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二章 新しい自分
10-3 湯煙ハプニング
しおりを挟む日も暮れ、俺達は宵月家へと帰ることにした。
裏口から入り、宵月家へと向かう。
すると、タイミングよく玄関から顔を出した女将さんと目が合った。
目が吊り上がり、彼女の顔はみるみるのうちに般若を宿した。
「朝陽! やっと帰って来たわね!?」
「ゲッ」
「げって何よ、げって!」
女将さんは走り寄ってくると、彼の頬をギリギリと引っ張る。
「いだだだ!」と声を上げる朝陽。
(あの怒り方は宵月家の遺伝なんだな)
俺は自分の頬が痛む幻覚を覚えつつ、そう思う。
朝陽はうんざりした顔で、赤くなった頬を撫でている。
舌打ちをしそうな雰囲気だ。
しかし、「 蜜希から連絡来てなかったらアンタの飯なかったわよ!」と女将さんもカンカンである。
母は強し。
反抗期真っ只中の朝陽は、文句ひとつ言えていなかった。
(蜜希さんの時とはえらい違いだな)
俺は蜜希さんを見る。
「ごめんね、変なところ見せて」と言われたので、俺は「いえ」と首を振っといた。
まったくもって、気にしてない。
「本当にこの子は……もう、さっさと手洗ってきなさい。蜜希も」
「うん」
「あ、じゃあ俺はこれで――」
「あら。凛くんも、よかったら食べていかない?」
「えっ」
俺は紙袋を蜜希さんに渡しながら、フリーズする。
まさか、夕飯の誘いを受けるなんて思わなかった。
予想外だったのは俺だけじゃなかったらしい。
「はあ゛!?」と朝陽が声を上げる。
蜜希さんは「いいじゃん。食べていったら?」と言った。
(そんな簡単に……)
俺はチラリと朝陽を見る。
心底嫌そうな顔だ。
……よし。決めた。
「ありがとうございます。ご馳走になります」
「なっ!?」
「あら、よかったわ!」
パァっと華やぐ女将さんと蜜希さんの顔。
対して朝陽は心底嫌そうな顔をしていた。
俺はフンっと鼻を鳴らしてやる。
俺の、宵月家への心証の良さをみたか。
そう言いたい気分だった。たぶん、朝陽もそれを察しているだろう。
悔しそうな目で見られた。
俺は家に入ると、蜜希さんの案内で洗面台に向かう。
交代で手を洗い、廊下を歩く。
宵月家へ入ったのは、これが初めてだった。
(すごい、立派な家だな)
古めかしいが、所々リフォームがされている。
祖父母も一緒に住んでいるようで、バリアフリーが徹底されていた。
まあ、蜜希さん曰く、当人たちは海外でバカンス中らしいけど。
「元気だよね~」と蜜希さんはほのぼのしながら言っていた。
リビングに案内された俺は、早々に近くの席に座らされた。
広いリビングは畳で、十畳ほどの大きさだった。
中心には部屋を横切るような形で横長の机があり、左右に均等に座布団が置かれている。
まるで旅館の宴会席の様だった。
「すごい広いな」
「あ? これくらい普通だろ」
「普通じゃないだろ」
座らされたのは、客人である俺と、今回の主役の朝陽だった。
蜜希さんは台所にいる女将さんと旦那さんに、手伝いを申し出に向かってしまった。
もちろん俺も行こうとしたが、人様の家である上、蜜希さんに「座ってて」と言われてしまえば、動くこともできない。
(むしろ手伝わせてもらえた方がよかったんだが……)
ちらりと朝陽を見て、思う。
朝陽はスマートフォンを取り出し、弄り始めている。
そういえば、俺のスマートフォン、鞄に突っ込んだまま放置してたな。
ここに来てから使う機会がなかったから、すっかり忘れていた。
「はい、お待ちどうさまぁ」
間延びした女将さんの声と共に、大量の料理が運ばれてくる。
俺は咄嗟に手を出しかけ、ひっこめた。
料理を出す時、客に手を出させるのは旅館側としては良くないことだ。
俺は料理の位置を調整するだけに留めた。
女将さんと蜜希さんは、どんどんと料理を運んでくる。
並べ終わった机は、壮観だった。
「すごいですね……!」
「ふふっ、そうでしょう? 旦那が腕を奮った料理だもの。絶対美味しいから期待しててちょうだい」
「こら、早苗。あんまり下手なことは言うもんじゃないよ」
「普通に味わってくれ」と旦那さんが眉を下げて言う。
十人見れば十人が『良い人そう』だという印象を持つ彼は、女将さんとかなり仲がいいそうだ。
旅館内でもよく離しているのを見かける。
俺は「ありがとうございます」と無難に返事をし、宵月家のみんなと手を合わせた。
「いただきます」
響く挨拶。
五人分の声を一斉に聞くのは、人生で初めての事だった。
夕食を終え、俺はそのまま旅館の風呂を借りることになった。
女将さん曰く、「もう従業員くらいしか入らない時間帯だから、ゆっくりして行ったらいいわ」とのこと。
蜜希さんがトイレに立った隙にタオルと着替えの浴衣を押し付けられ、風呂場へ案内される。
初めて入る旅館の大浴場に、俺の気分は最高潮だった。
「すごい。広い。声が響く」
感動の三セット。
露天風呂には入ったことはあるが、それも小さい頃だけだ。
一人で入れるようになってからは、大体部屋に備え付けのシャワーで済ませるようになっていたし、それで何も不便はなかったけど。
「やっぱり、浴槽で足伸ばせるの最高だな……」
はぁ……と息を吐き出して、呟く。
数日だけならシャワーでもいいが、やはり長期間となると湯船に浸かりたくなるのは、日本人の性だろう。
とはいえ、離れの風呂は自分には狭くて、入ったとしても中々足が伸ばせない。
俺の生活の中で、ちょっとした不満の種でもあった。
しかし、見ろ。この状況を。
広い湯船。伸ばせる足。空には満点の星空。
贅沢が揃っているこの状況を、貸し切りというさらに贅沢で提供されている今。
俺は内心で女将さんに両手を合わせた。
(ありがとうございます、女将さん)
「あ゛ー……体にしみるぅー……」
肩まで浸かり、温かい感覚に堪らず声を出す。
この湯船がそのままあの離れにも欲しい。
「うわぁ、すっごい今の。おっさんみたいな声だったね」
「!!?」
バシャっと湯が跳ねる。
湯船の縁に乗せていた俺の腕が、湯の中に落ちた音だった。
ぎょっとして振り返れば、そこには裸の蜜希さんが一人。
濡れた黒い髪をオールバックにし、しゃがんだ足に両肘を乗せてこちらを覗き込んでいた。
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