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五皿目 見越入道の暴走と和菓子の絆
その17 菜々美と咲人の絆
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(あやかしの蒼吾さんが……私と美月のお父さん……)
今まで存在が遠かった父が、名前と顔がわかったことで、ぐっと身近に感じられる。
この夕さりで仕事をしてきた菜々美は、父があやかしだと知っても全然怖くなかった。
「菜々美――」
咲人がゆっくりと、菜々美の頭に手を置き、ぎこちない動きで、撫でてくれる。
「蒼吾さんは、自分があやかしだと、まだ智子さんに告げていなかった。これはめずらしいことではない。瑠璃が夫に打ち明けたのも、子供が成人した後だ」
瑠璃が小さく微笑んで頷く。
「そうなのよぅ。信じてもらえないことが多いし、何より相手に嫌われたくないから……半妖の子供は人間に近いの。うちの息子、蘭丸の父親だけど、妖力なんてほとんどないのよぅ」
あやかしと人間の間に生まれた子どもは、妖力や寿命などの個体差が大きく、大多数は人間に近くなるそうだ。
だから、あやかしだと言わないままの夫婦も多いという。
「じきに智子さんが妊娠して、蒼吾さんはとても喜んでいた。それなのに……運の悪いことに、飲酒運転のトラックが歩道へ突っ込んできて、お腹が大きい智子さんをかばって――蒼吾さんはトラックに轢かれて亡くなったんだ」
「そんな……お父さんは、母さんをかばって……?」
じわっと目の奥が熱くなり、それ以上何も言えずにいる菜々美に、瑠璃が小声で説明する。
「そうなの……不老長寿のあやかしでも、出血と妖力が失われると死亡するの……。病院へ駆けつけた咲人くんが、瀕死の蒼吾さんを救おうと妖力を注ぎ込んだの。でも、出血と共に妖力が体から出てしまい、手遅れだったのよぅ……」
ぽつりと菜々美の頬を涙が伝い落ちると、咲人がそっと指先で涙の雫を拭ってくれた。
「蒼吾さんは妖力を使って、自分の写真の類を智子さんの元から処分した。蒼吾さんは、智子さんとお腹の子が幸せに暮らせるよう、自分があやかしであることは知らせなかった」
妖力を持たない家族を混乱させたくない。何も知らないままでいいから幸せに暮らしてほしい。それが父――蒼吾の望みだった。
「智子さんが今でも蒼吾さんを思い続けていることが、俺は嬉しい。菜々美が蒼吾さんに似て、強い妖力を持っていたことも……」
「咲人さん、私のさっきの力……咲人さんと同じ……?」
不思議な光を放った手を見つめ、菜々美は聞いた。山本オーナーを倒した時に咲人が使った技とよく似ている気がしたのだ。
咲人の美しい顔が向けられ、あたたかな眼差しが注がれる。
「そうだ。俺はあの妖力の放出技を蒼吾さんに教えてもらった。蒼吾さんの技を受け継いだお前と俺で、夕さりで和菓子を作っていくのは、本当に嬉しいと思う」
「私も……! すごく嬉しいです」
(もし、父さんが生きていたら……)
菜々美は想像してみた。両親と美月と菜々美……家族四人で楽しく過ごせただろう。しかし、父は命をかけて、家族を守ってくれたのだ。寂しいが、父のおかげで家族三人、幸せに暮らしている……。
咲人は菜々美を見つめ、そっとため息を落とす。
「俺は蒼吾さんから、この『甘味堂夕さり』とお前のことを任されている。これからも和菓子作りを厳しく指導していくから、覚悟しておけ」
咲人の言葉に、菜々美は「はいっ」と満面の笑みで頷いた。
今まで存在が遠かった父が、名前と顔がわかったことで、ぐっと身近に感じられる。
この夕さりで仕事をしてきた菜々美は、父があやかしだと知っても全然怖くなかった。
「菜々美――」
咲人がゆっくりと、菜々美の頭に手を置き、ぎこちない動きで、撫でてくれる。
「蒼吾さんは、自分があやかしだと、まだ智子さんに告げていなかった。これはめずらしいことではない。瑠璃が夫に打ち明けたのも、子供が成人した後だ」
瑠璃が小さく微笑んで頷く。
「そうなのよぅ。信じてもらえないことが多いし、何より相手に嫌われたくないから……半妖の子供は人間に近いの。うちの息子、蘭丸の父親だけど、妖力なんてほとんどないのよぅ」
あやかしと人間の間に生まれた子どもは、妖力や寿命などの個体差が大きく、大多数は人間に近くなるそうだ。
だから、あやかしだと言わないままの夫婦も多いという。
「じきに智子さんが妊娠して、蒼吾さんはとても喜んでいた。それなのに……運の悪いことに、飲酒運転のトラックが歩道へ突っ込んできて、お腹が大きい智子さんをかばって――蒼吾さんはトラックに轢かれて亡くなったんだ」
「そんな……お父さんは、母さんをかばって……?」
じわっと目の奥が熱くなり、それ以上何も言えずにいる菜々美に、瑠璃が小声で説明する。
「そうなの……不老長寿のあやかしでも、出血と妖力が失われると死亡するの……。病院へ駆けつけた咲人くんが、瀕死の蒼吾さんを救おうと妖力を注ぎ込んだの。でも、出血と共に妖力が体から出てしまい、手遅れだったのよぅ……」
ぽつりと菜々美の頬を涙が伝い落ちると、咲人がそっと指先で涙の雫を拭ってくれた。
「蒼吾さんは妖力を使って、自分の写真の類を智子さんの元から処分した。蒼吾さんは、智子さんとお腹の子が幸せに暮らせるよう、自分があやかしであることは知らせなかった」
妖力を持たない家族を混乱させたくない。何も知らないままでいいから幸せに暮らしてほしい。それが父――蒼吾の望みだった。
「智子さんが今でも蒼吾さんを思い続けていることが、俺は嬉しい。菜々美が蒼吾さんに似て、強い妖力を持っていたことも……」
「咲人さん、私のさっきの力……咲人さんと同じ……?」
不思議な光を放った手を見つめ、菜々美は聞いた。山本オーナーを倒した時に咲人が使った技とよく似ている気がしたのだ。
咲人の美しい顔が向けられ、あたたかな眼差しが注がれる。
「そうだ。俺はあの妖力の放出技を蒼吾さんに教えてもらった。蒼吾さんの技を受け継いだお前と俺で、夕さりで和菓子を作っていくのは、本当に嬉しいと思う」
「私も……! すごく嬉しいです」
(もし、父さんが生きていたら……)
菜々美は想像してみた。両親と美月と菜々美……家族四人で楽しく過ごせただろう。しかし、父は命をかけて、家族を守ってくれたのだ。寂しいが、父のおかげで家族三人、幸せに暮らしている……。
咲人は菜々美を見つめ、そっとため息を落とす。
「俺は蒼吾さんから、この『甘味堂夕さり』とお前のことを任されている。これからも和菓子作りを厳しく指導していくから、覚悟しておけ」
咲人の言葉に、菜々美は「はいっ」と満面の笑みで頷いた。
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