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再会
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「花穂、そろそろ会議の時間よ」
先輩デザイナーの川島 織江に言われて、花穂は顔を上げる。
「はい、今行きます」
タブレットや資料をまとめると立ち上がり、織江と肩を並べてオフィスを出た。
4年前、あの銀座の夜の翌日。
海外の有名ジュエリーブランドが日本に直営店第一号をオープンさせた記念セレモニーの様子を、花穂はニュースで見ていた。
あの時心奪われた店内の空間デザインがテレビに映し出され、花穂は身を乗り出して食い入るように見つめる。
(やっぱり素敵。まるでどこかの宮殿みたいな雰囲気。ジュエリーがすごく引き立ってるし、私も思わず憧れて欲しくなっちゃう)
こんなふうに空間をデザインし、頭の中にイメージした世界を創り出せたらどんなにいいだろう。
花穂はそう思い、このジュエリーショップを手がけたデザイン会社を調べてみた。
(やっぱりチェレスタか……)
チェレスタ株式会社は、デザイン企画会社としては国内最大手。
百貨店のシーズンごとのウインドディスプレイから、大型ショッピングモールやラグジュアリーホテルのイベント、有名企業のショーや新作マスコミ発表会なども手がけている。
就職活動中の花穂はもちろんこの会社に憧れていたが、どうせ不採用になるだろうと諦めていた。
(でもチャレンジしてみよう。私も最高の舞台で、あんなふうに自分の世界観を実際に形にしてみたい)
夕べ目の当たりにした、確かにそこに広がる別世界のような空間。
漠然としていた自分の夢も現実のものとなり、目指すべき道が拓かれた気がした。
(どうしてもチェレスタに入りたい)
日に日にその想いが強くなる。
みなぎる力のままに何枚もデザイン画を描き起こし、履歴書と共に送った。
無事に書類審査を通過し、本社での二次試験に進む。
あの日に撮影した店内のデザイン写真をお守りのように何度も見返し、勇気をもらった。
面接では、思いの丈を全てぶつけて本心で訴える。
「御社の社名でもあるチェレスタは、まるで魔法をかけるような音色を持つ楽器です。私もそんなふうに、空間にデザインという魔法をかけたいと思っています。ひと目見た瞬間に心を奪われ、別世界にいざなわれるような空間を」
実感のこもった言葉は、あの夜に自分が体験したからこそだった。
その想いが通じたのか、花穂は見事チェレスタ株式会社に採用された。
希望したクリエイティブ部に配属され、ディスプレイはもちろん照明や装花、装飾など空間設計の全てを手がけている。
4年目に入った今もまだ1人前とは言えないが、6歳先輩の織江について日々勉強を重ねていた。
「今日は新プロジェクトの顔合わせと、大まかなスケジュールの確認ですよね?」
会議室に向かいながら、花穂は隣の織江に声をかける。
「ええ、そうね。と言っても、メンバーは私の同期なの。花穂は初めてかしら」
「はい。お名前は存じ上げてますが、お会いするのは初めてです。えっと、プロデュース部の浅倉さんと、テクニカル部の大森さんですよね?」
「そう。浅倉 大地と大森 弘和。あー、なんかややこしくなる予感がする」
顔をしかめる織江に花穂は首をかしげた。
「ややこしくなるって、どういう意味ですか?」
「んー、花穂にもすぐに分かると思う。とにかく騒々しいのよ、あの二人が顔を合わせると」
「そうなんですか? 私はお二人ともすごい方だとうかがってます。浅倉さんは営業マンとしても契約件数トップで、演出もクライアントから直々に依頼が来るほどなんですよね? 大森さんは照明や映像のセンスが良くて、技術もピカイチだって」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
そう言うと織江はちょっと唇を尖らせる。
髪をアップでまとめ、ノーカラージャケットとタイトスカートのセットアップを着こなした織江は、スラリと背が高くて美しい。
大人っぽい雰囲気で花穂の憧れの存在だが、気取ったところがなく、いつも気さくに話しかけてくれる。
そういう意味でも、花穂は織江のような女性になりたいと思っていた。
(内面の美しさが織江さんの雰囲気にも表れてるよね。ちょっとした仕草とか、思わず目で追っちゃうほど魅力的。それにやっぱりセンスが抜群にいいし。服装とか髪型、メイクやアクセサリーなんかも)
デザイナーは、自身の見た目も含めて腕前を判断されることがある。
この人のセンスに任せてみよう、そう思える説得力が織江には溢れていた。
(私はまだまだだな。雑誌を見て流行りの服やメイクを真似するようにしてるけど、なにが自分に似合うのかも分からないし)
肩下までの髪は緩く巻くのが精いっぱい。
白のプラウスに、フレアスカートもオーソドックスな紺のひざ丈だった。
織江のようにシックで大人っぽい装いは、着こなせそうにない。
しかも織江は、クライアントによって服装を変えている。
ハイブランドのショップはゴージャスに、女性らしいフェミニンな雰囲気のショップには、優しい色合いと柔らかいシルエットの装いで訪問する。
その空間に違和感なく溶け込む織江は、クライアントに求められるデザインを、自分自身にも当てはめているようだった。
(織江さんは私の理想。いつか追いつきたいな)
そう思いながら、胸元に資料を抱えて会議室に入る。
テーブルをセッティングし、プロジェクターを立ち上げたところで、開け放してあったドアから男性が陽気に現れた。
「どうもー! 毎度おおきに大森でーす」
くるくるパーマに赤いフレームの眼鏡をかけた独特な雰囲気の大森に、はあ……と織江が盛大なため息をつく。
「大森、無駄に疲れるからやめて」
「ん? なにを?」
「しゃべるのを」
「またまたー。今日もウィットなジョークが冴えてるね、織江ちゃん」
「だから、しゃべんないでってば」
「えー? それでどうやって仕事するのさ」
「黙って機械いじってて」
「いや、俺、機械オタクじゃないから。可愛い女の子オタク」
織江はもはや、こめかみを押さえて視線をそらす。
「織江ちゃーん、心のシャッター下ろしちゃだめよ。あれ? かわい子ちゃん見ーっけ!」
大森と目が合った花穂は、挨拶しようと口を開いた。
「あの、初めまして。わたくし……」
「いい!大森には名乗らなくていいから」
織江に遮られて、花穂は戸惑う。
「でも……」
「いいのよ、大森に狙われたら大変だもの。見えないフリしてればいいから」
すると大森が割って入った。
「織江。俺、座敷わらしじゃないんだけど」
「そんな可愛いもんじゃないでしょ? 子泣きジジイならまだしも」
「ひっでえなー。個性派アイドル捕まえて、なんてこと言うんだよ」
「はあー? よく恥ずかしげもなく、そんなこと言えるわね」
止まらない二人のやり取りに、どうしようかと思っていると、ふいに入り口からよく響く低い声がした。
「相変わらずうるさいな」
振り返った花穂は、入って来た背の高い男性に驚いて目を見開く。
(この人、もしかしてあの時の?)
忘れもしない4年前の春。
引き寄せられるように魅入っていた銀座のジュエリーショップで、後ろから声をかけられた時のことを思い出した。
今と同じ艶やかな低音ボイスと、モデルのようなスタイルの良さ。
あの時より髪型は少しスッキリと、そして整った顔立ちはより一層キリッと端正になった気がする。
(間違いない、この人だ。私の人生を大きく変えてくれた人)
大げさではなく、花穂は本当にそう思っていた。
再会できたことに感慨深くなり、言葉もなくしばしその男性を見つめる。
(なんて声をかけようか)
そう思いながらドキドキしていたが、やがて、あれ?と違和感を感じた。
「織江、大森、時間の無駄だ。早く打ち合わせ始めろ」
ぶっきらぼうにそう言うと、ドサッと資料をテーブルに置いてから斜めに椅子に腰を下ろし、仏頂面のまま居丈高に両腕を組んだ。
(こんな人だったっけ?)
4年間ずっと花穂の心の中にいたのは、優しく笑いかけてくれるかっこいい憧れの人。
チェレスタに入社できれば、いつかまた会えるかもしれない。
その時は伝えよう。
あなたのおかげで、私は夢を掴めましたと。
そう思っていたのに、いざ本人を目の前にして、花穂の気持ちはしゅるしゅるとしぼんだ。
(美化しすぎちゃってたのかな)
とにかく挨拶しなければと近づく。
「あの、初めまして。クリエイティブ部の青山と申します。どうぞよろしくお願いします」
するとなぜだか、大森が横から手を伸ばして花穂と握手した。
「よろしく! 俺は君のヒーロー、弘和くん。青山なに子ちゃん?」
「はっ!?」
思わず固まっていると、織江がベリッとばかりに大森を引っぺがした。
「大森、セクハラ!」
「どこがだよ? ビジネス上の握手だろ?」
「相手が嫌がったらセクハラなの!」
「嫌がってないよ。な? 青山ちゃん」
その時またしても低い声が響いた。
「いつまで待たせる気だ? 俺の時間を5分奪った」
織江は、やれやれと振り返る。
「5分は大げさよ、大地」
この人がやり手のプロデューサーの浅倉 大地さんか、と花穂は心の中でひとりごつ。
「とにかく早く始めろ」
「分かったわよ。大森は座って。花穂、始めてくれる?」
はい、と織江に答えた声は、大森の「花穂ちゃんかー!」という声にかき消された。
「よろしくねー、花穂ちゃん」
「は、はい。それでは始めさせていただきます」
小さく頭を下げると、花穂はプロジェクターに映し出した画面を見ながら説明を始めた。
「今回ご依頼があったのは、赤坂の名門ホテル セレストの創業50周年記念式典での演出です。場所はホテル セレスト55階のバンケットホール。日時は2ヵ月半後の7月7日、午後7時から。そこから逆算してスケジュールを組みました」
そう言って花穂は、工程を書き加えたカレンダーを映し出す。
「まず、5月15日までには先方から演出のゴーサインをいただけるよう、いくつかの案を提示いたします。そこから準備や作業を開始し、6月末日までに実演で先方のチェックOKをもらい、7月は微調整のみで当日を迎える予定です」
他の3人が黙って画面を見つめているのを確かめると、花穂は次の画面に切り替えた。
「現在、私と織江さんで進めている案はこちらです。テーマは『星の記憶でたどるセレストの50年』。天空という意味合いの『セレスト』からイメージしました。ホテルの歴史を星の輝きと共に振り返ります。空間デザインのポイントとしては、大きく3つ。まずは、壁にゆらぐ布に背面から光を投影させたオーロラ。それからゲストが歩く度に光るマイクロファイバーの絨毯、そして天井全体を使った星空のプロジェクションマッピングです」
すると大地が、花穂と目を合わせて口を開く。
「プロジェクションマッピングの内容は?」
「はい。まずはホールの前方スクリーンに夜空を映し出し、そこにひとつの星が輝きます。それがホテル セレストの誕生。そこからホテルが歩んできた軌跡を、記憶の星として振り返ります。ホテルのチャペルでの結婚式や、レストランでの家族のお祝いの席といったお客様のエピソードを紹介し、その度に星がひとつずつ増え、最後にはホールの天井をドーム状に使って満天の星を投影します。たくさんの思い出が輝き、この先も光は増え続ける、そんな印象に仕上げたいと思っています」
花穂が話し終えても、大地はじっと何かを考えたまま押し黙る。
このアイデアは否定されるのかも、と花穂は不安に駆られた。
簡単にプロジェクションマッピングを投影すると言ってしまったが、実際に映像を作るのは大地で、それを綺麗に映し出すには大森の技術が必要だ。
よく知りもしないで簡単に言うな、と咎められても仕方がない。
花穂は、ちらりと織江に視線を移した。
気づいた織江が、大丈夫というようににっこり笑って頷く。
今回織江は、最初から花穂が一人でやってみてと言い、あくまで自分は相談役に徹していた。
これでどうでしょうかと企画書を見せると、いいじゃない!と言ってくれたが、やはりそれは身内目線だったからなのか。
大地と大森の賛同が得られなければ、1からアイデアを練り直さなければならない。
それを覚悟して、花穂が小さく肩を落とした時だった。
「分かった、これでいこう」
大地の声がして、花穂はハッと顔を上げる。
「よろしいのでしょうか?」
「ああ。先方に話して資料をもらい、すぐに着手する。大森、投影に際しての注文はないな?」
大森は頭の後ろで両手を組み、背もたれに身を預けながら軽く答えた。
「はいよー。なんでも来ーい」
「よし。次回はこのメンバーで実際のホールに下見に行く。先方と相談して、日程が決まり次第報告する。以上だ」
そう言うと大地は資料を手に立ち上がり、スタスタと部屋を出て行く。
花穂はポカンとしながらその後ろ姿を見送った。
先輩デザイナーの川島 織江に言われて、花穂は顔を上げる。
「はい、今行きます」
タブレットや資料をまとめると立ち上がり、織江と肩を並べてオフィスを出た。
4年前、あの銀座の夜の翌日。
海外の有名ジュエリーブランドが日本に直営店第一号をオープンさせた記念セレモニーの様子を、花穂はニュースで見ていた。
あの時心奪われた店内の空間デザインがテレビに映し出され、花穂は身を乗り出して食い入るように見つめる。
(やっぱり素敵。まるでどこかの宮殿みたいな雰囲気。ジュエリーがすごく引き立ってるし、私も思わず憧れて欲しくなっちゃう)
こんなふうに空間をデザインし、頭の中にイメージした世界を創り出せたらどんなにいいだろう。
花穂はそう思い、このジュエリーショップを手がけたデザイン会社を調べてみた。
(やっぱりチェレスタか……)
チェレスタ株式会社は、デザイン企画会社としては国内最大手。
百貨店のシーズンごとのウインドディスプレイから、大型ショッピングモールやラグジュアリーホテルのイベント、有名企業のショーや新作マスコミ発表会なども手がけている。
就職活動中の花穂はもちろんこの会社に憧れていたが、どうせ不採用になるだろうと諦めていた。
(でもチャレンジしてみよう。私も最高の舞台で、あんなふうに自分の世界観を実際に形にしてみたい)
夕べ目の当たりにした、確かにそこに広がる別世界のような空間。
漠然としていた自分の夢も現実のものとなり、目指すべき道が拓かれた気がした。
(どうしてもチェレスタに入りたい)
日に日にその想いが強くなる。
みなぎる力のままに何枚もデザイン画を描き起こし、履歴書と共に送った。
無事に書類審査を通過し、本社での二次試験に進む。
あの日に撮影した店内のデザイン写真をお守りのように何度も見返し、勇気をもらった。
面接では、思いの丈を全てぶつけて本心で訴える。
「御社の社名でもあるチェレスタは、まるで魔法をかけるような音色を持つ楽器です。私もそんなふうに、空間にデザインという魔法をかけたいと思っています。ひと目見た瞬間に心を奪われ、別世界にいざなわれるような空間を」
実感のこもった言葉は、あの夜に自分が体験したからこそだった。
その想いが通じたのか、花穂は見事チェレスタ株式会社に採用された。
希望したクリエイティブ部に配属され、ディスプレイはもちろん照明や装花、装飾など空間設計の全てを手がけている。
4年目に入った今もまだ1人前とは言えないが、6歳先輩の織江について日々勉強を重ねていた。
「今日は新プロジェクトの顔合わせと、大まかなスケジュールの確認ですよね?」
会議室に向かいながら、花穂は隣の織江に声をかける。
「ええ、そうね。と言っても、メンバーは私の同期なの。花穂は初めてかしら」
「はい。お名前は存じ上げてますが、お会いするのは初めてです。えっと、プロデュース部の浅倉さんと、テクニカル部の大森さんですよね?」
「そう。浅倉 大地と大森 弘和。あー、なんかややこしくなる予感がする」
顔をしかめる織江に花穂は首をかしげた。
「ややこしくなるって、どういう意味ですか?」
「んー、花穂にもすぐに分かると思う。とにかく騒々しいのよ、あの二人が顔を合わせると」
「そうなんですか? 私はお二人ともすごい方だとうかがってます。浅倉さんは営業マンとしても契約件数トップで、演出もクライアントから直々に依頼が来るほどなんですよね? 大森さんは照明や映像のセンスが良くて、技術もピカイチだって」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
そう言うと織江はちょっと唇を尖らせる。
髪をアップでまとめ、ノーカラージャケットとタイトスカートのセットアップを着こなした織江は、スラリと背が高くて美しい。
大人っぽい雰囲気で花穂の憧れの存在だが、気取ったところがなく、いつも気さくに話しかけてくれる。
そういう意味でも、花穂は織江のような女性になりたいと思っていた。
(内面の美しさが織江さんの雰囲気にも表れてるよね。ちょっとした仕草とか、思わず目で追っちゃうほど魅力的。それにやっぱりセンスが抜群にいいし。服装とか髪型、メイクやアクセサリーなんかも)
デザイナーは、自身の見た目も含めて腕前を判断されることがある。
この人のセンスに任せてみよう、そう思える説得力が織江には溢れていた。
(私はまだまだだな。雑誌を見て流行りの服やメイクを真似するようにしてるけど、なにが自分に似合うのかも分からないし)
肩下までの髪は緩く巻くのが精いっぱい。
白のプラウスに、フレアスカートもオーソドックスな紺のひざ丈だった。
織江のようにシックで大人っぽい装いは、着こなせそうにない。
しかも織江は、クライアントによって服装を変えている。
ハイブランドのショップはゴージャスに、女性らしいフェミニンな雰囲気のショップには、優しい色合いと柔らかいシルエットの装いで訪問する。
その空間に違和感なく溶け込む織江は、クライアントに求められるデザインを、自分自身にも当てはめているようだった。
(織江さんは私の理想。いつか追いつきたいな)
そう思いながら、胸元に資料を抱えて会議室に入る。
テーブルをセッティングし、プロジェクターを立ち上げたところで、開け放してあったドアから男性が陽気に現れた。
「どうもー! 毎度おおきに大森でーす」
くるくるパーマに赤いフレームの眼鏡をかけた独特な雰囲気の大森に、はあ……と織江が盛大なため息をつく。
「大森、無駄に疲れるからやめて」
「ん? なにを?」
「しゃべるのを」
「またまたー。今日もウィットなジョークが冴えてるね、織江ちゃん」
「だから、しゃべんないでってば」
「えー? それでどうやって仕事するのさ」
「黙って機械いじってて」
「いや、俺、機械オタクじゃないから。可愛い女の子オタク」
織江はもはや、こめかみを押さえて視線をそらす。
「織江ちゃーん、心のシャッター下ろしちゃだめよ。あれ? かわい子ちゃん見ーっけ!」
大森と目が合った花穂は、挨拶しようと口を開いた。
「あの、初めまして。わたくし……」
「いい!大森には名乗らなくていいから」
織江に遮られて、花穂は戸惑う。
「でも……」
「いいのよ、大森に狙われたら大変だもの。見えないフリしてればいいから」
すると大森が割って入った。
「織江。俺、座敷わらしじゃないんだけど」
「そんな可愛いもんじゃないでしょ? 子泣きジジイならまだしも」
「ひっでえなー。個性派アイドル捕まえて、なんてこと言うんだよ」
「はあー? よく恥ずかしげもなく、そんなこと言えるわね」
止まらない二人のやり取りに、どうしようかと思っていると、ふいに入り口からよく響く低い声がした。
「相変わらずうるさいな」
振り返った花穂は、入って来た背の高い男性に驚いて目を見開く。
(この人、もしかしてあの時の?)
忘れもしない4年前の春。
引き寄せられるように魅入っていた銀座のジュエリーショップで、後ろから声をかけられた時のことを思い出した。
今と同じ艶やかな低音ボイスと、モデルのようなスタイルの良さ。
あの時より髪型は少しスッキリと、そして整った顔立ちはより一層キリッと端正になった気がする。
(間違いない、この人だ。私の人生を大きく変えてくれた人)
大げさではなく、花穂は本当にそう思っていた。
再会できたことに感慨深くなり、言葉もなくしばしその男性を見つめる。
(なんて声をかけようか)
そう思いながらドキドキしていたが、やがて、あれ?と違和感を感じた。
「織江、大森、時間の無駄だ。早く打ち合わせ始めろ」
ぶっきらぼうにそう言うと、ドサッと資料をテーブルに置いてから斜めに椅子に腰を下ろし、仏頂面のまま居丈高に両腕を組んだ。
(こんな人だったっけ?)
4年間ずっと花穂の心の中にいたのは、優しく笑いかけてくれるかっこいい憧れの人。
チェレスタに入社できれば、いつかまた会えるかもしれない。
その時は伝えよう。
あなたのおかげで、私は夢を掴めましたと。
そう思っていたのに、いざ本人を目の前にして、花穂の気持ちはしゅるしゅるとしぼんだ。
(美化しすぎちゃってたのかな)
とにかく挨拶しなければと近づく。
「あの、初めまして。クリエイティブ部の青山と申します。どうぞよろしくお願いします」
するとなぜだか、大森が横から手を伸ばして花穂と握手した。
「よろしく! 俺は君のヒーロー、弘和くん。青山なに子ちゃん?」
「はっ!?」
思わず固まっていると、織江がベリッとばかりに大森を引っぺがした。
「大森、セクハラ!」
「どこがだよ? ビジネス上の握手だろ?」
「相手が嫌がったらセクハラなの!」
「嫌がってないよ。な? 青山ちゃん」
その時またしても低い声が響いた。
「いつまで待たせる気だ? 俺の時間を5分奪った」
織江は、やれやれと振り返る。
「5分は大げさよ、大地」
この人がやり手のプロデューサーの浅倉 大地さんか、と花穂は心の中でひとりごつ。
「とにかく早く始めろ」
「分かったわよ。大森は座って。花穂、始めてくれる?」
はい、と織江に答えた声は、大森の「花穂ちゃんかー!」という声にかき消された。
「よろしくねー、花穂ちゃん」
「は、はい。それでは始めさせていただきます」
小さく頭を下げると、花穂はプロジェクターに映し出した画面を見ながら説明を始めた。
「今回ご依頼があったのは、赤坂の名門ホテル セレストの創業50周年記念式典での演出です。場所はホテル セレスト55階のバンケットホール。日時は2ヵ月半後の7月7日、午後7時から。そこから逆算してスケジュールを組みました」
そう言って花穂は、工程を書き加えたカレンダーを映し出す。
「まず、5月15日までには先方から演出のゴーサインをいただけるよう、いくつかの案を提示いたします。そこから準備や作業を開始し、6月末日までに実演で先方のチェックOKをもらい、7月は微調整のみで当日を迎える予定です」
他の3人が黙って画面を見つめているのを確かめると、花穂は次の画面に切り替えた。
「現在、私と織江さんで進めている案はこちらです。テーマは『星の記憶でたどるセレストの50年』。天空という意味合いの『セレスト』からイメージしました。ホテルの歴史を星の輝きと共に振り返ります。空間デザインのポイントとしては、大きく3つ。まずは、壁にゆらぐ布に背面から光を投影させたオーロラ。それからゲストが歩く度に光るマイクロファイバーの絨毯、そして天井全体を使った星空のプロジェクションマッピングです」
すると大地が、花穂と目を合わせて口を開く。
「プロジェクションマッピングの内容は?」
「はい。まずはホールの前方スクリーンに夜空を映し出し、そこにひとつの星が輝きます。それがホテル セレストの誕生。そこからホテルが歩んできた軌跡を、記憶の星として振り返ります。ホテルのチャペルでの結婚式や、レストランでの家族のお祝いの席といったお客様のエピソードを紹介し、その度に星がひとつずつ増え、最後にはホールの天井をドーム状に使って満天の星を投影します。たくさんの思い出が輝き、この先も光は増え続ける、そんな印象に仕上げたいと思っています」
花穂が話し終えても、大地はじっと何かを考えたまま押し黙る。
このアイデアは否定されるのかも、と花穂は不安に駆られた。
簡単にプロジェクションマッピングを投影すると言ってしまったが、実際に映像を作るのは大地で、それを綺麗に映し出すには大森の技術が必要だ。
よく知りもしないで簡単に言うな、と咎められても仕方がない。
花穂は、ちらりと織江に視線を移した。
気づいた織江が、大丈夫というようににっこり笑って頷く。
今回織江は、最初から花穂が一人でやってみてと言い、あくまで自分は相談役に徹していた。
これでどうでしょうかと企画書を見せると、いいじゃない!と言ってくれたが、やはりそれは身内目線だったからなのか。
大地と大森の賛同が得られなければ、1からアイデアを練り直さなければならない。
それを覚悟して、花穂が小さく肩を落とした時だった。
「分かった、これでいこう」
大地の声がして、花穂はハッと顔を上げる。
「よろしいのでしょうか?」
「ああ。先方に話して資料をもらい、すぐに着手する。大森、投影に際しての注文はないな?」
大森は頭の後ろで両手を組み、背もたれに身を預けながら軽く答えた。
「はいよー。なんでも来ーい」
「よし。次回はこのメンバーで実際のホールに下見に行く。先方と相談して、日程が決まり次第報告する。以上だ」
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