めぐり逢い 憧れてのち 恋となる

葉月 まい

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ホテル セレスト

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(なんだろう、嵐が去ったあとみたい)

会議室を片づけながら、花穂は先ほどまでのことを思い返していた。

4年越しの再会を果たした感動はどこへやら、打ち合わせもあっという間に終わってしまった。

(浅倉さんは、私と一度会ったことがあるなんて思いもしてないだろうな)

正直なところ、この4年間ドラマチックな再会を夢見ていたせいか、また会えた喜びよりも今は落胆の方が大きい。
 
(そりゃあね、別にそこからどうにかなるとは思ってなかったけども。『やあ、あの時の君か!』『はい、おかげさまでこの会社に入れました』くらいの楽しげな会話はできると思ってたのに)

ブツブツと心の中で呟きながら、手元の資料をまとめる。

「じゃあオフィスに戻りましょうか。ん? どうかしたの、花穂」
「いえ、なんでもありません」

慌てて首を振ると、目の前にニョキッと大森が顔を出した。

「花穂ちゃん、悩みがあったらいつでも相談に乗るからね」
「あ、はい。ありがとうございます。プロジェクションマッピングの投影や光る絨毯についても、追々相談させてください」
「もちろーん! 恋の悩みもいつでもどうぞ」

ガシッと織江が大森の頭を掴んで押し退ける。

「じゃあ戻るわよ、花穂」
「はい。それでは大森さん、失礼いたします」

お辞儀をすると、大森は「まったねー! 花穂ちゃん」とヒラヒラ手を振った。



その後の大地の行動は早かった。

「先方から演出の案、OKもらえた。現地下見は来週の水曜日、16時からだ」

打ち合わせした日の夕方にはそう連絡が来て、花穂は驚く。

(下見の日までにチェック項目を決めておかないと!)

急いで準備に取りかかった。

今回の演出の中で花穂が一番気がかりなのは、歩く度に光るマイクロファイバーの絨毯だ。

圧力センサーを絨毯の下に敷き、踏まれた部分と連動してLEDライトが発光する。

それを少し工夫して、歩いたあとに光が流れるような残光を設計したかった。

その為、下見の時に実際の照明でテストし、絨毯の色味を決めたい。

また電源の配線や絨毯の面積、つまずきや漏電防止などの安全面もチェックしなければならない。

花穂はとにかく準備に追われた。

「織江さん、下見のToDoリスト、確認していただけますか?」

何度も織江にチェックしてもらい、頭の中でシミュレーションして当日に備えた。

下見の日はあっという間にやって来る。

「花穂、そろそろ行くわよ」
「はい!」
「わっ、すごい荷物ね。そっちの紙袋は私が持つわ」
「ありがとうございます」

大量の資料と絨毯のサンプルで、花穂は両手いっぱいに荷物を抱えていた。

エレベーターで1階に下り、ロビーで大地や大森と落ち合う。

「ええ!? 花穂ちゃん、大丈夫?」

大森がすぐさま花穂の荷物を半分持ってくれた。

「ありがとうございます、大森さん」

それを見て、大地がジャケットの内ポケットからキーを取り出す。

「電車はやめて、俺の車で行こう」
「お? 大地、車で来てたんだ」
「ああ。最近残業で終電逃すことが多いから」

そう言って大地はエレベーターホールに向かって歩き始めた。

(浅倉さん、終電なくなるまで残業してるんだ。契約件数トップの人は、それだけ努力してるんだなあ)

花穂は大地の背中を見ながら、改めてすごい人だと感心する。

地下駐車場へ行くと、大地は黒のSUVのロックをリモコンで解除してから、花穂が持っている荷物をスッと受け取った。

「あっ……、ありがとうございます」

大森が持っていた荷物も全てトランクに積むと、大地は後部ドアを開けて花穂と織江を促した。

「どうぞ」
「はい、失礼します」

男の人の車に乗るなんて初めてかも、と花穂は緊張の面持ちで乗り込む。

内装もブラックで統一され、なめらかなレザーシートは座り心地もいい。

ふわりとウッディな香りがして、思わず息を吸い込んだ。

「ん? 花穂、そんなに姿勢正しく座ってないで、背中もたれたら?」
「いえ、心して乗せていただくので」

後部シートに並んで座った織江とそんなやり取りをしていると、助手席に乗り込んだ大森が振り返る。

「花穂ちゃんって今どき珍しく、すれてない感じがいいよね」

するとすぐさま織江が口を挟んだ。

「ちょっと、大森。花穂には手を出さないでよね、汚らわしい」
「け、汚らわしい!? 織江、いったい俺をなんだと思ってるんだ?」
「薄っぺらい中身の遊び人。人呼んで、軽薄チャラ男」
「そうそう。名字は軽薄、名はチャラオ……って、大森 弘和だっつーの!」

声を張る大森に、運転席の大地が「うるさい」と一蹴する。

「大森、車のあとを走ってついて来るか?」
「いえいえ、滅相もございません。拙者、足軽ではございませぬゆえ」
「なら、黙ってろ」
「御意!」

大地は小さくため息をついてから車を発進させた。

カーオーディオからかすかに洋楽が流れてきて、花穂は耳を澄ませる。

(なんだか大人の雰囲気だなあ。自分がすごく子どもっぽく思えてくる。浅倉さんって、織江さんと同期だから31歳よね? 銀座で初めて会ったのは4年前だから……27歳だったのか。あの時は親しみやすい印象だったけど、男性って30代になるとこんなに近寄り難い雰囲気になるのかな。あ、でも大森さんは違うし……)

そんなことを考えていると、ふとバックミラー越しに大地と目が合ってしまった。

花穂はドキッとして目を見開き、慌ててうつむく。

「花穂? どうかした?」
「いえ、なにも。えっと、このあとの段取りを考えてまして」

とっさに織江に言い繕った。

「花穂、今度のプロジェクト張り切ってるもんね。私も安心して任せられるわ。よかった、これで心置きなく……」

そこまで言うと、織江は言葉を止める。

「織江さん?」
「あ、ううん。なんでもないの。気にしないで」
「……はい」

なんだろうと思っていると、今度は大地がミラー越しにさり気なく織江の様子をうかがっているのが分かった。

(え? 浅倉さんと織江さん、なにかあるのかな?)

妙な雰囲気を感じつつ、だからと言って口に出して尋ねる勇気もなく、花穂は黙ったまま車に揺られていた。

20分ほどで無事にホテル セレストに到着する。

駐車場に車を停めると、大地は後部ドアを開けてさり気なく花穂の手を取った。

「えっ、ありがとうございます」

あまりに自然でスマートな振る舞いに、花穂は気づけば大地の手を借りて車を降りていた。

触れ合った手の温もりに、花穂の顔が赤くなる。

大地は何事もなかったようにトランクから荷物を取り出し、リモコンでピッと車をロックしてから歩き始めた。

花穂は急いであとを追う。

「あの、浅倉さん。私の荷物ですから私が持ちます」
「なんで? 触られると困るの?」
「いえ、そういう訳ではないですが」

すると大地はそのまま無言で歩き続ける。

花穂はどうしたものかと困り顔で、ひたすら大地の背中を追いかけた。

エレベーターで55階に上がると、ふかふかの絨毯が敷き詰められた廊下を進み、バンケットホールに向かう。

重厚な扉の前で、50代くらいの黒いスーツ姿の男性がにこやかに出迎えてくれた。

「浅倉さん、お待ちしておりました」
「須崎さん、本日もよろしくお願いいたします」

大地は男性にお辞儀をしたあと、花穂たちを振り返る。

「紹介させていただきます。弊社テクニカル部の大森と、クリエイティブ部の川島、それから青山です」

大地の口から「青山」と自分の名前が出たことに、花穂はドキッとした。

「初めまして。ホテル セレスト副支配人の須崎と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 丁寧に名刺を差し出され、花穂たちも自己紹介して名刺を交換する。

「なるほど。川島さんと青山さんがあの演出を考えてくださったのですね。想像しただけでわくわくしました。実際にどんな空間に仕上がるのか、今からとても楽しみです」
「ありがたいお言葉、恐れ入ります。精いっぱい尽力いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」

そしていよいよバンケットホールに足を踏み入れた。

(わあ、なんて素敵!)

花穂は目を輝かせてホールを見渡す。

天井にはきらびやかなシャンデリア。
壁には惜しげもなく使われた高級なカーテン。

装飾や絵画も目を見張るものばかりで、なんともゴージャスな雰囲気だった。

そしてとにかく広い。
丸テーブルがいくつも並べられているが、それでも空間はかなりゆとりがあった。

(ホテルのホームページで調べてはいたけれど、ここまで広いなんて。天井をドーム状にして映像を投影するのも、光る絨毯の演出も、かなり大がかりになる)

花穂は思わずゴクリと喉を鳴らした。

「だいたいですが、記念式典当日のテーブル配置にしてあります。なにかご質問がありましたら、お気軽にどうぞ」

須崎に言われて、花穂は早速平面図を見ながらチェックを始める。  

マイクロファイバーの絨毯を実際に光らせて、照明と絨毯の色味を大森と確認した。

オーロラの布も、背面からライトを当てつつヒダを調節する。

次に天井から吊るす黒幕だが、予想よりもはるかに困難なことが判明する。

「ここまで広いと、幕を綺麗なドーム状に張るのはほぼ不可能ですね」

そう言って花穂が頭を悩ませていると、大地が隣に並んで上を見上げた。

「ドーム状にこだわるな。夜空をイメージさせるのは、プロジェクションマッピングの映像で補える」

え?と、花穂は大地の横顔を見つめた。

「逆にカーブしてない方が映像を投影しやすい。任せろ、俺が最高の夜空を生み出してやる」

不敵な笑みで言い切ってみせる大地に、花穂は思わず言葉を失くす。

大地は小さくポンポンと花穂の頭に手を置いてから歩き出し、大森と相談を始めた。

その場に残された花穂の胸に、4年前の出来事が蘇る。

『じゃあね、デザイナーのひよこちゃん』

その言葉と共に、頭に置かれた大きな手のひらの温もり。

(やっぱりあの人は浅倉さんだったんだ)

花穂はそのことを改めて実感した。
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