あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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五皿目 見越入道の暴走と和菓子の絆

その12 硝子のプライド

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 スーツ姿の研也が顔を真っ赤にし、ものすごい剣幕で車に乗み、急発進した。
 そのテールランプを唖然と見つめている明日香は、涼しげな単衣を着ているが、結い上げた髪が乱れ、青ざめた横顔を見せている。

(一体、何があったの……?)

 菜々美は美月と母に「ごめん、知り合いが困っているみたいだから、先にカラオケに行ってて」と頼み、立ちつくしている明日香に駆け寄った。

「明日香さん、大丈夫ですか?」
「あっ、あなたは、『甘味堂夕さり』の菜々美さん……!」

 顔色を無くしたまま、明日香は菜々美にすがりついた。

「どうしよう、あたし、研也さんを怒らせてしまったようですわ」

 震える声で明日香が説明する。
 研也と明日香は連絡を取り合い、デートすることになった。場所は彼が経営する占い館だ。
 ビルの中を見学した後、最上階の部屋で、研也はいきなり、明日香にプロポーズしてきたという。
 
「デート初日でいきなり結婚を申し込まれるとは思ってなくて、驚きました。あたしは友人としての関係からはじめ、互いを理解してから交際をスタートさせてはどうかと言ったんです。いきなり結婚なんて考えられませんと……」

 しかし、研也は早く結婚したいの一点張りだった。

「婚活で会ったのだから、すぐに結婚を考えてもいいでしょう? 僕のことを好きだからデートに来てくれたんじゃないですか?」

 あくまで結婚が前提だと言い切る研也を見て、明日香はこの人はただ結婚相手を探しているだけで、自分のことを理解しようとしてくれないことに気づいた。
 ただ外見が好みなだけで、結婚したがる研也のことを好きになれないと思い、きっぱり断った。

「ごめんなさい。あたし、研也さんとお付き合いできませんわ。結婚はお断りします」
「なぜです? ああ、もしかすると僕が会社社長だから遠慮しているんですか? そんなことは関係ありません。明日香さんの外見は僕の理想なんです。どうか僕の妻になってください」

 言い出したら聞かない研也に、明日香は半ば呆れ、きっぱり諦めてもらおうと強い口調で言った。

「あたしの好みは、『夕さり』の店長さんみたいな長身で美形な男性なんです。研也さんのことはタイプじゃないんですの。だからすみません、お断りしますわ」

 明日香のこの言葉に、研也がカッと目を見開き、禿頭から湯気が立った。

「お前は……っ、あの店長のことが好きなのに、のこのこと婚活相談の振りをして、僕とデートまでしたのか! 店長とグルになって、僕から金を騙し盗るつもりだったのだろう!」
「そんな……違いますわ。あたしは……」
「もういい! 許さない、あの夕さりの店長め……っ」

 激高した研也は、占い館を飛び出し、猛スピードで車を走らせたのだ。

「自惚れと誤解がすごくて、本当に困りましたわ。断ろうとちょっとキツイ言い方をしただけで、めちゃめちゃ怒ってしまって……」

 鬼神もかくやという怒り方だったと明日香は青ざめている。
 話を聞いた菜々美の顔からも、血の気が引いていく。
 ちょっとキツイ言い方をしただけ、と明日香は言ったが、十人並みの容姿しかない研也は、誰よりも美しい容姿へのコンプレックスが強かったと思うのだ。

 現実の姿へのコンプレックスを相手に気づかれないよう、資産家という言葉で上書きしてプロポーズした彼は、この美しい女郎蜘蛛のあやかしから、『夕さり』の店長さんみたいな美麗で長身の男性が好きだ、と断られたのだ。
 彼女に悪気はなかったのだろうが、研也の硝子細工のプライドは粉々に砕けてしまっただろう。
 その怒りは、自分にない美貌を持ち、婚活をサポートする立場でありながら、明日香の気持ちを掴んだ咲人へ向けられている。

「それじゃあ、研也さんが向かったのは『甘味堂夕さり』の咲人さんのところ……? すぐに止めに行かないと」

 明日香がハッとなった。

「あたしのせいで、お店にまで迷惑が……ごめんなさい。あたしも行きますわ」

 駐車場に明日香の車があり、菜々美が助手席に乗り込むと、車は全速力で人界と妖界の狭間を目指した。
 菜々美は車の中で、咲人の無事を祈りながら、美月に『少し遅くなるので、先に二人で歌っていてね』とメールを送った。
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