あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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エピローグ

その1 溶けていく気持ち

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 菜々美の体調が回復し、お盆休みが終わって、美月が東京へ帰る日がきた。
 蝉の声が降り注ぐ中、二人でゆっくりバス停まで歩いて行く。 

「もっと岡山で過ごしたかったな。ね、次に帰ってきた時は、菜々美の作った和菓子を食べたい」

 そういえば、肩が痛かったり忙しかったりで、家で和菓子を作る時間がなかった。今度美月が帰省する時は、たくさん作ろうと思う。

「うんっ、腕を磨いて、餡から作るね」
「楽しみだわ。あ、そうだ。あたし……ごめんね」
「ん? どうしたの、美月」

 右手をかざして日陰を作り、空を見上げていた菜々美が、突然の謝罪に驚いて、双子の妹の顔を見つめる。

「あたし、菜々美に嘘をついたの……。お盆の時に会ったのは、久保木さんじゃなくて、蘭丸さんだったんだよ」
「あ……」

 忘れたい記憶を思い出し、菜々美の瞳が揺れる。あわててゆっくりと朝の街並みを見渡し、気持ちを落ち着けた。

「あたしね、蘭丸さんがこの前のカフェのオーナーみたいな変人じゃないか、確かめようと思ったの。あたしから蘭丸さんを誘ったんだけど、あの人、会った途端、あたしに説教したんだよ。好奇心だけで菜々美の職場に顔を出すのはやめてほしいって」
「え?」
「もう少し菜々美ちゃんの気持ちを考えて行動してください。菜々美ちゃんは今まで苦労してきたんですよ……って。無邪気な感じに見えるけど、なかなかすごい人だね、蘭丸さんは」

 まさか、蘭丸がそんなことを美月に言うなんて、思ってもみなかった。美月も、菜々美のために蘭丸と会ってくれたのだ。

(そうだったんだ……!)

 心の中は誰にも見えない。だから誤解したり卑屈になったりしてしまうけれど、美月も蘭丸も、菜々美のことを心配してくれていた。だからこそ、菜々美に秘密で二人で話し合ったのだ。
 鼻の奥がツンと痛くなって、菜々美は唇を噛みしめ、再び空を見上げる。すると、美月が口調を変えた。

「あたしね……菜々美がうらやましかった」

 菜々美は足を止めて、美月と向かい合った。

「美月……?」
「生き生きと好きな仕事をする菜々美のことが、うらやましかったの。蘭丸さんからも、美形な店長さんからも大切に思われている菜々美が――」
「美月……私の方こそ、ずっと美月がうらやましかったよ。美月のようになりたいって、ずっと思っていた……」

 初めて、美月に気持ちを吐露できた。うらやかましかったと言えた。
 刹那、コンプレックスが胸の奥で、溶け始めたアイスのように、小さくなっていく。
 美月の顔が、今にも泣きそうにくしゃりと歪んだ。

「菜々美、ごめんね。あたし、菜々美をそんなに苦しめていたなんて知らなかった。前のカフェもあたしのせいで……」
「美月は悪くないよ」
「あたし、菜々美に甘えていたの。ごめんね……。これからは、もっと菜々美の気持ちを考えるようにするから……お願い、あたしを……嫌いにならないで」

 菜々美は双子の妹の肩を優しく抱きしめる。生まれた時からずっと一緒だった、半身のような存在だ。嫌いになんてなれない。

「何があっても、美月のことは大切で大好き。嫌いになんてなれないから」
「あたしも……菜々美こと、世界で一番好き」

 その言葉に、菜々美も泣いてしまいそうになった。蝉の声が似てない双子の頭上に降り注ぐ。
 バスで駅前のバスターミナルへ向かい、岡山駅で菜々美の大切な妹は、元気に手を振った。

「また電話する。またね、菜々美――」
「うんっ、美月、気をつけて」

 何度も振り返り、笑顔で手を振りながら、美月は新幹線乗り場へと消えて行った。



「まあ……菜々美ちゃん?」

 駅を出たところで、声をかけられた。
 振り返ると、前に勤めていたカフェの先輩が、通勤途中のようで、私服姿で立っていた。

「お久しぶりです」

 頭を下げると、彼女は「元気そうね」と笑顔を浮かべた。

「菜々美ちゃんに連絡しようと思っていたところなの。実は山本オーナーが退職して、新しいオーナーになって、カフェは活気を取り戻した。今は人手不足で……菜々美ちゃんは料理の腕も接客もよかったから、ぜひ戻ってきてほしいの」

 仕事ぶりを認めてもらえるのは嬉しいし、ありがたい話だ。でも――。

「すみません、今は別のお店で働いていて、これからもそのお店で頑張っていきたいと思っています。短い間でしたが、カフェでみなさんと働いた経験があってこそ、今の自分があります。本当にありがとうございます」

 先輩は目を細めて頷いた。 

「わかった。菜々美ちゃん、いい顔をしている。よい職場なんだね。今度、またカフェにも寄ってね。あたしたちも負けないように頑張るから」
「はい……!」

 明るい返事を返すと、先輩と笑顔で別れ、菜々美は人混みの中へ歩き出した。

「よし、『甘味堂夕さり』で、今日も頑張ろう」

 つぶやいた途端、頭上から蝉の大合唱が聞こえてきた。

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