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63.感情と、手を伸ばせない距離
しおりを挟むラックトラートさんが、呆れたように言った。
「確かに、レヴェリルイン様は、遠くから眺めているだけなら、優しく偉大な魔法使いに見えなくもないような気がします。近寄るとだいぶ常識が欠如しているところが目立ちますからね。しかし、かといって、あの二人が突然どうこうなるなんて、思えません」
すると、ドルニテットが彼を睨みつけた。
「黙れ、たぬき。身売りさせられそうになったところを助けてもらったんだ。全くなんの感情も抱かない者がいるはずがないだろう」
「……それ、言い方ずるくありませんか? だって、助けてもらったら感謝の感情くらい、誰でも湧きます。特別なことではないと思います」
「……貴様は少し黙っていろ……」
「そ、そんなに怖い顔をしないでください! そ、それに僕、ウェトラは好きな人がいると思います!!」
「それが、あいつか……」
そう言ったドルニテットが、アトウェントラを指して、僕を見下ろす。
ラックトラートさんが「そういうこと言うのやめてください!」って言ってたけど、僕はテントの中の二人から、目を離せなかった。
あいつって……なに?? 好きな人? アトウェントラがマスターを? マスターがアトウェントラを?
そうなのか?
中をのぞいていたら、そんな気がしてくる。だって、二人はまだ話してる。
あんな風にマスターのそばにいられて、いいな……
僕だって、そこに行ってみたい。だったら行けばいい。今駆け寄ったら、レヴェリルインのそばに行ける。簡単なことだ。
だけど、アトウェントラと仲良く話すレヴェリルインが僕に振り向いたら、僕は、またすくんでしまいそう。そのまま、僕じゃない人のそばにいる彼を見つめて、何をしようっていうんだ。
スキノレールの家で、小さな狼を抱き上げた時みたいな気持ちになる。
あの時は、スキノレールがレヴェリルインに触れているのを我慢できなくて、気付けば抱き上げていた。そうしたら、すぐそばにマスターがいて、その柔らかくて気持ちいい感触が僕をくすぐるのに、僕はなんだか空虚な気持ちになった。だって、それだけそばにいたって、レヴェリルインは僕をキョトンとして見上げていて、僕だって、胸の奥に滲んだ感情が分からないまま、どうしていいかわからなくて、おろおろしてた。
今も、そうだ。なんで僕は今、こんなにもやもやしてるんだ。なんで動けないんだ。
すくんだままそこにいたら、レヴェリルインが僕らに振り向いた。
「……コフィレグトグス? 何をしているんだ?」
「あっ……は、はい!」
しまった……気づかれた。
あなたが誰かと話しているから、そばに行けなかった……って、なに考えてるんだよ、僕は。
「あ、あの……コーヒー……じゃなくて、水を……汲んできて……」
「そうか。では、食事にするか」
そう言って、彼はテントから出てくる。途中でアトウェントラに振り向いて、お前も来いって言っていた。
だけど、アトウェントラは首を横に振る。
「僕はここにいます。コエレだって、まだ寝たままだし……」
「すぐに目を覚ます。お前も食べておかないと、体がもたないぞ」
「……レヴェリ様は珍しくやけに優しいですね……」
「……喧嘩を売りたいのか?」
「とんでもないです。こんな時に。僕だって、そんな体力ありません。じゃあ、一緒にいただこうかな……ありがとうございます」
そう言って、アトウェントラはレヴェリルインについて、テントから出てくる。手を伸ばさなくても、レヴェリルインの体に触れてしまいそうな距離に見えた。
だからなんだって言うんだ。そんなの、僕が口を挟むようなことでもなんでもないんだ。それなのに、なんだか落ち着かなかった。
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