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通達と告白
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「伊吹、おはよう。お前さ、給与明細見たか?」
週明け、かろうじて会社に辿り着くと、同僚が声をかけてくる。
「おはよう。え、何?なんの話?」
「だから、給与明細。お前、ロイヤルローズカンパニーの件で、すんごい待遇上がってるはずだぞ?見てないのか?」
「見てない。明細はいつも大して気にしてないし」
「えー?!マジかよ。今回はちゃんと見てみろよ。多分、凄い金額振り込まれてると思うぞ」
興味津々で聞いてくる同僚に、はあと気の抜けた返事をしてデスクに向かう。
昴は、おとといの心の言葉が突き刺さり、昨日も1日ぼーっとしたままだった。
「伊吹 心は?」
それは明らかに、自分と結婚して"伊吹 心"になるのはどう?という意味だった。
それに対して心は…
「絶対だめ!それはさすがに考えられない」
と言ったのだ。
心のばっさりとした切り方は、同窓会の時の瑞希を彷彿とさせる。
数年越しの想いを胸に告白した瑞希も、あっけなく心に切られていたっけ。
「はあー」
昴は大きなため息をついて、デスクに突っ伏した。
「おいおい、伊吹!お前、何をそんなにシケた顔してんだ?これからロイヤルローズとのでっかい仕事、お前が中心になってやっていくんだからな。気合い入れろよ!」
「はあ」
ため息なのか返事なのか…
もはや昴は、気の抜けたソーダのようだった。
かろうじてパソコンを立ち上げると、先程の同僚の言葉を思い出す。
(給料か…。そう言えばボーナスの金額も見てなかったな)
昴は、給与振込の口座をインターネットバンキングで見てみた。
まず初めに、残高が表示される。
(ん?なんだ、この数字。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん…え?じゅうまん、ひゃくまん、せんまん…え?)
「なんだこりゃー!!」
昴は思わず大声を上げて飛び退いた。
*****
「心ちゃん、この間は結婚式に来てくれて本当にありがとう!」
「こちらこそ!お招きありがとうございました。とーっても素敵でした。お二人の幸せのお裾分けをいただきましたよ」
「ふふ、ありがとう」
沙良は笑って心に紅茶を淹れてくれる。
心は改めて結婚祝いを渡しに、沙良と桑田の新居にお邪魔していた。
「うわー、メモリアルプレート?素敵ね」
「はい。挙式の年月日が刻まれてるんです。節目で使っていただけたら」
「ありがとう!大切にするわね」
沙良は心に笑顔で礼を言う。
しばらく結婚式の写真を見ながら、あの日の感動に浸ったあと、沙良が、ところで…と話題を変えた。
「心ちゃん。そのー、伊吹くんは元気?」
「伊吹くんですか?沙良さん、妙に伊吹くんの話をしますよね」
「え、そうね。まあ、ちょっと気になって」
「ふーん。伊吹くん、元気にしてますよ。ちょうど沙良さん達の結婚式の日に会ったんです」
「えっ、そうなの?」
「はい。マンションに帰ったら、エントランスで伊吹くんが待ってて」
「ちょ、ちょ、ちょっと心ちゃん。その話、詳しく話してくれる?」
真剣な顔で訴えてくる沙良に、半分首をひねりながら、心はいきさつを話す。
「なるほど。スマホを届けにね」
「そうなんです。それで沙良さんの結婚式の話をしたあと、アメリカのサラの話になって。なんだか、さらって名前に縁があるなーって話してたんです。将来女の子が生まれたら、さらって名前もいいねって話して。そしたら伊吹くんがね」
「うんうん、何?」
「伊吹 さらは?って言うから、いいんじゃないって答えたら、そのあとに、伊吹 心はどう?って聞くんです。あり得ないですよねー」
ガチャッと沙良は、紅茶のカップを落としそうになる。
「こ、こ、心ちゃん?えっと、もう一回おさらいさせて。まず最初に伊吹くんが、伊吹 さらは?って聞いたのよね?」
「はい。あ、その前に私が、もし子どもが生まれたら、久住 さらにしようかなって言ったんです。そしたら、結婚したら久住じゃなくなるんじゃない?って」
「ヒーー!それでそのあとに、伊吹 さらは?って言ったの?」
「はい、そうです」
「そ、そ、それで?そのあと心ちゃんはなんて?」
「えー?!なんだっけ。よく覚えてないな」
心が困ったように言うと、沙良は身を乗り出し、思い出して!と懇願する。
「え?どうしてそんな…。えっと、確か。そう!伊吹 さらは?って聞かれたから、いいんじゃない?伊吹くんに女の子が生まれたらどうぞって。私がどうぞって言うのも変かって笑って」
「そしてそのあとに、伊吹 心は?って聞かれたのよね?」
「そうです。でもあり得ないでしょう?そんなの。奥さんにしてみたら絶対いい気分しませんよね。だって自分の娘に、旦那さんが同級生の名前つけるなんて。だから伊吹くんにも、絶対だめ、考えられないって言ったんです」
「イヤーー!!」
沙良は、両手で頬を押さえ、後ろに倒れそうになっている。
「沙良さん?どうしました?」
「ちょ、ちょっと待って。深呼吸させて」
沙良は胸に手を当てて、大きく息を吐く。
「どうしよう、私、どうすればいい?今すぐ伊吹くんのところに行って慰めてあげたい。あー、まるで昔の私のよう。辛いよね、うん。鈍感な人って、時にこんなにも残酷なのよー」
演劇でも始まったのかと、心は眉間にシワを寄せる。
「心ちゃん、伊吹くんに伝えて。陰ながら私はあなたを応援してるって。何かあったらいつでも相談に乗るから、がんばって!って」
「は?はい…」
心は、首をひねりつつ頷いた。
*****
ある日の夜。
仕事をひと通り終え、心は事務所のデスクで業務日誌を打ち込んでいた。
遅番でまだ残っているのは、心と桑田だけ。
心はふと、デスクで書類を読んでいる桑田に目を向ける。
右手に書類を持ち、左手でコーヒーを飲むその薬指には、沙良とお揃いのマリッジリングが光っていた。
「ぐふっ」
心が思わずニヤけながら声を漏らすと、気味悪そうに顔を上げた桑田が心の視線に気付き、わざと書類を左手に持ち替える。
「ああー、見えない!」
「アホ!見せ物じゃない!」
「いいじゃないですかー、減るもんじゃなし」
「お前に見せると減る!」
「ちぇっ!いいもん。沙良さんに言ってやろー」
「おまっ、バカ!仕事中にその名前を出すな!」
言い合っていると、桑田のデスクの電話が鳴る。
低い声で短くやり取りすると、受話器を置いた桑田が立ち上がった。
「本部に行ってくる」
「え?こんな時間から?」
「ああ。遅くなりそうだから、お前は先に上がってろ」
そう言うと、スタッフジャンパーを羽織り桑田は出て行った。
妙に険しい顔つきが、心はなんだか気になった。
*****
次の日。
事務所に出勤した皆に、朝礼を始めると言った切り、桑田はうつむいて口を閉ざす。
(どうしたんだろう、桑田さん。目も真っ赤に充血してるし。夕べ寝てないのかな?)
昨夜本部に行った桑田は、なかなか戻って来ず、言われた通り心は先に職場をあとにしていた。
(何か大事なお話されたのかな?)
考えられるとしたら、春に向けてショーの内容をリニューアルしたり、新しい技を考えたり、といったところだろうか。
だか、それにしては、桑田が見たこともないほど暗い表情なのが腑に落ちない。
ただならぬ雰囲気に、皆も息を詰めて桑田の次の言葉を待つ。
やがて、足元に視線を落としていた桑田が、意を決したように顔を上げた。
「イルカショーについての議論や法改正については、皆も報道で知っていると思う。うちでも、上層部が何度も話し合いを重ねていた。そして結論が出たらしい」
えっ!と皆が目を見開く。
イルカショーについての結論、そしてこの桑田の険しい表情…
悪い予感は的中する。
「海外の動向、日本での世論も鑑み、ここマリーンワールドでは、いずれイルカショーを廃止することになった」
空気が凍りつき、誰も動けない。
「今すぐという話ではない。だが、ショーをリニューアルしたり新しい技を考えることはしない。時期が決まれば、いずれショーチームは解散となる」
まるで現実に起こっていることではないような気がして、心はぼんやりと床に目を落としていた。
「今はただ目の前のことに集中してくれ。ショーは危険を伴う。いつも以上に緊張感を持って臨んでくれ。俺らのやるべきことは、今日のゲストとイルカ達にしっかり向き合うことだ」
「はい」
桑田の力強い言葉に返事をして、皆は通常業務に戻る。
明るくイルカ達に話しかけ、体調チェックをし、調餌と掃除、そしてショーの準備をする。
「皆さん、こんにちは!イルカショーへようこそ」
心はいつも以上に、ハキハキとMCを務める。
(どうかこのショーを、イルカ達のことを、いつまでも覚えていてくれますように…)
願いを込めるように、心は観客に語りかけた。
「かわいいイルカ達が繰り広げる素晴らしいパフォーマンスを、どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください!」
やるべきことに集中した。
目の前の大事なことに全力で向かった。
イルカ達と、いつも通りに息を合わせた。
だが…、気持ちはついていけなかった。
*****
「うーん…」
休日の夕方。
自宅のソファで腕を組みながら、昴は考え込んでいた。
(久住の好きなもの、喜びそうなものって、何だろう?)
思い浮かぶのは、やはりイルカだ。
(でも、イルカの何を贈ればいいんだ?)
考えに詰まり、昴はあの時お土産として買ったイルカの図鑑をパラパラとめくる。
ロイヤルローズカンパニーとの一件で、昴は今後の取り引きを担当することになり、社内でも昇進した。
おまけに、驚くほどのボーナスが振り込まれていたのだ。
だがこれは、全て自分ではなく心が受け取るべきものだと昴は思っていた。
心のおかげで、サラはあんなにも日本での暮らしを楽しむことが出来たのだから。
とはいえ、心がすんなりお金を受け取るとも思えない。
それならせめて、何か心が喜ぶものをプレゼントしたいと、昴はあれこれ悩んでいた。
その時、ふいにインターフォンが鳴る。
宅配便か?と気軽にモニターを見た昴は、そこに映る人物に驚いて慌てて応答した。
「く、久住?どうした?」
「伊吹くん、あの…。急にごめんね。私…」
たどたどしく呟く心の小さな声に、昴は、とにかく上がって来てと言ってロックを解除する。
待ち切れずに玄関のドアを開けて廊下に出ると、エレベーターを降りた心が、ゆっくりとこちらに向かって来た。
「久住?どうかした?」
「うん、あの…」
「とにかく入って」
昴は、明らかにいつもと様子が違う心を心配し、部屋に上げた。
*****
「はい。ココア」
「ありがとう」
ソファに座った心は、昂の淹れたココアを両手で握りしめながら味わう。
「美味しい…」
「そう。良かった」
窓の外をじっと見つめる心を、昴は隣に座ったまま優しく見守る。
心がここに来た目的は、言われなくても昴には分かっていた。
心は、沈んでいく夕陽を黙って眺めている。
やがて思い出したように昴を振り返り、照れ笑いを浮かべた。
「ごめんね、またここに来ちゃって。なんだか伊吹くんのおうちを、展望台みたいにしちゃってるね、私」
ははっと昴は明るく笑う。
「いいよ、いつでも来てくれて。久住がそんなふうに思って来てくれると、この部屋も喜ぶよ」
「ふふっ、伊吹くんはこのお部屋、高過ぎて怖いんだもんね」
「そう。だから俺なんかより久住の方が、この部屋に好かれてるよ」
心は微笑んで昴を見つめる。
優しく自分に微笑み返してくれる昴の目は、暖かい夕陽の色に染まっていた。
「伊吹くんの目に、夕陽が映ってる。伊吹くんの目も温かいね」
するとなんの前触れもなく、心の目から涙がこぼれ落ちた。
「あ、ごめん。なんだろう、なぜだか急に…」
そう言って慌てて指先で涙を拭う心を、昴はそっと抱きしめた。
「いいよ。無理しなくて」
胸の奥に、じーんと温かく響く昴の声。
心は昴に身を任せ、止めどなく涙を溢れさせる。
昴は、ただ黙って心を優しく抱きしめていた。
*****
「伊吹くん、この図鑑読んでたの?」
夕陽が完全に沈み、落ち着きを取り戻した心が、ソファの前のテーブルに置かれたイルカの図鑑を手に取る。
「ああ、ちょっとね。でもこれ、なかなか勉強になるよ。イルカとクジラって、特にこれと言って明確に分類分けする定義がないんだね」
「そう。どちらもクジラ目に属していて、体長が大体4mを超えると、クジラって呼ぶの」
「そうなんだね。俺、イルカショーの時、久住が、クジラの仲間って紹介したのが忘れられなくて。何だっけ、オキ…」
「オキゴンドウね」
「そう、それ。イルカショーなのにクジラの仲間?って思って調べてみたんだ」
へえー、さすがは伊吹くん、と心は感心する。
「そんなひと言を覚えていてくれるなんて、なんだか嬉しい」
「俺だけじゃないよ。きっと他にも、あとから気になって調べてみる人いると思う。子ども達とか」
「そうだといいなー。私達の仕事の意義って、やっぱり多くの人にイルカのことを知ってもらうことだから。イルカのかわいらしさだけでなく、高い身体能力や、人間とコミュニケーションが取れるところ。あとは、いたずらっ子みたいに人間をからかったりもするし」
「え、そうなの?」
「う、うん、まあ。でもイルカもからかう相手をちゃんと見極めてるって言うか…。その、そんなことされるの、うちでは私くらいなんだけど…」
心の声がだんだん小さくなる。
「そうなんだ。凄いね!イルカって」
「うん、知能指数も高いしね。私よりは低い…と思うけど…」
すると昴は、心に向き直って聞いてくる。
「久住とイルカのやり取り、見てみたいなあ。ショーだとかっこいいけど、普段はどんな感じなの?」
「そ、それはまあ、普通よ。普通にかわいくて、体をなでて、一緒に笑って…。時々水を浴びせられたり、とか?」
あはは!そうなんだ、と、昴は想像したのか、おもしろそうに笑う。
心はポツリと呟いた。
「でも、ショーでのかっこいいイルカ達の姿は、もう見られなくなるの」
「え?それは、どういう…」
昴の顔から、すっと笑みが消える。
「うちの職場、イルカショーの廃止が決まったの。いずれイルカ達は、プールでの展示のみになる」
手元に視線を落としたまま淡々と話す心に、昴は言葉を失った。
以前この部屋で、ポロポロと涙をこぼしながら、私の大好きなこの仕事は非難されることなのかな?と言っていた心を思い出す。
昴が何も言えないでいると、心はふっと頬を緩めた。
「そんなに心配しないで。分かってたことだから。これからも私は、あの子達に向き合っていく。毎日しっかり心を通わせる。今までと変わらずあの子達に会えるんだもん。離れ離れになる訳じゃない。だから私は、これからも幸せなの」
そう言って心は微笑んだ。
その笑顔は、清らかでとても美しかった。
昴は思わず心を抱き寄せる。
「伊吹くん?」
戸惑う心を、昴はギュッと抱きしめた。
「久住。久住は強いな。弱いけど強い。悲しくて涙をこぼしても、ちゃんと最後には顔を上げて前を向く。子どもみたいに無邪気だけど、しっかりとイルカ達を守ってる。嬉しい時には笑って、悲しい時には泣いて、人を想いやって寄り添って、優しくてたくましい。そんな久住が、俺は好きだ」
昴の腕の中で、心が思わず息を呑む。
「久住、これからもがんばりすぎるな。ちゃんと自分の気持ちに素直になるんだぞ。泣きたくなったらここに来て、俺の前で泣けばいい。いつでも俺は久住を支える。どんな時もそばにいる」
そしてそっと身体を離すと、心の顔を覗き込む。
「分かった?」
心はうつむいたまま頷いた。
昴はふっと目を細めると立ち上がり、何かを手にして戻ってきた。
「久住、これ。ずっと持ってて」
それは、この部屋のカードキー。
心は慌てて首を振った。
「そんな!留守番でもないのに、預かれないよ」
「いいから、持ってて。そしていつでもここに来て。俺がいてもいなくても。朝早くても夜遅くても。久住の来たい時に来てくれていいから」
昴は茶目っ気たっぷりに、
当展望台は24時間年中無休です、と付け加えて微笑んだ。
心もつられて笑顔になる。
「ありがとう。本音を言うと、とっても心強くて嬉しい」
「良かった。俺には何でも本音で話してね」
「うん!」
昴の優しい口調に、心はとびきりの笑顔で頷いた。
週明け、かろうじて会社に辿り着くと、同僚が声をかけてくる。
「おはよう。え、何?なんの話?」
「だから、給与明細。お前、ロイヤルローズカンパニーの件で、すんごい待遇上がってるはずだぞ?見てないのか?」
「見てない。明細はいつも大して気にしてないし」
「えー?!マジかよ。今回はちゃんと見てみろよ。多分、凄い金額振り込まれてると思うぞ」
興味津々で聞いてくる同僚に、はあと気の抜けた返事をしてデスクに向かう。
昴は、おとといの心の言葉が突き刺さり、昨日も1日ぼーっとしたままだった。
「伊吹 心は?」
それは明らかに、自分と結婚して"伊吹 心"になるのはどう?という意味だった。
それに対して心は…
「絶対だめ!それはさすがに考えられない」
と言ったのだ。
心のばっさりとした切り方は、同窓会の時の瑞希を彷彿とさせる。
数年越しの想いを胸に告白した瑞希も、あっけなく心に切られていたっけ。
「はあー」
昴は大きなため息をついて、デスクに突っ伏した。
「おいおい、伊吹!お前、何をそんなにシケた顔してんだ?これからロイヤルローズとのでっかい仕事、お前が中心になってやっていくんだからな。気合い入れろよ!」
「はあ」
ため息なのか返事なのか…
もはや昴は、気の抜けたソーダのようだった。
かろうじてパソコンを立ち上げると、先程の同僚の言葉を思い出す。
(給料か…。そう言えばボーナスの金額も見てなかったな)
昴は、給与振込の口座をインターネットバンキングで見てみた。
まず初めに、残高が表示される。
(ん?なんだ、この数字。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん…え?じゅうまん、ひゃくまん、せんまん…え?)
「なんだこりゃー!!」
昴は思わず大声を上げて飛び退いた。
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「心ちゃん、この間は結婚式に来てくれて本当にありがとう!」
「こちらこそ!お招きありがとうございました。とーっても素敵でした。お二人の幸せのお裾分けをいただきましたよ」
「ふふ、ありがとう」
沙良は笑って心に紅茶を淹れてくれる。
心は改めて結婚祝いを渡しに、沙良と桑田の新居にお邪魔していた。
「うわー、メモリアルプレート?素敵ね」
「はい。挙式の年月日が刻まれてるんです。節目で使っていただけたら」
「ありがとう!大切にするわね」
沙良は心に笑顔で礼を言う。
しばらく結婚式の写真を見ながら、あの日の感動に浸ったあと、沙良が、ところで…と話題を変えた。
「心ちゃん。そのー、伊吹くんは元気?」
「伊吹くんですか?沙良さん、妙に伊吹くんの話をしますよね」
「え、そうね。まあ、ちょっと気になって」
「ふーん。伊吹くん、元気にしてますよ。ちょうど沙良さん達の結婚式の日に会ったんです」
「えっ、そうなの?」
「はい。マンションに帰ったら、エントランスで伊吹くんが待ってて」
「ちょ、ちょ、ちょっと心ちゃん。その話、詳しく話してくれる?」
真剣な顔で訴えてくる沙良に、半分首をひねりながら、心はいきさつを話す。
「なるほど。スマホを届けにね」
「そうなんです。それで沙良さんの結婚式の話をしたあと、アメリカのサラの話になって。なんだか、さらって名前に縁があるなーって話してたんです。将来女の子が生まれたら、さらって名前もいいねって話して。そしたら伊吹くんがね」
「うんうん、何?」
「伊吹 さらは?って言うから、いいんじゃないって答えたら、そのあとに、伊吹 心はどう?って聞くんです。あり得ないですよねー」
ガチャッと沙良は、紅茶のカップを落としそうになる。
「こ、こ、心ちゃん?えっと、もう一回おさらいさせて。まず最初に伊吹くんが、伊吹 さらは?って聞いたのよね?」
「はい。あ、その前に私が、もし子どもが生まれたら、久住 さらにしようかなって言ったんです。そしたら、結婚したら久住じゃなくなるんじゃない?って」
「ヒーー!それでそのあとに、伊吹 さらは?って言ったの?」
「はい、そうです」
「そ、そ、それで?そのあと心ちゃんはなんて?」
「えー?!なんだっけ。よく覚えてないな」
心が困ったように言うと、沙良は身を乗り出し、思い出して!と懇願する。
「え?どうしてそんな…。えっと、確か。そう!伊吹 さらは?って聞かれたから、いいんじゃない?伊吹くんに女の子が生まれたらどうぞって。私がどうぞって言うのも変かって笑って」
「そしてそのあとに、伊吹 心は?って聞かれたのよね?」
「そうです。でもあり得ないでしょう?そんなの。奥さんにしてみたら絶対いい気分しませんよね。だって自分の娘に、旦那さんが同級生の名前つけるなんて。だから伊吹くんにも、絶対だめ、考えられないって言ったんです」
「イヤーー!!」
沙良は、両手で頬を押さえ、後ろに倒れそうになっている。
「沙良さん?どうしました?」
「ちょ、ちょっと待って。深呼吸させて」
沙良は胸に手を当てて、大きく息を吐く。
「どうしよう、私、どうすればいい?今すぐ伊吹くんのところに行って慰めてあげたい。あー、まるで昔の私のよう。辛いよね、うん。鈍感な人って、時にこんなにも残酷なのよー」
演劇でも始まったのかと、心は眉間にシワを寄せる。
「心ちゃん、伊吹くんに伝えて。陰ながら私はあなたを応援してるって。何かあったらいつでも相談に乗るから、がんばって!って」
「は?はい…」
心は、首をひねりつつ頷いた。
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ある日の夜。
仕事をひと通り終え、心は事務所のデスクで業務日誌を打ち込んでいた。
遅番でまだ残っているのは、心と桑田だけ。
心はふと、デスクで書類を読んでいる桑田に目を向ける。
右手に書類を持ち、左手でコーヒーを飲むその薬指には、沙良とお揃いのマリッジリングが光っていた。
「ぐふっ」
心が思わずニヤけながら声を漏らすと、気味悪そうに顔を上げた桑田が心の視線に気付き、わざと書類を左手に持ち替える。
「ああー、見えない!」
「アホ!見せ物じゃない!」
「いいじゃないですかー、減るもんじゃなし」
「お前に見せると減る!」
「ちぇっ!いいもん。沙良さんに言ってやろー」
「おまっ、バカ!仕事中にその名前を出すな!」
言い合っていると、桑田のデスクの電話が鳴る。
低い声で短くやり取りすると、受話器を置いた桑田が立ち上がった。
「本部に行ってくる」
「え?こんな時間から?」
「ああ。遅くなりそうだから、お前は先に上がってろ」
そう言うと、スタッフジャンパーを羽織り桑田は出て行った。
妙に険しい顔つきが、心はなんだか気になった。
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次の日。
事務所に出勤した皆に、朝礼を始めると言った切り、桑田はうつむいて口を閉ざす。
(どうしたんだろう、桑田さん。目も真っ赤に充血してるし。夕べ寝てないのかな?)
昨夜本部に行った桑田は、なかなか戻って来ず、言われた通り心は先に職場をあとにしていた。
(何か大事なお話されたのかな?)
考えられるとしたら、春に向けてショーの内容をリニューアルしたり、新しい技を考えたり、といったところだろうか。
だか、それにしては、桑田が見たこともないほど暗い表情なのが腑に落ちない。
ただならぬ雰囲気に、皆も息を詰めて桑田の次の言葉を待つ。
やがて、足元に視線を落としていた桑田が、意を決したように顔を上げた。
「イルカショーについての議論や法改正については、皆も報道で知っていると思う。うちでも、上層部が何度も話し合いを重ねていた。そして結論が出たらしい」
えっ!と皆が目を見開く。
イルカショーについての結論、そしてこの桑田の険しい表情…
悪い予感は的中する。
「海外の動向、日本での世論も鑑み、ここマリーンワールドでは、いずれイルカショーを廃止することになった」
空気が凍りつき、誰も動けない。
「今すぐという話ではない。だが、ショーをリニューアルしたり新しい技を考えることはしない。時期が決まれば、いずれショーチームは解散となる」
まるで現実に起こっていることではないような気がして、心はぼんやりと床に目を落としていた。
「今はただ目の前のことに集中してくれ。ショーは危険を伴う。いつも以上に緊張感を持って臨んでくれ。俺らのやるべきことは、今日のゲストとイルカ達にしっかり向き合うことだ」
「はい」
桑田の力強い言葉に返事をして、皆は通常業務に戻る。
明るくイルカ達に話しかけ、体調チェックをし、調餌と掃除、そしてショーの準備をする。
「皆さん、こんにちは!イルカショーへようこそ」
心はいつも以上に、ハキハキとMCを務める。
(どうかこのショーを、イルカ達のことを、いつまでも覚えていてくれますように…)
願いを込めるように、心は観客に語りかけた。
「かわいいイルカ達が繰り広げる素晴らしいパフォーマンスを、どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください!」
やるべきことに集中した。
目の前の大事なことに全力で向かった。
イルカ達と、いつも通りに息を合わせた。
だが…、気持ちはついていけなかった。
*****
「うーん…」
休日の夕方。
自宅のソファで腕を組みながら、昴は考え込んでいた。
(久住の好きなもの、喜びそうなものって、何だろう?)
思い浮かぶのは、やはりイルカだ。
(でも、イルカの何を贈ればいいんだ?)
考えに詰まり、昴はあの時お土産として買ったイルカの図鑑をパラパラとめくる。
ロイヤルローズカンパニーとの一件で、昴は今後の取り引きを担当することになり、社内でも昇進した。
おまけに、驚くほどのボーナスが振り込まれていたのだ。
だがこれは、全て自分ではなく心が受け取るべきものだと昴は思っていた。
心のおかげで、サラはあんなにも日本での暮らしを楽しむことが出来たのだから。
とはいえ、心がすんなりお金を受け取るとも思えない。
それならせめて、何か心が喜ぶものをプレゼントしたいと、昴はあれこれ悩んでいた。
その時、ふいにインターフォンが鳴る。
宅配便か?と気軽にモニターを見た昴は、そこに映る人物に驚いて慌てて応答した。
「く、久住?どうした?」
「伊吹くん、あの…。急にごめんね。私…」
たどたどしく呟く心の小さな声に、昴は、とにかく上がって来てと言ってロックを解除する。
待ち切れずに玄関のドアを開けて廊下に出ると、エレベーターを降りた心が、ゆっくりとこちらに向かって来た。
「久住?どうかした?」
「うん、あの…」
「とにかく入って」
昴は、明らかにいつもと様子が違う心を心配し、部屋に上げた。
*****
「はい。ココア」
「ありがとう」
ソファに座った心は、昂の淹れたココアを両手で握りしめながら味わう。
「美味しい…」
「そう。良かった」
窓の外をじっと見つめる心を、昴は隣に座ったまま優しく見守る。
心がここに来た目的は、言われなくても昴には分かっていた。
心は、沈んでいく夕陽を黙って眺めている。
やがて思い出したように昴を振り返り、照れ笑いを浮かべた。
「ごめんね、またここに来ちゃって。なんだか伊吹くんのおうちを、展望台みたいにしちゃってるね、私」
ははっと昴は明るく笑う。
「いいよ、いつでも来てくれて。久住がそんなふうに思って来てくれると、この部屋も喜ぶよ」
「ふふっ、伊吹くんはこのお部屋、高過ぎて怖いんだもんね」
「そう。だから俺なんかより久住の方が、この部屋に好かれてるよ」
心は微笑んで昴を見つめる。
優しく自分に微笑み返してくれる昴の目は、暖かい夕陽の色に染まっていた。
「伊吹くんの目に、夕陽が映ってる。伊吹くんの目も温かいね」
するとなんの前触れもなく、心の目から涙がこぼれ落ちた。
「あ、ごめん。なんだろう、なぜだか急に…」
そう言って慌てて指先で涙を拭う心を、昴はそっと抱きしめた。
「いいよ。無理しなくて」
胸の奥に、じーんと温かく響く昴の声。
心は昴に身を任せ、止めどなく涙を溢れさせる。
昴は、ただ黙って心を優しく抱きしめていた。
*****
「伊吹くん、この図鑑読んでたの?」
夕陽が完全に沈み、落ち着きを取り戻した心が、ソファの前のテーブルに置かれたイルカの図鑑を手に取る。
「ああ、ちょっとね。でもこれ、なかなか勉強になるよ。イルカとクジラって、特にこれと言って明確に分類分けする定義がないんだね」
「そう。どちらもクジラ目に属していて、体長が大体4mを超えると、クジラって呼ぶの」
「そうなんだね。俺、イルカショーの時、久住が、クジラの仲間って紹介したのが忘れられなくて。何だっけ、オキ…」
「オキゴンドウね」
「そう、それ。イルカショーなのにクジラの仲間?って思って調べてみたんだ」
へえー、さすがは伊吹くん、と心は感心する。
「そんなひと言を覚えていてくれるなんて、なんだか嬉しい」
「俺だけじゃないよ。きっと他にも、あとから気になって調べてみる人いると思う。子ども達とか」
「そうだといいなー。私達の仕事の意義って、やっぱり多くの人にイルカのことを知ってもらうことだから。イルカのかわいらしさだけでなく、高い身体能力や、人間とコミュニケーションが取れるところ。あとは、いたずらっ子みたいに人間をからかったりもするし」
「え、そうなの?」
「う、うん、まあ。でもイルカもからかう相手をちゃんと見極めてるって言うか…。その、そんなことされるの、うちでは私くらいなんだけど…」
心の声がだんだん小さくなる。
「そうなんだ。凄いね!イルカって」
「うん、知能指数も高いしね。私よりは低い…と思うけど…」
すると昴は、心に向き直って聞いてくる。
「久住とイルカのやり取り、見てみたいなあ。ショーだとかっこいいけど、普段はどんな感じなの?」
「そ、それはまあ、普通よ。普通にかわいくて、体をなでて、一緒に笑って…。時々水を浴びせられたり、とか?」
あはは!そうなんだ、と、昴は想像したのか、おもしろそうに笑う。
心はポツリと呟いた。
「でも、ショーでのかっこいいイルカ達の姿は、もう見られなくなるの」
「え?それは、どういう…」
昴の顔から、すっと笑みが消える。
「うちの職場、イルカショーの廃止が決まったの。いずれイルカ達は、プールでの展示のみになる」
手元に視線を落としたまま淡々と話す心に、昴は言葉を失った。
以前この部屋で、ポロポロと涙をこぼしながら、私の大好きなこの仕事は非難されることなのかな?と言っていた心を思い出す。
昴が何も言えないでいると、心はふっと頬を緩めた。
「そんなに心配しないで。分かってたことだから。これからも私は、あの子達に向き合っていく。毎日しっかり心を通わせる。今までと変わらずあの子達に会えるんだもん。離れ離れになる訳じゃない。だから私は、これからも幸せなの」
そう言って心は微笑んだ。
その笑顔は、清らかでとても美しかった。
昴は思わず心を抱き寄せる。
「伊吹くん?」
戸惑う心を、昴はギュッと抱きしめた。
「久住。久住は強いな。弱いけど強い。悲しくて涙をこぼしても、ちゃんと最後には顔を上げて前を向く。子どもみたいに無邪気だけど、しっかりとイルカ達を守ってる。嬉しい時には笑って、悲しい時には泣いて、人を想いやって寄り添って、優しくてたくましい。そんな久住が、俺は好きだ」
昴の腕の中で、心が思わず息を呑む。
「久住、これからもがんばりすぎるな。ちゃんと自分の気持ちに素直になるんだぞ。泣きたくなったらここに来て、俺の前で泣けばいい。いつでも俺は久住を支える。どんな時もそばにいる」
そしてそっと身体を離すと、心の顔を覗き込む。
「分かった?」
心はうつむいたまま頷いた。
昴はふっと目を細めると立ち上がり、何かを手にして戻ってきた。
「久住、これ。ずっと持ってて」
それは、この部屋のカードキー。
心は慌てて首を振った。
「そんな!留守番でもないのに、預かれないよ」
「いいから、持ってて。そしていつでもここに来て。俺がいてもいなくても。朝早くても夜遅くても。久住の来たい時に来てくれていいから」
昴は茶目っ気たっぷりに、
当展望台は24時間年中無休です、と付け加えて微笑んだ。
心もつられて笑顔になる。
「ありがとう。本音を言うと、とっても心強くて嬉しい」
「良かった。俺には何でも本音で話してね」
「うん!」
昴の優しい口調に、心はとびきりの笑顔で頷いた。
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