普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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61.嫌

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 小川のほとりで夜を迎えることになった僕らは、そこにテントを張って、その中のベッドに、ぐったりと気絶したままのコエレシールを寝かせた。

 アトウェントラが、じっとその様子を見下ろしている。

「……コエレシール…………」

 呟いた声に応えるように、コエレシールが呻いて体を動かした。すでに彼の鎖は解かれていて、レヴェリルインが、相当無理をして魔力を使っていたようだって言って、回復の魔法もかけてくれている。彼は、しばらくしたら目を覚ますだろうって言ってたけど、アトウェントラはよほどコエレシールのことが心配らしい。

「ねえ、コフィレ……コエレは……ちゃんと目を覚ますかな?」
「え…………ぼ、僕には……分かりません。でも、ま、マスターがそう言ってました。マスターは……嘘をつきません……ぜったい……」
「コフィレ……」

 彼は僕の名前を呼んで、やっと顔を綻ばせる。

「ありがとう、コフィレ。そうだね……レヴェリ様の魔力は、うちのギルドでも有名になるくらいだったから」

 笑顔でそう言うアトウェントラだけど、その顔は苦しそう。やっぱり、コエレシールのことが心配なんだろう。ずっと何も口にしてないし、何か思い詰めた顔でコエレシールを見下ろしている。

 僕は、恐々立ち上がった。

「……ぼ、僕……み、水くんできます……」
「え……?」
「あの………………す、すぐ戻ります!」

 近くにあったバケツを持って走り出す。
 水を汲んできてお茶を淹れるのでそれを飲んで落ち着いてくださいって言うつもりだったのに、あっさり逃げ出してしまった。

 情けない僕……剣術使いのスキノレールの家では、ちゃんと説明できたのに。あのときは、マスターがそばにいてくれたからか……

 そんなことを考えながら走っていたら、ちょうどテントに入ってきたラックトラートさんとぶつかってしまう。しかも、彼はバケツに水を入れて持っていて、それをひっくり返してしまった。僕も頭から水をかぶってびしょびしょだ。

「うわっ……! つめたっ……! す、すみませんっ……ぼ、僕っ…………」
「いえ……僕も前を見ていませんでした。大丈夫ですか? コフィレ」
「は、はい……あ!」

 どうしよう。ラックトラートさんが持ってきたバケツはひっくり返ってるし、彼もびしょびしょだ。

「た、タオルっ……タオル!」
「はい」

 そう言ってアトウェントラが、僕にタオルを渡してくれる。

「……ありがとうございます……あ、あのっ……これ!」

 僕がタオルをラックトラートさんに渡そうとすると、彼の体にタオルが触れて、すぐに彼の体が乾いた。魔法がかかっているんだろう。
 体はすぐに拭いてなんとかなったけど、バケツはひっくり返ったままで、水もぶちまけられたまま。

「ごめんなさい……水が……」
「そんなのいいんです。僕も前を見ていませんでしたから」
「……ぼ、僕……汲み直してきますっ……!」

 バケツを持ってテントを出ようとしたけど、すぐに後ろから手を掴まれた。
 僕を捕まえたラックトラートさんは、にっこり笑ってる。

「僕も行きます!」
「え??」
「だって、二人の方がたくさん水を汲めますから! さあ!」

 そう言って、ラックトラートさんは、僕の手を引いて連れていく。

 彼は僕のせいで、ひどい目にあったのに。彼が汲んできたものだって、僕は台無しにしたのに。

 まだこうして、手を握って、僕を連れて行ってくれるんだ。
 まだこうして、口をきいてくれるんだ。

「そうだ!! コフィレ! ……コフィレ!??」

 彼が驚いて、僕に近づいてくる。彼は慌てているようだった。なんで彼がそうしているのか、僕にはわからなかったけど、頬をくすぐるようにして、まだ生暖かい涙が落ちて、自分が泣いていたことに気づいた。

「ご、ごめんなさいっ……!」

 慌てて、フードで目元を隠した。マスターにもらった大事なものが濡れちゃう。それなのに、彼の視線から逃げられたら、ますます涙が溢れて、ずっと流れて、止まらない。

 どうなっているんだ。なんでこんなに……痛い思いをしたわけでも、怖いわけでもないのに、止まらない。

 泣いている僕に、ラックトラートさんがますます慌てちゃってる。泣き止まなきゃ、彼を困らせる。それなのに止まらなくて、彼はテントからタオルを持ってきてくれた。

「ど、どうしたんですか!? な、なんで……僕、何かしちゃいましたか!? ご、ごめんなさいっ……泣かせるつもりじゃ……!」

 慌てる彼に、何度も首を横に振る。

 違う。そうじゃない。痛くも怖くもない。ただ、嬉しい。

 ありがとう。そう伝えるつもりで開いた唇が、震えたままで動かない。こんな時まで、僕の口は役立たず。

 ただ泣いて、僕に伸ばされた手に、軽く触れた。伝わったわけじゃないだろうけど、彼は僕を見上げて、泣かないでくださいって囁いていた。

 首を縦に振る。

 彼は微笑んで僕の手を引いてくれた。

「……コフィレが無事で、よかったです!! コフィレがいなくなったら、僕、嫌です!!」
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