76 / 78
五皿目 見越入道の暴走と和菓子の絆
その17 菜々美と咲人の絆
しおりを挟む
(あやかしの蒼吾さんが……私と美月のお父さん……)
今まで存在が遠かった父が、名前と顔がわかったことで、ぐっと身近に感じられる。
この夕さりで仕事をしてきた菜々美は、父があやかしだと知っても全然怖くなかった。
「菜々美――」
咲人がゆっくりと、菜々美の頭に手を置き、ぎこちない動きで、撫でてくれる。
「蒼吾さんは、自分があやかしだと、まだ智子さんに告げていなかった。これはめずらしいことではない。瑠璃が夫に打ち明けたのも、子供が成人した後だ」
瑠璃が小さく微笑んで頷く。
「そうなのよぅ。信じてもらえないことが多いし、何より相手に嫌われたくないから……半妖の子供は人間に近いの。うちの息子、蘭丸の父親だけど、妖力なんてほとんどないのよぅ」
あやかしと人間の間に生まれた子どもは、妖力や寿命などの個体差が大きく、大多数は人間に近くなるそうだ。
だから、あやかしだと言わないままの夫婦も多いという。
「じきに智子さんが妊娠して、蒼吾さんはとても喜んでいた。それなのに……運の悪いことに、飲酒運転のトラックが歩道へ突っ込んできて、お腹が大きい智子さんをかばって――蒼吾さんはトラックに轢かれて亡くなったんだ」
「そんな……お父さんは、母さんをかばって……?」
じわっと目の奥が熱くなり、それ以上何も言えずにいる菜々美に、瑠璃が小声で説明する。
「そうなの……不老長寿のあやかしでも、出血と妖力が失われると死亡するの……。病院へ駆けつけた咲人くんが、瀕死の蒼吾さんを救おうと妖力を注ぎ込んだの。でも、出血と共に妖力が体から出てしまい、手遅れだったのよぅ……」
ぽつりと菜々美の頬を涙が伝い落ちると、咲人がそっと指先で涙の雫を拭ってくれた。
「蒼吾さんは妖力を使って、自分の写真の類を智子さんの元から処分した。蒼吾さんは、智子さんとお腹の子が幸せに暮らせるよう、自分があやかしであることは知らせなかった」
妖力を持たない家族を混乱させたくない。何も知らないままでいいから幸せに暮らしてほしい。それが父――蒼吾の望みだった。
「智子さんが今でも蒼吾さんを思い続けていることが、俺は嬉しい。菜々美が蒼吾さんに似て、強い妖力を持っていたことも……」
「咲人さん、私のさっきの力……咲人さんと同じ……?」
不思議な光を放った手を見つめ、菜々美は聞いた。山本オーナーを倒した時に咲人が使った技とよく似ている気がしたのだ。
咲人の美しい顔が向けられ、あたたかな眼差しが注がれる。
「そうだ。俺はあの妖力の放出技を蒼吾さんに教えてもらった。蒼吾さんの技を受け継いだお前と俺で、夕さりで和菓子を作っていくのは、本当に嬉しいと思う」
「私も……! すごく嬉しいです」
(もし、父さんが生きていたら……)
菜々美は想像してみた。両親と美月と菜々美……家族四人で楽しく過ごせただろう。しかし、父は命をかけて、家族を守ってくれたのだ。寂しいが、父のおかげで家族三人、幸せに暮らしている……。
咲人は菜々美を見つめ、そっとため息を落とす。
「俺は蒼吾さんから、この『甘味堂夕さり』とお前のことを任されている。これからも和菓子作りを厳しく指導していくから、覚悟しておけ」
咲人の言葉に、菜々美は「はいっ」と満面の笑みで頷いた。
今まで存在が遠かった父が、名前と顔がわかったことで、ぐっと身近に感じられる。
この夕さりで仕事をしてきた菜々美は、父があやかしだと知っても全然怖くなかった。
「菜々美――」
咲人がゆっくりと、菜々美の頭に手を置き、ぎこちない動きで、撫でてくれる。
「蒼吾さんは、自分があやかしだと、まだ智子さんに告げていなかった。これはめずらしいことではない。瑠璃が夫に打ち明けたのも、子供が成人した後だ」
瑠璃が小さく微笑んで頷く。
「そうなのよぅ。信じてもらえないことが多いし、何より相手に嫌われたくないから……半妖の子供は人間に近いの。うちの息子、蘭丸の父親だけど、妖力なんてほとんどないのよぅ」
あやかしと人間の間に生まれた子どもは、妖力や寿命などの個体差が大きく、大多数は人間に近くなるそうだ。
だから、あやかしだと言わないままの夫婦も多いという。
「じきに智子さんが妊娠して、蒼吾さんはとても喜んでいた。それなのに……運の悪いことに、飲酒運転のトラックが歩道へ突っ込んできて、お腹が大きい智子さんをかばって――蒼吾さんはトラックに轢かれて亡くなったんだ」
「そんな……お父さんは、母さんをかばって……?」
じわっと目の奥が熱くなり、それ以上何も言えずにいる菜々美に、瑠璃が小声で説明する。
「そうなの……不老長寿のあやかしでも、出血と妖力が失われると死亡するの……。病院へ駆けつけた咲人くんが、瀕死の蒼吾さんを救おうと妖力を注ぎ込んだの。でも、出血と共に妖力が体から出てしまい、手遅れだったのよぅ……」
ぽつりと菜々美の頬を涙が伝い落ちると、咲人がそっと指先で涙の雫を拭ってくれた。
「蒼吾さんは妖力を使って、自分の写真の類を智子さんの元から処分した。蒼吾さんは、智子さんとお腹の子が幸せに暮らせるよう、自分があやかしであることは知らせなかった」
妖力を持たない家族を混乱させたくない。何も知らないままでいいから幸せに暮らしてほしい。それが父――蒼吾の望みだった。
「智子さんが今でも蒼吾さんを思い続けていることが、俺は嬉しい。菜々美が蒼吾さんに似て、強い妖力を持っていたことも……」
「咲人さん、私のさっきの力……咲人さんと同じ……?」
不思議な光を放った手を見つめ、菜々美は聞いた。山本オーナーを倒した時に咲人が使った技とよく似ている気がしたのだ。
咲人の美しい顔が向けられ、あたたかな眼差しが注がれる。
「そうだ。俺はあの妖力の放出技を蒼吾さんに教えてもらった。蒼吾さんの技を受け継いだお前と俺で、夕さりで和菓子を作っていくのは、本当に嬉しいと思う」
「私も……! すごく嬉しいです」
(もし、父さんが生きていたら……)
菜々美は想像してみた。両親と美月と菜々美……家族四人で楽しく過ごせただろう。しかし、父は命をかけて、家族を守ってくれたのだ。寂しいが、父のおかげで家族三人、幸せに暮らしている……。
咲人は菜々美を見つめ、そっとため息を落とす。
「俺は蒼吾さんから、この『甘味堂夕さり』とお前のことを任されている。これからも和菓子作りを厳しく指導していくから、覚悟しておけ」
咲人の言葉に、菜々美は「はいっ」と満面の笑みで頷いた。
10
あなたにおすすめの小説
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。
クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。
そんなある日クラスに転校生が入って来た。
幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新不定期です。
よろしくお願いします。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる