が生まれたら、どうぞ。って、私がどうぞなんて言うのも変か」
そう言って、あはは!と笑う心に、昴は戸惑う。
(これは、おそらく通じなかったな。うん、きっと分かってない)
昴は咳払いをし、仕切り直してもう一度口を開いた。
「あの…、じゃあ、伊吹 心って、どう?かな…」
さすがにこれは分かるだろうと、ドキドキしながら反応を待つ。
「え、伊吹 心?」
「う、うん。だめかな?」
「それはだめだよー。うん、絶対だめ」
えっ…と昴は絶句する。
「それはさすがに考えられない。伊吹くん、お嫁に行く立場になって考えてみてよ。絶対嫌だって」
ガーン…と、昴はショックのあまり、もはや何も言えなくなっていた。
有休を取った心は、朝からワクワク、ソワソワと準備する。
ショーチームのメンバー全員が仕事を休む訳にはいかないが、冬季のスケジュールで、この日の閉園は17時。
そして桑田は、職場の全員が出席出来るよう、披露宴を遅めの19時からに設定してくれていた。
心は一足早く、17時からの挙式にも参列する。
会場のホテルに着くと、同じく有休を取った佐伯を見つけ、互いにギャーと驚きの声を上げる。
「く、久住!お前、女子みたいだぞ。男じゃなかったんだな」
「何を言ってるんですか?!佐伯さんこそ、服着てるのなんて、初めて見ました」
「バカ!それじゃあ俺が裸族みたいだろ」
ヤイヤイ言いながら、ホテルのスタッフに案内されてチャペルに入る。
「ちょ、ちょっと佐伯さん。どうしよう、この雰囲気。緊張するんですけど…」
「安心しろ。誰もお前のことなんて見てないから」
「そりゃそうですけど」
ヒソヒソ話していると、やがて時間となり、心は姿勢を正して後方の扉に注目する。
ゆっくりと扉が開き、グレーのタキシードに身を包んだ桑田が現れた。
「ヒャーーー!!かっこいい!桑田さんですよ、あの人、桑田さんですって!」
「分かってるよ!痛いから腕掴むな!こら、落ち着け!叩くなっての!」
心は隣の佐伯の腕をつまんだり叩いたり、興奮して桑田を凝視する。
そんな心の前を、ゆっくり堂々と歩いていく桑田は、まるでどこかの国の王子様のようだ。
「信じられない、あの桑田さんが…。いつも包丁片手に睨みを利かせているあの桑田さんが…」
「バカ!久住、語弊がありすぎだろ」
佐伯が慌てて心の口を塞ごうとすると、二人の前を通り過ぎざま、桑田がジロリと心を睨んだ。
「あ…、やっぱり桑田さんだ」
途端に心はおとなしくなる。
桑田が祭壇の前に到着すると、オルガンの演奏が一層大きくなり、新婦が父親と共に入場する。
扉が開いた瞬間、そこにいる誰もが新婦の美しさに息を呑んだ。
「な、なんて綺麗なの、沙良さん」
「嘘だろ?桑田さん、あんな美人なお嫁さんもらえたのか?」
初めて沙良を見る佐伯は、もはや呆然としている。
「ど、どうやったらこんな綺麗な奥さんを?あの鬼の桑田さんが?」
そんな佐伯の横で、心はボタボタと涙をこぼす。
「ううう、綺麗。沙良さん、良かった。本当に良かった。8年かけてようやくこの日を…」
嗚咽を漏らしながらハンカチで目頭を押さえる心に、沙良はにっこり微笑んで通り過ぎる。
「わあー、なんて素敵な笑顔なんだ」
「佐伯さん、何を勘違いしてるんですか。桑田さんの奥さんですよ?手を出したらどうなるか…」
すると佐伯は真顔で首を振る。
「しない。俺、絶対そんなことしないぞ。命が大事だからな」
「そうですよ」
そして厳かに式が執り行われる。
誓いの言葉、指輪の交換、心はその1つ1つを涙ぐみながら見つめる。
やがて桑田が沙良のベールをそっと上げ、二人は微笑んで見つめ合った。
「いやーん、素敵!ときめいちゃう」
「痛いっつーの!いちいち俺の腕を掴むな!」
心と佐伯が小競り合いをする中、桑田と沙良はゆっくりと唇を重ねた。
(ヒャーーーー!!)
声にならない声を上げて、心は佐伯の腕をつねる。
(ヒーーーーー!!)
佐伯も息を詰めて痛みに耐える。
そんな手に汗握る展開の挙式は、ようやく二人の退場シーンとなる。
心は、幸せそうに腕を組んで歩いてくる二人に、笑顔でフラワーシャワーを浴びせた。
*****
「はあー、マジで痛かった」
挙式のあと、披露宴会場の待ち合いスペースで、佐伯はグッタリとソファにもたれる。
「いやー、感動的でしたね!私もう、涙腺崩壊でしたよ」
「お前なあ、涙腺崩壊は俺の方だぞ。自分の馬鹿力を自覚しろっつーの!」
「まあまあ、いいじゃないですか。あんなに素敵な挙式に立ち会えたんですよ。はあー、もううっとり」
「なにがうっとりだ。うっとりするヤツが、人の腕つねり上げるか?わっ!ほら見ろ!青くなってる」
佐伯が袖をまくって見せる。
「うわー、痛そう…」
「だからお前のせいだっつーの!!」
「ごめんなさーい。お詫びにドリンクごちそうしますよ。待っててくださいね」
「なにがごちそうだ!サービスドリンクだろうが!」
背中に佐伯の声を聞きながら、心はカウンターに行きジュースを受け取る。
すると、
「お、久住か?!うわー、化けたなお前」
仕事を終えた同僚達が次々とやって来た。
皆、普段の作業服姿とは違い、初めて見る正装に互いに驚く。
「挙式、とっても感動的でしたよー。桑田さんもかっこよくて、奥様なんて、超お綺麗で。ね?佐伯さん」
「ね?じゃねーよ!まったく…。こっちは痛みに耐えるのに必死で、ちっとも感動出来なかったんだからな」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。みんなで写真撮りましょうよー」
「俺、披露宴は絶対お前の隣に座らんからな!」
プンプン言いながらも、写真を撮る瞬間だけは、にっこり笑う佐伯だった。
*****
「はあー、素敵な1日だったな」
心は、手にしたブーケに微笑みながら、駅からマンションへの道を歩いていた。
披露宴でも、桑田と沙良はとても幸せそうで、本当にお似合いのカップルだった。
(いやー、桑田さんもなかなかのかっこ良さ。美男美女だったなー。やっとお二人のツーショットが見られたし、キスシーンも。キャッ)
思わずブーケで顔を隠す。
それは沙良が持っていたブーケ。
そう、心はブーケトスのブーケを受け取ったのだった。
いや、正確に言うと、沙良が心めがけて投げたのだ。
独身女性が、ワイワイと新婦の後ろに集まった時、心は離れた場所でその様子を見守っていた。
まだ結婚に興味のない自分より、他の人が受け取った方がいいだろうと思っていたからだ。
すると沙良は、距離を測るようにじーっと心を見つめてからくるりと向きを変え、大きく後ろにブーケを投げた。
キャーと女子達が手を伸ばす上を超え、ブーケは心の胸元にポフッと届いた。
え?と、思わず両手で受け止めると、沙良が、どうよ?と言わんばかりに親指を立てて笑いかけてきた。
(沙良さん、ナイスコントロールだったな。でも良かったのかなー、私なんかがもらって)
ほろ酔い気分で、ふわふわとした足取りのまま、心はマンションへの角を曲がった。
顔を上げると、エントランスの脇にもたれかかっている男性の姿が目に入る。
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その男性が、ふと心を見て呟く。
「えっ?って、ええー?!」
今度は心が驚いて目を見開いた。
「い、伊吹くん?!」
「く、久住か?!」
互いに驚きを隠せず立ち尽くす。
「ど、どうしたの?こんな所で」
「いや、く、久住こそ、どうしたんだ?」
「え?いやだって、ここ私のマンションだし。普通に帰って来ただけだけど?」
「普通って、久住。その格好…」
ん?と、心は自分を見下ろした。
「ああ!これね。職場の先輩の結婚式だったの」
「そ、そうだったのか」
今日の心は、もちろんいつものジーンズではない。
ラベンダー色のワンピースに濃いパープルのファーのボレロ、そして今はその上に、オフホワイトのロングコートを羽織っていた。
髪型も美容院でアップに整えてもらい、飾りもつけている。
散々知り合いに、化けた化けたと言われた1日だった。
「伊吹くん、本当にレアな私によく出くわすね。年に二回しかないスカートデーなのに、去年は二回とも会ったでしょ?凄いねー。ところで、どうしてここにいるの?」
そう言われて、昴はようやくハッとしたように思い出す。
「あ!そうだった。あのさ、さっき久住に電話したんだ。そしたら駅員さんが出た」
「はっ?!どういうこと?」
「久住、電車の中でスマホ落としたみたいだぞ。ほら」
そう言って差し出されたものは、確かに心のスマートフォンだ。
「え、落としたの?私。どこでだろう?今日は地下鉄とか3つ乗り換えたから…」
「多分、最初の地下鉄の中だ。座席の上に残されてたのを乗客が駅員さんに届けてくれたらしい。ちょうどその時、俺が久住に電話をかけて、駅員さんが応答したんだ。持ち主のお知り合いですか?って。それで代わりに俺が受け取りに行ったんだ。で、今ここに届けに来た」
そうだったんだ…と、心はぼんやりとスマートフォンを受け取る。
「きっとコートのポケットから落ちたんだね。ありがとう!わざわざ受け取りに行ってくれて、ここまで届けに来てくれて。寒かったのに、ずっと待っててくれたの?」
「いや、俺もさっき車で着いたばかりだよ」
「そう。あ!ごめんね。寒いのにここで立ち話して。中に入って」
「え?いや、いいよ。もう遅いし」
「ううん。そのままだと風邪引いちゃう。温かい飲み物淹れるね。ほら、早く」
昴は、仕方なく心について行った。
*****
「うわっ寒い!すぐ暖房入れるね。その辺に適当に座ってて」
昴にそう言い、エアコンをつけてから、心は洗面所に行く。
うがいと手洗いを済ませると、ワンピースを脱ぎ、部屋着に着替えた。
「えーっと、ココアでいいかな?」
部屋に戻り昴に声をかけると、ふと心を見た昴が小さく、あっと言う。
「ん、なーに?どうかした?」
「いや、その。もったいないなと思って」
「もったいない?」
心はキョトンとする。
「あの、せっかく綺麗な格好してたのに、そんなすぐに着替えちゃって…」
「ええー?いや、もう充分だし」
「俺が充分じゃないっていうか、その」
昂の小さな呟きは気に留めず、心はマグカップにココアを淹れてローテーブルに置く。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。あったかいね」
「うん。寒い中待たせちゃって、本当にごめんね。でも良かった。このスマホなくしたら、ショックで泣いちゃうとこだったわ。今日ね、たくさん写真撮ったの。ほら!」
そう言って、昴に結婚式の写真を何枚か見せる。
「綺麗でしょー、花嫁さん。あ、そう言えば伊吹くんも会ったことあるよ、この人」
「え、そうなの?」
「うん。ほら、サラと伊吹くんに最初にばったり会ったカフェ。あの時私と一緒にいた人がこの花嫁さんなの。しかもね、名前も沙良さんって言うの」
「へえー、そうなんだ。あ!ちょっと、今の写真もう一回見せて」
「ん、どれ?」
「さっきの、大勢で写ってる…あ、それ!」
心は手を止めて写真を見せる。
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「かわいいなー」
「でしょ?昔はテレビのレポーターやモデルさんもしてたんだって。本当に綺麗な人よねー」
心の言葉は聞き流し、昴はじーっと写真の中の心を見ていた。
*****
「それで、伊吹くん。私に電話くれたのは、何か用事があったの?」
しばらくして、ようやく心は思い出したように言う。
「うん。ほら、年末に久住が渡したいものあるって連絡くれただろ?でも俺、海外にいて」
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「そう。でもなかなか連絡こないから、こっちから電話したんだ。久住、渡したいものって何?」
心は、ちょっと待っててと言って立ち上がると、キッチンの棚から箱を取り出して戻った。
「これね、サラから届いたの。開けてみて」
「え、サラから?なんだろう」
昴がそっと箱を開けてグラスを取り出す。
「へえー、綺麗なグラスだね」
「そうなの。それでね、ほら、ここ見て」
「ん?スバル…、え、俺の名前?」
「そう。オーダーメイドで作ってくれたみたい。ちなみにこっちは私の名前。イルカも描かれててかわいいでしょ」
「本当だ。凄いなー、これ」
「これを伊吹くんに渡したかったの。サラからのプレゼント」
「そっか。ありがとう!サラにも今度お礼を言っておくよ」
「うん!」
心は笑顔で頷いた。
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「でも、なんだか不思議だなー。沙良さんの結婚式に行って、帰って来たらサラの話をして。私、さらって名前に縁があるのかしら。これから知り合う人で、さらって人がいたら、絶対仲良くなっちゃう。だって私にとって、さらって間違いなく良い人な気がするもん」
ココアを飲みながら心が熱弁を振るうと、昴もははっと笑う。
「もし子どもが生まれたら、さらって名前にしちゃおうかしら」
「えー、本当に?」
「うん。久住 さら。ね?なかなかいいでしょ?」
昴は、うん?と首ををひねる。
「結婚したら、久住じゃなくなるんじゃない?」
「あ、そっか」
「そしたらさ、その…。伊吹 さらって、どうだろう?」
そう口に出してから、一気に昴は身を硬くする。
(お、俺、なんか今、凄いこと言っちゃったかも…)
すると心は、あっさり答えた。
「あー、いいね!うん。いいんじゃない?」
「ほ、ほんと?」
思わず前のめりになる。
「うん、響きもいいし。伊吹くんに女の子が生まれたら、どうぞ。って、私がどうぞなんて言うのも変か」
そう言って、あはは!と笑う心に、昴は戸惑う。
(これは、おそらく通じなかったな。うん、きっと分かってない)
昴は咳払いをし、仕切り直してもう一度口を開いた。
「あの…、じゃあ、伊吹 心って、どう?かな…」
さすがにこれは分かるだろうと、ドキドキしながら反応を待つ。
「え、伊吹 心?」
「う、うん。だめかな?」
「それはだめだよー。うん、絶対だめ」
えっ…と昴は絶句する。
「それはさすがに考えられない。伊吹くん、お嫁に行く立場になって考えてみてよ。絶対嫌だって」
ガーン…と、昴はショックのあまり、もはや何も言えなくなっていた。
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だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
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