41 / 78
三皿目 ろくろ首の母娘と水羊羹
その14 武勇伝と翡翠のピアス
しおりを挟む
数日が経ち、朝から絹糸のような細い雨が降った日――。
「聞いたわよぅ。菜々美ちゃんの大立ち回り、すごかったらしいわね」
瑠璃が『甘味堂夕さり』に来て、いつものように大量の和菓子を食べながら、興奮して菜々美の背中を叩いている。
「何を言っている。まったく怪我をしているのに、ろくろ首の康之に素手で向かっていくなんて、肝が冷えた」
咲人は不機嫌そうに言い放ち、菜々美を睨みつけた。
「すみません。逃さないように、必死でした」
菜々美がおずおずと言い訳すると、蘭丸が楽しそうに笑った。
「僕は菜々美ちゃんの急所蹴り、見ていて胸がすく思いがしたよ」
「うふふ、あたしも見てみたかったわ、菜々美ちゃんの急所蹴り!」
「いいえ、そんな……」
康之の件は、咲人や蘭丸の活躍があってこそ解決したのに、菜々美の「急所蹴り」が大活劇として伝わってしまっているようだ。
配達ではなく、お客として来店した明が、金髪を掻き上げながら、ふんっと鼻を鳴らした。
「まったく、もうっ! 男のアソコを蹴るなんて信じられない。アタシの大切な咲人くんの股間に指一本でも触れたら、絶対に許さないんだからっ!」
「そ、そんなことしません」
真っ赤になった菜々美を見て、明がクワッと目を見開いた。
「なんで赤くなるのよっ! アンタ本気で咲人くんを狙ってるんじゃないでしょうね? 咲人くんの嫁はアタシなんだからぁ!」
「いい加減にしろ、明。なにが嫁だ」
「咲人くん、アタシ心配だわ。こんな急所蹴り女が咲人くんのそばにいるなんて。咲人くぅぅんっ」
抱きついてくる明を引きはがし、咲人が呆れながらため息をついた。
「……雨、もう止みそうですね」
菜々美は『夕さり』の窓から見える庭園の外へ視線を向けた。音もなく針のように細い雨が降り続いているが、空は明るい。
咲人が菜々美のそばに立ち、一緒に窓の外を見つめる。
「……あのろくろ首のDV男が、もう母娘に近づかないといいな」
咲人の声に、菜々美は深く頷く。
見上げた大理石のような空にアカリの顔が重なり、雨が涙のように感じられた。
徐々に雨が途切れだし、昼すぎになると太陽が顔を見せ、雨が上がった。
「見て、菜々美ちゃん、きれいだよ」
蘭丸の明るい声の方を見ると、庭園の緑についた水滴が、日差しを反射して煌めいている。菜々美は窓から顔を出し、深呼吸をした。
「雨上がりの空気って、清々しくていいですね」
隣に並んだ蘭丸も、同じように雨が残る空気を吸い込んだ。
「ねえ、菜々美ちゃん。お店が終わったら、清美さんとアカリちゃんの様子を見に行こうか」
「はい! あの事件の後、無事にしているか心配でした」
「俺も一緒に行く。あの母娘に、翡翠のピアスを渡したい」
咲人が握りしめているのは、付けている人の危険を知らせる妖力が込められた翡翠のピアスだ。
「聞いたわよぅ。菜々美ちゃんの大立ち回り、すごかったらしいわね」
瑠璃が『甘味堂夕さり』に来て、いつものように大量の和菓子を食べながら、興奮して菜々美の背中を叩いている。
「何を言っている。まったく怪我をしているのに、ろくろ首の康之に素手で向かっていくなんて、肝が冷えた」
咲人は不機嫌そうに言い放ち、菜々美を睨みつけた。
「すみません。逃さないように、必死でした」
菜々美がおずおずと言い訳すると、蘭丸が楽しそうに笑った。
「僕は菜々美ちゃんの急所蹴り、見ていて胸がすく思いがしたよ」
「うふふ、あたしも見てみたかったわ、菜々美ちゃんの急所蹴り!」
「いいえ、そんな……」
康之の件は、咲人や蘭丸の活躍があってこそ解決したのに、菜々美の「急所蹴り」が大活劇として伝わってしまっているようだ。
配達ではなく、お客として来店した明が、金髪を掻き上げながら、ふんっと鼻を鳴らした。
「まったく、もうっ! 男のアソコを蹴るなんて信じられない。アタシの大切な咲人くんの股間に指一本でも触れたら、絶対に許さないんだからっ!」
「そ、そんなことしません」
真っ赤になった菜々美を見て、明がクワッと目を見開いた。
「なんで赤くなるのよっ! アンタ本気で咲人くんを狙ってるんじゃないでしょうね? 咲人くんの嫁はアタシなんだからぁ!」
「いい加減にしろ、明。なにが嫁だ」
「咲人くん、アタシ心配だわ。こんな急所蹴り女が咲人くんのそばにいるなんて。咲人くぅぅんっ」
抱きついてくる明を引きはがし、咲人が呆れながらため息をついた。
「……雨、もう止みそうですね」
菜々美は『夕さり』の窓から見える庭園の外へ視線を向けた。音もなく針のように細い雨が降り続いているが、空は明るい。
咲人が菜々美のそばに立ち、一緒に窓の外を見つめる。
「……あのろくろ首のDV男が、もう母娘に近づかないといいな」
咲人の声に、菜々美は深く頷く。
見上げた大理石のような空にアカリの顔が重なり、雨が涙のように感じられた。
徐々に雨が途切れだし、昼すぎになると太陽が顔を見せ、雨が上がった。
「見て、菜々美ちゃん、きれいだよ」
蘭丸の明るい声の方を見ると、庭園の緑についた水滴が、日差しを反射して煌めいている。菜々美は窓から顔を出し、深呼吸をした。
「雨上がりの空気って、清々しくていいですね」
隣に並んだ蘭丸も、同じように雨が残る空気を吸い込んだ。
「ねえ、菜々美ちゃん。お店が終わったら、清美さんとアカリちゃんの様子を見に行こうか」
「はい! あの事件の後、無事にしているか心配でした」
「俺も一緒に行く。あの母娘に、翡翠のピアスを渡したい」
咲人が握りしめているのは、付けている人の危険を知らせる妖力が込められた翡翠のピアスだ。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる