26 / 62
二章 新しい自分
10-2 弟から見た彼のこと
しおりを挟む採点を入れて、一時間後。
勝利の女神がほほ笑んだのは、俺の方だった。
「くっそ!」
朝陽が苛立たし気に施設のタイルを蹴る。
俺は伝票を片手に、上機嫌にその前を歩いていた。
蜜希さんは苦笑い気味に俺の隣を歩いている。
「もう、あんまりイライラしないの」
「うっせ!」
「此処の料金、全部持ってもらうよ?」
蜜希さんの脅しに、朝陽は黙り込んだ。
彼は未だ学生だ。
バイトをしているとはいえ、三人分のお金なんて大ダメージだろう。
朝陽は「大人げねぇな」と吐き捨てるが、蜜希さんは「大人でも人間だからね、こっちも」と言葉を返す。
『やられたらやり返す権利はある』と言いたいのだろう。
(気持ちはわからなくないけどな)
俺は苦笑いしながら、カウンターに伝票を出した。
数曲歌った合計点で競うことにした俺と朝陽の点差は、僅か三点差だった。
とはいえ、歌の三点は結構大きい。
だからこそ、朝陽の悔しさは理解できた。
(でも、これで大きな顔はしなくなるはず)
アルファの性なのか、男の性なのか。
こうして勝負をして負けた後は、少しの間大人しくなるものだ。
(まあ、机を蹴ったことは蜜希さんが謝らせてたし)
勝ったのを盾に、今後は敬語と名前にさん付けで呼ばせることを約束したので、俺としては清々しい気持ちでいっぱいだが。
「ごめん。ちょっと僕、お手洗い行ってくるね」
「わかりました」
娯楽施設を出て、上階に上がったところで蜜希さんが言う。
俺は施設の中で行ったので、待っていることにした。
トイレの近くの壁にもたれ掛かれば、少し距離を開けたところに朝陽が立つ。
なんだかんだ大人しく待っているのだから、本当に蜜希さんが大好きなのだろう。
……しかし、この状況は思った以上に緊張する。
俺は気まずさに、ちらりと彼を盗み見た。
不服そうな顔をしたまま、どこかを見つめる朝陽は、こっちを見ようともしない。
(嫌われてるな、俺)
まあ、わかっていたけど。
俺は視線を戻して、小さく息を吐いた。
――確かに、学校の寮から帰ってきたら見知らぬ男が自分の家に住み着いていたなんて、普通嫌だろう。
俺だって嫌だと思う。
それがアルファなら、猶更。
(そう思うと、申し訳ない事したな)
まあ、今更どこか別のところに行こうとは思わないけど。
「なぁ、アンタ」
「約束」
「……暁月、サン」
渋々呼ぶ彼に、俺は「何?」と答える。
彼は心底嫌そうな顔をして、俺を見ていた。
「アンタ、兄貴の何?」
「何って、何が?」
「っ、だから! 付き合ってんのかって聞いてんだよ!」
真っ赤になって叫ぶ朝陽。
予想外の言葉に、俺は瞬きが早くなる。
(あれだけ蜜希さんが否定してたのに)
この子は何を言っているんだ?
「……蜜希さんの言葉、聞いてなかったのか?」
「聞いてたに決まってんだろ。けど、アンタを見てりゃわかる。――少なくとも、アンタはそう思ってないんだろ」
俺は息が止まるような気がした。
まさか、彼にバレているとは思っていなかったのだ。
(何故? いつ、どこで気づかれた?)
誰にも分らないように気を付けていたのに。
冷や汗が背中を流れる。
そんな俺を他所に、彼は「そんな顔すんじゃねーよ」と吐き捨てた。
「安心しろよ。兄貴はわかってねぇから。俺がアルファだから気付いたってだけで」
「……どうして」
「フェロモン。兄貴に付けてんだろ」
「それも、べったりと」と言われ、俺は無意識に息を殺した。
手を握りしめる。
爪の先が手の平に突き刺さって、痛い。
流れる冷や汗が止まらない。
(なん、で)
そんなつもりなかったのに。
「まあ別に? アンタが兄貴とどういう関係だろうが、どうでもいいけどな。ただ、兄貴は……すげぇお人好しだからな」
「やっぱりブラコン……」
「うるせえ! 別にアンタが特別なわけじゃねーから! 勘違いすんなよ!」
吐き捨てるように言う彼に、俺は瞠目する。
「当然だろ」とすぐさま呟けば、彼は意外そうな顔で俺を見る。
「蜜希さんの優しさは俺限定じゃないっていうのは、もうわかり切ってる。それでも、俺は蜜希さんに優しくされたら嬉しいし、優しくされているのを見たら羨ましく思う」
「……アンタ、恥じらいとかねぇわけ?」
「ないな。ない」
そんなもの、持っていても何の役にも立たない。
俺は言外にそう伝えた。
朝陽は後頭部をガシガシと掻く。
「チッ……マジでいけ好かねぇ野郎だな、アンタ」
「奇遇だな。俺も同じこと思ってるよ」
「うぜぇ」
ケッ、と吐き捨てる朝陽。
(そっちから話しかけて来たくせに、ひどい言われようだな)
彼の理不尽さに、俺は小さく息を吐く。
まあ、別にいいけど。慣れたし。
朝陽から視線を外し、トイレの方を見る。
丁度、扉の向こうから蜜希さんの姿が見えた。
彼は杖を突くおじいさんを優先して、ドアを開けて待っている。
その姿に心の奥が温かくなった。
(いいな)
好きな人のそういう面を目の当たりにして、俺は急に誇らしく感じる。
蜜希さんを手助けに向かおうとして――それよりも早く、朝陽が動き出した。
「……アンタが何を企んでるのかは知らねぇけど、兄貴を傷つけたら容赦しねぇからな」
低く、地を這うような声だった。
俺は無意識に足を止めてしまった。
朝陽は振り返り、俺を見る。
ポケットに手を突っ込んで、まるで不良のような出で立ちだった。
「まァ、どうせ望みなんかねぇだろうけど」
「えっ」
「それと、さっさと兄貴に付いてるアンタのフェロモン、どうにかしろよ」
彼の言葉に、俺の脳は真っ白になった。
(望みが、ない?)
まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
(……そんなに嫌われていたのか、俺)
揶揄い混じりの声ではないのが、余計に落胆を生む。
俺はぐっと眉を寄せた。
(今度、絶対に一泡吹かせてやろう)
俺はそう心の中で決めた。
――この時、彼の言葉の意味を深く考えなかったことを、俺は近い将来にひどく後悔することになるとは知らずに。
10
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~
伊織
BL
「オメガ判定、された。」
それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。
まだ、よくわかんない。
けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。
****
文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。
2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。
けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。
大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。
傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。
****
もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。
「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。
多分嫌いで大好きで
ooo
BL
オメガの受けが消防士の攻めと出会って幸せになったり苦しくなったり、普通の幸せを掴むまでのお話。
消防士×短大生のち社会人
(攻め)
成瀬廉(31)
身長180cm
一見もさっとしているがいかにも沼って感じの見た目。
(受け)
崎野咲久(19)
身長169cm
黒髪で特に目立った容姿でもないが、顔はいい方だと思う。存在感は薄いと思う。
オメガバースの世界線。メジャーなオメガバなので特に説明なしに始まります( . .)"
強欲なる花嫁は総てを諦めない
浦霧らち
BL
皮肉と才知と美貌をひっさげて、帝国の社交界を渡ってきた伯爵令息・エルンスト──その名には〝強欲〟の二文字が付き纏う。
そんなエルンストが戦功の褒美と称されて嫁がされたのは、冷血と噂される狼の獣人公爵・ローガンのもとだった。
やがて彼のことを知っていくうちに、エルンストは惹かれていく心を誤魔化せなくなる。
エルンストは彼に応える術を探しはじめる。荒れた公爵領を改革し、完璧な伴侶として傍に立つために。
強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。
※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。
※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。
※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。
※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる