普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
63 / 105

63.感情と、手を伸ばせない距離

しおりを挟む

 ラックトラートさんが、呆れたように言った。

「確かに、レヴェリルイン様は、遠くから眺めているだけなら、優しく偉大な魔法使いに見えなくもないような気がします。近寄るとだいぶ常識が欠如しているところが目立ちますからね。しかし、かといって、あの二人が突然どうこうなるなんて、思えません」

 すると、ドルニテットが彼を睨みつけた。

「黙れ、たぬき。身売りさせられそうになったところを助けてもらったんだ。全くなんの感情も抱かない者がいるはずがないだろう」
「……それ、言い方ずるくありませんか? だって、助けてもらったら感謝の感情くらい、誰でも湧きます。特別なことではないと思います」
「……貴様は少し黙っていろ……」
「そ、そんなに怖い顔をしないでください! そ、それに僕、ウェトラは好きな人がいると思います!!」
「それが、あいつか……」

 そう言ったドルニテットが、アトウェントラを指して、僕を見下ろす。

 ラックトラートさんが「そういうこと言うのやめてください!」って言ってたけど、僕はテントの中の二人から、目を離せなかった。

 あいつって……なに?? 好きな人? アトウェントラがマスターを? マスターがアトウェントラを?

 そうなのか?

 中をのぞいていたら、そんな気がしてくる。だって、二人はまだ話してる。

 あんな風にマスターのそばにいられて、いいな……

 僕だって、そこに行ってみたい。だったら行けばいい。今駆け寄ったら、レヴェリルインのそばに行ける。簡単なことだ。
 だけど、アトウェントラと仲良く話すレヴェリルインが僕に振り向いたら、僕は、またすくんでしまいそう。そのまま、僕じゃない人のそばにいる彼を見つめて、何をしようっていうんだ。

 スキノレールの家で、小さな狼を抱き上げた時みたいな気持ちになる。

 あの時は、スキノレールがレヴェリルインに触れているのを我慢できなくて、気付けば抱き上げていた。そうしたら、すぐそばにマスターがいて、その柔らかくて気持ちいい感触が僕をくすぐるのに、僕はなんだか空虚な気持ちになった。だって、それだけそばにいたって、レヴェリルインは僕をキョトンとして見上げていて、僕だって、胸の奥に滲んだ感情が分からないまま、どうしていいかわからなくて、おろおろしてた。

 今も、そうだ。なんで僕は今、こんなにもやもやしてるんだ。なんで動けないんだ。

 すくんだままそこにいたら、レヴェリルインが僕らに振り向いた。

「……コフィレグトグス? 何をしているんだ?」
「あっ……は、はい!」

 しまった……気づかれた。

 あなたが誰かと話しているから、そばに行けなかった……って、なに考えてるんだよ、僕は。

「あ、あの……コーヒー……じゃなくて、水を……汲んできて……」
「そうか。では、食事にするか」

 そう言って、彼はテントから出てくる。途中でアトウェントラに振り向いて、お前も来いって言っていた。

 だけど、アトウェントラは首を横に振る。

「僕はここにいます。コエレだって、まだ寝たままだし……」
「すぐに目を覚ます。お前も食べておかないと、体がもたないぞ」
「……レヴェリ様は珍しくやけに優しいですね……」
「……喧嘩を売りたいのか?」
「とんでもないです。こんな時に。僕だって、そんな体力ありません。じゃあ、一緒にいただこうかな……ありがとうございます」

 そう言って、アトウェントラはレヴェリルインについて、テントから出てくる。手を伸ばさなくても、レヴェリルインの体に触れてしまいそうな距離に見えた。

 だからなんだって言うんだ。そんなの、僕が口を挟むようなことでもなんでもないんだ。それなのに、なんだか落ち着かなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。 ◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。 ◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい

雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。 延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた

BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。 「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」 俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。 ◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。 ◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。

処理中です...