逃げた先に、運命

夢鴉

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二章 新しい自分

7-3 甘い毒と悪意

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 俺は蜜希さんに引っ張られるまま、離れに帰ってくる。
「ただいまー」と中に入った蜜希さんが、そのままキッチンへと向かう。

 勝手知ったるなんとやら。
 蜜希さんがお茶を冷蔵庫から取り出し、やかんでお湯を沸かす。
 流れるように棚の中を漁った。見覚えのある光景だ。

「夕食、カップ麺でいいよね」
「あ、あの……」
「あ。プリンは明日の朝食べるって連絡入れておくから、安心して」

 蜜希さんは有無を言わさず準備を進めていく。
 俺はその背中を、ただ見ている事しか出来なかった。

「先に上がってれば?」と言われ、俺は頷く。
 重い足で二階に上がり、俺は布団の近くに荷物を置いた。

(頭がぼーっとする)
 ぼんやり荷物を見つめる。
 どんどん体が重くなっていく気がして、俺は座り込んだ。

 座って少し。
 蜜希さんがお盆にお茶とコップを乗せて、上がって来た。
 俺を見て、「あらら」と蜜希さんが呟く。

「暁月くん。座ってるのキツかったら寝転んでていいからね」
「は、い」

 俺は蜜希さんの言葉に甘えることにした。

 畳の上に横になる。
 冷たい畳の温度が心地いい。
 大きく呼吸をすれば、吐く息と共に体が沈んでいくみたいだった。

「ちょっと窓開けるね」と蜜希さんが俺を跨いで窓を開ける。
 俺は蜜希さんの細い足首をぼうっと見つめていた。

(今、俺はどんな状態になっているんだろう)
 自分の状況がわからない。
 身体を動かそうとしても、鉛でも入っているかのように重くて動かない。

 視線を動かし、蜜希さんを見る。
 蜜希さんは「あっつー」と首元の服をパタつかせ、お茶を飲んでいた。
 じっと見ていれば、蜜希さんの手が俺の肩に触れる。

 ――『大丈夫。ちゃんと話聞くから』。

 蜜希さんの声が頭を過る。
 ああ、そうだ。彼はちゃんと聞いてくれる。

「……蜜希さん」
「んー? なに?」
「その……さっきの話、なんですけど」

「うん」と蜜希さんは小さく頷く。
 蜜希さんはただ俺の言葉を待っていた。

「俺の親父――アルファなんですけど。お見合いで同じアルファである母と結婚したんです。……所謂、政略結婚ってやつです」
「政略結婚」
「今時古いですよね。でも結構アルファの世界では、未だに多いんですよ」

 俺は目を閉じて、譫言のように呟く。
 誰にも話したことのない、自分の過去。
 忌々しいと封印してきたのに、今は不思議と零れ落ちていく。

「アルファ同士で子供を作れば、優秀なアルファになる。そう信じてる人が一定数いるんです」

 生まれてくる子供の性なんて、選べるわけがないのに。

「世の中ではそういう人を“ブリーダー”と呼んだりします。……子供はあんたらのペットかよって思いますよね」
「そうだね」
「オメガへの理解も一定数ありますけど、やはり純粋な“アルファ”にするために拘る人も多くて。父の両親――祖父母は、そのタイプだったんです」

 蜜希さんは頷く。
 僅かな言葉の相槌。それがどれだけ温かいものか、俺は知っている。

「そんな両親の元に、無事アルファとして生まれたのが俺です。それはもう、喜ばれました」

 あの時の両親の笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
 いい意味でも、悪い意味でも。

「最初は良かった。平和な家庭で、父も母も子供である俺をちゃんと見てくれた。賞を取れば褒めてくれたし、頑張った分だけ評価される世界に自分自身ハマっていたように思います。……ですが、十年前くらいかな。家政婦として雇った女性がオメガで、更には父の運命の番だったことが判明したんです」
「!」

 蜜希さんの息を飲む声が聞こえる。

 ――“運命の番”。
 アルファとオメガ間だけに存在する、魂の繋がり。
 それはどんなものよりも強固で、本能的だった。

「……そこからはもう、散々でした。オメガの女性に入れあげた父は、俺がいるのに寝室から出てくることなく欲を貪り続け、母はそんな父に愛想を尽かして出て行きました。……俺を置いて行ったのは、父へのちょっとした嫌がらせだと思ってました。その後、母にも外に相手がいたと知るまでは」
「……嫌がらせでも気持ちのいい話じゃないでしょ、それ」
「そう、ですね。そうです。でも、俺は当時、俺を使って母が父に復讐しているのだと本気で思ってました」

 俺は嘲笑を浮かべる。
 どこまでも馬鹿で愚かだった幼少期。
 信じていたものすべてが仮初めだった時の、絶望といったら。

「それでもよかった。復讐としてでも、母が俺を頼ってくれたのだと思っていたから」
「暁月くん……」
「でも、それすらなかった。俺は母にとってただた、不要な存在だったんです」

 道端に捨てられたゴミと同じ。

「わかってるんです。運悪く、父と母が“そういう人間”だったってことは。でも、もし家政婦の人がオメガだって最初から申告していたら? そもそもアルファ同士じゃなくてアルファとオメガで結婚していたら? 全部怒らなかったことなんじゃないかと思ってしまうんです」

 オメガとアルファ。
 能力に違いはあれど、性質は結局同じなのだ。

「自分のオメガを前にした時の父と母の顔は、今でも忘れられません。自制の利かないアルファは、ただの獣と同じです」

 話しながら頭を過るのは、大学の友人たち。
 アルファだからと遊び回る奴ら。
 オメガであることを武器にして、わざと近づいてくる奴ら。
 アルファがいるとオメガが釣れるからと寄って来るベータの奴ら。
 全員、反吐が出る。

(消えてしまえばいい)

「だから、俺はアルファが嫌いだし、オメガの人も苦手なんです」
「……そっか」

 アルファもオメガも、それに擦り寄るベータも。

 俺はぐっと奥歯を噛みしめた。
 そうでもしないと、この場にそぐわない罵詈雑言が飛び出してしまいそうだった。

 蜜希さんは俺の肩をポンポンと軽く叩く。
 まるで子供をあやしているみたいだった。

 俺は少し落ち着いた心情に気付いて、息を吐く。
 少し、話過ぎてしまった。

「すみません、こんな話。楽しくないですよね」
「うーん……まあ、そうかもしれないけど」

「僕は、暁月くんのことが知れてよかったなって思うよ」と蜜希さんが続ける。
「えっ?」と素っ頓狂な声がでた。
 蜜希さんが笑って「だってそうでしょ?」と俺の頭を撫でた。

「あんな顔して『なんでもありません』なんて顔された方が、よっぽど不信感あるよ」
「うっ」
「だから、正直に話してくれただけ、俺にとっては好印象なの」

「だからさ。話さなきゃよかったなんて思わなくていーよ」と、蜜希さんは言う。

 わしゃわしゃと俺の頭をかき混ぜた。
「ちょっ、蜜希さんっ」と声を上げる。
 蜜希さんの手を捕まえて離せば、「ふふふ、アフロになっちゃったね」と笑われた。

「っ、寝転がってるからそう見えるだけです!」
「どういう理屈?」

(そんなの、俺が知りたい)
 咄嗟に言い訳をするにしても、今のは無かった。

 カァッと熱が込み上げる。
 居た堪れなさに俺は視線を逸らした。

 蜜希さんはそんな俺を見て笑っている。
 そのことに、心臓がきゅうっと締め付けられた。
(笑って、くれるのか)
 あんな話を聞いても、尚。

 ぐっと込み上げる感情を、喉元で止める。
 ツンと鼻の奥が痛くなった。

 徐ろに、蜜希さんの手が俺の目元を隠した。

「何、ですか」
「ううん。暁月くんは、たくさん頑張ったんだなーって思って」
「!」
「だからさ、ほら」

 ――今なら誰も見ていないよ。

 蜜希さんの声が静かに聞こえる。
 俺は喉を引き攣らせ、蜜希さんの袖を掴んだ。
 堪らず蜜希さんの身体を引き寄せ、腕の中に収めた。

 蜜希さんの驚いた声が聞こえる。
 ひぐりと、喉の奥が歪な音を立てた。

「あ、暁月く――」
「っ、すみません。蜜希さん。少しの間……こうしてても、いいですか」

 歪な音が声になって蜜希さんに問いかける。
 ぎゅうっと蜜希さんの身体を抱きしめて、俺はその肩に顔を埋めた。
 そんなつもりじゃなかったのに、涙が次から次へと溢れていく。

「……仕方ないなぁ。少しだけだよ?」

 蜜希さんの柔らかい声が降り落ちる。
 その声に、心底安堵してしまう自分がおかしくて、つい笑ってしまった。


『頑張ったんだね』


 その言葉が、俺はずっと欲しかったのだ。
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