逃げた先に、運命

夢鴉

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二章 新しい自分

14-2 プレゼントとご褒美

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「……言いましたね?」

 俺は蜜希さんから銃を受け取る。
 火のついた俺に、蜜希さんは挑発的に笑みを浮かべていた。

(絶対褒めさせる)
 俺はそう心に決めると、コルク弾を銃口に装着した。

 ――狙うは蜜希さんが落としたお菓子と同じ列にある、袋菓子。
 誰かが当てたのか、僅かに重心が偏っているそれは、上手く当てれば一発で落ちそうだった。

 俺は構える。
 さっきは右も左もわからなかったけれど、今の俺は違う。
 蜜希さんの姿を見て掴んだコツがある。

 集中を高めるため、深呼吸をする。
 重心を整え、姿勢を正した。
 銃の歪みを計算し、狙いよりも少し上に銃口を持って行く。
 コルクの削りも計算しての角度だ。

 パンっ。

 三発目の軽快な破裂音が響く。
 瞬間、コルク弾は袋菓子に当たり、後ろの溝へと吸い込まれていった。

「おお!!」
「兄ちゃんすげー!」

 周囲の感嘆が響く。
 しかし、俺は間髪入れずに懐から五百円を取り出して、それを屋台の店主に渡した。
 店主が驚いた様子で弾をもう一発準備する。
 俺は奪うように弾を取ると、銃に装着し、再び構えた。

(今ならいける)
 袋菓子が落ちた時に僅かにずれた布。
 それは菓子列の上に並んでいる、小さなぬいぐるみの足元を引っ張っていた。

 俺はぬいぐるみ列の中でも一番端の兎を狙った。
 黒色の兎は、黄色の目をしていてまるで蜜希さんみたいだ。

 引き金を引き、弾は発射される。
 弾はぬいぐるみの額を的確に撃ち抜き、ぐらりとぬいぐるみが揺れる。

「おお!?」

 誰かの声が聞こえる。
 黒兎が後ろの溝に落ちた。

「おお!」と感嘆と拍手が響く。
 瞬間、ずれた布が下に引っ張られ、他のぬいぐるみが布ごと落ちていく。
 店主が慌ててセットを直し始めていた。

(すみません、おじさん)
 でもこれで蜜希さんに褒めてもらえる。
 俺はほくほくとした気持ちで振り返った。

 途端、わっと群がるのは近くにいた子供たちで。

「すげー!! 兄ちゃん素人とは思えねー!」
「なあ! 特賞取って! あれ! 俺のスヴィッチ!」
「はあ!? 俺が先に狙ってたんだっつーの!」
「こらこら、喧嘩しないの」

 喧嘩を始める子供たちを、蜜希さんが宥める。
(び、びっくりした……)
 予想外の出来事に、俺は驚く。
 複数の子供に囲まれるなんて、人生で初めての出来事だ。

 固まる俺の代わりに、蜜希さんが子供たちの相手をしてくれる。
 俺は困惑しながらも、心から感謝した。


 景品を受け取った俺たちは、子供たちを宥めて屋台を去った。
 子供たちの気持ちは嬉しかったが、応えていたらきりがない。

「すみません、まさかあんなに目立つとは……」
「いやいや、すごく面白かったよ」

「まさかA賞を当てるなんて僕も思ってなかったし」と蜜希さんは笑う。
 そういう彼の腕の中には、さっき落とした黒兎が大事に抱きしめられていた。
(こうしてみるとますます似てるな……)

「でも本当によかったの? お菓子子供たちに上げちゃって」
「いいんです。別に欲しいものじゃなかったですし」
「ふーん。じゃあ、もしかして欲しかったのはこの子だったりする?」

 蜜希さんが口元まで黒兎を持ち上げる。
 くいくいと腕を動かしてアピールする様子に、俺は心が撃ち抜かれた。
(か、わいいな……)

 どうしよう。
 ただ蜜希さんに褒めてもらえると思っていただけなのに、思った以上に似合っている。
 俺は視線を外しながら、こくりと頷いた。

「へぇ。暁月くんってこういうの好きだったんだ」
「好きって言うか……蜜希さんに似てると思って」
「えっ?」

 きょとんとする蜜希さん。
 俺は誤魔化そうとして――けれど、上手く言葉が見つからなかった。

「……蜜希さんに、あげたいなって思ったんです」
「僕に?」
「嫌いですか? こういうの」

 つん、と黒兎の鼻先を突っつけば、蜜希さんが目を見開く。
 瞬きをする彼に、(やっぱり興味なかったかな)と俺は眉を下げた。

 無理矢理押し付けるつもりはない。
 俺は『嫌なら大丈夫です』と言おうとして、蜜希さんを見る。
 蜜希さんの顔は真っ赤に染まっていた。

「え、えー。僕に? 僕、もう二十六歳のいい歳した大人なんだけど……」

 赤い顔を隠すように、黒兎を掲げる蜜希さん。
(もしかしてこれ……)

 照れてるのか?
 あの蜜希さんが?

 俺は生唾を飲み込む。
 初めての蜜希さんの反応に、俺の心臓はお祭り状態だ。

「い、いいじゃないですか。蜜希さんらしいですし、それにもらってくれなかったらこの子、迷子になっちゃいますよ」
「僕らしいってなにさ。でも……そっかぁ。迷子になっちゃうのかぁ」

「それは、寂しいね」と蜜希さんが黒兎に向かって言う。
 どこか恥じらいを含んだ表情に、俺の心臓は射抜かれた。
 俺の頭の中にある蜜希さんメモに『ぬいぐるみに話しかける可愛い人』という文面が追加された瞬間だった。


「そっか。うん……仕方ないから、もらっちゃおうかな」
「はい。大事にしてくださいね」
「うん。ありがとう、暁月くん」

 ふわりと蜜希さんの手が俺の頭を撫でる。
 刹那、全身で大太鼓が鳴り響く。
 熱気が全身の血流を回り、顔が一気に熱くなる。

「み、みみみ、蜜希さ……っ」
「さっき褒めるって言ってたのに、褒められなかったからねぇ」

「射的もすごかったよ。僕を見て学んだの? すごいなぁ」と蜜希さんが独り言を呟く。
 俺は正直それどころじゃなかった。

(蜜希さんに、褒められた)
 それが死ぬほど嬉しい。
 俺は心の中でバチを取って、自ら太鼓を鳴らした。


「そろそろお腹もすいたし、ご飯食べない?」

 そんな俺の内心も知らず、蜜希さんが言う。
 俺はこくりと頷き、彼の背中を追いかけた。
 さらりと流れる黒髪に、目が吸い付く。

(くそ……ッ、好きすぎる……ッ)
 込み上げる感情に、俺は堪らず片手で目元を抑える。
 小さく息を吐き出し、(平常心……平常心……)と必死に唱えた。

 しかしそれも、隣で気恥ずかしそうに黒兎を抱き締めている蜜希さんを見てしまえば、なんの意味もなくて。

 俺は無意識に上がる口角を抑えられないまま、たこ焼きの列に並び始めた。
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