68 / 105
68.そばに
しおりを挟む怯えた様子のロウィフを庇って、レヴェリルインとの間に入ったのは、彼らに一番傷付けられたはずのアトウェントラだった。
彼は、ロウィフに振り向いて言った。
「……今回のことは、王家の差金だったとはいえ、剣術使いを追い出すつもりだったんじゃないのか?」
アトウェントラに言われて、ロウィフはあっさり、そうですって答えた。
「だけどそれは、僕らの意思じゃありません。僕らだって、あの王家の回し者は鬱陶しく思ってるんです」
すると、レヴェリルインがロウィフを睨みつけて言った。
「王家は魔法使いには支援をしているのにか?」
「王家の支援なんて、ただの罠です。コエレシールさんが、それに頼り切りになっている間に、魔法ギルドの優秀な魔法使いたちはみんな貴族のお抱えになってしまい、そればっかりあてにしてたせいで、気づいたら、魔法薬や魔法具や貴重な魔法の書物の入手だって、全部王家側の貴族たちや商人たちからしかできなくなってました。そんなものまで王家に支援を頼んでいたんだから、当然です。おかげで今度は、支援の継続を条件に、毒の魔法に関する調査をするように言われてるんです」
「それで? 今はクリウールトの指示で動いているのか?」
「僕が、今ここに来たのは、違う理由です。王家からの指示ではなく、魔法ギルドの意思できました。レヴェリルイン様、あなたのお兄様が売り払った魔法具を返していただきたいのです」
「それか……」
「あなた方が先に王子殿下に捕まってしまうと、王子殿下に魔法具まで全部持っていかれるかもしれません。それで僕がきたんです。隣町に行くのは、魔法具の回収のためでもあるんですよね? 僕も行きます。同行させてください」
「……早い話、監視か」
「そんな人聞きの悪い言い方、しないでください。あなた方が魔法具を回収して、それをみんなに返すお手伝いをしにきたんです」
「ついでに、毒の魔法のことも盗み見ておこうと言う魂胆か?」
「回収の途中で僕が何かを見たとしても、それは僕のせいじゃないです。魔法の研究がてら、観察はさせてもらいますが……」
「……」
「も、もちろん、僕だって魔法使いです! ギルド内はもちろん、その後ろ盾の貴族にまで、見境なく毒の魔法の情報を流すことはしません。魔法を私腹を肥やすことばかりに利用する貴族にまで、そんな情報を渡してしまえば、せっかく魔物に対する有効な魔法が完成しそうなのに、むしろ魔物より恐ろしい争いの種になってしまいます。もちろん、回収した魔法具は、ギルドを通して必ず返却します」
「……」
「レヴェリルイン様、どうかお願いします。僕らだって、王家に言いなりになってしまいそうなギルドを盛り返すのに、必死なんです。魔法使いたちは、あなた方の拘束に反対してます。王子殿下の思い通りになんか、させません。お願いします。レヴェリルイン様。僕なら、隣町でも役に立てます」
「……どういうことだ?」
レヴェリルインに聞かれて、ロウィフは懐の短剣を抜いた。咄嗟にみんな構えるけど、ロウィフに攻撃の意思はないようだ。
それは、炎を纏うような剣で、ロウィフはそれを構えて、ニヤリと笑った。
レヴェリルインも、その剣を見つめている。
「……魔法? 剣術か?」
「僕、剣術も魔法も身につけてるんです。普段は魔法で戦いますが、強力な魔法使いを相手にする時は、剣術を使ったりもします」
「……魔力の感知を避けるためか? 暗殺でもしているのか?」
「違います。二つあると、便利なだけです」
「……」
ロウィフさんは、にっこり笑う。
「僕なら、隣町にも顔が効きます。お願いします。一応、コエレシールさんも返してもらわなきゃ困るし、魔法具の回収もしないと、僕ら魔法ギルドだって、メンツってものがあります。魔法具を返せと言っている貴族たちも、僕らが回収に行くといえば、少なくともしばらくは待ってくれます。お願いします」
「……」
レヴェリルインは、しばらく黙って「考えてやる」と言った。
するとロウィフはにっこり笑った。
「ありがとうございます。今回の同行、僕が強引に志願したんです。王子殿下のやり方に、僕は賛同できません。人を人とも思わないやり方は、これ以上続けられるべきではないんです。いずれ、王子殿下はあなた方を追ってきます。気をつけて、早く出発しましょう」
「……出発は明日だ。お前も、朝までここにいろ」
こうして、ロウィフも一緒に一夜を明かすことが決まり、誰もが彼を警戒していたが、とりわけラックトラートさんは怒りを露わにしていた。
小川の近くにレヴェリルインが風呂をつくってくれて、それで僕と二人でゆっくりあったまる間も、そばに作られた小さな木の脱衣所で体を拭く間も、ずっとロウィフに対する怒りばかりを口にしている。
二人だけの脱衣所には、彼の不満の声が響いていた。
「まったく、レヴェリルイン様は何を考えているのでしょう!! あんなインチキうさぎ、すぐに魔法で焼き尽くしちゃえばいいのに!! あのウサギを野放しにしたりして!! コフィレもそう思いますよね!?」
「ええっ……!? えっと……」
そんなこと急に言われても、僕にはどう答えていいのか分からない。
ロウィフのことは、レヴェリルインがここに置くと決めたんだ。だったら、僕がそれに対して意見する必要はないと思う。レヴェリルインがそう決めたなら、何か考えがあるんだろう。僕は、ロウィフがレヴェリルインに危害を加えないように、そばにいなきゃ……
「もう、みんな呑気ですよー。そんな風だと、あのウサギにしてやられちゃいますよ」
そう言いながら服を着たラックトラートさんは、今度は椅子に座って、ブラシで丁寧に尻尾をすいている。そのおかげなのか、彼の尻尾はツヤツヤだ。
僕がそれをじーっと見ていたら、ラックトラートさんが顔を上げた。
「コフィレ? どうしたんですか?」
「…………あ、あの…………そのブラシ……か、貸してもらうことって、できます……か?」
「え? これを??」
「はい……」
や、やっぱり、だめ、かな?? 大切なものみたいだし、彼はずっとそれを使っているのに。
「す、すみませんっ……無理なら……いいんです……」
「いえ。構いませんが……これ、髪の毛をとくのには向きませんよ?」
「そ、そうじゃなくて…………あの……ま、マスターのしっ、尻尾を…………」
言いながら、なんだか恥ずかしくなってきた。
ラックトラートさんが、いつも大事そうに尻尾の手入れをしてるから、レヴェリルインもするのかと思ったんだ。もしそうなら、僕がしてあげられたらいいと思って言ったんだけど、自分で説明しているうちに、早速自信がなくなってきた。だって僕には尻尾がないし、やったこともない。余計に、レヴェリルインに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
だけど、さっきアトウェントラに、避けているように見えるって言われた。僕はそんなつもりなかったのに。アトウェントラにそう見えたのなら、当のレヴェリルインはもっとそう思っているはずだ。
そんなつもりない。
そばにいても、もっとそばにいたいって思う。人が近くにいるのは、苦手なはずなのに。
今でも、レヴェリルインの隣にいると、緊張する。だけど、怖いようなものじゃない。心臓が痛くなるくらい、緊張するけど、そうやってそばにいられることが、僕には嬉しい。
レヴェリルインには、僕にできること、全部したい。
「あ、あのっ……! ラックトラートさんがそうしてるの見て……マスターの尻尾を……そうしたくなって……だから、あのっ……す、少しだけ……ダメですか?」
「なに言ってるんですか!」
彼はそう言って、立ち上がる。
「いいに決まってるじゃないですか!! そうだ。テントに予備のブラシがあります!! 来てください!」
「え!? ま、待って!」
65
あなたにおすすめの小説
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
胎児の頃から執着されていたらしい
夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。
氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います
黄金
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻!
だったら離婚したい!
ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。
お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。
本編61話まで
番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。
※細目キャラが好きなので書いてます。
多くの方に読んでいただき嬉しいです。
コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。
【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる
路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか?
いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ?
2025年10月に全面改稿を行ないました。
2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。
2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。
2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。
2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる