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三皿目 ろくろ首の母娘と水羊羹
その8 清美の家へ
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「清美さんの家は、あそこだね。それじゃあ、ここら辺で停車しよう」
蘭丸は少し離れたあぜ道の路肩に幅寄せする。細い水路の溝が走り、その向こうは空き地だ。
「もう少し端っこのほうへ……」
車をバックさせようとして、蘭丸がハンドルを反対に切ってしまった。
「わぁっ」
「きゃあっ」
急ブレーキをかけたが、ドスン、ガタンと車の後輪が溝へ落ちてしまった。
「菜々美ちゃん、大丈夫かい?」
「はい、蘭丸さんは?」
「僕は平気だ。でも……まったな。後ろタイヤが溝に落ちちゃった、ちょっと待ってて」
驚いたが、菜々美も蘭丸も怪我がなくてほっとする。蘭丸は落輪した側にジャッキをセットした。
「私が後ろから押します」
車から下りた菜々美が後ろから押し、蘭丸がアクセルを思い切り踏む。しかし、タイヤが空回りした。
「そうだ、絵具をセットする下敷き用の板がある。これを使おう」
トランクルームから木製の板を取り出し、蘭丸と菜々美は、「一、二の三」でタイヤを持ち上げ、タイヤの下に板をかませた。
再度蘭丸がアクセルを踏み、菜々美が後ろから押して、ようやく路面に復帰させることができた。
「ありがとう、菜々美ちゃんが力持ちで助かったよ」
「いいえ、それほどでもないです。私は蘭丸さんがジャッキをセットできたことに驚きました」
お互いに褒めているんだか、よくわからないけれど、労をねぎらい合っていると、この騒動に気づいた清美とアカリが近づいてきた。
「まあ、お二人は甘味堂の方じゃありませんか。どうしてここへ?」
「あ……えっと……」
「あたしの後をつけて、ここまで来られたんですか? なぜ……?」
清美は警戒するように表情を強張らせている。菜々美はあわてた。
「あ、あの……そうだ、うちの店長からこれを……『水羊羹』です。特別にサービスデーでして、お渡ししてくるようにと。それで急いで後を追ってきました」
「まあ! 水羊羹をサービスしてくれるなんて、ありがとうございます」
清美はうれしそうに目元を緩め、水羊羹を受け取った。
「せっかくですし、よかったらお茶でも飲んでいかれますか? 今お客が来ていますが、よかったら」
「間宮さんが来ているのよ」
アカリが無邪気な笑みを浮かべて教えてくれた。どうやら清美の恋人が部屋に来ているらしい。菜々美と蘭丸は顔を見合わせ、頷いた。
「それでは、すみませんが、少しだけお邪魔させてもらいます」
「どうぞ、うちは借家なんです。古いけれど、よかったら」
清美の家にお邪魔すると、居間は十二畳と広い和室で、ちゃぶ台に肘をついて、半袖シャツとチノパンというカジュアルな服装の男性が座っていた。
ウエーブのかかった茶色の髪に、耳にはピアスがいくつも開いているし、暑いのに首にはじゃらじゃらとネックレスが下がって、どこから見てもチャラ男のような印象を受けた。
「やあ、おかえり。あれ、お客さん?」
「はじめまして。僕たちは『甘味堂夕さり』のスタッフです」
「ああ、あの美味しいと評判の狭間にある和菓子店の……。どうも。僕は川男のあやかしで、間宮リュウスケといいます。清美チャンと一応、お付き合いしています」
やはり彼が母親の恋人らしい。川男は、『和訓栞』に川の畔に出没するあやかしとして記述されている。
「僕は無職なんです。仕事がなかなか見つからなくて、清美チャンにご飯を食べさせてもらって、助かってます」
あははとチャラ男は明るく笑った。垂れ目が笑うとさらに垂れて、人懐っこい笑顔になる。
蘭丸は少し離れたあぜ道の路肩に幅寄せする。細い水路の溝が走り、その向こうは空き地だ。
「もう少し端っこのほうへ……」
車をバックさせようとして、蘭丸がハンドルを反対に切ってしまった。
「わぁっ」
「きゃあっ」
急ブレーキをかけたが、ドスン、ガタンと車の後輪が溝へ落ちてしまった。
「菜々美ちゃん、大丈夫かい?」
「はい、蘭丸さんは?」
「僕は平気だ。でも……まったな。後ろタイヤが溝に落ちちゃった、ちょっと待ってて」
驚いたが、菜々美も蘭丸も怪我がなくてほっとする。蘭丸は落輪した側にジャッキをセットした。
「私が後ろから押します」
車から下りた菜々美が後ろから押し、蘭丸がアクセルを思い切り踏む。しかし、タイヤが空回りした。
「そうだ、絵具をセットする下敷き用の板がある。これを使おう」
トランクルームから木製の板を取り出し、蘭丸と菜々美は、「一、二の三」でタイヤを持ち上げ、タイヤの下に板をかませた。
再度蘭丸がアクセルを踏み、菜々美が後ろから押して、ようやく路面に復帰させることができた。
「ありがとう、菜々美ちゃんが力持ちで助かったよ」
「いいえ、それほどでもないです。私は蘭丸さんがジャッキをセットできたことに驚きました」
お互いに褒めているんだか、よくわからないけれど、労をねぎらい合っていると、この騒動に気づいた清美とアカリが近づいてきた。
「まあ、お二人は甘味堂の方じゃありませんか。どうしてここへ?」
「あ……えっと……」
「あたしの後をつけて、ここまで来られたんですか? なぜ……?」
清美は警戒するように表情を強張らせている。菜々美はあわてた。
「あ、あの……そうだ、うちの店長からこれを……『水羊羹』です。特別にサービスデーでして、お渡ししてくるようにと。それで急いで後を追ってきました」
「まあ! 水羊羹をサービスしてくれるなんて、ありがとうございます」
清美はうれしそうに目元を緩め、水羊羹を受け取った。
「せっかくですし、よかったらお茶でも飲んでいかれますか? 今お客が来ていますが、よかったら」
「間宮さんが来ているのよ」
アカリが無邪気な笑みを浮かべて教えてくれた。どうやら清美の恋人が部屋に来ているらしい。菜々美と蘭丸は顔を見合わせ、頷いた。
「それでは、すみませんが、少しだけお邪魔させてもらいます」
「どうぞ、うちは借家なんです。古いけれど、よかったら」
清美の家にお邪魔すると、居間は十二畳と広い和室で、ちゃぶ台に肘をついて、半袖シャツとチノパンというカジュアルな服装の男性が座っていた。
ウエーブのかかった茶色の髪に、耳にはピアスがいくつも開いているし、暑いのに首にはじゃらじゃらとネックレスが下がって、どこから見てもチャラ男のような印象を受けた。
「やあ、おかえり。あれ、お客さん?」
「はじめまして。僕たちは『甘味堂夕さり』のスタッフです」
「ああ、あの美味しいと評判の狭間にある和菓子店の……。どうも。僕は川男のあやかしで、間宮リュウスケといいます。清美チャンと一応、お付き合いしています」
やはり彼が母親の恋人らしい。川男は、『和訓栞』に川の畔に出没するあやかしとして記述されている。
「僕は無職なんです。仕事がなかなか見つからなくて、清美チャンにご飯を食べさせてもらって、助かってます」
あははとチャラ男は明るく笑った。垂れ目が笑うとさらに垂れて、人懐っこい笑顔になる。
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