逃げた先に、運命

夢鴉

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一章 歪な世界

1-2 蜜色の瞳

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 バシャバシャと海の中を歩く。
 聞こえる水音はどこか遠くて、俺はじっと目の前の青年だけを見つめていた。

 青年のうなじを見つめる。
 水滴が白いうなじを辿ってTシャツの中に入っていった。
 ……ただそれだけの事から、目が離せない。

(触ったら、どうなるんだろう)
 俺は無意識に考えていた。

 冷たいのか、温かいのか。
 柔らかいのか、硬いのか。

(触ってみたい)

 俺は無意識に伸ばしかけた手に気づいて、慌てて下ろす。
 一体俺は、何を考えているのか。

(落ち着け、俺)

 青年と会ってから、まるで自分が自分じゃないみたいだ。

 今だって背中がチリチリと焼かれる。
 焦りにも似た感情に喉の奥が渇く。

 これもフェロモンのせいなのだろうか。
(俺が、アルファだから……)


「……ぇ、……ねえってば」
「!」

 かけられる声にハッとする。

 顔を上げれば、青年と目が合った。
 ムスッとした顔をする青年に、俺は慌てて「すみません」と謝罪する。
 青年は「まあ、べつにいいけど」と呟いた。

「それより、君の荷物は?」
「え?」
「荷物! ないの?」

 俺は「あ、ああ……」と声を零す。
 周囲を見渡し、俺は米粒ほどになった荷物を指差した。

「あれ、ですね」
「盗難注意って書いてあるのに、こんなに遠くに……無防備だなぁ……」
「はははは……」

(そんなこと言われても)
 俺は誤魔化すように笑う

 ここにいるのは俺だけだし、別に盗られて困るものもない。
 そう思ったが、言わないでおいた。

 見たところ青年は年上だし、反論するより大人しく従っておいた方がいいだろう。
 こういう人は、俺がアルファだと知ると手のひらを返すのだ。
(知られる前にさっさと離れたいな)

 手を引かれながら、思う。

 青年の横顔に、心臓が音を立てた。


 荷物の場所まで連れて来られ、俺は青年に鞄の中身を確認するように言われた。
 言われるがまま中を確認し、特に盗まれたものがない事を告げる。

「運が良かったね」

 そう言われ、俺は苦笑いをこぼす。
(運とかじゃなくてただ誰もいなかっただけだろ)
 そう思ったが、言わないでおいた。


「それで? 君はなんであんなところにいたの?」
「は?」

 青年の問いかけに、俺は首を傾げる。
 張り付いた服が気持ち悪い。服の裾を絞って、水を落とした。

「どういうことですか?」
「そのままの意味だよ」

 青年も同じように服を絞る。
 ぼたたた、と水が落ち、砂が色を変える。

「えっ、もしかして、入水禁止でした?」
「いや、そうじゃないけど。シーズンになったらみんなここに遊びにくるし。そうじゃなくてね、あそこ、結構深いところなんだよね」

「意味わかる?」と問われ、俺はもう一度首を傾げた。

(意味?)
 深いところに入ったら危ないとか?
 泳げるのかっていう確認か?

 俺は首をひねる。
 青年は小さく息を吐くと、「じゃあ教えてあげるけど」と口を開いた。

「あそこ、自殺の名所なんだよね」
「は?」
「だから、君もそうなのかなって思って助けに入っちゃったんだけど」

「話してみたら違ったみたいだし、服はびしょ濡れだし。最悪だよ、本当」と青年は呟く。

(前半はわかるけど、後半は自分のせいじゃないか?)
 そもそも間違えたのはそっちなのに。

(いや、本人的には助けに入っただけだから、勘違いさせた俺が悪いのか……?)
 ウンウンと唸る。
 何だろう。全然納得がいかない。
 だが、責めるのは違う気がして俺は口を噤んだ。

「……そうすると、俺の服が濡れたのは、誰のせいになるんですかね?」

 口が滑ってしまったのは、無意識だった。

「えっ?」
「あ、すみません。生意気な口を利いてしまって」

 俺は咄嗟に謝る。
 アルファが言うと何でもかんでも上から目線になるみたいだし、穏便に済ませるにはこうした方がいい。
 そう思って謝ったのだが――。

「謝らなくていいよ。君の服が濡れたのは僕のせいだし」
「え」

 彼はあっさりと認めてしまった。
(いいのか、そんなので)
 俺は困惑する。

「それにしても君、すぐに謝るんだねぇ」

 クスクスと笑う青年。
 その笑顔に見惚れながら、「そう、ですか?」と呟いた。

 海の風が吹く。
 彼の黒い髪がさらりと揺れた。蜜色の瞳は楽しそうに三日月を作っている。

(なんか……初めて会う人種だな)
 思っていたのと違う反応に、俺はちょっと面食らってしまう。
 トクンと心が脈を打つ。


 「仕方ないなぁ」と彼は言うと、俺に向き合った。
 手を差し出され、俺は見上げる。

「来て。服と風呂、貸してあげる」


 その言葉に、俺は一瞬躊躇った。

 外はもう暗くなり始めている。冷えた海風は、俺の身体から熱を容赦なく奪っていく。
(いい、のか)
 俺はアルファで、人によっては警戒しないといけない種だ。

 でも目の前の人はそれを聞いてくることもしない。
 まるで自分が一人の人間として見られているみたいだ。

 迷っていると、ブルリと体が震える。
 小さなくしゃみが出た。それを聞いた彼が「ほら、早く」と手を揺らし、急かす。

 蜜色の瞳が、俺を見つめていた。


「……よろしくお願いします」

 鼻を啜り、その手を取る。
 青年は満足そうに笑った。

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