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二章 新しい自分
14-1 デート(仮)第二弾
しおりを挟む「蜜希さん、これって……」
「ん? 浴衣だけど、知らない?」
「いや、それは知ってますけど」
俺は困惑した声で告げる。
着付けをしてくれていた女将さんが「もうちょっと腕あげてくれるかしら」と俺に言う。
腕を上げれば、再び女将さんの手が動き出す。
「なんで俺は浴衣着させられてるんですか」
「そんなの、お祭りに行くからに決まってるでしょ?」
「“お祭り”?」
首を傾げ、蜜希さんの言葉を復唱する。
蜜希さんは楽しそうに頷いていた。
(祭りがあるなんて、全然知らなかった)
最近街が浮き足立っているなとは思ってたけど。
俺は帯を締められながら、街の様子を思い出そうとする。
――だが、思い出せたのは蜜希さんとのことだけだった。
「嘘だろ……」
「? 何か言った?」
「いえ、なんでもないです」
首を振って否定する。
自分がどれだけ蜜希さんのことを考えていたのか思い知った気がして、俺は気恥ずかしくなった。
(よし、切り替えよう)
俺は小さく深呼吸をして、自分に言い聞かせる。
「よし。動いていいわよ」
「ありがとうございます」
女将さんの言葉に、俺は自分の姿を見下げた。
着せられたのは、ベージュ生地の浴衣だった。
紺色の四角模様が所々で重なっている源氏香柄は、一見大人しい印象を与えてくる。
しかし、合わせられた黄色の帯が大人しさから派手へ一気に舵を切っていた。
「これ、ちょっと派手じゃないですか?」
「大丈夫だよ。似合ってるし」
「本当に言ってます?」
「うん」
頷く蜜希さんに、俺はぐうっと押し黙る。
蜜希さんに言われてしまったら、信じるしかない。
俺は所在なさげに浴衣の襟元に触れつつ、蜜希さんを見た。
「ありがとう、ございます……その、蜜希さんもすごく、似合ってますよ」
「本当? ちょっと子供っぽいかなって思ってたんだけど」
「いえ。むしろ色気が爆発してます」
「色気?」
しまった。
俺はハッとして口を押える。
蜜希さんは首を傾げており、俺は胸を撫で下ろす。
(蜜希さんが鈍感でよかった)
サッと視線を逸らして「なんでもないです」と呟けば、蜜希さんはそれ以上深入りしてこなかった。
蜜希さんが着ているのは、紺色の生地に斜線柄がまばらに入っている浴衣だった。
俺よりも明度の高い帯をしている。
一瞬夏の夜空を彷彿とさせる色合いだった。
「暁月くん、こっち」
「あ、はいっ」
蜜希さんに手を招かれ、俺は玄関先へと向かう。
女将さんが「気を付けて行ってくるのよ!」と声を上げる。
二度目に見た宵月家の玄関には、下駄が二つ並んでいた。
「こっちが暁月くんのね」
「下駄まで、いいんですか?」
「うん。まあ、正式には雪駄なんだけどね。下駄は初心者には歩きにくいと思って」
「草履もあるけど、暁月くんにはラフすぎるでしょ? それともスニーカーの方が良かった?」と言われ、俺は慌てて首を横に振る。
「雪駄、大丈夫です。いけます」
「何でそんな気合入ってるのさ」
ふふふっと笑う蜜希さん。
これから蜜希さんの隣を歩くんだから、気合も入るだろう。
(半端な服装じゃ歩けない)
意味がないとわかっていても、俺は周りからお似合いだと思われたいし、蜜希さんにもがっかりされたくない。
――つまり、格好つけたいのだ。俺は。
「準備できた?」
「はい」
「じゃあ、行こうか」
雪駄に足を突っ込み、歩く感触を確かめていれば、蜜希さんが手を差し出してくる。
握ってもいいのかと一瞬迷ったが、俺はすぐにその手を取った。
子ども扱いされているのは何となくわかっていたけれど、この状況を手放すのは惜しかった。
「混むから気を付けてね」と言われ、俺は頷く。
出た外はまだ明るかった。
家を裏口から出た俺たちは、細い通りから大通りに出た。
瞬間、流れていく人混みに俺は驚いた。
(祭りってだけで、こんなに人が集まるのか!)
観光地を舐めていた。
俺は流れる人を横目に、驚きに足を止める。
誰が観光客で、誰がそうじゃないのか。
その見分けがつくようになったのは、ここ最近のことである。
「行くよ、暁月くん」
蜜希さんに手を引っ張られ――連れて来られたのは、海岸沿いにある通りだった。
「うわ……っ」
「ふふふ。すごいでしょ」
すごいです。
口が勝手に動く。
目の前に広がるのは、大通りの脇を沿うように立ち並ぶ屋台。
提灯がいくつも飾られており、夜になったら大層綺麗にライトアップされるのだろう。
何より、中央を縦断しているのは、踊り子の人たちだった。
シャンシャンと鳴子の音が響き、彼らは前へ前へと進んでいく。
その最後尾にはガタイのいい青年たちが、旗を回している。
周囲の人はカメラを向けたり、歓声を上げたりと楽しそうだ。
「こんなお祭り、初めて見ました」
「うちの名物だからねぇ」
「名物……」
(確かに)
下手なお土産よりも名物になりそうだ、と俺は思った。
「あの人たちってどこから来てるんですか?」と問えば、「地元の人たちだよ」と返される。
蜜希さん曰く、この踊りはよさこいというようで、各地にグループが存在しているのだとか。
「ちなみに、朝陽も参加してるよ」
「朝陽が!? えっ……チームワークとか大丈夫なんですか?」
「そんな真顔で聞かないでよ」
ふはっと蜜希さんが吹き出す。
そんなに笑わなくても。
「大丈夫大丈夫。みんな昔からの付き合いだからね。朝陽がどんな人か、知ってる子ばっかりだよ」
「そうなんですね」
「安心した?」
蜜希さんの言葉に、俺は首を傾げる。
「なんでですか?」
「んーん。なんか最近、仲良さそうだから」
(仲が、良さそう?)
俺は蜜希さんの言葉を反芻する。
そしてすぐさま、蜜希さんを見た。
今の俺はきっと『何を言っているんだ』と言わんばかりの目をしているだろう。
「蜜希さん、視力悪くなってませんか……?」
「なってないねぇ」
「本当に? 病院なら付き添いますよ」
「否定の仕方、独特過ぎない?」
だって俺と朝陽が『仲がいい』なんて、どう見たってあり得ない。
ついさっき喧嘩したのだって見ているはずなのに。
そう思っていれば、ドンッと大きな音が響く。
振り替えれば、ちょうど演目が終わったらしい。
次のグループが俺たちを挟んだ反対側で待機していた。
「ここじゃ邪魔になっちゃうから」と蜜希さんに言われ、俺たちは移動することにした。
一度全体的に見て回り、再び道を戻っていく。
気になった店がないかと話していれば、蜜希さんがおもむろに足を止めた。
視線の先には子供たちが群がっている一角があった。
「ねえ。暁月くんって、射的できる?」
「え?」
「あれ、やらない?」
蜜希さんが差したのは、『射的』と書かれた屋台。
「いいですけど、俺やったことないですよ」
「そうなの?」
「じゃあちょうどいいね」と言われ、手を引っ張られる。
(ちょうどいいって何が?)
そんな疑問を持っている間に、俺たちは屋台の前に来てしまう。
「おじさん、一人分お願い」と蜜希さんが言い、射的代を払う。
「蜜希さんはやらないんですか?」
「うん。僕は見てたいだけだから」
「えぇ……」
俺は困惑しながらも、渡された銃を握りしめる。
銃はかなり使い古されているようで、若干の歪みを感じた。
屋台のおじさんが「三発分ね。追加は一発五百円だから」と言って弾を置いていく。
俺は銃と弾を見比べ、「……どうしたらいいんですか?」と蜜希さんに問いかけた。
「とりあえず撃ってみてよ」
「えっ」
「何となくでいいから」
(とんでもない注文してくるな、この人)
だが、俺には逆らうことなどできない。
言われた通り、見様見真似で弾を装着し、銃を構える。
引き金を引けば、パンッと破裂音がした。
「わあ。すごい、大外れだね」
「そんなにはしゃいで言う事じゃないです」
「ごめんごめん」
むすっとして言葉を返せば、蜜希さんは眉を下げながら謝ってくる。
(謝ればいいと思ってるんじゃないだろうな)
「お手本見せてくださいよ」
「え? 僕が?」
驚く蜜希さんに「もちろん」と頷く。
蜜希さんはぎこちなく前に出てくると、銃を受け取った。
もっと拒否されるかと思ったが、蜜希さんは大人しく銃に弾を詰め込んでいた。
「一回しかやらないからね?」
「はい」
蜜希さんはそういうと、小さく息を吸う。
身を伏せ、銃身を固定し――一発。
軽快な破裂音と共に、コルクの弾が飛び出した。
弾はお菓子の箱の角に当たり、お菓子の箱がぐらりと傾いた。
後ろに落ちた景品に、周囲で見ていた子供たちが「すごーい!」と声を上げた。
蜜希さんは得意げに微笑んだ。
「さすが。一発ですね」
「ふふ。小さい頃に射的をやりまくって、破産して怒られた甲斐があったなぁ」
「何してるんですか」
俺は呆れに息を吐きながら、蜜希さんをを見る。
「うるさいなぁ。一つも取れないくせに」と蜜希さんが言う。
俺はぐっと心に突き刺さるのを感じた。
「仕方ないじゃないですか。素人ですよ、こっちは」
「ふーん? じゃあ、最後の一発。当てたら褒めてあげようか?」
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