【完結】初恋は檸檬の味 ―後輩と臆病な僕の、恋の記録―

夢鴉

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一章 厄介な後輩

四話 ストーカーじゃねぇよな?

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「え、嫌だけど」
「なんでですか!」
「何でも何も」

 くわっと食って掛かってくる甘利に、俺は眉を寄せる。
(普通に要らないだろ)
 そもそもテーマも決まっていないのに。

「俺、何でもしますよ。春先輩が希望するポーズが取れるかはわりませんけど、頑張ります。それに、少しくらいなら踊れますし」
「踊れるのかよ。じゃなくて、別にいらねーよ。そもそも人間を撮るとは限らないし」
「えっ」
「『えっ』て」

(なんでそんなにショック受けてるんだ?)
 意味が分からん。

「くぅうう……春先輩とのデート計画が……っ!」
「は? お前何言って」

(もしかしてこいつ……)
 モデルになるのにかこつけて、ちゃっかり出かける予定立てるつもりだったのか!
(つーかそんなことしなくても普通に誘えばいいだろ!)
 なんでそんなわざわざ回りくどいことをするんだ。馬鹿か? 馬鹿なのか?

「……行かねーからな」
「わかってます。でも、少しくらい夢見たっていいじゃないですか」
「夢って、そんな大層なもんじゃないだろ」
「俺からしたら大層なことなんです」

 もぐもぐと昼食を食べながら言う甘利。……本当に大層なことなのか? 食べている顔が平和過ぎて、言葉と顔のギャップに疑ってしまう。

「でも、出かけたらいい写真が撮れるかもしれませんよ? 卒業制作じゃなくても、梅雨の写真とか」
「んー……それもそうか。いやでも、わざわざお前と出かける必要なくね?」
「チッ。気づきましたか」
「お前今舌打ちしたな」

 聞いてたぞ。聞こえてたぞ。
(先輩に向って舌打ちするなんて、いい度胸じゃねーか)
 俺は甘利の頬を摘まんで引っ張る。「痛い、痛いです、先輩」と涙目になる甘利はちょっと嬉しそうで。仕置きのはずが、俺の方が困惑してしまった。

「お前、なんで嬉しそうなんだよ……」
「春先輩から触られることってないので、感動してしまって」
「そんなので感動するな」

 ぺち、と甘利の頭を叩いて、甘利から離れた。
 残念そうな顔をする甘利は、まるで遊びを断られた犬のようで。
(くっ、顔がいい……!)

「先輩、デート」
「しない」
「……デート」
「そんな顔しても無駄だっつーの」
「?」

 首を傾げる甘利。自覚なしなのは相変わらずらしい。
(これ以上ここにいたらいつか流されそうだし、さっさと帰ろ)
 空になった弁当箱を手に、俺は立ち上がる。くぅん、と泣きそうになっている甘利を振り返る。

「俺と一緒に出掛けるなんて百万年はやいっつーの」

 べーっと舌を出して、俺は教室を後にした。


 ――とはいえ、写真が撮れていないのは結構困るわけで。
 カシャ。

「うーん……」

 シャッターを切り始めて、半日。
 中々いい写真が撮れないまま、時間だけが過ぎ去っていく。

「思い切って外出てみたけど、出なきゃよかったな」

 汗を拭いつつ、ため息を吐く。
 家を出た一時間前を全力で後悔していた。
 じめじめとした空気が肌にまとわりついて気持ち悪い。癖のある髪もあっちこっちすっ飛んでるし、喉もやたらと乾くし。
(これなら部屋の中でクーラー付けて、ゴロゴロしてりゃよかったなぁ)

「……ぱい……せんぱ……――春先輩」


「うおわああっ!?」


 び、びっくりした――ッ!!
(な、なんだよッ!?)
 誰だ一体!

「春先輩、すみません。そんなに驚くとは思わなくて」
「あ、甘利!? ばっ、急に耳元で喋んじゃねーよ! 心臓が飛び出るかと思っただろ!」

(てかなんでお前がここにいるんだよ!?)
 バクバクと音を立てる心臓に手を当てる。「ご、ごめんなさい……」としょんぼりする甘利に、俺はふつふつと罪悪感が込み上げてくるのを感じる。
(うぐっ……そんな目で見るなよ)
 な、なんか、こっちが悪いことをしているみたいだろ。

「あー……いや、その、悪かった。ちょっとぼーっとしてからさ」
「いえ。急に話しかけたの俺の方ですし。考え事してたんですか?」
「あ、うん。まあ、そんなとこ」

(写真が撮れなくて苦戦してるなんていえねー!)
 冷や汗をだらだらと流しながら、誤魔化すように笑う。咄嗟にスマホを隠した俺を、誰か褒めて欲しい。
(こいつに会わないように、わざわざ学校から遠い場所にしたのに!)

「春先輩?」
「な、何でもない!! つーかお前はどうしてここに来てんだよ!? わざわざ公園に一人で……え、マジ? かわいそ……」
「春先輩。それ特大ブーメランなの、わかってます?」
「うっせーな」

「細かいこと気にしてるとモテねーぞ」と嫌味を口にすれば「春先輩にモテていれば大丈夫です」と爆弾が返された。
(そういうのやめろよな)
 反応に困るんだから。
 じっとりと視線を向けていれば、甘利は目を見開いたかと思うと、忙しなく視線を逸らし始める。……なんだろうな。すごくムカツク。

「せ、先輩、そんなに見つめられると俺……」
「見つめてないし照れなくていいから。それより、お前ここで何してんの?」
「先輩が俺の事を気にして……!」
「帰る」
「す、すみません! 待ってください、春先輩!!」

 クルっと踵を返せば、慌てて甘利の声が響く。掴まれた手首が痛い。
「離せ」と告げれば、大人しく離される手。

「あ、えっと。実は俺、家がこの辺りなんです」
「ふーん」
「今はランニング中で、よくこの公園を使っているんですよ」

 あっちからぐるっと、と甘利が遠くを指す。

「十分な距離もありますし、周りを観察しながら走るの、結構楽しいですよ。あ、春先輩も今度一緒に走ります?」
「いや。俺運動苦手だから」
「そうですか……」

 しゅん、と肩を落とす甘利。
 まるで散歩を断られた犬のようだと思ったのは、秘密にしておこう。

「……息切れする春先輩」
「あ゛?」

 ガシリと肩を掴まれ、肩が跳ねる。
 甘利の目がギラリと光る。鼻息がすごく荒い。
(なんだなんだ突然!)

「お、おい甘利! 何して――!」
「ちょっと、見たいです。見せてくれませんか、息切れする先輩。なんでもしますので」
「ギャー―!!」

 鼻息荒く迫って来る甘利の頭を、俺は思いっきり殴り飛ばした。反射的だったが、かなりいいところに入ったと思う。
 甘利が呻き声を上げ、身悶える。デカい体が蹲って震えているのはなかなかに情けない。俺は震える拳を掲げながら、甘利を睨みつけた。

「この、変態! バカ!! ぶん殴るぞ!!」
「も、もう殴ってます、先輩……」
「ウルサイ!!」
「理不尽」

 イーッと歯茎を見せて威嚇する。しゅんとする甘利は相変わらず大型犬のようだったが、もう絆されないぞと俺は心に誓った。
 変態は近寄らないで欲しい。切実に。



「せ、先輩。すみません、その……暴走してしまって」
「もういいって。つーか掘り返すな、頼むから」

 がぶり。俺は大口を開け、ホットドックに齧り付いた。
 ホットドックは甘利に買ってもらったもの。威嚇され、肩を落とした甘利が「ホットドック、食べませんか?」と買ってきてくれたのだ。

 さすがに後輩に奢られるのは格好がつかないし、良くないかなーと一瞬思ったが、昼飯を忘れていた俺の腹は素直だった。

「美味しいですか? 春先輩」
「まあまあだな」

 もぐもぐと咀嚼しながら、俺は甘利を見る。チラチラと盗み見てくる甘利は、気づかれていないと思っているのだろうか。
(わかりやすいんだっつーの)

「あ、飲みます?」
「ん。味なに?」
「レモネードです」

(いいな)
 ちょうだい、と口にすれば「どうぞ」とドリンクを傾けてくる。手で引き寄せて、そのまま口をつけた。

「ちょっ、先輩!?」
「ん。うまい」

 パチパチと弾ける炭酸に、甘めのレモンの香りが鼻に抜ける。ジメジメした梅雨にはちょうどいいさっぱりさだ。
 わなわなと震える甘利を他所に、俺はホットドッグの最後の欠片を口に放り込んだ。

「ご馳走さま!」
「お、お粗末さまです……っ」
「?  お前、何してんの?」
「いえ、気にしないでください」

 ドリンクを両手で持ち、まるで神に捧げるように掲げる甘利。
 恍惚とした表情がなんだか気持ち悪い。

「先輩と、関節キス……っ!」
「……すみませーん。ストローくださーい」

 俺は出店の店員に声をかけつつ、今見たことを全力で忘れるようにと脳に言い聞かせた。

「んで。お前はなんの用でついて来ているわけ?」
「なんでって、先輩がいるからですかね?」
「疑問を疑問形で返してくるな。あとそれ、理由になってないからな」

 カシャ。
 俺は後ろを引っ付いてくる甘利に文句を言いながら、適当な花を撮る。手元にあるスマホに映る写真に「んー……」と唸り声を上げた。
(やっぱり梅雨って題材としては、物足りないなぁ)
 雨でも降ってくれりゃいいんだけど。
 なんて言ったって無理なのは分かっている。だがそうボヤきたくなるほど、最近の空は快晴続きだった。

 一週間前。
 世間は正式に梅雨入りしたと騒がれていた。確かに一週間前は雨が多かった気がするが、今週はむしろ雨のあの字すら見当たらない。
(梅雨入りってなんだっけ)
 そう皮肉って言うのは俺だけじゃないはずだ。

「いっそのことバケツひっくり返して雨を演出するか……?」
「いいアイディアですけど、それだと滝になりません?」
「はっ! ……確かに」

 後ろから告げられた言葉に俺はハッとする。というかいつまでいるんだコイツ。
 振り返れば、しゃがみ込んでさっき俺が撮った花と話をしている。「先輩は俺のだからな」と言っているのは、聞かなかったことにしよう。
(何とかこいつを引き剥がさないと……)
 これ以上変なことに巻き込まれるのは御免だ。ていうか本当に、なんで着いてきているんだか。別に楽しいこともないぞ。

「春先輩」
「な、なんだよ」
「いえ。やっぱり写真、撮りに来てたんだなと思って」

 やっぱりってなんだ、やっぱりって。
 訝し気に甘利を睨みつけていれば「べ、別に、見張ってたわけじゃないですよ!」と訂正された。当然だろ。というかそれ、見張りじゃなくて単なるストーカーじゃねーか。お前の場合。

「卒業制作ですか?  俺を撮りに来たんですか?」
「違う。課題のほう」
「ああ、顧問の先生が出したって言う、あの……」
「そう。だからお前がいても邪魔なわけ。分かる? あと近い」

 ぐぐぐ、と甘利の顔を押す。
 というかいつの間にここまで近寄って来てたのか。瞬間移動かよ。

「邪魔って……泣きますよ、俺」
「いいぞー、置いて帰るから」
「ひどいです先輩」
「ストーカーに言われたくないでーす」

 話しながら何度かシャッターを切る。梅雨というより初夏と言った方が正しいであろう写真がフォルダに溜まって行くのを見て、俺は遣る瀬無い気持ちになった。
(こりゃあ日を改めた方がいいな)
 そうと決まればここに長居する理由はない。俺は勢いよく立ち上がる。

「帰る」
「えっ。なんでですか!?」
「写真、撮れなさそうだし」

 うっさいのもいるから、とは言わなかった。
「ま、待ってください!」と手首が掴まれる。足が自然と止まった。

「な、なんだよ」
「もうちょっと一緒に居ましょう!? えっと、その……そうだ! 俺も梅雨探し手伝いますので!」
「はあ?」
「だからもうちょっとだけ! ね!?」

 必死に食い下がって来る甘利に、俺は思いっきり眉を寄せる。何か企んでいるのではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
 腕を離さないどころか、ぎゅうっと強く握りしめて来る甘利に、俺は「わかったわかった!」と声を上げた。

「わかったから離せ」
「あ、ありがとうございます!」

 勢いよく頭を下げる甘利。
(何をそんなに必死になってるんだか……)
 呆れに息を吐く。
 ちらりと甘利を見れば、嬉しそうに笑みを浮かべていた。いつも能面の顔が、今日はとてもよく動いている気がする。

「それじゃあ、行きましょう」
「は? あ、ああ」

 差し出される手を掴みかけて、ハッとする。なんで俺、今こいつと手を繋ごうとしたんだ!? 
(あっぶな……流されそうになった……!) 
 咄嗟に「つ、繋がないからな!?」と声を上げれば「ですよね。冗談です」と笑う。

 ……その顔がどこか残念そうに見えたのは、俺の気のせいだろうか。


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