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第4話:インチキ整体院(効果はガチ)、開業す
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「ふう、生き返ったねえ」
私たちは、繁華街にある激安牛丼チェーン店にいた。 テーブルの上には、空になった牛丼(大盛り)のどんぶりが三つ並んでいる。 チンピラたちから巻き上げた「慰謝料」は、三人分の腹を満たすには十分な額だった。久しぶりに米を腹いっぱい食った私の胃袋が、感動で打ち震えている。
「……で、これからどうすんのよ、社長さん」
リオが爪楊枝でシーシーやりながら(おっさん臭いねえ)、私を睨んだ。
「腹は膨れた。手駒は揃った。次は、いよいよ商売を始めるのさ」
私は店の紙ナプキンに、ボールペンでさらさらと計画を書きなぐった。
「私たちが売るのは、これだ。『奇跡の整体』」
「……整体?」
善さんが、空のどんぶりを見つめたまま間の抜けた声を出す。
「そうさ。現代人はみんな疲れている。肩こり、腰痛、眼精疲労、ストレス……。病院に行くほどじゃないが、辛い。そんな連中が、ごまんといるんだよ」
私は自分の肩をトントンと叩いた。
「私の魔法なら、そんなの一発で治せる。しかも、ただ治すだけじゃない。活力がみなぎり、若返ったような気分にさせてやることもできる」
「なるほどな。あんたのバフ能力を、マッサージと偽って売るってわけか。悪くない商売だ」
リオがニヤリと笑った。さすが、飲み込みが早い。
「だが、問題がある。私は中学生だ。こんなガキが『整体師です』なんて言っても、誰も信用しない。そこでだ」
私はビシッと善さんを指差した。
「善さん、あんたがやるんだよ。伝説の整体師を」
「へ、へええっ!? 俺がですか!? 無理ですよ! マッサージなんて、肩もみ券でお袋の肩を揉んだくらいしか経験ないのに!」
善さんが両手を振って拒否する。
「大丈夫、あんたはただ、客の体を適当にさすってりゃいい。治療は私が、裏からこっそりやる」
「そ、そんなインチキ……」
「インチキじゃないよ。結果として客は健康になるんだ。これは立派な『人助け』さ。そうだろう?」
私はウィンクしてみせた。 善さんは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。根が真面目なだけに、「人助け」という言葉には弱いらしい。
「……分かった。やるよ。社長がそう言うなら、俺は『ゴッドハンド板東』になる!」
「よし、その意気だ。リオは受付と、万が一の時のガードマンを頼むよ」
「はいはい。雇われの身だしね。で、場所はどうすんの? 店舗なんて借りる金ないでしょ」
リオの指摘はもっともだ。 私は少し考えてから、善さんの方を向いた。
「善さん。あんたのアパート、今どうなってる?」
***
善さんの住むアパートは、都心から電車で一時間かかる、築四十年の木造ボロアパートだった。 六畳一間、風呂なし、トイレ共同。壁は薄く、隣人の咳払いが丸聞こえだ。
「……ここを、整体院にするのか?」
リオが、カビ臭い畳を見下ろしながら顔をしかめた。部屋の中には、引っ越しの準備をしたまま放置されたダンボールが積み上げられている。
「文句言うんじゃないよ。雨風しのげるだけマシさ。それに、この『隠れ家感』が、逆に怪しさを醸し出して良いじゃないか」
私はポジティブに捉えることにした。 私たちは早速、部屋の片付けに取り掛かった。ダンボールを押し入れに突っ込み、万年床になっていた布団を畳む。 百円ショップで買ってきた白いシーツを布団の上に敷けば、簡易施術台の完成だ。
「よし、形にはなったね。あとは客だ」
私はダンボールの切れ端に、マジックで大きく文字を書いた。
【奇跡の整体院『コガネ』 ~あなたの疲れ、一瞬で癒やします~】 【初回限定:500円(ワンコイン!)】
「……胡散臭さ満点だな」
リオが呆れたように言う。
「いいんだよ。最初はこれくらいインパクトがなきゃね。善さん、これを駅前に貼ってきておくれ」
「は、はい!」
善さんが張り切って出て行った。
――数時間後。
「……誰も来ねえな」
リオが畳の上でゴロゴロしながら、あくびをした。 時刻は午後八時を回っていた。アパートの前を通る人の気配はあるが、誰もこの怪しい部屋に入ってこようとはしない。
「まあ、最初はこんなもんさ。信用がないからね」
私は想定内だと言わんばかりに、お茶(水道水)をすすった。 善さんは「俺の貼り方が悪かったのかな……」と、早くもネガティブモードに入りかけている。
その時だった。 コンコン、と遠慮がちなノックの音がした。
三人の視線が、玄関のドアに集中する。 来た! 最初のカモ……いや、お客様だ!
「は、はい! どうぞ!」
善さんが裏返った声で応対する。 ドアがゆっくりと開き、一人の男が顔を覗かせた。
「あの……ここ、整体院で合ってる?」
入ってきたのは、五十代くらいの、小太りで脂ぎった男だった。 高級そうなスーツを着ているが、サイズが合っていないのかパツパツだ。顔色は悪く、常にしかめっ面をしている。
善さんの顔が、引きつった。
「ぶ、部長……?」
「ん? お前……板東か? なんでここにいる」
どうやら、まさかの知り合いらしい。 善さんが小声で私に耳打ちした。
「社長……こいつ、俺をリストラした張本人の、パワハラ部長です……!」
(……ほう、面白いことになったじゃないか)
私は心の中でニヤリと笑った。 これは、神様がくれたチャンスだ。この男を最初の成功例(テストケース)にしてやる。
「あ、あの、実は再就職までの繋ぎで、知り合いの整体院を手伝ってまして……」
善さんがしどろもどろに言い訳をする。
部長は鼻を鳴らした。
「フン、落ちぶれたもんだな。まあいい、駅前の看板を見たんだ。最近、腰が痛くてな。五百円なら試してやってもいいぞ。ただし、下手くそだったら金は払わんからな」
偉そうな態度だ。こいつ、絶対に性格が悪い。 善さんが助けを求めるように私を見た。 私は「やれ」と目で合図を送った。
「……わ、分かりました。では、そちらにうつ伏せになってください」
部長が、よっこらしょとシーツの上に横たわる。 善さんが恐る恐る、部長の背中に手を置いた。
「……板東ォ、力加減には気をつけろよ。俺の体はデリケートなんだ」
「は、はい……」
善さんが、ぎこちない手つきで部長の肩を揉み始めた。 完全にド素人の手つきだ。あれじゃあ、余計に凝りが酷くなるだけだろう。
「痛っ! おい、そこじゃない! 下手くそ!」
早速、部長の罵声が飛ぶ。 善さんが萎縮して、手が止まってしまう。
(……まったく、しょうがないねえ)
私はため息をつき、そっと立ち上がった。 リオが興味深そうに見ている前で、私は音もなく部長の枕元に近づいた。
私は、部長の頭の上に、そっと手をかざした。 善さんの体を通して魔法をかけるのは少しコツがいるが、直接なら簡単だ。
意識を集中する。部長の体の中の「不調」の根源を探る。 ……うわあ、ひどいねえ。 腰の骨が歪んでいるし、筋肉はカチコチ。肝臓も弱っているし、ストレスで胃に穴が開きかけている。典型的な、不摂生な中年男の体だ。
(まあ、初回サービスだ。大盤振る舞いといこうかね)
私は体内の魔力を練り上げた。
(――【上級回復(ハイ・ヒール)】、――【肉体活性(ボディ・リフレッシュ)】、――【ストレス消去(クリア・マインド)】!)
私の手のひらから、強烈な癒やしの光が放たれた。 光は部長の頭から体全体へと染み渡っていく。
ビクゥッ!!
部長の体が、魚のように跳ねた。
「――あ、ああっ!? な、なんだこれはぁぁぁっ!?」
部長が奇声を上げた。 当然だ。長年蓄積された体の痛みが、一瞬にして消え去り、代わりに温泉に浸かったような極上の心地よさと、十代の頃のような活力が全身を駆け巡っているのだから。
「板東! き、貴様、何をした!? 体が……体が燃えるように熱い! なのに、痛みが……腰の痛みが、消えていくぅぅぅ!」
善さんは、自分の手が何かすごいことをしたのかと勘違いして、ポカンとしている。
私は魔法をかけ終えると、素知らぬ顔で元の位置に戻った。
「……ふぅ、施術終了です」
善さんが、恐る恐る手を離した。
部長は、しばらくシーツの上でプルプルと震えていたが、やがてガバッと起き上がった。
「す、すごい……! 信じられん!」
部長は立ち上がり、腰をひねったり、屈伸をしたりしてみせた。
「痛くない! 全然痛くないぞ! それどころか、体が羽のように軽い! まるで憑き物が落ちたようだ!」
部長の顔から、先ほどまでの不機嫌そうなシワが消え、ツヤツヤとした血色が戻っている。
「板東ォ! お前、こんな才能があったのか!?」
部長が、目を輝かせて善さんの両手を握りしめた。
「え? あ、いや、その……はい、まあ……」
「いやあ、見直したぞ! まさかお前が『ゴッドハンド』だったとはな! 今までの非礼、詫びるぞ!」
現金なもんだ。さっきまで「落ちぶれた」とか言ってたくせに。
部長は懐から分厚い財布を取り出すと、一万円札を二枚、パッと善さんに握らせた。
「これ、取っとけ! お釣りはいらん! いやあ、素晴らしい! 明日、取引先の社長も連れてくるからな! 予約しといてくれ!」
部長は上機嫌で、鼻歌交じりにアパートを出て行った。
部屋に残されたのは、呆然とする善さんと、二万円を握りしめたまま固まっている手。 そして、ニヤニヤが止まらない私と、呆れ顔のリオ。
「……社長。これ、夢じゃないですよね?」
善さんが、震える声で言った。
「現実さ。ほら、その二万円が証拠だよ」
私は善さんの手から一万円札を一枚抜き取り、ピラピラと振ってみせた。
「初日の売り上げにしては、上出来じゃないか。言っただろう? 稼げるって」
「す、すげえ……! あんた、本当に何者なんだ……?」
リオが、本気で少し引いている。
私は五百円玉を一枚取り出し、貯金箱代わりの空き缶にチャリンと入れた。
「ただの、通りすがりの親切な女子中学生さ。さあ、忙しくなるよ。明日はもっと稼ぐからね!」
この日、ボロアパートの一室で産声を上げた怪しい整体院は、後に政財界の大物までがお忍びで通うことになる伝説の始まりの場所となるのだが――それはまだ、少し先の話である。
私たちは、繁華街にある激安牛丼チェーン店にいた。 テーブルの上には、空になった牛丼(大盛り)のどんぶりが三つ並んでいる。 チンピラたちから巻き上げた「慰謝料」は、三人分の腹を満たすには十分な額だった。久しぶりに米を腹いっぱい食った私の胃袋が、感動で打ち震えている。
「……で、これからどうすんのよ、社長さん」
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「腹は膨れた。手駒は揃った。次は、いよいよ商売を始めるのさ」
私は店の紙ナプキンに、ボールペンでさらさらと計画を書きなぐった。
「私たちが売るのは、これだ。『奇跡の整体』」
「……整体?」
善さんが、空のどんぶりを見つめたまま間の抜けた声を出す。
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「善さん、あんたがやるんだよ。伝説の整体師を」
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善さんが両手を振って拒否する。
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「そ、そんなインチキ……」
「インチキじゃないよ。結果として客は健康になるんだ。これは立派な『人助け』さ。そうだろう?」
私はウィンクしてみせた。 善さんは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。根が真面目なだけに、「人助け」という言葉には弱いらしい。
「……分かった。やるよ。社長がそう言うなら、俺は『ゴッドハンド板東』になる!」
「よし、その意気だ。リオは受付と、万が一の時のガードマンを頼むよ」
「はいはい。雇われの身だしね。で、場所はどうすんの? 店舗なんて借りる金ないでしょ」
リオの指摘はもっともだ。 私は少し考えてから、善さんの方を向いた。
「善さん。あんたのアパート、今どうなってる?」
***
善さんの住むアパートは、都心から電車で一時間かかる、築四十年の木造ボロアパートだった。 六畳一間、風呂なし、トイレ共同。壁は薄く、隣人の咳払いが丸聞こえだ。
「……ここを、整体院にするのか?」
リオが、カビ臭い畳を見下ろしながら顔をしかめた。部屋の中には、引っ越しの準備をしたまま放置されたダンボールが積み上げられている。
「文句言うんじゃないよ。雨風しのげるだけマシさ。それに、この『隠れ家感』が、逆に怪しさを醸し出して良いじゃないか」
私はポジティブに捉えることにした。 私たちは早速、部屋の片付けに取り掛かった。ダンボールを押し入れに突っ込み、万年床になっていた布団を畳む。 百円ショップで買ってきた白いシーツを布団の上に敷けば、簡易施術台の完成だ。
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「まあ、最初はこんなもんさ。信用がないからね」
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善さんが裏返った声で応対する。 ドアがゆっくりと開き、一人の男が顔を覗かせた。
「あの……ここ、整体院で合ってる?」
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善さんの顔が、引きつった。
「ぶ、部長……?」
「ん? お前……板東か? なんでここにいる」
どうやら、まさかの知り合いらしい。 善さんが小声で私に耳打ちした。
「社長……こいつ、俺をリストラした張本人の、パワハラ部長です……!」
(……ほう、面白いことになったじゃないか)
私は心の中でニヤリと笑った。 これは、神様がくれたチャンスだ。この男を最初の成功例(テストケース)にしてやる。
「あ、あの、実は再就職までの繋ぎで、知り合いの整体院を手伝ってまして……」
善さんがしどろもどろに言い訳をする。
部長は鼻を鳴らした。
「フン、落ちぶれたもんだな。まあいい、駅前の看板を見たんだ。最近、腰が痛くてな。五百円なら試してやってもいいぞ。ただし、下手くそだったら金は払わんからな」
偉そうな態度だ。こいつ、絶対に性格が悪い。 善さんが助けを求めるように私を見た。 私は「やれ」と目で合図を送った。
「……わ、分かりました。では、そちらにうつ伏せになってください」
部長が、よっこらしょとシーツの上に横たわる。 善さんが恐る恐る、部長の背中に手を置いた。
「……板東ォ、力加減には気をつけろよ。俺の体はデリケートなんだ」
「は、はい……」
善さんが、ぎこちない手つきで部長の肩を揉み始めた。 完全にド素人の手つきだ。あれじゃあ、余計に凝りが酷くなるだけだろう。
「痛っ! おい、そこじゃない! 下手くそ!」
早速、部長の罵声が飛ぶ。 善さんが萎縮して、手が止まってしまう。
(……まったく、しょうがないねえ)
私はため息をつき、そっと立ち上がった。 リオが興味深そうに見ている前で、私は音もなく部長の枕元に近づいた。
私は、部長の頭の上に、そっと手をかざした。 善さんの体を通して魔法をかけるのは少しコツがいるが、直接なら簡単だ。
意識を集中する。部長の体の中の「不調」の根源を探る。 ……うわあ、ひどいねえ。 腰の骨が歪んでいるし、筋肉はカチコチ。肝臓も弱っているし、ストレスで胃に穴が開きかけている。典型的な、不摂生な中年男の体だ。
(まあ、初回サービスだ。大盤振る舞いといこうかね)
私は体内の魔力を練り上げた。
(――【上級回復(ハイ・ヒール)】、――【肉体活性(ボディ・リフレッシュ)】、――【ストレス消去(クリア・マインド)】!)
私の手のひらから、強烈な癒やしの光が放たれた。 光は部長の頭から体全体へと染み渡っていく。
ビクゥッ!!
部長の体が、魚のように跳ねた。
「――あ、ああっ!? な、なんだこれはぁぁぁっ!?」
部長が奇声を上げた。 当然だ。長年蓄積された体の痛みが、一瞬にして消え去り、代わりに温泉に浸かったような極上の心地よさと、十代の頃のような活力が全身を駆け巡っているのだから。
「板東! き、貴様、何をした!? 体が……体が燃えるように熱い! なのに、痛みが……腰の痛みが、消えていくぅぅぅ!」
善さんは、自分の手が何かすごいことをしたのかと勘違いして、ポカンとしている。
私は魔法をかけ終えると、素知らぬ顔で元の位置に戻った。
「……ふぅ、施術終了です」
善さんが、恐る恐る手を離した。
部長は、しばらくシーツの上でプルプルと震えていたが、やがてガバッと起き上がった。
「す、すごい……! 信じられん!」
部長は立ち上がり、腰をひねったり、屈伸をしたりしてみせた。
「痛くない! 全然痛くないぞ! それどころか、体が羽のように軽い! まるで憑き物が落ちたようだ!」
部長の顔から、先ほどまでの不機嫌そうなシワが消え、ツヤツヤとした血色が戻っている。
「板東ォ! お前、こんな才能があったのか!?」
部長が、目を輝かせて善さんの両手を握りしめた。
「え? あ、いや、その……はい、まあ……」
「いやあ、見直したぞ! まさかお前が『ゴッドハンド』だったとはな! 今までの非礼、詫びるぞ!」
現金なもんだ。さっきまで「落ちぶれた」とか言ってたくせに。
部長は懐から分厚い財布を取り出すと、一万円札を二枚、パッと善さんに握らせた。
「これ、取っとけ! お釣りはいらん! いやあ、素晴らしい! 明日、取引先の社長も連れてくるからな! 予約しといてくれ!」
部長は上機嫌で、鼻歌交じりにアパートを出て行った。
部屋に残されたのは、呆然とする善さんと、二万円を握りしめたまま固まっている手。 そして、ニヤニヤが止まらない私と、呆れ顔のリオ。
「……社長。これ、夢じゃないですよね?」
善さんが、震える声で言った。
「現実さ。ほら、その二万円が証拠だよ」
私は善さんの手から一万円札を一枚抜き取り、ピラピラと振ってみせた。
「初日の売り上げにしては、上出来じゃないか。言っただろう? 稼げるって」
「す、すげえ……! あんた、本当に何者なんだ……?」
リオが、本気で少し引いている。
私は五百円玉を一枚取り出し、貯金箱代わりの空き缶にチャリンと入れた。
「ただの、通りすがりの親切な女子中学生さ。さあ、忙しくなるよ。明日はもっと稼ぐからね!」
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