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二章 新しい自分
13-2 お誘い
しおりを挟む俺は今すぐ逃げたくなった。
このままじゃ、折角抜け出そうとしているのに、再び蜜希さんの沼に囚われてしまいそうだった。
じり、と後ろに下がれば、シュレッダーに足が取られる。
ひっくり返ってしまった小さなシュレッダーは、先ほど食べたばかりの紙を床に吐き出してしまった。
俺は慌ててそれらを拾う。
朝陽の「何してんだテメェ」という声が聞こえないほど、俺は焦っていた。
「そういえば朝陽、さっき母さんが呼んでたけど」
「げっ」
「まーた適当な仕事したんでしょ? 今度は何したのさ」
「べ、別に何もしてねェよ」
「ふーん? まあいいけど。何もしてないなら、早く行って誤解解いてきた方がいいよ」
蜜希さんと朝陽の会話が、背後から聞こえる。
会話が終わりに向かうのを感じて、俺は急いで紙をかき集めていた。
床に散らばった紙を粗方片付け終え、俺は箒を取りに向かう。
事務所の奥の掃除道具から帰って来れば、そこにはもう朝陽の姿はなかった。
(やべ)
俺は再び後退る。
今度は引っ掛からなかったが、蜜希さんの目は俺をじっと見つめていた。
――何を言われるんだろう。
そんな不安が俺の心を過る。
ドクドクと心臓が音を立て、緊張が走る。
身体が強張り、背には冷や汗が伝った。
「暁月くん」
「はっ、い」
声がひっくり返った。
俺は込み上げる恥ずかしさに顔を染める。
さっと視線を床に逸らせば、蜜希さんが俺の前まで歩いて来た。
逃がさないと言わんばかりである。
(もしかしてこれ、怒られるやつか……?)
ここ最近、蜜希さんと顔が合わせられなくて、逃げていた。
それを叱責されるのでは、と俺は思った。
――しかし、落とされた言葉は俺を責めるようなものではなかった。
「今日の仕事、いつ終わりそう?」
「えっ」
俺は拍子抜けに声を零した。
蜜希さんはじっと俺を見つめたまま動かない。
「え、っと……一応、任されてる仕事はもうそろそろで終わります、けど……」
「そう。それじゃあ、早く終わらせちゃって」
「えっ、ちょっ」
蜜希さんが俺の手から箒と塵取りを奪い取る。
「俺やりますから!」と声を上げたが、蜜希さんは振り切って床を掃除し始めた。
蜜希さんの名を呼べば、彼は顔を上げる。
いつも通りの、柔らかい表情だった。
「暁月くんさ、早く仕事終わらせて。付き合って欲しいところがあるんだけど」
「付き合って欲しい所って……?」
「内緒。とにかく、早くね」
蜜希さんはそれを言うと、再び掃除を始めた。
俺が落とした紙屑だけではなく、事務所全体の床を掃除する気らしい。
俺は何が何だかわからないまま、椅子に座る。
(なんかよくわからないけど、蜜希さんが俺と一緒に居たいって言ってくれてるんだ)
その気持ちに応えようとしない選択肢は、俺にはない。
俺は再びキーボードに手を添えた。
既に任せられた九割の仕事は終わっている。
残りの一割を埋めるため、俺はパソコンの画面に食らいつく。
この時にはもう、胸の痛みはどこかに紛れていた。
「なんか、タイピング音が音楽みたいなんだけど」
「? そうですか?」
「早すぎて怖い」
「失敬な」
俺は最後のエンターを押して、パソコンの画面を閉じた。
蜜希さんは既に掃除道具を片付け終えていた。
「それじゃあ、行こうか」
言われるがまま、事務所を後にした。
蜜希さんのうなじはいつも通り綺麗で、跳ねた髪は上機嫌に揺れている。
俺は苦い気持ちを思い出しながら、彼の後を追いかけた。
10
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