あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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三皿目 ろくろ首の母娘と水羊羹

その13 渾身の力で

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 アカリをぎゅっと強く抱きしめた清美の目から、涙がぼろぼろとあふれ出す。

「ひどい! ひどいわ。よくもアカリに……っ」

 元妻の悲痛な叫び声に、康之はこめかみに深い縦皺を刻んだ。

「やかましい! 自堕落なお前に似て、駄目な女にならないよう、教育せねばならない。アカリには理想とする女性になってもらいたいのだ。これは父親としての愛情だ!」

 言い捨てると、康之は脱兎のごとく逃げ出した。状況から不利だと判断したのだろう。一目散に公園前に停めた車へと駆けて行く。
 咄嗟のことに驚いている皆の中から、菜々美が素早く反応した。康之を追って走り出す。
 あの男は、全く懲りていない。きっと隙あらばアカリの前に現れ、同じことを繰り返すだろう。そう思うと、菜々美は怒りで体の痛みを忘れた。

「待って! アカリちゃんに、二度と乱暴しないと、約束してっ」

 叫んで全力疾走し、菜々美は必死で、車のドアを開けた康之のカッターシャツをむんずと捕まえた。

「やかましいっ、放せ!」

 逆上した康之が血走った目で睨み、菜々美目がけて、再び首を伸ばす。
 彼の頭部が迫り、口を開けて首筋に噛みつこうとした刹那、菜々美は足を勢いよく蹴り上げた。渾身の力で、康之の股間を蹴り上げる。

「ふぐうぅっ! うぐ……っ」 

 康之は悶絶し、地面に倒れ伏した。

「くそ……っ、なんという女だ」 
「まだ話は終わっていない」

 咲人の声が公園の空気を揺らすと、這って車の方へ逃げようとしていた康之が、涙目で振り返る。
 ゆらりと長く立派な九本の尾を陽炎のように揺らしながら、咲人は言葉を続ける。

「子供への虐待は人界でも異界でも禁止されている。お前がやったことは罪が重い。二度とこの母娘の前に姿を見せるな。今後こんなことがあれば容赦はしない」

 射殺しそうな眼差しを向ける咲人から漏れ出る怒気と、その妖力の大きさに、康之の体ががくがくと小刻みに震え出し、「ひぃ……」と悲鳴のようなかすれた声が漏れる。

「この母娘に近づかないと約束できるか?」
「あ……は、い……」
「約束しろと言っている!」

 咲人の迫力に、康之は顔色を無くして口をぱくぱくさせ、よろよろと立ち上がった。

「は、い……。約束、します」

 喉の奥から絞り出すようなかすれた声で答え、康之は車に乗り込み、逃げ去った。


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