普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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62.好意って?

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 泣いた後で涙がおさまったら、急に恥ずかしくなる。ありがとうって言いたいだけで、なんで泣いているんだ。マスターからもらった服まで濡らしちゃったし、最悪だ。

 恥ずかしい……

 だけど、ラックトラートさんはいつもと変わらない。いつもと同じ、ちょっと賑やかすぎる様子で、僕の隣を歩いていた。

「これから、食後のお茶の用意をしようと思うんです!! 僕、ご飯の後はデザートがないとご飯を食べた気がしなくて! 今日は、たぬきさんアイスとたぬきさんプリンがあるんですけど、どっちがいいですか?」
「へっ……!? ぇ……えっと……」

 突然話を振られるなんて、思ってなかった。

 どうしよう……

 そう言われても、僕にはどっちがいいかなんて分からないんだ。お菓子を選ぶなんて、これまでしたことない。

 だけど、せっかくきいてくれてるんだ。何か答えたい。

 ……プリンなら見たことあるかも……

「…………プリン……かな?」

 恐る恐る答えたら、彼は笑ってくれる。

「じゃあ、たぬきさんプリンにしましょう!」
「……は、はい……」

 よかった……ちゃんと答えられた……

 彼が答えてくれるから、僕も答えてよかったと思った。

 だけど、ホッとして俯いていたら、突然すぐそばにラックトラートさんの顔があって、びっくりした僕は、尻餅をつきそうになってしまう。
 すんでのところで踏みとどまったけど、ラックトラートさんも、そんな僕に驚いたみたい。

「コフィレ? ごめんなさい……びっくりさせてしまいましたか? フードにつけていた杖が見当たらなかったので……」

 彼は、僕が頭にかぶったフードに触れようと手を伸ばす。

 誰かが僕に手を伸ばしてくる。

 それは、僕にしてみれば恐怖だ。また手を上げられる、そんな記憶しかない。
 彼を警戒したいわけでも、彼を疑うわけでもないのに。
 それでも、僕はずっとそうやって生きてきて、そうやって僕は僕になってしまった。今更変えたら、僕は中から崩れてしまう。

「あ、あの……っ……杖……さ、さっき使って……ポケットに、入れたままで……」
「フードに刺しておいた方がいいですよ? そうしてる間は、あなたかレヴェリルイン様しか抜けない魔法がかかってるみたいですから」
「あ……は、はいっ……」

 焦ってポケットに手を入れたら、小さくなった杖を落としてしまう。

 何してるんだろう、僕。

 ラックトラートさんは、それを慌てて拾う僕を、心配そうに見下ろしていた。

「コフィレ……?? 大丈夫ですか?」
「……ご、めん……なさい……僕…………その……」
「コフィレ?」

 こんなことしたいんじゃない。彼に心配そうな顔をさせたいんじゃない。僕だって、みんなと同じように会話がしたい。だけど、やっぱり僕はこう。それでもやっぱり、こんな顔をさせたままにしたくない。

「……あ、あの……ぼ、僕っ……ま、まだ…………まだ、緊張してるんです……ごめんなさい……」

 ビクビクしたまま、情けない自分を白状すると、ラックトラートさんはキョトンとしていた。

 一気に不安になる。

 変に思われたかな……何言ってるんだろうって、そう思われたかもしれない。せっかく初めて、こんなふうに隣に人がいるのに。

 俯く僕に、ラックトラートさんはさっきと変わらない声で言った。

「コフィレはコフィレのしたいようにしていいんです! 僕もそうしますから!」

 見上げた彼は、いつもと同じように微笑んでいた。

 そうして、彼は水を持ったまま、僕より先に走り出す。
 先をいく彼に向かって、僕も踏み出した。

「まっ……てっ……! ラックト!」







 二人で水を運んでテントに着くと、中から話し声が聞こえた。

 微かに開いたテントの入り口から中をのぞいたら、気持ちよさそうに眠るコエレシールのそばで、アトウェントラとレヴェリルインが何か話している。二人とも、内緒話でもしているのかなってくらい、距離が近い。
 そして、レヴェリルインはアトウェントラの手を握っていた。

 何……話してるんだろう……
 そんなにそばによって。
 前髪と前髪が触れちゃいそうな距離じゃないか。

 レヴェリルインのすぐそば、僕よりずっとそばに人がいるのを見て、僕はつい、立ち止まってしまう。

「どうしたんですか? コフィレ」
「……ぁっ……ま、待ってっ……!」

 テントを開こうとしたラックトラートさんの服の袖を掴んで、僕は中に入ろうとする彼を止めてしまった。

 なんでそうしたんだって言われたら、答えられなくなる。でも、レヴェリルインとアトウェントラが、そんなに近くにいるのを見たら、体がすくんでしまった。

 二人は話し込んでいるのか、こちらには気づかない。

 こうしてみると、アトウェントラは本当にたおやかで、見ているだけで落ち着かなくなるくらい美しい。何もしていない時だけ絶世の美男子と言われた伯爵の弟で、伯爵に人を惹きつけるような力強さを加えたみたいなレヴェリルインと話していても、全く引けをとらない。

 何をしているのか、ますます気になってくる。

 なんで僕はこんなことしてるんだ。まるで盗み聞きだ。
 レヴェリルインが誰と何を話そうが、彼の勝手なのに。僕が口を挟んでいいことじゃない。
 それなのに、ここを動けなくて、二人から目を離せなくて、すくんだままだ。

 ラックトラートさんと二人で中の様子をうかがっていたら、後ろから声をかけられた。

「何をしている……?」

 そう言われて振り向けば、いくつかの魔法の植物が入ったかごを下げたドルニテットが立っていた。かなり機嫌が悪いのか、僕らを鋭い目で見下ろしている。

「何をしているんだ? 貴様らは…………」

 ドルニテットはテントの中をのぞくと、中に入って行こうとはせずに、僕を見下ろしてくる。

 そして、僕をじーっと見つめて、言った。

「兄上はああ見えて、魔力を振るわず横暴な態度を取らずにいれば、好意を持たれることの方が多いんだ」
「……え?」

 好意……を、持たれる? レヴェリルインが??

 レヴェリルインが、いろんな人に頼りにされているのは僕も知っている。だけど……好意を持たれるって、なに?? マスターがアトウェントに?? アトウェントラがマスターに?
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