普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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 俯く僕に、ドルニテットは冷たい目を向けてきた。

「……そんなに処分されたくないのか? 失敗作の分際で見苦しい……兄上!! そんなものをまだここに残していたから陛下はっ……!」

 言いかけたドルニテットの言葉を、レヴェリルインはやめろと言って遮った。

「そのこととこいつは関係ない」
「そいつがまだここにいるせいで、今度はこの城が廃棄処分にされるかもしれないのです! 今すぐに処分するべきです! 兄上!!」
「今そんなことをして、何になる? 今はそれどころではないだろう? ……っ!」

 レヴェリルインは突然、何かに気づいたように部屋のドアに振り向いた。

 そして、僕の手を取ると、ベッドの布団をめくって、僕をそこに突き飛ばす。

「わっ…………!」

 僕はそのまま、ベッドの上に転がってしまう。驚く僕を見下ろして、レヴェリルインは、そこにいろと言った。

「声を出すな。絶対にそこから出るな」
「はい」

 僕が答えると、レヴェリルインは僕に布団をかけて隠してしまう。

 どうしたんだろう……急に。
 それにさっき、ドルニテットが「この城が廃棄処分」って言ってた。どういう意味なんだろう。

 不思議に思うけど、そこにいろと言われたら、いなきゃならない。
 僕は布団の下でじっとしていた。

 普段レヴェリルインがあんな風に焦ることはない。なんだか心配だ。多分、いらない世話なんだろうけど……

 じっとしていたら、布団の向こうから、こんこんとノックの音がして、開けろという声がした。誰かが来たんだ。

 被せられた布団の隙間から、人が入ってくるのが見える。

 ……レヴェリルインに言われたのは、ここにいろ、声を出すな、部屋を出るな、だ。
 だったら、何が起こったのか確認することは構わないはず……

 こっそり、入ってきた人に見つからないように外をのぞいていたら、美しい衣装を身につけた精悍な男が入ってくる。
 あの人なら、僕も数回見たことがある。最近、ちょくちょくこの城に来る、第五王子のクリウールトだ。背後には、いっぱい護衛の人を連れている。

 レヴェリルインとドルニテットがほとんど無表情なまま、挨拶をする。
 それを見たクリウールトは満足げに微笑んだ。

「そんなに畏まらなくていい。これから一緒に協力して、この街を盛り立てていく仲じゃないか」

 優しく言って手を差し出す王子だけど、レヴェリルインもドルニテットも、その手を取らない。

 それどころか、レヴェリルインは、ひどく冷たい目のまま言った。

「俺たちは、あなたとは協力しません。そうお伝えしたはずです」
「……レヴェリルイン……あなたの気持ちはよく分かる……長い間、この城も、ここに集まった魔法使いたちも、近くの市場も、森も、街も、魔法の全てが集まるここを、あなた方が独占してきた。それなのに、その中に私という新しい統治者が現れたのが気に食わないのだろう? その気持ちは、よく分かる。私も経験がある。自分がどう頑張ってもなし得なかったことを、優秀な第三者があっさりこなしてしまうところを見れば、誰でも嫉妬する。私はそれを責めるつもりは毛頭ない。しかし、今優先するべきは、そんな自己中心的な嫉妬ではなく、ここに住む魔法使いたちと、それを支える街を守り、発展させていくことだ。それなのに……ここは問題が多すぎる! 魔物の出没はしょっちゅう、暴走した魔法が領地を破壊することもしばしばだ。街には違法な魔法具が溢れ、人々は酒やギャンブルに溺れている! まあ、ここを治める伯爵がああでは……」

 ニヤニヤ笑いながら、バカするような視線を二人に向けた王子は、やっぱりニヤニヤ笑ったまま、大仰に両手を広げた。

「この状況を放置していいはずがない!
だから、私がこうしてここへ来た。あなた方にもわかるはずだ。どうか、自身の感情は抑えて、ここを明け渡して欲しい。それが皆のためだと、あなた方のように聡明な方なら、分かるはずだ」

 微笑んで、王子はまた二人に向かって手を差し出す。だけど二人とも、微動だにしなかった。
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