あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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エピローグ

その2 今までも、これからも

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「おはようございます!」

 菜々美が元気よく出勤すると、厨房で餡を作っていた咲人が顔を上げ、「おはよう」と挨拶を返してくれる。

「肩の具合はどうだ?」
「すっかりよくなりました!」

 菜々美が笑顔で片手を上げ、力こぶしを作ると、咲人が小さく微笑んだ。

「今日の和菓子は、きんとんの『夕さり』と『こなし』だ。菜々美、準備ができたら厨房へ入れ」
「わかりました」

 奥の小部屋で作務衣に着替え、髪をポニーテールにして厨房に戻る。

「あれ? この店の名前と同じですね。『夕さり』って……」

 咲人は手を止めて、昔を思い出すようにそっと目元を緩めた。

「夕暮れを迎え、家々に灯りがぽつぽつと灯る頃を『夕さり』と呼ぶ。俺が初めて作った和菓子だ。蒼吾さんが『夕さり』と名付け、店名にしようと言ってくれた」
「そうだったんですね。私も『夕さり』を作りたいです……!」

 餡に粉類を加えて蒸籠で蒸し、砂糖を数回に分けて加えながら、手で揉み上げる生菓子が『こなし』だ。見た目は『練り切り』に似ているが、「蒸す」が工程に加わり、より柔らかく、はっきりとした造形に向いている。
 そして『夕さり』は、こし餡と山の芋餡を混ぜて、餡玉にそぼろをつける。明かりに見立てて金箔や、錦玉羹きんぎょくかんを飾って完成だ。


「おはようございまーす」

 ガラガラと扉を開けて、蘭丸が入ってきた。
 彼はノートパソコンを置いて、「やあ、菜々美ちゃん」と微笑み、いつもの無邪気な笑顔で話しかけてくる。

「菜々美ちゃんは、強い妖力を持っていたんだね。この前は本当にすごかったよ。あやかしクオーターの僕はほとんど妖力がなくて、残念だよ」

 笑顔でそう言った蘭丸だが、彼の瞳は、切な気に揺れていた。

「残念じゃないないですよ。妖力がなくても、蘭丸さんは無邪気で前向きな性格だから、それだけで癒されているし、とても魅力的です」

 驚いた表情になった蘭丸が、頬を朱色に染めた。

「ありがとう。菜々美ちゃんから褒められるとすごく嬉しい。僕は菜々美ちゃんと出会って、デザインより気になる存在が、初めてできたというか……」

(え……?)

 気になる存在って、どういう意味だろうと思っていると、蘭丸の顔がさらに赤くなっていく。

「いや、あの、つい口が滑ってしまって……深い意味はないからっ」
「そ、そうですか。えっと、開店準備を……練り切りの準備をしますね」

 そっと咲人の方へ視線を向けると、真摯な表情で和菓子を作っていた彼が顔を上げた。目が合ってしまい、心臓がドクンッと大きく爆ぜる。
 あせあせと菜々美が粉類を混ぜていると、ガラガラと扉が開き、瑠璃が元気よく駆け込んできた。

「おっはよう、咲人くん。今日も麗しいわね。菜々美ちゃんと蘭丸もおはよう。ふふふ、今日はどの和菓子をいただこうかしら」
「――瑠璃、まだ開店前だが?」
「冷たいこと言わないでよぅ。長い付き合いなんだから。仕事で出張が入ったから、出発前に全種類の和菓子を食べたいのよぅ」

 瑠璃は時間など気にせず、笑顔でずかずか入ってきて、カウンター席に座る。

「これから作るところだ。時間がかかる。間に合わなくなるぞ」
「あたしの分だけ、急いで作ってよぅ。ほら、蘭丸からも咲人くんに頼んで!」
「もう、迷惑かけたらダメでしょ、バアちゃん。……うわっ、痛い、ごめん、間違えた、瑠璃さん!」

 瑠璃に肘鉄をくらい、頬をつねられ、蘭丸が涙目になって謝っている。そこへ明が飛び込んできた。

「咲人くぅぅんっ、会いたかったー! 今朝も涼やかで美麗な顔をして、素敵すぎるわぁぁ」

 咲人を見て興奮した明が、カウンターを飛び越え、厨房の咲人に抱きついた。

「明、勝手に厨房に入ってくるなと言っているだろう!」
「ああっ、怒った咲人くんも凛々しいわっ。もっとアタシを睨んでえぇぇっ」
「調理の邪魔をするな。離れろ」

 しがみつく明を引き離し、咲人が大きくため息をついて菜々美を見た。

「菜々美、そっちが終わったら、新しい練り切りを頼む。分量と手順はこれだ」
「はい!」

 手渡されたメモの内容を確認しながら、菜々美は新しい和菓子作りに取りかかる。 
 開店すると『甘味堂夕さり』に、いつものようにお客がやってきて、色鮮やかで多種類な和菓子に舌鼓を打つだろう。
 美形で謎めいた妖狐の咲人。無邪気でおっとりした蘭丸。そして、瑠璃や明やたくさんの常連客と一緒に、これからも美味しい和菓子を作り、愛おしいあやかしたちの純粋で不器用な婚活を手伝っていく。
 
 亡き父が始めた甘味堂――。今日はどんなあやかしが来店するだろう。
 餡玉に濃淡のついたそぼろを丁寧につけながら、菜々美は青空が広がる窓の外を見上げ、光の中にそっと和菓子を掲げた。

「いい感じだ。上達したな、菜々美」

 咲人の言葉が、雨の雫のように、蝉の鳴き声のように、じわじわと菜々美の胸の中に浸み込んでいく。
 菜々美は咲人と並んで厨房に立ち、和菓子を作る時間が一番好きだ。
 今日も明日も明後日も――これからもずっとそんな時間が続きますようにと、菜々美は心ひそかに祈り、未来に胸を躍らせながら和菓子を作り続ける。『夕さり』の美味しくて優しい香りに包まれながら――。


      *終わり*

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感想 5

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みんなの感想(5件)

柚木ゆず
2021.02.03 柚木ゆず

本日、その8 清美の家へ まで拝読しました。

和菓子やあやかしが絡むストーリーを楽しませていただいていると、いつも『練られている…!』『面白いなぁ……っ』と独り言が自然とこぼれてしまします。
見事な描写力で登場する和菓子という強い武器が存在しているのに、あやかし、そして魅力的なキャラクターさんなど更に様々な武器まで存在していて。本当に、すごい作品なのですよね。

こちらこそ、素敵な作品をありがとうございます……っ。



実は昨日スーパーに買い物に出かけた際、デザートコーナーを見ていたらこちらの作品が浮かんできまして。シュークリームと一緒に、和菓子を一つ買いました……っ。

2021.02.04 一文字鈴

柚木ゆず様、あたたかなご感想をありがとうございます!!
小説を執筆されているゆず様から、おもしろいとお褒めの言葉をいただき、改めて公開してよかったと嬉しさを噛みしめています。
不思議な魅力があるあやかしが大好きで、思っていたより早く完結でき、ほっと安堵しています。
そして、和菓子を買われるゆず様を想像し、胸がぽかぽかになりました。^^
ゆず様、お優しい気持ちを届けてくださり、本当にありがとうございました‼

解除
柚木ゆず
2021.01.27 柚木ゆず

本日、その2 高鳴る鼓動まで拝読しました。

和菓子の魅力が100パーセント伝わってくる絶妙な描写によって、今日も和菓子を食べたくなっています……っ。
実は和菓子は少々苦手なのですが、食べたいな、って思うんですよね。
もちろんそういったところ以外も面白く、また明日も、それ以降も、お邪魔させていただきますね。

2021.01.28 一文字鈴

柚木ゆず様、ありがとうございます!!
和菓子の魅力100%……わぁぁ、ありがとうございます。飛び上がって喜んでいます。^^
私もゆず様と同じで、実は餡子が少し苦手だったのです…☆ この話を執筆する前に、餡子以外を作って味見して、少しずつ食べれるようになりました♡(*ˊᵕˋ*)
お優しい気持ちが届き、元気百倍です。ゆず様、ありがとうございます…!!

解除
たっぷん
2021.01.23 たっぷん

楽しく読ませていただいてます。和菓子がおいしそうで、お腹が空きます。
そして咲人さんが素敵すぎて、モテモテなのも納得です。いろいろなあやかしが登場して、ほのぼのした雰囲気も好きです。

2021.01.24 一文字鈴

たっぷん様、ありがとうございます!!
美味しそうに思ってもらえるよう、描写を頑張っているので、おなかが空くという言葉がとても嬉しいです!!^^
咲人さんの格好いいところも伝わっていて、ほっとしました。人に関心がないようで、心の底は優しさを持ったヒーローが大好きなのです。^^
あやかしもたくさん登場するので、どうぞ楽しんでいただけますように…!!
お優しい感想を本当にありがとうございました!!

解除

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