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四章 残された時間
五十一話 空白と未来
しおりを挟む文化祭が終わってから早一ヶ月。
季節は冬になっていた。
「いやー、外に出たくねーなー」
「わかる。マジでこのまま冬眠したい」
制服の上からダウンを着て、マフラーを手元に持った秋人が眠そうに呟く。
――季節は師走。
周りはクリスマスだお正月だと騒がしくなっているが、俺たち受験生には関係がない。
毎日勉強、勉強、テストをして、勉強……。
息が詰まる日々というのはこういうことなのかもしれないと、何度思ったか知れない。
「そういや春、今日はどうすんの? 一緒に冬期講習行く?」
「あー、今日はいいや。写真部に用事あるし」
「用事?」
ダウンの襟元から顔を出した秋人に、俺は頷く。
「そう。体育祭と文化祭で撮った写真の選別があるんだと。俺も撮った側の人間だから、よかったらって西田先生が」
「選別?」
「ほら、毎年写真のリストが掲示板に出てるだろ? そのリストに乗せてもいい写真とそうじゃない写真を分けるんだよ」
「映り悪いのとかあったら嫌じゃん」と告げれば「あー、なるほど」と秋人が呟いた。
写真部とはいえ、素人の集まりだ。出していい写真と、出すべきじゃない写真はわけないといけない。
「俺の写真は残しておけよ。イケメンが少なくなったら女子たちが可哀想だからな」
「ハイハイ」
「最高の写真残しとくわ」と告げれば、「絶対にネタに走るだろ、お前」と疑いの目を向けられた。
「そんなことないって。ただ一番映りが良さそうなのをちゃんと選んでやろうと思っただけで」
「うっわ。余計に怖んだけど」
苦笑いをする秋人に、まあまあと言いながら俺は荷物を纏める。
「秋人はこれから塾だろ?」
「あー……そうなんだけどさぁ。マジでもう無理……行きたくない……」
「そういうなよ。夏生が迎えに来てくれんだろ?」
「そ~~~なんだけどさぁ~~~」
ずりずりと下にさがって行く秋人。下半身を伸ばし、寝そべるように上半身が椅子の上に乗る。
(器用な奴だな)
押したら驚くだろうな。
過った悪魔の囁きを払いつつ、「あぶねーぞー」と声をかけてやる。
夏が終わった瞬間、秋人の塾通いは一旦終わりを告げた。
学力が思った以上に向上したからだ。点数の良いテストを手土産に母親に直談判したところ、「そのまま成績落とさないならいいわよ。落としたら、冬休みは無くなったと思いなさい」と言われたらしい。その時の顔が恐ろしかったと秋人は言っていたが、やっと得られた自由にイキイキしていたように見える。
しかし、そんな楽園も一週間前に崩れ去った。
秋人曰く、返された模試の判定が、一気に転落していたらしい。理由は『解答欄をずらして書いてしまった』ということ。「いやぁ……最後に一問各場所ないなーって思ってたんだけど、直すまでの時間がなくて、結局そのまま……」と言っていた秋人は、顔が真っ青だった。
結果、「そんな凡ミスをするなんて受験生という自覚が足らない」ということで、塾通いへ逆戻りしてしまったのだ。
「あーーサボりてぇーサボっていいかな? いいよねー? ダメぇー?」
「駄目に決まっているだろ」
第三者の声が入って来る。振り返れば、夏生がいた。
「よ」と声をかければ「悪いな。捕まえててくれて助かった」と返された。そんなつもりはなかったのだが、夏生に感謝されるなんて珍しいことをわざわざ撤回したくないので、俺は「おー。大人しく待ってたぞ」と返しておいた。
「何だよ、二人して俺が問題児みたいに」
「実際そうだろ」
「問題児じゃなくて何なんだ」
「二人が冷たいッ!!」
うわあっ、と泣き真似をし始める秋人。
アンバランスな格好のまま駄々を捏ねる秋人。その腕を夏生が掴み、起き上がらせようと奮闘している。その光景を見ながら、俺はげらげら笑っていた。
夏生の奮闘の末、秋人はようやく起き上がった。
秋人が持っていたマフラーを夏生が手に取り、秋人の首に巻き付けていく。
「まるで甲斐甲斐しい新妻みたいだな」と言えば、「こいつが新妻とかありえないんだけど」と秋人に言われる。心底嫌そうな顔に、笑いそうになった。
「そうだ。俺は男だから言うなら甲斐甲斐しい夫だ」
「そういうことじゃないわ、馬鹿夏」
「? そうなのか?」
首を傾げる夏生に、秋人は大きく息を吐いている。夏生は天然というか、そう言った話に疎いから大変だな。
そう他人事のように思っていれば、秋人は俺をじっと見つめた。視線を合わせれば、はぁーあ……と重いため息を吐き出してくる。
「いいよなぁ、春は……塾に行かなくてもいいくらいの成績してんじゃん」
「その分、春は今まで勉強してきたんだ。それをお前がやっていないだけだろう」
「イヤミに正論やめてくださーい」
夏生の言葉に、秋人は口を尖らせる。
「嫌味って認めてるのかよ」と笑えば、「自己分析は得意なんで」と返された。なんでどや顔なんだよ。
夏生にマフラーを巻かれながら、秋人は「そういやさ」と話を始める。マフラーはすぐに巻き終わった。秋人の後髪がもこっと膨らんでいる。
「春って志望校決まったの?」
「ん? ああ、とっくに決めてるよ」
「マ? どこよ」
秋人が夏生からネックウォーマーを受け取る。秋人がそれを広げ、夏生が頭を下げた。
「××大学」
「××大学って、隣の県の!? あそこってスゲー偏差値高いところじゃなかった!?」
「まあ、そこそこ」
普通よりは有名なその大学の名前に、秋人が驚愕する。秋人がネックウォーマーを引っ張ったお陰で、掛けられていた夏生の頭がぐんっと引っ張られていた。
「秋人、夏生の首締まってる」と声をかければ、秋人はハッとしたように手を離した。顔を覆っていたネックウォーマーを夏生が自分の手で首へと直していく。「悪い悪い」と言う秋人に、夏生は頷いた。……それだけでお互い通じるのだから、幼馴染は凄い。
「で? なんでそこ選んだのさ」
「なんでって……」
「写真系の学科があるからじゃないか?」
夏生の言葉に、俺は肩を震わせる。それを秋人は目敏く見つけた。
「まじで!?」
「う、煩いな。いいだろ、別になんだって」
キラキラした視線が俺を見つめて来る。なんでお前がそんな嬉しそうなんだよ。
秋人の勢いに逃げるように目を背けていれば、秋人は「なんだ、そっか」と呟いた。
「春、写真辞めないんだな」
「お、おー……」
「そっかそっかー。いやぁ、俺てっきりもう春の写真見れなくなるのかと思ってたからさぁ。なんか嬉しいわ」
「俺もだ。春の写真は、見ていて飽きない」
俺は少し驚いた。まさか二人がそんなことを思っていたなんて。
(なんだろうな。これ)
スッゲー恥ずかしいのに、スッゲー嬉しい。
ちょっと前ならお世辞として受け入れられていたのに、今ではちょっと気分が良くなって浮ついてしまう。それもこれも、自分がその道に行きたいと思ったからだろうか。
「あ、ありがと」と呟けば、二人は少し驚いたように目を見開く。秋人が「おう」と笑い、夏生が微笑んだ。
「それにしても、急に決めたじゃん。何かきっかけとかあったの?」
「なんでそんなに気になるんだよ」
「いやだって、今まで写真に関して考えようとして来なかったじゃん」
秋人は机に腰かけながら、話をし出す。「秋、時間」と夏生が言うが、秋人は「もうちょっと!」と声を上げた。
「まさか、甘利君がきっかけとか?」
「!」
“甘利”の名前に、俺は大袈裟に肩を跳ね上げてしまう。反応してすぐに俺は後悔した。
(やべっ、過剰反応した)
弾かれたように顔を上げ、二人を見る。二人は気づいていたはずなのに、何も言わない。
「あ、あー。いや。アイツは、関係ないよ」
俺は視線を泳がしながら、呟く。秋人は少し間を開けて、「ふーん。そっか」と呟いた。
(今、完全に気を使われたな……)
申し訳ないと思いつつ、俺はどう反応したらいいのかわからないでいた。
甘利の事は未だ自分の中で処理できずにいた。
あの日。あの時。
俺の選択は果たして正しかったのだろうか。そんなことが頭の中をぐるぐる渦巻いて、離れない。その度にチリチリと心の端が焼けていくように痛む。
(……でも今更戻れない)
甘利の手を離したのは間違いなく自分だ。自分が決めた道なのだから、曲げるわけにはいかない。
俯き、黙り込む俺。肩を叩かれ、顔を上げた。
「秋人」
「何があったのかはわかんねーけど、俺は甘利くんと一緒に居た時の春、好きだったぜ」
「えっ」
「ほら、なんつーの? 二人して人間染みてて、空回っててさぁ。すげー面白かった」
「特に教室に甘利くんが突撃してきた時は傑作だったなー」と笑う秋人。その言葉に、夏生も同意を示した。俺は意外な二人の反応に、ぽかんと口を開けてしまう。
(……そんなふうに見えてたのか)
ていうか空回ってるってなんだ。人間染みてるってなんだ。
(人を勝手に面白がるなよ)
「まあ、何かあったんなら聞くから、言いたくなったら言えよ」
「待ってる」
ポンポンと肩が叩かれる。夏生の目が優しく細められた。
(秋人……夏生……)
歩き出す秋人に、夏生は「校舎出たら走るぞ」と告げていた。秋人の嫌そうな声が聞こえる。俺は込み上げて来る気持ちに、ぐっと喉を引き締めた。胸が痛む。けれど、それは冷たい痛みではなかった。
「っ、秋人! 夏生!」
二人が振り返った。教室にはいつの間にか自分達しかいない。
「ありがとな!」
笑顔で手を振って去って行く二人に、俺は少しだけ救われた気がした。
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