逃げた先に、運命

夢鴉

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一章 歪な世界

2-1 逃げた先で出会ったのは

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 ――青年は名前を宵月蜜希(よいづき みつき)と名乗った。

 俺が大学生だという話をしたら「大学かぁ、懐かしいなぁ」と言っていたので、歳は上。
 身長は俺よりも目線一つ分低く、身体は華奢。
 見た目だけで言えばオメガだろうか。

 オメガはその特性上、人を惹きつける外見をしている人が多い。
 綺麗だったり、男なのに華奢だったり。

 内面も加護欲をそそる性格をしていることが多い。

 見た目はともかく、蜜希さんにはそんな雰囲気は一切感じないけど。


「ていうか、良いんですか。俺たち初対面なのに」
「いいのいいの。こういうの慣れてるし」
「慣れてって……」

(もしかして、よく勘違いして飛び掛かってるのか?)
 俺は訝し気に隣を見る。
 ……そんな早とちりな人間には見えないけど。

「人を助けるのがじゃなくて、泊めるのが、ね」
「え? あ、ああ……」

 なるほど、そっちか。
 俺は納得する。

 確かに、もし人に飛び掛かるのが頻繁にある人だったら、やばい人だ。

(つっても、俺も助けられた覚えはないけど)

 寧ろ飛び掛かられて全身濡れネズミになっただけだ。
 でも蜜希さんとしては人助けをした気でいるらしい。随分都合のいい解釈だ。
 俺は小さく笑う。

 どうしてか。
 俺は豪胆にも思える蜜希さんの言動が逐一面白いと思ってしまう。
 この非日常感に、ちょっと浮かれているのかもしれない。

(やっぱり、蜜希さんはベータだろうな)

 オメガには思えない言動。
 フェロモンの匂いもしないし、間違いないだろう。

 ちなみに、俺が蜜希さんを名前呼びなのは、本人が「苗字だとややこしくなるから、名前で呼んでよ」と言ったからだ。
 決して俺が名前呼びを強要したわけでも、自主的にそうしたわけでもない。


(家に誘ったのも、ベータだからで説明が付く)
 ベータはアルファやオメガほど、フェロモンに影響されない。
 俺は出会った人がいい人で良かったと安堵した。



 カラカラと自転車のタイヤが回る音がする。
 自転車は蜜希さんのものだ。
 近くに買い物に来ていたところ、偶然俺を見かけたらしい。

 空は既に紺色に染まっていたが、思ったよりも明るかった。
 夏は本当に明るい時間が長い。

「こっちだよ」

 蜜希さんの案内で、街を案内される。
 港に近いその街は、思った以上に広く大きかった。

 しかし、目につくシャッターの多さに、ここが田舎であることを突きつけられる。

「もしかしてこの辺りは全部商店街だったんですか?」
「うん、そうらしいよ」
「らしいって」
「仕方ないじゃん。僕が物心ついた時にはほとんどこんな感じだったんだから」

「半分くらいは開いてたかもしれないけど、よく覚えてないし」と言う蜜希さん。
 口を尖らせて、まるで子供のようだ。

(可愛いな)
 そう思って、俺はハッとする。

 ……いや、可愛いってなんだよ。
 相手は男で、初対面の人間だ。
 そんな相手に可愛いなんて……おかしいだろ。絶対。

(浮かれすぎて、その辺りもわけわかんなくなってるのか?)

 俺は頭を振る。
 確かに蜜希さんは綺麗だけど、そういう対象じゃない、はずだ。


「着いたよ」
「ぁ」

 蜜希さんの言葉に、俺は顔を上げる。


「で――っ!?」


 ――――っか!!? 何だこの家!?


 目の前に聳え立つ、家。
 ……いや、屋敷と言った方がいいかもしれない。

 二階建ての屋敷は、見上げるほど大きい。
 右を見ても、左を見ても、この家の外壁が続いている。竹の壁なんて初めて見た。

(すごいな……)
 田舎が一軒が広くて大きいとは聞いたことがあったけど、まさかここまでとは。

「……もしかして、蜜希さんってお金持ちの子なんですか?」
「ふふふ。違うよ」

 俺の問いに、蜜希さんは笑う。
 違うと言っているが、それが本当かどうかは怪しいものだ。

 蜜希さんは外壁に沿って自転車を停めた。
「後で取りに来るけど、待っててね」と自転車のサドルを撫でながら呟く。

(え。今、自転車に話しかけたのか?)
 意外な面に、俺は瞬きをする。 
 本当に不思議な人だな、この人。

 俺は蜜希さんを視線だけで追いかけた。
 蜜希さんは正面の戸を横にスライドさせる。

「ただいま」と声を上げれば、中から人が出て来た。


「おかえりなさいませ――って、あら、蜜希じゃない。正面から入って来るなんて珍しいわね。どうしたの?」

 出迎えたのは、着物を着た中年の女性だった。

 髪を後ろで綺麗にまとめ、簪を指した女性は蜜希さんを見るなり、驚いた顔をする。
(蜜希さんの母親、なのか……?)
 似ていると言えば、似ているかもしれない。

 黒い髪に、どこか薄幸そうな表情。
 華奢な体が特に。

「ごめん、母さん。急なんだけど、一部屋空いてない? この子を泊めてあげたいんだけど」
「えっ」

 突然振られた会話に、俺は声を上げる。
 蜜希さんは「なに?」と首を傾げた。

(いや、俺泊まるなんて一言も言ってないんだけど)
 そう言いかけて、やめる。
 何となく言わない方がいい気がしたからだ。

(それにしても……そうか。やけに大きな家だと思ったら、旅館だったのか)
 数の多い靴箱を見た時点で気づけばよかった。

 広い玄関の壁には靴箱がずらりと並んでいる。
 よくよく見れば、女性の後ろにはカウンターらしき場所が見えるし、他の人もちらほらいる。皆、女性と同じ着物を着ているので、従業員だろう。

 壁に掛けられた灯りは四角くデザインされており、側面には『宵月』の文字が書かれている。

 ――良いところの旅館だ。
 俺は素直にそう思った。

「あら、そうだったの? 困ったわ。さっき全部埋まってしまったのよ」
「えっ、そうなの?」
「ええ。向かいの奥さんがご友人と女子会したいって急遽いらして」

 女性の言葉に、蜜希さんは「えぇ……」と残念そうに声を上げた。

(マジか)
 俺も内心小さく呟く。
 まさかここまで連れて来られて、予定が破綻するとは思ってもいなかった。

(どうするんだろう)
 他の案を出してくれるのを待つか? 
 それともやはり、ここは俺が自ら身を引くべきか。

「困ったなぁ……服貸すって言っちゃったんだけど」
「それなら、離れを使ったらどうかしら?」
「えっ」
「どうせもうほとんど帰っていないんでしょう?」

「なら、一晩くらい大丈夫じゃない?」と女性が言う。

(離れ?)
 別荘みたいなものか?

 聞き慣れない言葉に俺が状況を理解できないでいれば、蜜希さんは「離れかぁ……」と呟いた。
 何か引っかかることがあるのか、顔が難色を示している。

(……やっぱり断るか)
 わざわざここまで来てとも思うが、彼らを困らせたいわけじゃない。

 幸い、夏だから服も髪もほとんど乾いているし、この様子じゃ風邪を引くこともないだろう。
 ――それに。

(旅館は、オメガもアルファも多くいるから)
 もし何かがあったら、迷惑をかけることになってしまう。それだけは嫌だった。


「蜜希さん、あの」
「んー。まあ、仕方ないかぁ」
「……え?」

 蜜希さんの言葉に、俺は言いかけた言葉を飲み込んでしまう。
(ちょ、ちょっと待ってくれ)
 今、なんて?

 戸惑いに蜜希さんを見れば、けろっとしていた。
 さっきまで悩ましそうにしてたのに。
(そんな簡単に……)

「暁月くん、だっけ」
「あ、は、はい」
「一泊する場所、離れでもいい?」

 蜜希さんは変わらない声色で言う。
 俺は逡巡した。
(だから、泊まるって言ってないのに)

 ――でも実際、泊まれるのは有難い。
 まだ自分の心の整理が出来ていなかったから。

「……あの」
「うん?」
「見学だけでも、してもいいですか」

 俺の言葉に、蜜希さんは目を見開く。
 瞬きを繰り返し、ふはっと吹き出した。

「ふくくくっ、そ、そりゃあそうだ。こことは違って、どんなところかわからないもんね」
「す、すみません。疑ってるわけじゃないんですが」
「わかってるよ」

 蜜希さんは笑う。
 俺は(本当にわかってるのか?)と不安になった。

「よし、じゃあ行こうか」

 蜜希さんは旅館を出る。俺もそれに続いた。
 どうやら、離れは旅館の側面を通って行くらしい。



 蜜希さんが自転車を回収し、旅館の横の狭い道を通って行く。
 俺も続いてその道を進んで行けば、少しして開けた場所に出た。

「おお……!」
「ふふっ。凄いでしょ」

 俺は頷く。
 蜜希さんの声も、心なしか自慢げだった。

 開けた場所にあったのは、まさに日本庭園だった。
 白い砂に模様が書かれたような、そんな厳かな雰囲気ではないが、小さな石畳の道や池を渡る橋など、趣の深さは同等以上。
 旅館の利用者も入ることができるのか、数人、浴衣を着た人が出歩いていた。

 俺は無意識にスンと鼻を鳴らす。
 フェロモンの匂いはしない。代わりに緑の、植物の匂いがした。
 それが新鮮で、俺は大きく息を吸い込む。


「ここはうち自慢の庭だよ。ちなみに手入れしてるのは僕と、専用の庭師だけだよ」
「えっ。蜜希さんがここを?」
「ふふ。意外?」

 にやりと笑う蜜希さん。
 わかってて聞いているのが丸わかりだ。

(意外どころか驚いたけど、それを素直に言うのはなんだか癪に障るな……)

 俺は少し考えて「想像はしてなかったですかね」と答えた。蜜希さんが小さく笑う。

「ふふ。だよね。僕もそう思う」
「?」
「さ。邪魔にならないうちに早く行こ」

 蜜希さんが足早に進む。

 俺は不安定な場所を置いて行かれないように慎重に歩いて行った。
 歩くことに集中しきってしまった俺は、蜜希さんの言葉を問い直すことは出来なかった。
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