めぐり逢い 憧れてのち 恋となる

葉月 まい

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成功と別れ

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下見を終えた日から、花穂たち4人は本格的な作業に入った。

大地と大森は、ホテルの歴史を振り返る映像を星空と絡めてドラマチックに編集する。

花穂と織江は、壁にオーロラを創り出す為のカーテンや、天井を覆うように吊るす黒幕、そして足元の光る絨毯の制作に追われた。

なんとか1ヶ月で形になり、再び現地を訪れてテストする。

須崎副支配人の意見を取り入れながら、改良を重ねた。

6月の中旬になると、ホテルの支配人を初め関係者を集めて実演を行った。

「おおー、いいですね! 当日のお客様の反応が楽しみだ」

支配人が満足気に頷き、花穂たちはホッと胸をなで下ろす。

本番ギリギリまで微調整して細部にもこだわった。

そしていよいよ、ホテル セレスト創業50周年記念式典の日がやって来た。



7月7日の午後7時。
七夕の夜に、記念すべき式典が幕を開けた。

ゲストが詰めかけ、華やかな雰囲気に包まれたバンケットホール。

照明とBGMが絞られると、人々のざわめきも消える。

しばしの静寂のあと、パーッと星くずが散らばるかのように、ステージの黒幕に光が輝いた。

『Welcome to the 50th Anniversary Ceremony of Hotel Céleste.』

うやうやしいナレーションと共に映像が始まる。

『50年前の七夕に、ここホテル セレストは誕生しました。初めはひとつの小さな光。それがたくさんのお客様の笑顔と共に、いつしか満天の星へと変わります』

セリフに合わせて、次々と笑顔のワンシーンが映像に流れた。

結婚披露宴で見つめ合う新郎新婦。
還暦のお祝いに集まった家族3世代の笑顔。
そして四季折々のホテルの風景。

写真が紹介されては空に輝く星へと変わり、やがて夜空いっぱいに星が瞬いた。

すると会場の後方から、真っ白なドレスを着た女の子がステージに向かって歩き始める。

女の子が踏みしめる足元に光の輪が次々と広がり、ゲストから感嘆のため息がもれた。

ステージのすぐ下までたどり着いた女の子は、手にしていたステッキを高く掲げる。

次の瞬間、そのステッキからひと筋の光が放たれるように、映像に流れ星が現れた。

いくつもの流れ星が流星群となり、ステージを飛び出してゲストの頭上を飛んで行く。

「わあ、綺麗!」

皆はうっとりと見上げながら、流星群を目で追った。

ホール中央の天井にたどり着いた光は、そこから放射線状にキラキラと舞い散り、人々は声にならないため息をつく。

視界いっぱいに広がる星空。
美しい星の瞬きに誰もが言葉もなく見とれる。

その時、左右の壁に幻想的な色合いで揺れるオーロラが現れた。

「えっ、すごい!」

いつの間にか神秘的な風景に囲まれ、ゲストは驚いて息を呑む。

『これからもホテル セレストは、皆様の幸せの舞台であり続けます』

音楽のクライマックスとナレーションの締めの言葉に合わせて、映像は明るく光が弾けて終わりを告げた。



「はあ、すごかった」

人々は笑顔で惜しみない拍手を贈る。

その様子を一番後ろで見守っていた花穂は、ようやくホッと肩の力を抜いた。

「やったわね、花穂」

織江が労うように花穂にハグをする。

「はい。ありがとうございます、織江さん」

場内に照明が戻り、ステージで支配人の挨拶が始まると、機械を操作していた大森が二人のもとに来る。

「織江、花穂ちゃん、お疲れー。大成功じゃない?」

そう言う大森に続いて、大地もやって来た。

「成功して当たり前だ」
「ひゃー、さすがは自信家の大地くん。俺に失敗の文字はない、ってか?」
「ある訳がない」
「うひゃっ。俺なんて失敗の連続ですがね」
「自慢気に言うな」

そうこうしているうちに乾杯が終わり、食事と歓談の時間になる。

だがゲストは料理が並ぶカウンターよりも、オーロラの前で写真を撮ったり、光る絨毯を踏みしめてキラキラと煌めく残光を楽しんでいた。

ステージにも、夜空に瞬く星と共に『 The 50th Anniversary Ceremony of Hotel Céleste』の文字が浮かび、記念撮影する人が集まってくる。

「SNSへの投稿も期待できるな」

大地の言葉に花穂たちが頷いていると、須崎副支配人がやって来た。

「皆様、本日は誠にありがとうございました。おかげさまでお客様にも大変喜ばれています。隣のお部屋にお食事をご用意しました。どうぞこちらへ」
「はい、ありがとうございます」

案内されて、4人は隣の小さな宴会場へ行く。
丸テーブルには、綺麗に盛り付けられた食事が並んでいた。

「ではでは、プロジェクトの大成功を祝して。乾杯!」

大森の音頭でグラスを掲げる。

「はあ、うまい。成功のあとのビールは最高!」
「大森、酔うなよ。撤収作業も残ってるし、その前になにか機材トラブルがあるかもしれない」
「はいよー」

そう言いつつ、大森はグイグイとビールを飲み干す。

気を利かせたウエイターが2杯目のジョッキを持って来てくれ、大地は、やれやれとため息をついた。



無事に式典はお開きとなり、大森の手元が怪しいながらも撤収作業を終える。

4人は支配人と須崎に挨拶してから、タクシーで会社に戻った。

「ういー、じゃあお疲れー」

特に持ち物がない大森は、オフィスに上がらずに地下鉄の駅へと去って行く。

千鳥足の後ろ姿を心配しつつ見送ると、花穂たち3人は荷物を抱えてエレベーターホールへと向かった。

「すみません、浅倉さん。お手伝いいただいて」
「いや、これくらい当然だ」

クリエイティブ部のオフィスまで荷物を運ぶと、時刻は22時半になっていた。

「もう遅いから、片づけは明日にしましょう」

織江に言われて花穂は頷く。

すると織江がしばらく黙り込んだあと、神妙な面持ちで口を開いた。

「花穂。私、あなたに伝えなきゃいけないことがあって……」

改まった口調の織江に、花穂は「え?」と戸惑う。

「どうかしたんですか? 織江さん」
「うん、実はね。私、結婚することにしたの」
「ええ!? そうだったんですね。おめでとうございます」
「ありがとう」

おめでたい話題なのに、織江の表情は浮かない。

花穂はだんだん不安に駆られてきた。

「織江さん、もしかして……仕事を?」
「そうなの。今月いっぱいで退職するわ」

花穂はハッと息を呑んだ。

(まさか、今月で? 織江さんがいなくなったら、私……)

そう思ったが、織江が選んだ幸せの道に水を差す訳にはいかない。

「織江さんがいなくなるのは本当に寂しいですが、ご結婚を心からお祝いします。織江さん、どうぞお幸せに」
「ありがとう」

だがまだ織江の表情は硬いままだ。

それに少し離れたところに立っている大地も、うつむいたまま暗い表情なのが気になった。

「あの、織江さん。なにか心配なことでもあるんですか?」

そっと尋ねると、織江は思い切ったように顔を上げた。

「花穂、驚かないで聞いてね。私の結婚相手は、オンリーワンプランニングに勤めてるの」
「えっ、オンリーワンって、うちのライバル会社の?」
「そう、コンペでいつも一騎打ちになる相手。彼はそこのプランナーなの。それで結婚後も私がこのチェレスタで働くのは、彼の立場上好ましくないからって……。私もオンリーワンに転職することにしたの」

花穂は思わず目を見開く。

(そんな。これからは織江さんがライバルになるってこと? 近くで支えてもらえないどころか、敵として争うことになるなんて……)

もはや気持ちが追いつかない。

ただ呆然と立ち尽くしていると、織江が深々と頭を下げた。

「花穂、本当にごめんなさい」

ハッと我に返った花穂は、慌てて手を伸ばす。

「織江さん! やめてください。私は入社した時から今まで、たくさん織江さんに助けていただきました。感謝してもしきれません。これ以上望んだらバチが当たりますね。私のことなんか気にせず、どうか幸せになってくださいね」
「花穂……、ありがとう。会社は別々になるけど、いつでも連絡してきて。なんでも相談に乗るから」
「ありがとうございます。でも織江さん、これからはライバル同士ですよ? 私も負けていられませんからね」
「ふふっ、頼もしい。じゃあ、時々ランチにつき合って。そこでさり気なく詮索しちゃうから」
「分かりました。私もさり気なく探りを入れて、アイデアを聞き出しちゃいますからね」
「腹の探り合いね。たぬき芝居なら負けないわよ」

そう言って笑い合う。

「織江さん、本当にお世話になりました。どうか幸せになってくださいね。あと少しですが、月末までどうぞよろしくお願いします」
「ありがとう。私が持てる技術は全て花穂に伝えておくわね。その上で、これからはライバルになりましょう。あなたが相手なら、私ももっともっと勉強しなくちゃ」
「互角に戦えるよう、私もがんばりますね」

大きく頷き合うと、織江は最後に大地を振り返った。

「大地も、今までありがとう」
「こちらこそ。立場は変わるけど、これからも織江のデザインを楽しみにしてる」
「うん。私も大地のプランニング、いつもチェックしておく。それから大地、花穂のことくれぐれもよろしくね」
「ああ、分かった」

花穂はそんな二人のやり取りを見守る。

(浅倉さんは知っていたのね、織江さんが転職することを)

同期として複雑な心境だっただろうが、それでも織江の幸せを素直に喜んだのだろう。

(私もちゃんと織江さんを笑顔で送り出さなきゃ)

ギュッと拳を握りしめて心に決めた。
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