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5.処分しない
しおりを挟むレヴェリルインの部屋に入るのは久しぶり。
いつも綺麗に片付けられていて、ベッドと窓際のテーブルだけの部屋だ。誰かが住んでいるなんて思えないくらい生活感がない。ベッドまで綺麗にシーツが整えられていて、今朝そのベッドから起きたように見えなかった。
こっそり部屋の中を見渡しても、特に隠さなきゃならないようなものはないような気がする。僕が入ってくるまでに、隠してくれたらしい。よかった……廃棄処分は免れた……
レヴェリルインは、僕とは目をあわせずに言った。
「それを渡せ」
「……え……」
渡せって、何を?? なんのことかわからないけど、早く答えなきゃ。
だけど、レヴェリルインを前に緊張して、うまく頭が回らない。
何を言われているのか、最初は分からなかったけど、レヴェリルインは、僕の腕の中で尻尾を振っている子犬っぽい魔物を指差している。
あ、これのことか……
渡そうとしたら、魔物は犬みたいに鳴いて、僕に振り向いた。
これ、本当に魔物か? 僕に振り向いて尻尾を振るそれを見たら、少し戸惑ってしまいそう。やっぱり魔物じゃないような気がするし、これからどうなるか考えたら……
チラッとレヴェリルインを見上げる。すると彼は「心配しなくていい」と小さな声で言った。
珍しく、彼は僕の目を見ている。口数は少ないし、いつも冷たいように振る舞っているけど、僕のことも、生きているものとして扱ってくれる人だ。
その彼が言うなら、多分本当に、心配しなくていいのかな……
躊躇しながらも、僕は子犬をレヴェリルインに差し出した。
彼がそれを抱き上げると、子犬は彼の体に吸い込まれるようにして消える。
今……どうやったんだ? 魔物はどこに行ったんだ??
僕に、レヴェリルインの使う魔法のことはよく分からない。仕えているのに、ずっと遠ざけられているから、彼が魔法を使うのを見るのも久しぶり。
キョロキョロしていたら、今度は、ドルニテットが僕を睨みつけて言った。
「勝手に部屋を出たのか?」
「……ぁ……はい……」
「部屋を出るなと言っているだろう。魔物を見つけたところで、貴様では対処できないんだ。余計なことをするな」
「はい」
……魔物のこと、報告した方がいいと思ったのに、余計な真似だったのかな……
その場に跪く僕のすぐ横を、鞭が掠めた。床が激しく打たれて、その音を聞いた僕は、震え上がった。
ドルニテットは、すでに鞭を握っている。これからあれで、酷い目に遭わされるんだ。そう思ったら、ひどく体が震えた。
けれど、ドルニテットが振り上げようとした手を、レヴェリルインが取って止めた。
「やめろ。それは、俺のものだ」
「……兄上の管理がなっていないから、こんなことになるんです。これの廃棄処分は決定しています。それなら、今ここで俺が処分しても、構わないはずです」
「それの管理を任されているのは俺だ」
そう言って、レヴェリルインがドルニテットを睨むと、ドルニテットも無言でレヴェリルインの手を振り払い、部屋の中はひどい空気になる。
……ど、どうしよう……僕の処分をめぐって喧嘩になっている……
僕はどう処分されても構わないけど……あ、痛いのは嫌だけど、どうせ処分されるなら、レヴェリルインにされたい。彼には食事をもらった恩もあるし、レヴェリルインが自分ですると言ってくれるなら、そうされたい。
僕は顔を上げて、レヴェリルインを見上げた。彼はまだ、ドルニテットと睨み合っている。
ちゃんと言わなきゃ。処分されるなら、レヴェリルインがいいって。
「あ…………ま、マスター……っ!」
気づいてほしくて立ち上がって、僕はマスターの手に触れた。
レヴェリルインは、驚いたようだった。
だけど、いざとなると、処分されたいです、とはなかなか言えないっ……! だって、どうされるんであっても、やっぱり処分は怖い。
処分されたい、は言えなかったけど、恐る恐るその手に触れたら、レヴェリルインは、僕の頭にそっと触れた。ついに処分かと思って、跳ね上がるように体が震えた。
だけど、レヴェリルインは僕の頭に触れただけだった。彼の顔が近づいてきて、思わず身をひこうとした僕を、彼が抱きとめ耳元で囁く。
「俺はお前を処分する気はない」
「……ぇ…………」
処分しないって、なんで? だってさっきは管理するみたいに言ってくれたのに!? じゃあ、やっぱり僕の処分って、他の人がやるの!?
…………そうだよな。僕の処分なんて嫌だよな……
つい、項垂れてしまう。諦めていたはずなのに。拒絶されるのが当然って、分かっていたのに。
俯く僕を見下ろして、レヴェリルインは首を傾げる。
「……コフィレグトグス? 聞いていたか?」
「はい……」
「…………処分はしないと言っているんだ。もう少し喜んだらどうだ?」
「……はい…………」
さすがに喜ぶのは無理……レヴェリルインが処分しないのなら、やるのはドルニテットか伯爵。どっちも怖い……
けれど、あなたに処分されたいですとも言えず、僕はますます項垂れてしまった。
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